第167話 勝利?を喜ぼう
トールの遺跡を無事に出た俺達はシクトリーナ城へと戻ってきた。
既に領主と女王が集まっている。事前に帰る旨は連絡していたから、ルーナが気を利かせて呼んでくれたようだ。
「アルヴィスが行方をくらましました」
女王は俺を見るなり神妙な顔で報告する。
「そうか……」
やはり予想していたように過激派のボス――アルヴィスもプラナの眷属だったようだ。
プラナについて行ったのか、もしくは口封じのために処分されたのか……どちらにせよ戻ってくることはもうないだろう。
「あまり驚いてませんね。もしかして知ってましたか?」
「いや、だけど予想はしていた。少し長くなるが、俺達の話も聞いてくれ」
――――
女王や領主、ルーナへは先ほど遺跡で話した通りの説明をした。
「まさかプラナさんがそんな人だったとは……そしてケイン様。いえ、そればかりか、行方知らずだったディラン様までがそんなことになっていらしたとは」
女王は……いや、全員が話を聞いて驚くばかり。まぁ無理もないか。
「まぁ色々ありはしたが……ひとまずアルヴィス。いや、過激派の心配は殆どしなくていいだろう」
アルヴィス以外にも、プラナの足取りを完全に消し去るために眷属化された人物は全員いなくなっているはずだ。その殆どが貴族……もしくは戦力になる戦闘兵の筈だ。
したがって残っているのは眷属化されていない小物だけ。そういうのは上が何も出来ない。すぐに瓦解するはずだ。
「だからまぁ……多少の混乱はあるかもしれないが、黄の国はもう大丈夫だ」
王子達ももう城へと帰っても問題ないだろう。もちろんしばらくの間は護衛が必要だろうが。その辺りはサクヤやシグレに任せればいい。
「あの……それで、その……デューテさんはどうなるのでしょうか?」
女王は随分と言い淀んでいるが……やはり気になる所だよな。
「デューテに関してはしばらくはこっちで預かることにした。もう悪さはしないと思うけど、下手に解放したら、またプラナに狙われる危険性がある。本当に黄の国からいなくなったと断言できるようになったら解放するよ」
元々彼女は敵というよりもケインに従っていただけだ。まぁ俺には少なからず怒ってはいたが……。
ケインもいない。過激派もないならデューテが敵対する理由はもうない。
まぁ本来なら今回の責任を……なんて話もあるだろうが、寧ろこんなことになってしまって、ある意味デューテが一番の被害者かも知れない。そんな彼女に責任も何も言えるはずはなかった。
まぁだからといって、流石にこのシクトリーナで一人で自由にすることは出来ない。牢に入れるなんてことはしないが、彼女には必ず誰かと行動をしてもらう。その点もすでに彼女は納得済みだ。
まぁ彼女の面倒は全てリュートに丸投げしよう。
「では、デューテさんは一応生存していることを公表しても問題ありませんか?」
「ん? 公表?」
デューテは生きてますよって? 敵をおびき寄せるのか?
「ええ。ここまで大事になってしまったのですもの。ある程度は国民に説明しなくてはなりません」
ああ、国民に公表か。でも一介の冒険者が生きてるなんて公表する必要ないだろうに。
「……別にデューテの生存報告は必要ないんじゃね?」
「いえ、彼女とリュートさんはこの国に残された唯一のSランク冒険者です。SSランクのディラン様とケイン様の死亡。それからプラナの反逆は最低でも伝えなくてはなりません」
「あーそっか。それが残ってたな」
「えっ? 何か?」
「いや、確かにケインとディラン、プラナは英霊――本人ではなくなったけど、体はそのままになっている可能性はあるんだ。だからケインの姿で何処かに現れる可能性がある」
遺跡で後回しにしていた問題。ケインの体で悪さする可能性がある話を説明した。
「……一応、私が今回の件を民衆に公表する際は、宰相のアルヴィスとSランク冒険者プラナとSSランク冒険者ディランが反乱を起こす。ケイン様と、デューテさん、リュートさん、【月虹戦舞】の皆さんの活躍により、反乱を未然に防ぐことが出来た。でも犠牲が多く、プラナは国外に逃亡。アルヴィスは行方知れず。ケイン様とクロムさんが名誉の戦死にしようと思っていたのですが……」
「あ、ああ。いいんじゃないか」
真実とは結構違うが国民に説明する分には十分だと思う。
「でもケイン様の姿で行動されると……」
そうなんだよなぁ。ないとは言い切れないもんな。
