日常編 シルフとの出会い
「あれは確か……シオンがAランクの昇級試験を受けに行った時だったかな。エキドナさんの訓練の休憩中に、バジリスクに襲われてるこの子を見つけたんだ」
「そうね……あの時は本当に助かったわ」
リュートはシルフとの出会いを語りだした。どうやら修行中に砂漠で出会ったみたいだな。
砂漠のど真ん中でバジリスクに襲われているシルフ……ちょっと想像がつかない。
「なぁ。そもそも何で砂漠のど真ん中にいたんだ?」
「どうだっていいでしょ!! って言いたいところだけど、教えてあげる。アタイ達シルフはね。元々風に乗って自由気ままに島から島へ飛び回ってるの」
渡り鳥みたいな感じかな? 口に出したら鳥扱いするなって言われそうだから言わないけど。
「ん? じゃあお前以外にもシルフはいるのか?」
「当たり前じゃない!! まぁあの島に降り立ったのはアタイだけだったんだけどね」
「何で一人で降り立ったんだ?」
砂漠なんて見ても面白くないだろうに。
「ちょっとね……島の空気が気になってね。何かあるのかなって? 思って降りてみたの。そしたらバジリスクがアタイを食べようと襲い掛かってきて……」
「そこを僕が助けた形になるのかな」
「ふーん。でもそれならすぐに言ってくれれば……」
別に内緒にする話でもないだろ。
「あっいや、その後この子何も言わずに飛んで行っちゃったから……」
「えっ?」
「だって……助けてくれたのは感謝したけど、人間に捕まって売られちゃったりしたら大変じゃない」
確かに……精霊なんて珍しい種族。捕まえるために助けたと思われても仕方がない。
「まぁ僕も助かったならそれでいいかって思って、それっきり忘れていたんだよ」
「なら……何で今はこんな感じなんだ?」
「確かにすぐ逃げちゃったけど……アタイだって、お礼を言わずに逃げちゃったのは悪かったかなって思ったのよ。でも悪い人間だったら嫌だから、しばらくの間リューちゃんを観察してたのよ」
「僕はそれに全く気が付かなかったけどね」
「そしたら……ほら、リューちゃんって随分歪な感じじゃない」
「歪? どういうことだ?」
「だって……緑の属性なのに風魔法を使って……しかも風に愛されてて……ねっ歪でしょ?」
「……風に愛されて? は分からんけど緑の何が歪なんだ?」
緑で風って普通だと思うけど?
「はぁ……リューちゃんもそうだったけど、これだから人間は……いい? 本来の風の属性は黄色なの。緑は大地の属性でしょ!」
「えええっ!? そうなの?」
風の色は黄色……そんなこと初めて聞いたぞ。
「アンタ……ノームと暮らしていてそんなことも知らないの?」
「いや、村に住んでるだけで正確に一緒に暮らしている訳じゃ……ってそういえばノームの属性は緑だったな」
「アタイ達精霊は人間や魔族と違い特別な精霊魔法を使うの。でも属性自体はあるわけよ。で、それぞれ四大精霊の属性は火の精霊サラマンダーが赤、水の精霊ウンディーネが青、大地の精霊ノームが緑、そしてアタイ達風の精霊シルフが黄色ね」
「だから風の属性は黄色なのか……」
そう言われれば納得だ。
「でも魔法ってのはイメージだからな。リュートが緑が風と思うなら風魔法が使えてもおかしくないぞ」
自分がちゃんと色と魔法をイメージできていれば、それが全く違うものでも魔法として発動できる。魔法って本当に不思議だよな。
「ええそうね。だけどリューちゃんは風に愛されてるのよね。普通風に愛されるのは黄色以外にいないはずなのに……」
「だから歪なのか」
「そうなの。で、そもそもアタイが島の空気がおかしいと感じたのが、その歪さだったのよね」
「ってことは、元はと言えばリュートの存在がここに来た原因だったってことか」
「まぁそういうことになるわね」
これじゃあ助けたのかどうなのか微妙な感じだな。
「まぁそういうわけで、しばらくリューちゃんを観察してたのよね」
ようやく話が戻ったな。
「で、どうやらリューちゃんは悪い人じゃないって思ったのよ。たから……」
「礼をしたのか?」
「いえ、まずは近くで隠れてたの。そしたら魔力を一生懸命溜めてたから、ちょっとだけ手伝ってあげようかと思って……」
「それが丁度属性を調べた時だったみたいなんだ」
「じゃあ二十万の魔力と黄緑でキラキラだったのは……」
「アタイが手伝ったからでしょうね。アタイは黄色だったから混ざって黄緑になったんでしょ」
「じゃあキラキラは? 英霊は?」
「だから英霊なんて知らないって言ってるじゃないか」
んんん? 話が違うくないか? とトオルを見る。
「これは予想外だね。まぁとりあえずリュートくんの話を最後まで聞こうじゃないか」
「話って言っても……その時は僕にも何がなんだか分からなかったんだよね」
確かにずっと固まってたしな。
「それに、その後も魔法は問題なく使えた……というか、魔法の調子が良いくて……くらいかな」
「確かにそんなこと言ってたな。てっきり魔力が上がった影響かと思ったけど……」
「ふふん! 風の精霊たるアタイが手伝ってたのよ! 調子が良くて当然でしょ!」
ってことだったらしい。分かるかそんなもん!!
