第163話 目を覚まそう
「しっかしホリンには驚いだぞ。王都で四人で屋台巡りをしておったら、物凄い勢いで王都に近づいて来おった」
キンバリー近くまで飛んできた気配に驚いたエキドナとラミリアが慌てて町を出て、ホリンの元へと向かったらしい。
合流した時点でホリンは全力を出し切って既に息も絶え絶えだったそうだ。
確認したところ、どんなに急いでも片道一時間は掛かる所をニ十分で到着したらしい。
ホリンは自身のスピードに耐え切れず、羽根はボロボロ全身から出血もしており、自慢の白い体が赤く滲んでいたそうだ。
その状態にラミリアは慌ててエリクサーを飲ませた。修行時に貰ったエリクサーを万が一を考えて一本だけ隠し持っていたらしい。
それを飲んだホリンは、時間がないからと二人を連れて急いで戻ろうとしたらしい。
ラミリアは詳しい説明を求めようとしたが、その時間すら惜しいとホリンは聞かない。
そこを早く行く方法があると言って何とかホリンを説得し、事情を聞いたようだ。
まぁホリンが知っていることは俺がピンチで一時間以内にエキドナの応援が必要ってことしか知らなかったが。
ただ、それだけでラミリアは只事ではないと判断し、エキドナの応援が必要ってことは、自分は足手まといにしかならないとその場に残ることにしたそうだ。
そして、早く行く方法は単純にキャンピングカーまで転移してから目的地に行くことだった。
確かにホリンが全力を出すよりも早く着く。キャンピングカーからここまでは五分もあれば余裕だ。
そこでキャンピングカーまで転移した後は、エキドナを乗せて遺跡までやって来た。
ホリンは入口で降ろそうとしたが、エキドナがホリンに上昇するように命じ、俺達の姿を確認するとそこから飛び降りたそうだ。……全く無茶をしたもんだ。
ホリンは遺跡には入れないからキャンピングカーまで戻って待機しているそうだ、
今すぐ念話で感謝を伝えたいところだが、この頑張りに答えるためには直接会って礼を言いたい。その為、念話をするのをグッと我慢した。
「それでこの娘は一体何じゃったのじゃ?」
「この娘っていうよりは……この娘に憑りついたトールの霊というか……」
俺はエキドナに簡単に説明することにした。
――――
「ふぅむ……ロストカラーズ時代の亡霊のう、そんな奴がおるとは思わなんだ」
やはりエキドナも聞いたことがなかったか。長生きしているエキドナなら何か他にもそういった事例を知っていると思ったのだが……。
「それで、この娘はどうするんじゃ?」
デューテはまだ目が覚めない。つい先程まではヤバいかも? と思ったが、ようやく顔に生気が戻ったし、息もある、体内にトールはいない。そのうち目を覚ますだろう。
「流石にこの状況なら起きたら負けたと気がつくだろ。約束を守って撤退してくれたらそれでいいし、もしまた向かってくるなら……今度こそ俺が一人で相手するよ」
今回の結果はデューテの望んだ勝負じゃなかったはずだ。こっちだって三人がかり……いや、スーラとホリンも併せると五対一。正直勝った気がしない。
「では、こっちはどうするんじゃ?」
エキドナはヒョイっとヘンテコな塊を摘まみ上げる。デューテの体を取り戻す瞬間に体から出た人魂……トールの残滓とでも言うべきだろうか? が残っていた。
「流石にこのまま放置は危険すぎるだろ」
本来ならすぐに成仏させたい所なのだが、トオルが反発した。確かにトールが持っている知識はとんでもない価値があるだろう。今は殆ど力も残ってなく、トオルの魔法で魔力も封じているが……しかし危険すぎるから俺としてはすぐに成仏させたい。
「妾もこれは危険じゃと感じておる。いくらトオルの願いであろうと排除した方が良いと思うておる」
そのトオルはこちらが片付くと、『いいかい!! 絶対に勝手にトールを成仏させちゃ駄目だよ!!」とだけ言ってすぐに宮殿の中に戻った。
どうやらトオルは向こうで何やら気になることがあるらしい。ただ、こちらの方がよりピンチそうだったから助けに来てくれたようだが。
本当は俺もトオルと一緒に中へ戻りたかったが、トオルが戻ったタイミングではまだデューテが不安定だったから行くに行けなかった。
あっちの皆と別れてもう一時間。姉さんやリュートとアイラはもう決着がついているのだろうか? まさかやられてないよな?
