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ロストカラーズ  作者: あすか
幕間
232/468

日常編 退職

「シオン様、ルーナ様。大事なお話がございます」


 アレーナがいつもと違い、随分と神妙な顔付きだ。一体大事な話って何だろう?


「いいけど……ここでいいのか?」


 ここは食堂。今は昼食が終わったばかり。まだ何人か残っているけど……。


「いえ……宜しければこちらへ来ていただけませんか?」


 そう言ってアレーナが案内したのは料理隊の控室だった。中には副隊長のモニカがいた。


「シオン様とルーナ様はこちらへ座って頂けますか。モニカは私の隣に……」


「ん? モニカも一緒なのか?」


 てっきりアレーナと三人かと思ってたんだが……。


「その……大事な話というのは、モニカに関してなのです」


「モニカについて?」


 アレーナなら問題を起こしそうだけど、モニカが何かするとは思えないが……。


「……シオン様。何か失礼なこと考えてませんか?」


 アレーナめ。中々鋭いじゃないか。


「そんなことはないぞ。それよりもモニカの大事な話って何なんだ?」


 こういうときは誤魔化すに限る。


「実は……お暇を頂戴したく存じます」


「「はぁっ!?」」


 俺とルーナは同時に叫ぶ。

 お暇って……当然ここでは休暇って意味じゃないよな?


「……それは、メイドを辞めたいと言うことでしょうか?」


 だよな。仕事を辞めるって意味だよな。


「……はい」


 モニカは小さく頷く。


 どうして? アレーナの下に就くのが嫌になったのか? それともアレーナに虐められてるとか? くそっ、色々と言いたいけど、茶化せる雰囲気ではない。


「……理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


 俺がアレーナの所為と考えているうちに、ルーナがモニカに理由を尋ねた。


「お慕いしている方がいます。その方と……生涯を共に歩みたいと思っております」


 それって……。


「えええっ!!! 結婚!?」


 しまった。驚きすぎて思わず大声を出してしまった。

 モニカは顔を真っ赤にして俯く。それにしても……はぁぁ。結婚か。ビックリしたけど、これってめでたいことだよな。


「相手は……相手はどなたなのですか?」


 そうだ。相手は誰なんだ? 考えたらここで働いている限り、出会いなんてないだろうに……。


「……デント様です」


「えっちょっ!? ゴホッ……ガハッ!?」


 驚きすぎて思わず噎せてしまう。


「シオン様。大丈夫ですか?」


 隣にいたルーナが優しく背中をさする。


「あ、ああ。ありがとう。ちょっと驚いただけだ」


 いや、ちょっとではない。かなり……もしかしたらこっちの世界に来て一番驚いたかもしれない。だって、モニカから出てきた人物の名は……。


「えっ? オッチャンなの? ……マジ?」


 モニカはやはり赤い顔のままコクリと頷く。マジかよ……。

 言っちゃあ何だが、オッチャンはイケメンでなければ、ダンディー中年でもない。本当にオッチャンて言われるくらいに普通の中年親父だ。正直モニカが惹かれる理由が……いや、そういえばデューテが宣戦布告に来たときにオッチャンの店にモニカが居たよな。

 あの時は料理隊のメンバーがオッチャンに料理を教えてるってことだったが、もしかしてあの時既に……。


「お相手の方は人間ですよね? お相手方も了承済みなのですか?」


「はい。二人でちゃんと話し合いました」


「恐らく辛い現実が待ってますよ」


 辛い現実? 確かに驚きはしたけど、オッチャンならモニカに辛い思いなんて……。


「覚悟の上です。例えあの方と進む時の流れが違えども、あの方のお側にいると誓いました」


 あ……そうか。オッチャンは人間だ。シルキーのモニカと残された寿命が違う。

 モニカは多分後数百年は生きるだろうが、オッチャンは数十年。

 絶対に先立たれる未来が待っているんだ。


「そうですか。でしたら、これ以上わたくしが言うことはありません」


「ルーナ様……」


「幸せになりなさい」


「はい。ありが……とう。ございます」


 ルーナの言葉にモニカの目から涙がこぼれ落ちる。

 それを見てアレーナがソッとハンカチを差し出す。


「よかったですねモニカ。お許しがもらえて」


「アレーナ様……ありがとうございます」


「それで、いつ出ていくおつもりなのですか?」


「はい。あの方の店が間もなくオープンしますので、その前には行きたいと」


 もしかして、これのためにオープンを待っていたのか?


