第172話 神童の実力を知ろう
「シオンお兄ちゃん。ハンナは一体何をすればいいの?」
「ハンナのお仕事は、領主のお手伝いをすることだよ」
「うんっ! 領主様。ハンナは何すればいいの?」
ハンナに問われて戸惑う領主。悩んだ挙句、助けを求めるように俺を見る。仕方ないから助け船を出すことにした。
「えっと……ノーマンはいつも何をしているんだ?」
もちろんこの場には当事者のノーマンもいる。まぁ彼も俺が連れてきたハンナに混乱しているようだが。
「……私は毎日届いた書類を優先順位が高いものに仕分けをして、ラスティン様へお渡ししております」
あの目の前にあった大量の書類。あれはノーマンがチェックして重要な分だけを領主に渡しているらしい。
もしノーマンがいなかったら、その仕分けだけで領主がパンクするとのこと。そしてノーマン以外の執事や侍女にはその書類の重要度が判別できないらしい。
「ふむふむ。書類の仕分けね。それ以外は?」
「ラスティン様を煩わすことのない小さな些事に関しては私の裁量で処理することもございます」
「だってさ。ハンナ」
「小さなさじってなぁに? ご飯が少ないこと?」
「ご飯? ……ああ、匙。スプーンと勘違いしちゃったか。はははっハンナはお茶目だなぁ。あのな、領主はお仕事がいっぱいあるから、簡単な仕事は代わりにやってあげるって意味だよ。まぁハンナはとりあえず、毎日領主に届く書類……お手紙を仕分けするだけでいいよ」
「うん! それならハンナにも出来そう。それで今日のお手紙は?」
「えっ……はい、こちらに」
若干戸惑いながらもノーマンはハンナを連れて部屋から出ていった。
ハンナを見て出来ないと決めつけないのは流石と言うかなんというか……。
「お、おい。シオン。一体どういうことだ?」
ノーマンがハンナを連れて出て行った瞬間、領主が俺を問い詰める。
少し前に一緒にD&Mで一緒に遊んでから、領主は俺のことをシオン殿じゃなくてシオンと呼び捨てるようになった。認めてもらえたような感じがして少し嬉しいが……俺も領主じゃなくてラスティンって呼んだ方が良いんだろうか?
「どういうことも何も……説明したようにノーマンの代わりを連れてきただけじゃないか」
「あの子にノーマンの代わりが務まるわけないだろうが!」
「……やっぱりそう思う? でもハンナは孤児院では神童って呼ばれるくらい賢いんだぞ」
そういえばハンナと初めて会ってから二年近く経つ。当時八歳だったハンナももう十歳だ。
出会ったことに比べると背も伸びている気もする。確実に成長しているのを見るのは非常に喜ばしく思うのだが……いかんいかん。ハンナを思うと、いつも娘を見る父親の心境になってしまうな。
ただその身体的成長に対して性格……口調や仕草に幼さが残ってるのが気になる。少し甘やかししすぎたかな?
「私だってあの子とは何度もあっているし、賢いとの話は聞いている。そしてシオンが特に気にかけていることも」
「俺が気にかけてるとかは関係ないよ。まぁ少ししたら戻ってくると思うから、判断はその後にしよう」
俺だって別に冗談でハンナを連れてきた訳ではない。
ノーマンのように何でも出来る訳ではないが、書類の仕分け程度ならハンナの特異性を生かせば出来ないことはない。
ハンナは俺と出会った時に翻訳飴を舐めさせたから、文字が読めるようになった。
そのお陰で、物事を覚えるのが孤児院の誰よりも早く、その為神童と呼ばれるようになった。
だが実はその後もハンナは勉強することによって、俺も予期せぬ方向に進化を遂げていた。
――――
「シオンお兄ちゃん。ただいまぁー!!」
少し待つとハンナが元気よく入って来て俺に抱きつく。やっぱり少し甘えん坊さんかな?
「お帰りハンナ。だけどここは孤児院じゃないから、ちゃんとノックして静かに入って来ような」
「あっごめんなさい」
シュンっと一気に落ち込むハンナの頭を俺は優しく撫でる。
「次回からちゃんと気をつけような。……それでお手伝いはどうだった?ちゃんと出来そうか?」
「あのねっ。ノーマンさんにも凄いねって褒められちゃった!」
「なにっ!?」
ハンナの言葉に領主が身を乗り出して驚く。ノーマンが褒めるってことは仕事が出来たってことだ。どうやらハンナは見事ノーマンのお眼鏡に適ったようだな。
そこに丁度ノーマンも戻ってきた。手には書類の束を持っている。
「ラスティン様。私はシオン様と一緒に行きたいと思います」
よっしゃ! ノーマンゲット!!