「それさ。死んだは絶対だと公表すれば、例えケインって名乗っても偽者だと思うんじゃない? そもそもケインくんの顔はそんなに国中に知れ渡っているのかい?」
「……名前は知れ渡っているとは思いますが、訪れた町や村以外の人は顔を知らないと思います」
いくらカリスマでも写真やテレビもないこの世界で顔を知るのは至難の業だ。
「なら、今まで訪れた人がいるところには注意をすればいいんじゃない? 死んだケインを語る偽者が出没していますって。どうせ冒険者カードは機能停止するはずだから、本物とは思わないんじゃないかな」
確かに偽者がいる旨を示唆すれば問題はないか。
「じゃあそれでいいんじゃないか。あっ、でも【月虹戦舞】の名前は消しといてくれ」
「えええっ!? どうしてでしょうか!?」
いや、そこそんなに驚かなくても……。
「Aランク冒険者になったからな。もう俺達はあまり目立たない方が良いと思うんだ」
俺はこの間クリスと話したことを女王にも話した。
「そんな……私はシオン様を含む【月虹戦舞】の皆様に新しいAランク冒険者になっていただこうと思っておりましたのに……」
「……勘弁してくれ」
あんなアイドルみたいなことになるなら、Sランクなんか上がりたくない。
「そうですか……残念です」
女王は本当に残念そうだ。
本当になに考えているのか。
――――
「シオン様。今回はシクトリーナ及びエキドナ様に多大な迷惑をおかけしました。我々はその恩にどうお返しすればいいのか……」
ある程度今後の話も終わり解散といったところで女王が俺とエキドナに向かってあらためて礼を言う。
「別に俺達に得が無かった訳じゃない。商売ルートも開通できたし、十分に恩恵は受けてるよ」
「妾の方はただシオンについて行っただけじゃからのう」
「しかし……」
「あーもう! 別にこれからも仲良くしてくれるだけでいいんだよ。それでももし納得できなかったら……それはルーナにでも相談してくれ」
「妾の方もそういう面倒なことはラミリアにでも言うとくれ」
「シオン様……」
「エキドナ様……」
ヤバい。ルーナとラミリアの目が俺達二人を鋭く睨む。
「ふふっ。ではその辺りの話は後日に致しましょう。それで……シオン様はこれからどうされるのですか?」
「そりゃあ、せっかく落ち着いたんだし、しばらくはのんびりするよ」
プラナ達が逃げたからといって特に何かするわけではない。
探して倒す? ケインが今も無事ならそれもアリだろう。だが……もう手遅れだ。せめてケインの体だけは取り戻したいけど、それも何処に逃げたかも分からないから、かなり厳しい。
トオルは逃げた先は白の国――聖教国だと予想はしていたが、それが本当かどうかは分からない。
それに相手は国なのか。それとも個人の組織なのか。現状それすらも分からない。
いつもみたいに遊撃隊に潜入捜査してもらおうにも、あの国は危険すぎる。
魔族を絶対悪とし、完全に排除しようと考えている国。
恐らく魔族感知できる結界などが施されているに違いない。
シルキーである彼女たちに潜入捜査をさせるのはリスキー過ぎた。
じゃあ俺達が直接調べに行く? いやいや、下手に刺激したら全面戦争になりそうだ。
それにそもそも敵の狙いが何なのかも分からない。
英霊を集めてどうする気なのか。この世界の征服? ……まさかね。
とにかく相手が何か行動を起こさない限り、こちらからは何も出来ないのが現状だ。
それに敵は二つの英霊を手に入れるために数年の月日を費やしていた。彼女の行動から急いで集めている風にも見えなかったし、まだ他の英霊も集めているようにも思えた。その英霊を手に入れるためにあと何年かかることか。他の仲間や今回の新規メンバーを加えたとしても、すぐに見つかるものじゃないだろう。もし俺達に敵対するとしても行動に移るまで数年……いや、数十年掛かるかもしれない。
なら俺達はその間に英霊に勝てるくらいまで強くなればいいだけだ。
なら今までと何にも変わりはない。シクトリーナを発展させつつ、修行して暮らせばいい。ただ、修行よりもしばらくの間はのんびり暮らしたいな。
俺の説明に信じられないといった顔をする女王や領主。
明確な敵がいるのに何も対策しないのが二人の常識では考えられないんだろう。
「まぁまぁそんなに慌てなくてもさ。……お互い今は今回の勝利を喜ぼうじゃないか」
ケインは助けられなかった。敵には逃げられた。戦闘でも勝てなかった。
とても勝利とは言い難い。しかし過激派はいなくなり、黄の国に平穏は訪れた。今はそれだけで十分じゃないか。