「ではその前に盛大にお見送りをせねばなりませんね」


「そんな!? 別に私は……」


「いいえ、せっかくの門出なのです。新たな人生へと切り替えのためこういうのは盛大にせねばなりません。ですよね、シオン様」 


「まぁ確かにそうだよな。それに、どうせ結婚式みたいなのはしないんだろ?」


 そもそも結婚式何て行事があるかすら不明だ。いや、確かに簡単に祝いはするだろうけど、披露宴みたいなのはないはずだ。


「人間の世界では近いの儀式みたいなのはするようですが、今回は……」


 人間の世界では……か。今回はモニカがシルキーだからその辺りは配慮してるんだろう。

 それに仮にあったとしても、今の俺達が教会や神に祈るわけにもいかない。寧ろ敵だ。


「ならやっぱり、今までの感謝を込めて見送りはさせてくれ」


「そんな感謝だなんて……こちらこそ、シオン様がいらしてから毎日充実した生活が送れて……感謝したいのはこちらの方です」


 本当にこの城のメイド達は……。


「で、発表はどうするんだ? まだ誰も知らないんだろ?」


 流石に同僚の料理隊は知ってるかもしれないが、他のメイドはまだ知らないだろ。


「そうですね。まずはシオン様とルーナ様に許可を頂いてからと思っていましたから……」


 そういう所は律儀なんだが……。


「もし許可が下りなかったらどうするつもりだったんだ?」


 まぁオッチャンとなら俺の中で許可しない選択肢はないけど。だけどルーナが実は頑固親父のように『ウチの子はどなたにも渡しません!』みたいなキャラだったらどうする気だったんだ?


「その時はデント様と一緒に夜逃げでしょうか。せっかくの店を捨てるのは勿体ないですけどね」


 冗談だと分かるようにはにかみながらモニカは言う。だが、もしその時は本当に実行しただろう。

 それほどにモニカの覚悟は伝わってくる。モニカは本当にオッチャンのことを好きなんだな。


「じゃあ許可は出たんだし、発表は問題ないな。発表とパーティーの準備はルーナとアレーナに任せてもいいか?」


「畏まりました。お任せください。それで、シオン様はどうされるおつもりですか?」


「俺は……別の準備をするよ」


 とりあえず行きたいところがあるから、まずはそこに行かなければ!!



 ――――


「オッチャーン!!」


 俺は話し合いが終わるとオッチャンの店に向かった。


「おう! 兄ちゃん。そんなに急いでどうした? もしかしてまた厄介事か?」


 オッチャンが俺を見て警戒する。随分と失礼なことを言っているが、実際デューテの件で迷惑かけちゃったからな。


「オッチャン。聞いたよモニカのこと……」


 オッチャンの顔が一瞬で強張る。そして次第に赤くなる。

 正直モニカのような女性が照れるのは可愛いけど、オッチャンのようなむさ苦しい中年親父が赤くなってもキモいだけだ。


「うっ!? …………そうか。聞いちまったか。いきなりで驚いただろ」


「ああ、最初モニカから話を聞いたときは、ビックリしすぎて噎せ返ってしまったよ」


「……兄ちゃんには悪いと思ってる。こんなに立派な店を建ててもらったのに、裏切るような真似しちまって」


「はぁ? 裏切る? 何を言ってるんだオッチャンは?」


「いや、だって結果的にはモニカさんを取った形になっちまった」


「オッチャン。モニカは俺のじゃないし、ましてや物でもない。モニカが自分の意思で選んだ道だ。取ったとか取られたとかじゃないぞ。それとも何か? モニカを無理矢理手込めにでもしたのか?」


「なっ!? バ、バカ言うな! そんな真似するわけないだろ!」


「ならいいじゃん」


「兄ちゃん。……ありがとよ」


「そんなことよりも俺は今日はオッチャンと飲みに来たんだ。二人でゆっくり飲もうや」


「よしっ! ちょっと待ってろ。今とっておきを焼いてやる」


「おっいいね。じゃあ俺はビールの準備をしとくよ」



 ――――


「へぇ。じゃあモニカからアプローチしてきたんだ」


「ああ、あんな美人。俺から話し掛けられる訳ないだろ」


 オッチャンの言う通り、モニカはシルキーメイド隊だけあってかなりの美人だ。

 俺だって例えばモニカみたいな美人の女性が町を歩いてたって声すら掛けられないだろう。

 というか、やっぱり何でモニカはオッチャンを好きになったんだ? 元々親父好きだったのか?


