第151話 飯を奢ろう
修行も後半戦。魔力が元に戻り、重りも外れたことで全員が生き生きとしている。
「リュート。魔法は問題なく使えているか?」
魔法は自分の属性色のイメージで発動する。リュートは緑から黄緑へと変化したので今まで使えていた魔法が使えなくなる可能性があった。
「うん。今までの魔法は問題なく使えるよ。寧ろ前より調子がいいくらい」
「いや、前より調子いいのは魔力が十倍近く伸びたからなんじゃ……まぁ魔法が使えるなら問題ない」
「うん、それに色が変わったから新しい魔法も使えるかもしれないしね。魔力が高いと色々出来そうで楽しみだよ」
「ああ。だけど今度はその魔力にかまけて戦闘技術の方を疎かにするなよ。せっかくリュートは基本が出来てるんだから」
その言葉にリュートは大きく頷く。
「もちろん今までのスタイルを変える気はないよ。それに今回の修行で身体能力強化の大切さが分かったからね」
確かにリュートなら【神速】という二つ名ともピッタリだ。
「あ、あと言い忘れてたけど、手加減を忘れるなよ。油断してると何でも壊してしまうぞ」
「……もう既に茶碗を割っちゃったよ」
「ははっ茶碗でよかったじゃないか。下手したら人間相手に……って可能性だってあるんだからな」
「ああ、十分に気を付けるよ」
「よし、じゃあ今日の稽古を始めようか」
――――
『もしもし、シオン殿か?』
今日も今日とて相も変わらず修行中だったんだが、珍しく領主からケータイに連絡が来た。
「どうした? そっちから連絡くれるのなんて初めてじゃないか?」
『時間がないので単刀直入に言うぞ。今門番から連絡があって……この町に【雷神】デューテがやって来たらしい』
はぁ!? 思わず叫びそうになるのを堪える。デューテがハンプールにやって来た? なんで?
「……状況は?」
『現状は町に入ったという報告だけで、特に何も。恐らく冒険者ギルドか、バルデス商店か。もしくはここに来ると思うが……』
「町に入るのは許したと?」
『そりゃあ相手は犯罪者でなく、国の英雄といわれるSランク冒険者だ。しかもここには元パーティーのリュートが滞在していることで知られている。元パーティーの様子を見に来たとでも言えば門番が断るはずがない。第一、私に連絡があったのだって、英雄が来たと気を利かせて門番が教えてくれたのだ』
確かにデューテが過激派で敵対していることを知ってるのはごく少数の人間だけ。町に入るのを禁止することは不可能か。
「分かった。すぐに行く」
俺は通話を切ってハンプールへと向かう準備を始めた。しかし、とんでもないことになったな。
「すまん、俺ちょっとハンプールまで行ってくる」
「何か……あったの?」
心配そうにリュートが尋ねる。
「ああ、デューテが町に来たらしい」
「えっ? それ本当かい!?」
「ああ、目的は不明だが……とりあえず行ってくるわ」
「ちょっと待って僕も行くよ!」
「……下手したら戦いになるぞ」
「構わないよ」
確かにリュートは付いて来た方がいいかもしれないな。……例えどんな結果になっても。
それに町が戦場になった場合、人手が多い方がいいか。結局俺は全員連れてハンプールの町へと行くことにした。
――――
さて、急いでハンプールにやって来たけれど……今の所、特に何も問題は起こってないな。
「じゃあ皆は町の見回りを頼む。何かあったら連絡くれ。リュートは俺と一緒に……」
俺がそう指示を出そうとするとケータイが鳴る。……クリスからメールだ。
『でゆーてきた』
……非常に分かりにくいが、『デューテ来た』と書きたかったのだろう。時間がなくて変換出来なかったのか。もしくは、まだ日本語が良く分かってないのか分からないが、とにかくデューテは今冒険者ギルドにいるらしいことは分かった。
「リュートは俺と冒険者ギルドだ。そこにデューテがいるらしい」
他はやはり町中で待機していた方がいいだろう。俺は二人で冒険者ギルドに行くことにした。
――――
俺達が冒険者ギルドに入ると……いた。隣の食堂で他の冒険者たちに囲まれている。
流石はSランク冒険者。何も知らない他の冒険者にとってはアイドルみたいな存在だろう。
「お、リューじゃん。思ったより早かったね。誰から聞いたのかな?」
人前だからかデューテは前回と全く変わらず接してくる。
「デューテ……何しに来たの?」
「何だい何だい。随分とご挨拶だね。久しぶりの再会じゃないか。せっかく昔の仲間が遊びに来たんだからもっと喜んでよ」