それで、このトールの残滓だが、エキドナも危険と判断しているようだ。
「……そうだな。トオルには悪いが、コイツはここで……」
「ま、まって…」
成仏させよう……そう言いかけたところで、か細い声で待ったがかかる。
「デューテ!? 目が覚めたのか」
見るとうっすらと目が開いていた。
「お願い……トールを……トールを殺さないで……」
「はぁっ!? しかしコイツはお前を……」
「分かってる……分かってる……けど、僕が今ここにいるのは彼が力をくれたからなんだ。ただ器として利用されただけかもしれない。だけど、親を知らない僕には彼が親みたいなものなんだ」
トールに乗っ取られたことも、器にされたことも、全部覚えている。乗っ取られている間も聞こえていたのかもしれないな。
それにしても親を知らない……か。コイツにも多分辛い過去があったのかもしれない。子供の頃から力を欲し、その力をくれたトールが親代わり……恐らく俺の言葉に舐められてると感じたのもその辺りに理由があるのだろう。俺、こういう話苦手なんだけど……。
「……エキドナ。どうしようか?」
「なっ!? そこで妾に振るのか? シオン……お主が決めるべきじゃろ!」
さっきまではトオルに悪くても排除するとか言ってたのに……まぁ俺も似たようなものだけど。
エキドナも魔王の癖にこういうのに弱いんだよな。まぁだからこそ仲良くしていられるのだが。
「……トオルのこともあるし、今のままならこいつも悪さしないだろ。ひとまずこのままでいいんじゃないか?」
「シオン……お主逃げたな」
うるさい。お前もだろ。ってか、敵とはいえこんなに弱弱しくしているデューテの懇願を断れるわけないだろ!!
「ふふ……やっぱり甘いんだね」
デューテからの言葉……若干棘がある気がしなくもないが、戦闘時のような悪意は感じない。
「のう、お主……事情はシオンから少し聞いたが、お主はシオンに見下された、舐められたと思うておるそうじゃな。じゃがの、シオンは決して相手を見下したりはせぬ」
エキドナ……。
「確かに殺さぬと言うのは手加減と感じるやもしれぬ。じゃがの、実際にそれが出来るようになるにはどれだけ努力せねばならぬ? 言っておくが並大抵の努力ではないぞ」
「……」
デューテは黙って聞いている。
「シオンはな。確かに相手の気持ちも考えないで無神経なことを平気で言う。お主の言う通りおまけに甘ったれな偽善者じゃ」
おい、俺はちょっと言い過ぎじゃないか? 偽善者って言葉は初めて聞いたぞ。ってかエキドナは俺のことそんな風に思ってるのか?
「その甘ったれな偽善者はな、皆が仲良く楽しい世界を作るという阿保みたいな夢を持っておる。その為、例え敵であろうと、悪人以外は人が死ぬを極度に嫌う。じゃがの、その理想を叶えるために必死で努力しておるのじゃ。その努力を知りもせず勝手な価値観で申すではない」
「……俺はエキドナの言うような奴じゃない。悪人以外は殺さないって過去に沢山兵士や冒険者を殺したし、私情で酷いことをしたこともある。それに仲間に危害を加える奴はどんな奴でも容赦はしない」
「じゃあ何で今回は僕達を殺さないって……」
「お前らが完全な過激派で敵だったら多分あんな提案はしなかったさ。ただ俺にはケインやデューテは敵とは思えなかった。たまたま利害が一致して過激派にいるだけだから、その利さえ満たしてやれば過激派から出ていく……敵ではないと思ったんだ。それに、話した感じは悪人とも思えなかったしな。戦って勝敗が付けば殺す必要なんてないだろ。まぁ勝敗が付いた後にまだ過激派に与してこちらに害を及ぼす気ならその時は容赦しないさ。それを甘いと言うなら、俺は甘ったれな偽善者でいいさ」
そう、領主や女王……他の人はどうか知らないが、今回の決戦は単純に冒険者同士の模擬戦的な感じだと俺は考えていた。恐らく姉さんも似たようなものだろう。だからあんな提案をしたんだと思う。
まぁこんなことになるのは完全に予想外だったから、勝負としてはグダグダになってしまったけど……。
「……分かった。僕の負けだよ。過激派から撤退するし、もう君達に敵対しない。だからトールは……」
「それはトール次第かな。さっきも言ったように、敵対するなら次は容赦しない。だけど……今はこのままにしておくよ」
まぁ今は殆ど魔力も残ってないし、エキドナが捕まえているから何もできないだろう。
「ありがとう……それから出来ればケインのことも……」
「分かってる。まぁそっちは多分姉さんが上手くやってくれてるさ。それに俺も今から行くから……お前はそこで休んでろ」
それを聞いて安心したのかデューテは再び眠りについた。
「じゃあ俺は行ってくるから、エキドナはトールの見張りとデューテを頼む」
「仕方ないのう。じゃが、何かあればすぐに妾を呼ぶのじゃぞ」
「分かってるよ」
そう言って俺は宮殿の中へと戻って行った。