「んあ? そんなに俺の顔を見てどうした? 何か付いてるか?」


「いや、モニカは何でオッチャンを好きになったのかなって」


「……正直俺にもよく分からんが、俺が料理を作っている姿がいいんだとよ」


 少し照れたようにオッチャンは言う。多分酒が入ってなかったら絶対に言わなかっただろうな。

 でも確かにオッチャンが料理をする姿は男らしかったもんな。


「で、オッチャンはモニカのアプローチに負けたと」


「負けたって言い方はどうかと思うが……そうだな。最初は何の冗談だと思ったよ」


「だろうな。俺だってモニカからアプローチされたらドッキリかと思うわ」


「ドッキリがよく分からんが……まぁ最初はもちろん断ったさ。だってほら、相手は美人だし、住む世界も違う」


「確かに魔族と人間は住む世界が違うよな」


「ああ、いやそういう意味じゃない。城のメイドと町の屋台の親父だぞ。立場と言うか……それ以前に住む国からして違う」


「魔族ってのは気にしなかったのか?」


 俺がそう言うとオッチャンは急に真面目な顔になる。


「兄ちゃん。俺は兄ちゃんから、魔族だろうが人間だろうが関係ない。って教えてもらったんだぞ。なのに兄ちゃんがそれを言うのか?」


 オッチャンは少し怒っているように見えた。


「悪い。でも……オッチャンがそんな風に考えてくれるのは嬉しいよ」


「まぁ、葛藤が全くないと言えば嘘になる。だって俺はあの人を悲しませることになるんだから」


 ルーナも言っていた魔族と人間の寿命の差。オッチャンも気にしてたのか。


「でも、あの人はそれが分かってて、なおも俺を慕ってくれた」


「それだけオッチャンのことを本気だったんだろう」


「いつの間にか俺もあの人とここで料理をすることに居心地がいいと感じるようになった」


「一緒になったら二人でこの店をやるのか?」


「ああ。手伝ってもらおうと思う」


「……きっと繁盛するだろうな」


 オッチャンの焼き鳥の味。それに美人女将。流行らない訳がない。


「当たり前だろ。俺の焼き鳥は誰にも負けないからな」


「はははっ、確かに」


 と、そこで俺は姿勢を正す。


「オッチャン。最後にもう一度聞かせてくれ。モニカが魔族でも……幸せにしてくれるか?」


「だから何度も……」


 オッチャンが文句を言おうとしたが、俺が真面目な顔をしているのに気がついたようで、オッチャンも姿勢を正す。


「ああ、モニカが魔族だろうが関係ない。俺はモニカと言う一人の女性を愛してる。確かに人間である俺の方が先に寿命が来るかもしれない。だが、モニカに俺と一緒になって良かった。そう思わせるくらい生きてる間は幸せにしてみせる。だから……モニカを俺にくれ」


 ガバッと土下座をして俺に願いをこう。


 よし。この辺でいいだろう。


「あっ、オッチャン。もう顔上げて良いよ」


「はっ? …………おい、兄ちゃん。なにしてんだ?」


「いや、今の名演説がしっかり撮れてるかな? って確認してるんだけど……うん。ばっちり撮れてる」


「撮れてるって……おいっ、まさか!!」


「見る?」


 俺はケータイの録画機能を再生する。


『モニカが魔族だろうが関係な』

「うがあああ!! 何しやがってんだ兄ちゃん!!」


「いや、こんな一世一代の告白。俺一人で聞いちゃ勿体ないなと……」


「なっ!? もしかして……」


「近いうちに、モニカの結婚祝いパーティーを城でやるんだ。で、モニカにお礼のプレゼント何にしようか悩んでたけど……いやー、いいプレゼントが出来たよ」


「プレゼントだと!? ふざけんな! 早くそれを消せ!」


「やだよ! これ見たら絶対モニカも惚れ直すって!」


 俺とオッチャンはしばらくの間消す消さないの言い合いをする。

 オッチャンの恥ずかしい気持ちは痛いほど分かるが、こればっかりは譲れない。

 それにオッチャンは照れて恥ずかしがってるだけて本気で嫌がってるわけ出はないだろう。

 結局俺から回収するのを諦めたオッチャンがやけ酒を飲み始める。


「ったく本当に兄ちゃんは……」


「まぁまぁ。これでモニカが喜ぶなら安いもんじゃないか」


「……ふん。そんなんで本当に喜ぶのかね?」


「そりゃあ喜ぶだろうさ。そうだ! オッチャンもパーティーに来るだろ?」


「誰が行くか!!」


「えっ来ないの?」


 寧ろオッチャンは主役じゃないのか?


「お前なぁ……兄ちゃん一人でこれだぞ? 兄ちゃん以外の人や同僚のメイドが参加するんだろ? 俺が行ったら揶揄われるだけじゃないか」


 ……確かに。オッチャンにとってはアウェー感半端ないよな。まぁ無理強いは出来ないが……。


「多分モニカのドレス姿が拝めるぞ?」


 一応ギリギリまでオッチャンが来たがるように誘ってみる。


「……いや、やっぱり行かん!」


 結構揺れたみたいだが、やはり無理か。仕方ないモニカのドレス姿を写真にとって渡してやろう。

 そして出来れば記念に二人の写真を別の日にでも撮ってあげたいな。

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