閑話 サクラ対ケイン
今回はサクラ視点での話になります。
シオンがトールと戦っている裏でケインと戦っている話になります。
私とケインは邪魔が入らないように、すぐに皆のいる部屋を出て行った。
部屋で最後に目撃したのは、空中に浮かんでいるデューテとシオンが戦い始めるところだった。
それにしても……ジャンプじゃなくて、宙に浮かぶのっていいわね。私も出来ないかしら?
「何を呆けている? 今は戦闘中だぞ」
ケインはそう言いながら大剣を振り下ろす。私はそれをバックステップで回避する。
「あら、わざわざ攻撃前に教えてくれるなんて優しいのね」
「油断しているところを倒しても面白くないからな」
「それなら攻撃しなければいいのに」
「あれを食らうようであれば、この戦いをさっさと終わらせて弟の方を倒しに行くだけだ」
もう。ああ言えばこう言うんだから。
「じゃあちゃんと私の方を見てもらえるように頑張らないとね」
私よりもシオンを選ばれたら女の沽券にかかわるわ。
でも、この言葉だけ聞くとまるで私がケインに惚れてるように聞こえるわね。だけど私とケインの間にはそんな雰囲気はまるでなく寧ろ殺伐とした空気がひしめいてるわ。
ケインは振り下ろした大剣を軽々と持ち上げながら体制を整える。あんなに重そうなのに、よくあんな動きが出来るわね、
私の方は武器はこの拳。手には指貫グローブを嵌めてるわ。以前シオンとルーナが試験で戦ったときに、ルーナが装備していたのを今回の戦い用に貸してもらったの。しかもあの時のルーナは左手だけだったけど、私はしっかりと両手に嵌めているわ。
このグローブ。拳を傷めないようにという理由以外にも、魔力を通しやすい効果もある。
それに、グローブに魔力を通せば盾代わりにもなる。指の部分がないのは指先の繊細な部分が隠れてしまわないようにする為らしいわ。指先から魔力を発射することは多いからかしら。
借りたときに断じてルーナの趣味じゃないって、強調されたんだけど……あれはかなり怪しいわね。
まぁ私はシオンのように指先から魔法を発射なんてことはないからどちらでも構わないんだけどね。
でも魔力が伝わりやすいのは便利でいいわ。今度借りるだけじゃなく自分の分を用意してもらいましょう。
大剣と拳。正直かなり分が悪いわね。
ルーナからは拳を盾に……って説明も受けたけど、あんな剣を受け止めたら私の手はバッサリと無くなっちゃうわよきっと。
やはりこっちはスピードと手数で相手を圧倒するしかないわね。
「じゃあ……今度はこっちから行くわよ!」
私は自分の魔法を唱えながらケインへ向かって構える。
私の魔法は私の半径一メートルに自身のフィールドを作る。
そのフィールドに敵が入ると、敵の動きが無意識の内に遅く、弱くなる。シオン風に言うなら、フィールドの中では相手の能力全てにデバフが掛かるって訳ね。
ちゃんと洗脳だけじゃないってところを見せてやらなくちゃ! ……ってギャラリーがいなかったわ。残念。
でも本当は相手依存のデバフじゃなくて、自分の能力が上がるバフの方が好きなんだけど……私の属性のピンクで自身に影響を与えるイメージが湧かなかったのよね。
というか、元々ピンクで洗脳ってイメージもシオンやトオルから漫画や小説を借りて何とかイメージしたんだから。
そうじゃなかったら、多分桜吹雪を飛ばすことくらいしか思いつかなかったわ。……桜吹雪か。試したことはなかったけど、目くらまし位にはなるかしら?
いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃないわ。
魔法を発動させた私はそのままケインへ向かう。ケインは大剣を盾代わりに構える。どうやら迎え撃つみたい。まぁいくら自在に大剣を振り回せると言っても、避けられたら無防備になるものね。
私はケインの懐へと潜り込み思いっきり殴る。私のフィールドに入ってるから反応は出来ないはず。そう思っていたのに、ケインは大剣の腹で受け止める。
い、痛ったぁ……。あまりの衝撃に思わず顔をしかめてしまう。私は剣が折れるんじゃないかって威力で殴ったのよ? なんでヒビ一つないの?
ケインはそれを見てニヤリとする。むっ何で平気で動けてるのよ! 私の魔法……効いてないじゃないの!?
ここは一旦立て直し……たいところだけど、下がっちゃうと相手の思惑通りだわ。ちょっと拳が痛いけどこのまま攻め続けましょ。
私が構わずに攻撃を仕掛けると、今度はケインが予想外の顔を見せる。やっぱり一旦引くと思ってたわね。甘いわっ!!