「…………」
デューテは回りに知られたくないのか、この間のことは無かったように話す。
「ふふっ。まぁいいよ。じゃあ皆、僕はリューと久しぶりに話したいことがあるからこれで失礼するよ」
それを聞いて名残惜しそうにする冒険者たちに笑顔で手を振りつつ席を立つ。なまじ正体を知ってるだけにその笑顔が作り笑いだと分かるのが嫌だな。
デューテとリュートはそのまま冒険者ギルドを出ていく。俺が一緒に付いていくと怪しまれるから少しだけ時間を置く。
「シオン……」
クリスが心配そうに話しかける。
「クリス……さっきはメールありがとな。おかげで探す手間が省けた」
「いいの。それよりリューは大丈夫なの?」
クリスもあの二人の関係は知っている。
「心配ないさ。リュートは想像以上に強くなったからな。それに、俺もすぐに追いかけるし」
「この町で戦うことになるの?」
「それは分からない。でも被害が出ないようには気を付けるよ」
「……言っておくけど、冒険者間の私闘はギルドでは御法度よ。誰かに目撃されてバレたりしたら、アンタ最悪冒険者剥奪になるからね」
「え゛っ!?」
「Sランク冒険者とAランク冒険者。真実はともかくAランク冒険者の方が悪くなるでしょうから……本当に気を付けなさいよ」
「分かった。気を付ける」
せっかく苦労して手に入れたAランクなのに冒険者資格そのものを剥奪されては堪ったものではない。
単純にデューテを倒せばいいと思ってたが……これは一気に難易度が跳ね上がった気がするぞ。
しかし、放置も出来ない。俺はクリスに礼を言ってギルドを出ることにした。
――――
「やあ、遅かったね。てっきり来ないのかと思ったよ」
どうやら二人は入口で俺の事を待っていたようだ。
「お前がリュートと旧友を深めたいみたいなことを言うから一緒に出辛かったんだろうが」
「ふーん。そんなこと気にするんだ。意外だね」
「……意外と言うほど俺のこと知らないだろう」
「ははっそうだね。それよりもさ。ゆっくり話が出来るところに行きたいんだけど、いい場所知らない? 僕この町に来たのはあの時以来だから分からないんだ」
あの時とは【時の咆哮】事件の事か。
うーん。話を聞かれなくて、何があっても問題にならなそうな場所。
本店は……暴れられたら大変だし、入るのを目撃されるのも嫌だ。何かあった場合一番に疑われる。
俺達と関係ない酒場や食事処は問題外。領主の……いやいや駄目に決まってる。
本当は町の外に行きたいけど、それは向こうが許可しないだろう。
……仕方ない。多少迷惑かけるけどあそこしかないか。
「付いてこい。ついでに美味い物食わせてやる」
「……へぇそれは楽しみだね」
「ねぇシオン。一体どこに行くんだい?」
リュートの質問に少しだけ口元を緩めて答える。
「……オッチャンの所さ」
――――
「オッチャーン。元気してたー?」
俺はオッチャンの店へと入る。
ハンプールでのフェスを終えた後、オッチャンは屋台を辞めて念願の店を持つことにした。
といってもまだ正式オープンはしていない。
店の改装や食器、調理器具等々の準備は出来ているんだが、オッチャン自身が店を持つにはまだ料理の腕前が足りないと絶賛修行中らしい。
フェスの時に大好評だったので、俺的にはもうオープンしてもいいと思うんだけど……。
まぁ今回に関してはオープンしてなくて今回は助かったかな。
そういう訳で今日もオッチャンは調理場で試行錯誤中のはずだ。
「えっ? シオン様!?」
だが、そこに居たのはオッチャンだけではなかった。
「あれ? モニカじゃん。何してんのこんなところで?」
そこにはメイド料理隊の副隊長であるモニカがいた。
「お、おぅ兄ちゃん久しぶりだな。今日は何の用だ?」
オッチャンは何かバツが悪そうな表情で俺に話しかける。
「いや、ちょっと場所を借りたかったんだけど……えっ? オッチャン。何でモニカと一緒にいるの?」
「私はデント様に材料の補充と料理の指南に……」
「デント様? ……あっそういえばオッチャンってデントって名前だったな」
普段オッチャンとしか呼んでなかったから忘れてたよ。
それに料理隊が料理を教えているって聞いた気がする。料理も教わってるって言ってたし、おかしくはないか。
何だ。オッチャンが挙動不審だったからてっきり二人は怪しい関係かと勘ぐってしまったじゃないか。
んん? でも俺がオッチャンと一緒に研究していた時は一回も見てないぞ? 俺が居ない時に来ていたのか?