「それで、その後すぐにデューテが町にやって来たじゃないか。そのまま気付かないまま修行が終わっちゃってね」
「えっ? じゃあこの子はどうやってついて来たんだ?」
「そりゃあ隠れ場所がリューちゃんの鞄だったからでしょ」
「鞄に隠れてて気がつかなかったのか?」
「ふふん。精霊なら姿を隠すことくらいわけないわよ!」
そう言ってシルフは姿を消す。消えたっ!? と思ったら五秒くらいで姿を現す。
「ねっ。人間に見えなくなるくらい簡単よ!」
精霊の特性なのか精霊魔法か分からないが、トオル以外でも透明になれるヤツには始めてあったな。いや、精霊ならノームも消えないだけで姿を消すことは出来るのかもな。
「でも……何で隠れてたんだ? ついて来たってことは、もうリュートが悪い奴じゃないって判断したんだろ?」
「それはその……助けてもらったのにお礼もせずに逃げ出したりして、今更顔を合わせずらいじゃない」
「……まぁな」
思ったよりもこのシルフは繊細な子なのかもしれない。
「だから旅に出るまで僕も気が付かなかったんだ。違和感を感じたのは、旅の途中に魔力を確認したとき、緑に戻ってたことがあったんだ」
「どうしてそれを言わなかったんだ?」
「いや、別の日はまた黄緑に戻ってたから、その日の体調で違うのかなと。もしくは魔力の使い過ぎで変わるのかなと。緑の日は魔力も低かったから使い過ぎかなと思って……」
魔力が一気に上がったばかりなら、どのくらい消費したか分からずリュートのような感覚に陥るかもしれない。それに仮に相談を受けても、結局は俺もリュートと同じ結論に至っただろう。
「この子を見つけた時はその旅の途中。鞄に入ってたのを見つけたんだ」
「はははっその時は偶々寝てて……失敗失敗」
シルフは笑いながら頭を掻く。ちょっと恥ずかしそうだ。
「その時はもうキンバリーの近くだったから……それだったら余計なことは言わずにもう全部片付いてから言おうかなと」
「で、そのままずっとなのよね」
なるほど、大体事情は把握できた。俺はその中で気になっていたことをシルフに聞いてみることにした。
「……見つかるまでずっと鞄の中にいたのか?」
「うん。そうだよ」
「……その間、食事とか排泄とかどうしてたんだ?」
俺は純粋に気になって聞いてみた。もしかしてリュートの鞄の中、とんでもないことになってるんじゃないのか?