私は痛めてないほうの拳で大剣の握りの部分。ケインの手を狙って攻撃。
「ぐっ!」
ケインは堪らず大剣を落とす。私はそのままガードのなくなったケインの腹へたっぷり魔力を込めて叩き込む。
「がはっ!?」
体がくの字になったケインにそのままラッシュ。我慢できなくなってケインが大きく下がるまで私は攻撃し続けた。
ケインが下がったことで、私も一旦下がって息を整える。あっ、ケインが落とした大剣は使われないように回収ね。
って重っ!? なにこれ。こんなの軽々と振り回してたの? ……でも、持てないことはないので、持ち帰ってケインとは反対方向に投げ捨てる。よし、これでもうあの剣は使えないでしょ。
それにしてもケインってば頑丈ね。私の攻撃をあれだけ喰らって生きてるんだもの。普通の人なら最初のボディーブローで下手したら死んでるわよ。まぁそれでもかなりダメージも入ったはずよ。もう戦えないんじゃないかしら?
「どう? かなりダメージも負ったみたいだし、肝心の剣も無くなったんだからもう降参したら?」
「何を言う。やっとだ……やっと俺より強い相手に出会えたのに、なぜ止めねばならん。それに……武器ならここにある」
ケインは手をかざすとそこにはさっきの大剣が……あれっ? 私はさっき捨てた剣の確認する。……無くなってるわ。
どういうことかしら? 剣が勝手にケインの元に戻ってくるの? いえ、違うわね。
「召喚魔法?」
剣が戻ってくると考えるより、自分で召喚した武器だから自由に出来る方が現実的だわ。
「そうだ。俺の魔法は金魔法。金属を……いや、この大剣を召喚する能力だ」
「貴方……確か剣道で全国に行ったのよね? なんで大剣なの?」
大剣よりは、普通の剣や刀の方が竹刀に近いイメージでしょうに。
「……剣道なぞここで生きるためには何の役にも立たぬ。それを教えてくれたのが俺を助けてくれた師匠だ」
「その師匠さんに大剣の使い方を学んだわけね」
「それだけじゃない。魔法や生き方全てを教わった。俺はその師匠の意思を汲み最強にならねばならぬ。そして師匠を殺したアイツに復讐するんだ」
「……その仇って誰なの?」
私が聞いても知っている筈はないけど、聞かずにはいれなかった。
「………」
でもどうやら答えてくれなさそう。
「でも、そのダメージじゃもう無理じゃない?」
拳だから外傷は殆どないけど中身はボロボロの筈よ。
「これはあまり使いたくなかったが……」
そう言ってケインは大剣を高々と掲げる。すると避雷針のようにこの部屋中の雷がケインへと落ちていく。私の体を覆っていた電磁波も無くなって身軽になったわ。……まぁ恐らくすぐに元通りになるんでしょうけど。
にしても、ケインは何をしたのかしら? リュートの話だとケインは雷は効かないけど別にパワーアップはしないって……あっ、さっきのデューテって子の魔法! もしかしてあれで? あっ、私の魔法が効いてなさそうなのもその所為かしら?
どうやら今の雷で私が与えたダメージは殆どなくなっちゃったみたい。
「これで最初の状態に戻った。さぁ二回戦を始めよう」
これは……時間が掛かるかしら?
――――
『トオルっ!! 集合!!』
戦ってる最中で、突然大声でシオンの声が聞こえてきた。
あれっ? さっきの部屋じゃなくて、外から聞こえてきたような……それにトオルを呼んだ声。あれは只事じゃないわね。
あのデューテって子。そんなに強かったのかしら?
でも、いくら強くてもシオンが一対一の対決で応援を呼ぶかしら?
……もしかして向こうでとんでもないことが起こってるんじゃ!?
「……ふふっ、あっちが気になるようだな。どうやらお前の弟はデューテに苦戦しているようだぞ」
「……バカ言わないで。あれはきっともう倒して祝勝会をする気なのよ。だから私も早く貴方を倒して参加しなくちゃね」
余裕ぶって見せたはいいけど、完全に動揺を悟られちゃったわね。もぅ、本当にどうしちゃったのよシオン!!
