閑話 リュートの独白
今回はリュート視点での話になります。
僕の目の前には、かつての仲間だったプラナとクロムがいる。
そして空中にはデューテが……シオンと戦っている。
デューテの攻撃はことごとく防がれている。だけどその流れ弾――いや流れ雷がそこら中に飛び散って危なくて仕方がない。
だから僕たちは戦わずにしばらく大人しく見守ることにした。
それにしても……今からこの二人と戦うなんて、仲間だったころからは考えられない。
いや、今思えば仲間とは言えなかったかもしれない。
だって僕は後ろからついて行くことしか出来なかったから。
――――
僕は数年前、ケインがリーダーのパーティーに在籍していた。
在籍していた。うん、それが一番しっくり来る。だって助け合いなんて殆どなかったんだから。
リーダーのケインはいつも殆ど喋らない。魔物と戦う時だって、常に一人で戦おうとする。実際、殆どがケインが一人で倒していた。
クロムもそうだ。基本無口。ただクロムはまるで弱い奴は嫌いだとばかりに僕を毛嫌いしていた。別にそれでイジメられてる訳ではない。ただ何かあっても助けてはくれなかった。そこにいないものと思われていたかもしれない。
デューテはいつも僕を揶揄う。馬鹿にする。でも彼女だけは僕を構ってくれた。
そしてプラナ……実は彼女のことが一番苦手だった。彼女は皆にいつも優しかったし、僕にも同じように笑顔で優しく接してくれる。回復役としてもパーティーには欠かせない存在だった。
だけど僕にはプラナの笑顔が……作り物に見えて仕方がなかった。まるで空っぽ。それが僕のプラナに関するイメージだった。
そんなパーティーと呼べるか怪しかったけど、【時の咆哮】を倒して解散した時、正直僕は少しホッとしたんだ。
別に抜けることは何時でも出来たんだけど、逃げたなんて思われたくなくて……だから口実が出来て嬉しかった。ただつい先日、解散は僕だけだったと知って、それはそれで複雑だったけど……。
パーティーを解散して自由になった僕は、すぐに次のプレッシャーに襲われることになった。
Sランクというプレッシャー。ギルドや他の冒険者からの期待。町の住人からの憧れの眼差し。
そして僕を利用しようと近づいてくる連中。僕は次第に人の目が怖くなった。
正直Sランクにならなければ良かったと何度思ったことか。
そもそも何で僕がSランクになれたかが不思議だった。
確かにケイン達と同じパーティーに登録はされていた。
でも僕は【時の咆哮】戦で殆ど役に立たなかった。
まだ別のパーティーの冒険者が人の方が活躍したと思う。だけど、冒険者カードに討伐履歴が付いたのは僕達と当時Sランクだった冒険者だけだった。
ただどんなに文句を言っても、Sランクになってしまったものは仕方がない。僕は皆の期待を裏切らないように頑張った。出来る限り依頼を受けた。勿論無茶はしないで、一人で出来る範囲だけだったけど。
最初は他のパーティーと一緒に依頼を受けたこともあった。
でも皆勝手に僕に期待する、僕をお客様扱いする。変に気を使うなどで、全く馴染めなかった。それが嫌で、次第に個人の依頼しか受けなくなった。
そんな時、ギルドの受付が僕に話しかけてくれた。
『アンタ……いつも一人でいて寂しくないの?』
彼女は僕がSランクでも畏まらない。他の冒険者と同じように接してくれた。
『確かアンタは元々リューって呼ばれてたのよね? じゃあ私もこれからリューって呼ぶわ』
その呼び方はSランクになってから呼ばれてなかったので、少しこそばゆかった。ただ彼女は仕事中――受付にいる間はリュートさんと呼ぶからあまり呼んでくれなかったが。
僕は何故受付中だけ呼び方が変わるか聞いたことがある。
『私はね。自分が認めた人には呼び捨てにすることにしてるの。でもね、受付で仕事をするには、認めている人も認めていない人も平等に扱わないといけないの。だから受付の仕事中に呼び捨てにすることはないわ。その代わり、個別にお願いするときは違うけどね』
なんだかSランクという称号じゃなくて、僕という個人が認められたように感じて嬉しかった。多分この時既に僕は彼女のことが好きになっていたかもしれない。
それから彼女が気になって仕方がなかった。彼女に話すときは気恥ずかしくて、変に気取った話し方にもなった。
彼女をデートに誘いたかったけど、僕が誘うと彼女に迷惑が掛かるかもしれない。そう思ったから、今まで距離を置いていた冒険者たちと交流を持ち、他の冒険者の誘いも受けることにした。そうすれば僕が彼女を誘っても違和感がなくなるかもしれないからね。
そんな生活が数年続いたある日、彼――シオンが冒険者ギルドにやって来た。
最初、冒険者ギルドに登録に来た彼らに僕は何も興味を示さなかった。
彼女がいつも通り、初心者の対応をして終わり。そう思ってたんだ。
だけど、その冒険者達を彼女は奥の部屋へと連れていった。彼女は他人に聞かれたくない話をする時は奥の部屋を利用する。
利用内容は依頼のことや冒険者の能力の秘密だとか様々だ。僕も彼女からの秘密の依頼で何回かは通された。
だけど、まだ冒険者にもなっていない人を通すのは異例だった。一体彼らにどんな秘密があるんだろう?