「はっはいせ……ちょっとアンタ! 精霊に向かって何てこと言うのよ!! アタイ達はそんなのはしないの!?」
「えっ? そうなの? あのアイドルがトイレに行かない的なノリじゃなくて?」
「アンタ本当に失礼極まりないわね。いい加減にしないと特製キックをお見舞いするわよ!!」
そう言いながらシルフはシャドーボクシングをする。……キックかパンチかハッキリしてほしい。
「シオンくん。気になるのは分かるけど、流石にそれはセクハラ発言だよ」
「シオン……流石にその質問はあんまりだと思うな」
通るとリュートの両方から責められる。確かに失礼かと思ったけど……気になるじゃん。
「あーすまなかったよ。まぁトイレ云々は忘れてくれ」
「……分かればいいのよ」
シルフも落ち着きを取り戻す。
「でも食事の方はどうなんだ? 流石に必要なんじゃないのか?」
こっちは流石に聞いてもいいだろ。今後の食事にも影響するかもしれないしな。
「別に食事の必要はないわ。アタイ達精霊は自然のエネルギーだけで生きていられるから。特にリューちゃんの近くは風の力が強いからアタイも満足だわよ」
「ふーん。でもウチのノームはトマトが大好物だぞ」
「別に食事が出来ない訳じゃないわよ。アタイだって偶に木の実とか食べたりするから。ただ人間のように絶対に必要って訳じゃないだけよ」
そっか。なら今後はシルフの料理も用意してやった方が良いかもしれないな。
「うん。リュート側の話は大体理解した。で、トオル。どう思う?」
「そうだね。いくつか仮説の変更が必要だけど……まずあの属性がキラキラ光る現象。あれは英霊が憑りついた所為じゃなくて、自分とは別の誰かの魔力と混じった結果なのかもしれない」
「んん? でもそれだと俺は何度かスーラの魔力を取り込んで合体技とか使ってるぞ? 確かトオルの話だと一回でも魔力が混じったら敵の測定器に契約済みの表示がされるんだよな?」
それこそあの戦いの最中にもガブリエルの魔法を防ぐためにスーラが魔力を分けてくれた。あれはどうなるんだ?
「多分それは魔力を合体させたわけじゃなく、単純に魔力を分けただけじゃない? 合体技だってシオンくんの体内で魔力を練り合わせて放つんじゃなくてシオンくんが放った魔法をスーラくんが上乗せする感じだったでしょ。そういう意味では英霊や精霊の……確か融合って言ってたっけ。融合とは違うんじゃないかな」
「はぁ……確かに言われればその通りだ」
俺がスーラにしてもらったことは、魔力の融合じゃなくて補充と言った方が正確だろう。
「でもこれでハッキリしたことは、英霊じゃなくても魔力の融合が出来る。そしてそれは自身の魔法を飛躍的に伸ばすことが出来る。また、属性の色もそれに合わさった色になる。こんなところかな」
「ちょっといいかな?」
トオルの話にシルフが入って来た。
「どうしたんだい?」
「えっとね。融合って言っても誰とでも出来るとは限らないの。アタイの場合はリューちゃんが風に愛されてたから上手くいっただけで……多分他の人とやっても上手くいかないと思うよ」
「じゃあやっぱり相性はあるのかな」
「でも敵は無作為に器候補に適当に入れてるんだろ?」
「そうだけどね……ほら、結構失敗してるって話だったし、多分天使って白のイメージが強いじゃないか。他の属性との相性って悪くないんじゃないかな?」
仮に白と他の色が合わさったとしても青は水色に、黄色はクリーム色のようになるだけか。確かに相性自体は悪くなさそうだ。
「……ケインの色はどうだったんだ? どうせ調べてるんだろ?」
あの状態でトオルが敵の属性を調べていない訳がない。
「ケインくんは最初は金色……だけど所々白い斑点が混じってたよ。ミカエルが入ってからは白金色になってたよ」
「その白い斑点ってのも気になるけど白金色……プラチナってことか?」
「ああ、違うよ。プラチナは白金。白金色はホワイトゴールド。別物だよ」
「なんだそれ。紛らわしいな」
「それはそう決めた人に言ってよ。僕は知ってることを言ってるだけだよ」
「……まぁいい。ちなみにキラキラは?」
「光ってたよ。まぁホワイトゴールド自体が光ってそうだから何とも言えないけどね」
確かに元が光り輝いていそうな色だ。
「でも元の金からは変化していたんだろ?」
「そうだね。それに斑点も消えてたし」
「その斑点って何なんだ?」
「恐らくプラナくんだろうね。クロムくんにも似たようなのがあったよ。元々クロムくんは普通の青だったんだよね?」
「ええ……あっ! だからあの時二人の属性を聞いたんですか?」
