第159話 英霊と話そう
部屋から勢いよく飛び出したデューテ。一体どこに行ったのか?
《マスター!! 中庭です》
俺が探そうとすると念話が聞こえてきた。ホリンだ。
(すまん。助かった!)
俺は念話でホリンに返事する。
《いえ、私が出来るのはこれくらいですので……》
ホリンはこの遺跡の結界内の電磁波のせいで、結界内に入ることすら出来なかった。
その為、ここから少し離れた位置に停めてあるキャンピングカーで待機しているように言ったはずだが……恐らくずっと結界の外でずっと見張っていたんだろう。
そして何かあれば無理にでも入ってくるつもりだったに違いない。役に立てなかったことを随分と悔やんでいた。……役に立ってないとかそんなことはないからな。
――――
ホリンの言う通り、デューテは【トールの遺跡】の敷地内、宮殿の庭に佇んでいた。
今は浮かんでなく地面に着地している。先程までの苦しそうな様子も感じられない。
だが……さっきまでのデューテが纏っていた空気が全く違う。見た目はそのままだが、気配はまるで別人のようだ。
急激な変化に気になったので、俺はもう一度キューブを取り出し魔力を調べてみた。
……そこには衝撃の結果が記されていた。
魔力五十万、そして属性が黄色。元々黄色だったので、そこはおかしくないのだが、その黄色がキラキラと光っている。
これは先日のリュートと同じ現象だ。さっきまでは普通の黄色だったのに一体どうして……一体このキラキラは何の意味があるんだ。
それに魔力量。三十万でも多いと思ったのに五十万は異常だ。前回会った時までは確かに三万だった。いくらこの遺跡と相性がいいと言っても限度があるだろ。
「おい、デューテ。いきなり飛び出したりしてどうしたんだ? もうギブアップか?」
デューテが反応しやすいように軽口を叩く。が、全く反応がない。いつものデューテなら『そんな訳ないじゃん。これからだよ!』と乗ってくれるはずなのだが……。
「ふっふはははは!」
その代わり突然デューテが体を震わせながら笑い出す。しかし、その声はデューテのものとかけ離れていた。
「ようやく……ようやくだ。この体を手に入れることが出来た。礼を言うぞ人間」
……コイツ。デューテじゃない。体を手に入れた?
「お前は一体……」
「我が名はトール。かつて最強と謳われた雷神なり」
「トール……だと? ふざけるな。トールは遥か昔に死んだはずだ!」
いや、実際に死んだかどうかは知らない。だが、今この時代にロストカラーズ時代の生き残りは誰も確認されていない筈だ。
いくらここがトールの遺跡だとしてもトールが生きているはずがないんだ。もし生きていたら話題になっていないはずがない。
「その通り。我は一度滅んだ。だが、滅んだのは肉体だけだ」
肉体だけ? ……まさかアンデッド!? 幽霊……レイスやスペクター化して今までここにいたのか!? いや、しかしそれならもっと騒がれていいはずだ。いくら高難易度の遺跡だとしても、探索者がいなかったわけではないのだ。もし本当にトールのアンデッドなら騒がれてもいいはずだ。
それに雰囲気がレイスやスペクターとは違う。デューテの体だからか?
「その昔、我はこことは違う大陸でヨルムンガンドという大蛇と戦った。もちろん、その戦いは我が勝利したが、奴の最後の攻撃は我にも致命傷を与えた」
デューテの体のままトールは語りだした。えっその内容って……。
「その戦いはある戦争での一戦だったが、その戦争で我が故郷は死の大地となった。その為、我は故郷を捨て、この地に住むことにした。しかし、あの戦いで受けた致命傷が原因で志し半ばで朽ち果てることになった」
……俺は今とんでもない話を聞いているんではないだろうか? これはロストカラーズの話だよな? と言うかラグナロ……。
「我はこのまま朽ち果てぬわけにはいかぬ。そう思い、肉体を捨て、ここで何千、いや何万年もの間ずっと眠って待っていた」
やはりトールはここで死んで霊になって、ずっとここにいたってことか。騒がれなかったのは眠っていたからか。
「そして、我はようやく見つけた。我の器足り得る者の存在を……」
「それがデューテか?」
「デューテ? ……ああ、この娘のことか。そうだ。永遠とも思える時の中で、ようやく我の波長の合う者が現れたのだ。そこで我はこの娘と契約し、力を貸し与えることにした」
「契約……?」
「そうだ。この娘は力を欲しておった。その為、我はこの娘の生命エネルギーを対価に我の魔力を与えた」
「生命エネルギー……もしかしてデューテが年齢よりも若いのは!」
「契約のせいであるな。この娘が成長するための力は全て我が頂いた。その代わりに我の魔力を与え、人間ではでは辿り着けぬ力を得たはずだ」
デューテが幼い見た目なのはそういう理由があったのか。……デューテはこんな子供の時から力を欲していたのか。
「契約は我にとっても都合が良かった。いくら波長が合うとしても、この娘を器とする為には、我の魔力を少しずつ器へと馴染ませる必要がある。馴染ませるには無理矢理魔力を注ぐよりも、器が望んだ方が早く馴染むことが出来る。だが、それでも完全に取り込むには後数十、いや百年は掛かると思うておった。それが、こんなにも早くに取り込むことが出来るとは……本当に感謝するぞ」
「……何故俺に感謝なんだ」
ここまで話してくれればトールが何に感謝しているのか理由は分かる。分かるのだが、聞かずにはいれなかった。
「この娘はお主に憎悪を抱いておった。お主を殺すために更なる力を借り受けた。だが結果は敗北。絶望により娘の精神が激しく不安定になった。器に入るためには最適な状態だった」
やはり予想通りの解答。俺への憎しみのせいでデューテはトールに肉体を盗られた。
「それで……デューテの意識はどうなった?」
「消滅した。……と言いたいところだが、流石にまだ体内に残っておる。まぁそう長くは持たないだろうがな。一時間持てばいいのではないか? そして一時間後には完全にこの体は我の体に作り替わるであろう」
一時間……そんなに短いのか。そして体も変わる。ってことは逆に言えばデューテの体の内はデューテはまだ生きてるってことか。
「……なら、今すぐお前をデューテから追い出せば、デューテを助けられそうだな」
その言葉にトールは眉をひそめる。
「なぜこの娘をお主が助けようとする? 敵ではなかったのか?」
「確かにそうだ。だが、だからと言ってむざむざお前に体を渡す必要はない。さぁ早く明け渡せ」
「ふっ面白い冗談だ。やれるものならやってみるがよい。まだ我がこの体を完全に掌握出来てないとはいえ、人間ごときに遅れはとらぬわ!」
伝説の雷神トール。今はまだ不完全とはいえ英雄としての実力は確かだろう。
現時点で魔力は互角。だが、時間が経てば向こうは更に強くなるだろう。
なら勝てるとしたら今しかない。それに、急がないとデューテが消滅してしまう。敵ではあるが、俺のせいでこんなことになっていい訳がない!
この英霊を……いや、こいつはただの悪霊だ。この悪霊を必ず引き離してデューテを助けて見せる!