そういえばオッチャンは孤児院に差入れに行ったりもしてたんだっけか。俺の知らない所でオッチャンも色々と忙しいんだな。
「モニカもいるなら丁度いい。オッチャン、俺達三人に何か適当に作ってくれないか?」
「それはいいが……そちらは?」
オッチャンはデューテの顔は知らないのか。まぁ英雄だって言っても顔までは知られてないよな。
「初めまして! 僕はデューテ。この二人とは敵なんだけど、今日は美味しいものをご馳走してくれるって言うから来たんだ。だから毒なんかは止めてよね」
おいおい、毒なんて人聞き悪いな。いくら俺が毒使いだからって料理に混ぜたりはしないぞ。
しかし、オッチャンとモニカは毒の話よりもデューテの名前の方に驚いたようだ。
モニカはメイドだから情報の共有は出来ているだろうし、オッチャンも関係者だから聞いてるかもしれない。いや、知らなくてもデューテの名前は聞いたことあるだろうし、敵と言われたんだ。驚いて当然か。
「に、兄ちゃん。これは一体……?」
「うん、俺にも良く分からん。だがコイツが話があるみたいだから、誰にも聞かれない場所と思ってここに来た。まぁいきなり暴れたりはしないだろうからとりあえず飯でも食わせてくれ」
「君って失礼だね。僕は理由なく暴れたりしないよ」
「……それは理由があれば暴れるってことか?」
「さぁどうだろうね。この後の返答次第じゃないかな?」
要するにこの後の話し合いで交渉が決裂したら暴れるってことか。
「……オッチャン。店に被害は出ないようにするから」
せっかくオープン直前までたどり着けたんだ。ここで壊されたら可哀そうすぎる。
「あ、ああ。分かった。とりあえず何か出せばいいんだな?」
この状況でもちゃんと料理を作ってくれるオッチャンは料理人の鏡だともう。そしてどうやらモニカも手伝ってくれるようだ。
「さて、料理が来るまで少し時間があるが、どうするか?」
「そうだね。本題に入っちゃうと料理が味わえそうもないから、話は食後まで止めようよ」
コイツ……意外と料理を楽しみにしてないか?
しかし、じゃあ料理が来るまでの間どうする? 世間話……いやいや、それはないだろう。ふぅ仕方がない。
「オッチャン。急いで何か出せるのない? 枝豆とかでいいんだけど」
「……そこの鍋に今日練習していたお通しとキャベツがあるから勝手に持っていけ」
「サンキュー。へぇお通しもちゃんと準備してるのか」
てっきり焼き鳥一筋で営業するのかと思ったけど、簡単な一品料理にも手を出しているみたいだな。だから開店に時間が掛かってるのかな?
鍋のふたを開けると、がめ煮が入っていた。一口味見してみる。……へぇ。オッチャン、ちゃんと美味しく作れてるじゃん。
でもこれなら丁度いいだろう。俺は小鉢に三人分入れてキャベツと一緒に持って行った。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
今回出てきたがめ煮は九州の呼び名で、一般的には筑前煮と呼ばれるものになります。なんとなくがめ煮の方がしっくりきたのでこっちにしました。
がめ煮や焼き鳥の豚バラ、キャベツのタレ同様、これからも九州の料理は出てくると思います。
知らない方はこんな料理があるんだ。的な感じに読んでくれると幸いです。