どうやらリュートにクロムの属性を聞いていたようだ。
「うん。プラナくんは白だったけど、クロムくんは青に白の斑点……というか殆どが白に侵食されている感じだったよ。多分眷属化の影響だろうね」
「ん? でもケインには眷属化の魔法は使ってなかったんじゃなかったっけ?」
確か器として不純物が入らないようにしていたって聞いたけど。
「ケインくんの方はミカエルの魔力が馴染んでいる状態だったんじゃないかな。多分侵食中だったんだよ」
あの後姉さんに聞いたけど、ケインは自分の体が長くないことを悟っていたらしい。ミカエルに侵食されている自覚があったんだろう。戦いなんかせずに頼ってくれたら今頃……いや、過ぎたことを愚痴愚痴と考えるのは止めよう。
「じゃあもしかして、その人が洗脳に掛かってるとかって、魔力検査カードを使って確認すれば分かるってこと?」
「もしかしたらそうかも。まぁプラナくんの魔力が強力すぎて、属性にまで影響を及ぼしたからってだけで、普通の一時的な洗脳や呪いの類まで反応するかは分からないけどね」
「……今度しっかりと確認した方が良いかもしれないな」
もしかしたら俺の魔法……毒やら呪いやら契約やら……全部魔力検査カードで調べたら紫の斑点が付いてるなんてことになってるかもしれない。
「確かにシオンくんには死活問題かも知れないね。じゃあ実験するときは声を掛けてね」
こういう時はトオルは頼りになるな。近い内に調べてみることにしよう。
「じゃあ話を戻すよ。相性の話だったよね。相性は色は勿論、リュートくんやシルフのように風の相性もあれば、デューテくんやトールのように単純に黄色同士の相性もあるってことだね。また、サクラくんのピンクのように相手を取り込む可能性もある属性なんかは相性が合う属性は少ないかもしれないね」
「じゃあ俺とトオルは……」
「少なくとも特別過ぎて相性いいのはいないかもね。あっでも……」
「でも?」
急にトオルが考え込む仕草をとる。どうしたんだ?
「…………まぁいいか。敵はね。アズラエルって大天使の英霊を所持してるんだけど、その英霊は今まで全ての器を壊して失敗しているらしいんだ」
「えっ? いきなり何を言ってるんだ?」
話が全く別の方向にいってないか? そもそもそのアズラエル? 聞いたことはあるような……くらいの印象しかない天使だな。きっとマイナーに違いない。
「アズラエルは死を司る天使。物語では死神として出てくることもあるよ」
「へぇ……それで、その天使がどうしたんだ?」
「さっきも言ったように、アズラエルは敵の元で何度も器を壊してきてね。多分死の天使ってことが関係してると思うんだ」
確かに死と相性のいい属性なんて存在しないだろう。
「そこで敵が目を付けたのがシオンくんさ。君の紫ならアズラエルと相性がいいと思われてるみたいだよ」
「はぁっ!? ちょっと待て。じゃあ敵は……俺を狙ってる?」
「その通り。だから気をつけてね」
「気をつけてって……えっ? どうすればいいの?」
ちょっといきなり大ピンチじゃね?
「そんなに慌てなくても、今すぐに攻めてくることはないから安心してよ」
いや、気をつけろって言ったのはそっちじゃん。
「どうして分かる?」
「敵はね。もう一つ探している英霊があるんだよ。その英霊を見つけ出すまではここに攻めてくることはしないみたいなんだ」
「その探してる英霊とは?」
「それは今は関係ないかな。あまり有名じゃない天使だから多分シオンくんは知らないと思うよ」
確かに今は関係ないかもしれない。だけど、敵の重大情報じゃないのか?
「さっきから……いや先日のトールの体の時から気になってたけど、トオルはどこまで何を知ってるんだ?」
トールの時はまだ戦闘中に聞いたかも?的な内容だったが、アズラエルの話なんか絶対にあの時に聞いた話じゃないはずだ。あの後……逃げた後で知った情報に違いない。
「僕も結構頑張って調べたからね。一応敵の最終目的と現状況、これからの行動までは把握してるよ」
「なっ!? そんなに分かってるなら教えてくれても……」
「今は駄目」
「何で!!」
「情報は仕入れても、まだ僕も全部は把握できてないんだよ。それに確認も出来てないしね。シオンくんだって不確定情報が多いと混乱するでしょ。ちゃんと心配しなくても、必要になったら今みたいに教えるから……」
「……本当だろうな?」
不確定情報でも共有は大事だと思うが……共有することにより議論ができる。それが更なる情報になるんじゃないのか?