私は早くケインと決着をつけて、急いでシオンの元へ行きたかったけど、何度ダメージを与えても回復するケイン。
一方、ケインの攻撃は私には当たらない。いくら軽々と大剣を操ってても隙は出来てしまうので、避けるのはそう難しくなかった。そんな感じで戦いは膠着状態になってしまった。
その硬直状態から随分と時間が経った気がした。いえ、そう思うだけで実際は大した時間じゃないかも。時計なんて見てないから分からないわ。
でも、このままなら確実にこちらが不利になるわね。
私は回復が出来ないので、ジリジリと体力を削られていく。最初に痛めた拳も構わず使い続けてたら、とうとう壊れて握り拳すら作れなくなっちゃったわ。
それに、今は避けていられるけど、ケインの攻撃は一発でも当たったら致命傷。もしかしたら死んじゃうかもしれないわ。【剛剣】とはよく言ったものよね。
「……一つ聞きたい」
ん? ケインが話しかけてきたわ。
「一体何かしら?」
今更話なんてないと思うけど……もしかして降参かしら? ……ありえないわね。
「何故最初の攻撃を手加減した?」
「手加減なんてしてないわよ」
結構ガチで殴ったんだからね。お陰で手も痛めたし。
「しかし、今までの戦いを見ていれば分かる。あの時お前は全力ではなかった。もしあの時全力の攻撃をしていたら俺は死んでいただろう」
「馬鹿ね。それで外したらその後負けちゃうじゃない。いきなり全力出してどうするのよ」
「だが、お前ほどの実力者ならそれが分かった上で、俺を殺す攻撃を当てれたはずだ。事実、お前はあの時俺を死なない程度に戦闘不能にさせたんだ。俺に回復の方法がなければあれで終わっていたはずだ」
「さあね? 偶々じゃない? でも……相手を殺すだけが勝ちじゃないわよ」
「その結果が今のように負けに繋がってもか?」
「まだ負けてないわよ!!」
失礼しちゃうわね。負ける気なんかこれっぽっちもないわよ。
「……お前の弟がデューテに苦戦するとしたら、お前と同じ理由かもしれないな」
「そうね。それは間違ってないと思うわ」
そういえば、シオンが叫んでから外は雷のゴロゴロ音や雷が落ちた轟音で随分と煩かったけど、今は聞こえない。
それにちょっと前に女性の大きな声が聞こえた気がするわ。ここからじゃよく聞き取れなかったけど、シオンを呼んでたような……それに聞き覚えのある……まさかね。
でもその後すぐに静かになったわ。……もしかして向こうは終わったのかしら?
「それがお前たち姉弟の生き方か。この世界で生きてて、何故そのような生き方が出来る?」
「まぁ私達は望んでこっちの世界に来たからね。でも……正直、地球もこっちも変わらないわよ」
「なんだと!? 一体どこが変わらないというんだ!!」
ビックリするくらい感傷的になるケイン。やっぱり地球に帰りたいのかしら。
「地球だって戦争だのテロだの……飢えて死ぬ国や、独裁国家のような国もあるじゃない。私達は偶々日本で平和に暮らしていただけよ。それに日本だって少し前まで戦争していたり、国内でも争っていたじゃない。現代だって毎日何処かで殺人が起きたり、自分の欲のために他人を平気で陥れたりしてるし。一体何が違うのよ」
「っ!?」
ケインは何か言い返そうとしたが、言葉が出てこなかったみたい。
「それにこっちだって、平和な町や場所は沢山あるわ。人だって……私はこっちに来て悪人も見て来たけど、それ以上にいい人も沢山いたわ。それに、こっちの治安が悪くたって私達は平和な暮らしを知ってる。じゃあそれをこちらの人に教えてあげればいいだけよ。日本のような平和な暮らしを……ね。少なくとも私は……シオンはこちらで皆が――種族問わず楽しく暮らせる国を作るために頑張ってるわよ」
「……お前たちは強いんだな。こっちの世界を日本みたいにする……か。俺にはその考えは無理だった」
ケインみたいにこっちの世界で辛い目にあったのなら、そんな考えは思い浮かばないわよね。事実スミレやソータ君だって、ケインと似たようなものだったし。
この世界に恨みを持ってない地球人は、私達や良い人に拾われたミサキとレンくらいじゃないかしら? でも……。
「何言ってるのよ。今からでも遅くないじゃない。ケインみたいにカリスマがある人なら国を良くすることなんて容易いわよ」
シオンから聞いたSランク冒険者達の人気。それから兵士達の顧問をしていた時の兵士達の憧れの目。うん、今からだって遅くない。
「残念だが俺には時間がない」
「……どういうこと?」
「恐らくもう俺の命は長くない。数年前【時の咆哮】と戦った後くらいからか。体が何かに蝕まれている気がしてな。そろそろ限界が近づいている」
「やっぱり……」
「やはり? 何だ気づいていたのか? 戦闘には影響がなかったつもりだったんだが」
私が初めてケインに会ったときに調べた属性。リュートの言う通り金色の属性をしていたが、その金色に所々白色の丸い斑点がが混じっていた。最初はそういう属性かな? とも思ってたけど、リュートからケインの属性が金色と聞いて違うと確信した。
それに、その白い斑点はまるで食パンに生えたカビのようで、まるでケインに侵食しているように見えた。
もしシオンに相談していたら、シオンの魔法でどうにかなるかもしれない。そう思ったけど……出来なかった。
恐らくケインは治療なんて受けてくれないと思った。そしてシオンに話せば戦闘中に無理矢理治療をしようとして、絶対に無理するに決まっている。だったら私が戦って、ケインに負けを認めさせた後に治療を受けてもらえばいいと思った。
「私の弟はね。どんな病気も……毒でも呪いでも何でも治すことが出来るの。だからケインのその何かもきっと治せるわよ!」
今ならもしかして聞いてくれるかもしれない。そう思って話してみたが……。
「そんなことをされては困りますね」
その声はケインからではなく別の場所から聞こえてきた。