「……本気か?」
「こちらをご覧ください。全てハンナがやった仕事です」
そう言ってノーマンは持ってた書類を机に四分割に分けて並べる。
「この四つに分けたのがハンナです。ハンナが言うには、一番、二番、後回し、やり直し、だそうです。私が確認したところ、一番は最優先、二番は優先順位が高いもの。後回しはラスティン様に回さずに私の方で処理していたもの。やり直しは書類としての体をなしてないもの。誤字や、数字ミス、不正な書類に仕分けされております」
「仕分けって……お前とその子が出てからそんなに時間が経ってないぞ」
領主の言う通り、ハンナとノーマンが出ていってから三十分も経ってない。ハンナに説明して、仕分けした後に、ノーマンが確認する時間も考えると、実質十分くらいでハンナは仕分けをしたってことだ。
「それが……彼女が言うには、見ただけで分かると」
「見ただけで?」
「あのねっ! 皆でお勉強を始めてからね。皆は文字が分からないって言ってたんだけど、私には文字が読めたんだぁ」
それが飴の効果だと知ってるのは俺しか知らない。まぁメイドの数人は薄々気づいているようだが。
「でね、そのまま勉強をしていると、文字が読めるだけじゃなくて、その意味が分かったり、答えが浮かんでくるようになったんだぁ」
同じく飴を舐めた俺には意味までは分からないし、ましてや答えなんか浮かんでこない。
「このお手紙はね。花丸と、マルと三角とバツが浮かんだから、それに並べ替えただけだよ」
もちろん目の前の書類にマルとかバツは書かれていない。
「……魔法か?」
「ええ。ですが恐らく本人にも無意識でしょう。仕分けしている際、目が魔力で覆われていました。どういう原理か分かりませんが、恐らく物事の真贋を見抜ける魔法ではないかと」
例えば計算ドリル。ハンナには書かれていない答えが浮かんでいるらしい。それにハンナにはその答えがどうやって成立するかも理解できている。
一体どういう理由で、どんなイメージなのか想像もつかない。だが、いつの間にかハンナはそうなっていた。
「ただ仕分けているだけじゃなく、ハンナは内容も理解してました。正直な所この子を今から鍛え上げれば立派な……」
あっノーマンのやつ、自分の後継者を見つけたつもりでいるな? 子供とはいえノーマンが呼び捨てにするってのは多分既に部下のイメージなのだろう。
「言っとくけど、ハンナは大人になったらウチで働いてもらうことになってるからな。ここへはあくまで臨時だからな」
ちゃんと釘を刺す。今回のこれは……小学生がやる職場体験ってやつだな。いや、戦力になるからちょっと違うか。インターンの方が近いかな?
「……まぁこの子がノーマンの代わりが出来ることは分かった」
「ハンナ頑張るよっ!」
やる気になっているハンナ。やっぱりハンナは可愛いなぁ。思わず抱き締めたくなるよ。
「……その子が役に立つことは分かった。だがそれでもタダでノーマンを貸すわけにはいかん」
「はぁっ!? 金取るのか? そんなこと言うならケータイを返して……」
「違うっ! そうではない。シオン達は海産物を仕入れに行くのだろう?」
あっ何となく言いたいことが分かったぞ。
「まずは旅行を楽しむだけだけどな。ついでに流通ルートを手に入れられればと思ってる。……それに咬ませろと言いたいんだな?」
「そうだ。ここは青の国の国境とも面してるから、他の町に比べると海産物は多い。だがそれでも干物ばかりだ。鮮度はない。そこに新鮮な魚を仕入れることが出来たら……」
「分かってるって。どのみちバルデス商会に頼むことになるから、その辺りは心配するな。まぁあくまでシクトリーナ優先だけどな」
「それでいい」
「よし、じゃあ決定! よろしくなノーマン。いつからなら大丈夫だ?」
「そうですね。ハンナにちゃんと仕事を引継ぎしませんと……数日いただければ」
「分かった。じゃあ行けるようになったら連絡くれ。ハンナ、頑張るんだぞ。ちゃんとお土産買ってくるからな」
「うんっ! ハンナ頑張るよ! でも……本当はハンナもシオンお兄ちゃんと一緒にお出かけしたいなぁ」
「ハンナ……そうだな。次はハンナも一緒に行こうな。そうだ! エキドナやラミリアも一緒に連れていこう」
「本当っ!? やったぁ、シオンお兄ちゃん。絶対だからね!」
「ああ絶対だ。だから今回はしっかり頑張るんだぞ。あと行きたい場所を考えとけよ」
「えっ!? うーん……どこにしよっかなぁ?」
早速考え始めるハンナ。考えとけとは言ったけど、ちょっと気が早すぎないか?
ともかくこれでノーマンは来てくれることになった。ルーナもノーマンなら納得してくれることだろう。