正直俺にはトオルが何を考えているのか分からない。
「そんな怖い顔しないでよ。心配しなくても大丈夫だよ。少なくとも本当に暫くはこっちに攻めてくることはないから」
俺はトオルに不信感を募らせる。だが、どうせ今ここで問い詰めてもはぐらかされるだけ。
それに……それでも本当にシクトリーナがピンチになる前には教えてくれるはずた。……そうトオルを信じるしかない。
「ちょっと殺伐としちゃったね。でももう少し説明するね。あと分かったことといえば……敵は融合したことに気がついても、それが英霊かそれ以外かは分からないってこと」
「リュートが既に契約済みって分かっても、英霊と契約していると勘違いしてるってことか」
さっきまでの俺達のように……そしてそれも既に敵が既に誤ってると確認済みの情報だろう。
「うん。まぁだからといってどうなるもんでもないけど……今後キラキラに会ってもそれが英霊かどうかは調べないといけないかもね」
流石に滅多にいないと思うけど……いたら敵の可能性が高いと思うけどな。
「最後に……君はこれからどうするんだい? リュートくんと一緒に行動するの?」
トオルがシルフに確認する。確かに……仲間と別れてここにいるんだよな? 帰らなくていいのかな?
「うん。何か大変そうだし、アタイはリューちゃんと一緒にいるよ。アタイが居た方がリューちゃんも助かるだろうしね」
「そうだね。確かにシルフがいなかったらクロムも倒せなかったと思う」
そっか……クロムを倒した時は融合していたのか。リュートは今や頼れる仲間。立派な戦力だ。
「じゃあ君も隠れてないで今後はスーラくんのように堂々としてなよ」
「いいの?」
シルフはリュートの顔を見る。何かを期待する目だ。
「まぁハンプールの町では危険だから、普段は鞄の中か姿を消してた方が良いだろうけど……シクトリーナ内では良いと思うよ」
「分かった! じゃあここにいるね」
そう言ってリュートの肩に止まる。……やっぱり皆、肩が定位置になるんだな。
「しかし……シルフって種族名だよな。名前ってないのか?」
いくらここにはシルフが一人しかいないと言っても、ずっとシルフって呼び続けるのも悪い気がする。
「ないわよ。だってアタイ達精霊は特に固有名なんて付けなくてもお互いを区別できるから必要ないもの」
「しかし、そっちが良くても俺達が不便だもんな」
「ならリューが決めてよ! リューの決めた名前ならアタイ何でもいいよ」
「えっ……えええ!? 僕が決めるの?」
リュートはいきなり名前を付けろとの無茶ぶりに滅茶苦茶動転してる。
これ、シルフは何でもいいって言ってるけど、絶対変な名前を付けると文句を言うやつだ。
俺にも覚えがあるけど、名前を付けるのって大変なんだよなぁ。
シルフ……シルキーと語呂が似てるからメイドと被りそうだな。俺が決めるんじゃなくて良かった。
「シルフィ……シシリー……シャンディ……シフォン……」
リュートはブツブツと名前を呟く。やっぱりそんな感じになるよな。ただシフォンはシオンと似てるから止めて欲しい。
「ショコラ……うん! ショコラってのはどうだい?」
……また随分と美味しそうな名前にしたなぁ。
「……うん! 分かったアタイは今からショコラだね!」
シルフ……もといショコラは名前を貰って嬉しそうだ。やっぱり必要ないと言っても、名前があるとそこに自分が存在しているのが実感できると思う。
「じゃあショコラだな。俺はシオン。改めてよろしくな」
「分かったわシオン。こっちこそよろしくね」
さっきまではアンタ呼ばわりだったが……うん。俺も名前で呼ばれた方が嬉しいな。
これからこのショコラがリュートの周りで色々と問題を起こすんだろうな。俺はそう思えて仕方がなかった。
今回までが五章の補完的な話になります。
次回以降の日常編からはいつも通りの内容になります。