だけど、それくらいならまだ特には気にならなかった。
どうせどこかの貴族が戯れに冒険者になりに来て身分を隠したい。とかそんな感じだろうと思った。
実際、一緒にいたのは新人達の中で一人だけAランクの冒険者。男のことをシオン様って呼んでたから、おそらく護衛的立場なのだろうと思っていた。
そのAランクの冒険者は置いていかれた後、酒場の方へやって来て、他の冒険者と何か話している。
その後、見たこともないカード――トランプを取り出して、ゲームを始めたんだ。
それを見て僕はやっぱり貴族だなと確信した。世間に知られていないゲームを知ってるのは貴族しかいないから。
そこで彼らに関して一気に興味はなくなった。
まぁカードゲームの方は気になるからずっと見てたけど。
やがて彼女が戻って来た。そして彼女は昇格試験の冒険者を探した。
昇格試験ということは、彼をCランクからスタートさせるつもりなのだ。
なら彼らは既にCランクの魔物を倒しているということになる。
貴族の戯れじゃなく、それなりの実力がある? いや、護衛に付いていたのはAランク冒険者だ。
恐らく彼女が魔物をギリギリまで追い詰めた後に、彼らが止めを刺したに違いない。
そしてCランクからスタートして、箔を付けたいに違いない。そう思った。
……まぁ実際は全然違ったんだけどね。でもその時の僕は彼らのことをちょっと気に入らないと思ったんだ。
だから試験官に立候補した。
ちょっとだけ懲らしめてあげよう……そういう気持ちが芽生えてたんだ。
それから彼女にも良いところを見せよう。そんな気持ちもあった。
でも結果は惨敗。シオンはおろか一緒にいた女性――アイラにすら手も足も出なかった。
惨めだった。何が惨めかって、彼女は僕が負けると思っていた。だから、いつも観覧自由の訓練場なのに、完全に閉めきって、ギャラリーを一人も入れなかった。
僕が負けたのを知られないために……。だから公には僕が勝利したことになった。とてつもない屈辱だけど、負けたこちらは逆らえない。
惨めで屈辱的。でも不思議と彼らに怒りは感じなかった。
多分実力差がありすぎたからだろう。初めてケインに会った時に受けた衝撃にも似た――いや、実力差を考えれば、それ以上の壁を感た。だから負けて当然。そういう思いが強かったんだ。
『あの人達は特別だから気にしなくていいわよ』
彼らが部屋から出た後で、彼女から掛けられた慰めの言葉が一番堪えた。彼女に特別と言わせる存在。僕も彼らのようになりたかった。
だからかな。僕は彼らを注目するようになった。彼らの強さの秘密を少しでも知りたかった。だけど彼らはギルドには来ず、商売ばかりしていた。
ある日、朝早くに彼女がギルド前にいた。話しかけると、これから彼――シオンと出掛けるらしい。
流石にどれだけ強い人でも、自分が好きな人が誰かと出掛けると聞いたら面白くはない。
それに彼の強さ秘密も知れるかも? だから僕もその時は一緒に行くと言ったんだ。それが僕の今後を左右する選択肢だとは思いもよらなかったけど。
彼女は少し悩んだけど『多分良いって言うと思うわよ』と言った。
だけど『ただ、覚悟はしてた方がいいかもね?』と含み笑顔を見せながら付け加えた。
覚悟とは何の覚悟だろう? 分からないが、とにかく一緒に行けることが嬉しかった。
その後やって来たシオンも許可してくれたので、僕は一緒に行くことになったのだが……そこでシオンの正体を――彼の強さの秘密を知ることになった。
解散して帰った後、彼女の覚悟の意味を噛み締め、軽々しくついて行ったことを後悔した。
そういえばあれから砂漠や城には行ったけど、城下町にはあれ以来行ってない。けど、あの国の城下町の光景は今でも鮮明に思い出せる。
あそこは住人全員がやる気に満ち溢れていた。
あそこでは子供が働かずに勉強していた。
道端に倒れている人もなく、スラムもない。飢えもなく、盗みを働く人もない。まさに平和という言葉がピッタリの町だった。
僕が今住んでいるこの町も、活気溢れる良い町だ。
でも、あそこは根本的に違うと言うことだけは分かった。彼女が住んでいるこの町をあんな町にしたい。その為にはもっと頑張らないといけないと思った。
そんな僕の思いを知らない彼らは、その後立て続けにギルドが頭を抱えていた依頼を達成した。二つとも僕が出来ないと諦めた依頼だった。
悔しかった。昇格試験で負けたときよりも悔しかった。
たとえ実力で負けても、この町の冒険者としては負けたくなかった。
強くなりたい。
だから僕は彼らをより近くで観察するようになった。
彼らが受けた依頼に無理矢理同行もした。
そこで僕が驚いたのは、強さじゃなく彼らの仲の良さだった。
どんな時も笑いが絶えない。戦っている最中も互いを気にしあう。依頼達成を皆で喜ぶ。
僕がケインのパーティーに居たときになかった光景がそこにはあった。
そして彼らは僕を部外者扱いせずに、同じ仲間のように接してくれた。
それが何よりも嬉しかった。まるで本当のパーティーに……仲間に出会えたようだった。
そんな彼らはこの国の内乱を治めるために旅に出るという。
だから僕はそれについて行くことにした。
彼らからすれば僕は足手まといになるだろう。だけど僕は彼らと離れたくはなかった。いずれ一緒に肩を並べて戦える日が来ればいいと思って……。
――――
「リュー。何をボーっとしてる?」
「えっ? あ、ごめん。ちょっと考え事をしていたんだ」
考え事と言うよりは感傷に浸っていたという方が正しいか。
「敵を目の前にして弛んでる。もっとしっかりして」
「うん、ごめん」
彼女――アイラはいつもこんな感じの話し方だ。ぶっきらぼうで愛想がない。でもそれは彼女が口下手なだけで、そこに不快感はない。
「ん。頼りにしてるから」
数ヵ月前には手も足もでなかった。そんな彼女から頼りにしてると言われた。なんだろう。今なら誰にでも勝てそうな気がしてきた。




