第2話 異世界の話を聞こう
俺達は意識のない二人を布団に寝かせた。ソータの話では、疲れているだけだから、しばらくしたら目が覚めるだろうとのことだ。
「緑茶なんか何年ぶりだろうな。ああ……美味しい」
今は話を聞くべく、居間で向き合って座っている。ソータは俺が入れたお茶を美味しそうに飲んでいるが……しかし何年ぶりってのはどういう事だ?
「それじゃあ、さっそく説明してくれるか?」
今の言葉も気になるが、全部聞けば分かるだろうと思い、最初から説明を求める。
「さっきも言ったが、俺の名前はソータ。本名は一条蒼太。元々日本人だ。高校生の時に突然異世界に飛ばされた。ソータって呼んでくれ」
予想はしていたがやはり日本人か。高校の時に異世界にってことだが、見た目は俺とほぼ同じくらいに見える。
「了解、ソータだな。さっきも言ったが俺は九重紫遠、大学生三年生だ。今はこの家で一人暮らしをしている。紫遠って呼んでくれ」
「分かったシオンだな。じゃあ俺が、いや俺達が何者なのか。どこから来たのか。少し長くなるが聞いてくれ」
――――
ソータのいた異世界はカラーズと言う名前の世界だった。
カラーズで起こった魔力戦争の影響で地球とゲートが開き、その時、偶々高校生だったソータが巻き込まれた。
ゲートが開く条件は、巨大な魔力同士の衝突で発生するらしい。その時の魔力戦争で飛ばされたのはソータだけのようだが、今までにも何度かゲートが開いており、ソータ以外にもカラーズに地球人は何人かいるらしい。
カラーズに着いたソータは地球に帰る方法を探して旅をしていた。そこで魔王を倒して、地球に戻ってきた。魔王と戦うことでゲートを開く魔力が発生したようだ。
アイリスとクミンは旅の仲間で、地球に興味があるらしく、連れてきたらしい。
「日本に帰らずにカラーズに住もうとは思わなかったのか? こんな日本よりも面白そうだけど?」
俺には退屈な日本よりも異世界の方が魅力を感じる。
「俺だって漫画やゲームが好きだったから、多少は憧れみたいなのもあったさ。でも生活は不便だし、料理は不味いし、治安はよくない。外には魔物がいていつも死と隣り合わせ。正直いつ死んでもおかしくはなかった。正直憧れだけではあの世界で生活は出来んさ」
ソータの声には実感がこもっている。随分と苦労をしたのは確かのようだ。ただ、それでも俺は適当に大学に行きつつ、卒業したら社会に出て仕事する毎日。そんな暮らしよりは余程魅力を感じる。
気になった俺は他にも色々と質問した。
カラーズには人間以外にも、獣人族、エルフ族、ドワーフ族などの様々な種族が住んでいる。
その中には魔族という敵対している種族もいた。
他の種族と魔族との大きな違いは魔族は体内に魔石を所持している。魔石とは魔族と魔物が体内に宿しており、それを使うことによって様々な魔道具などを作るのに必要らしい。
魔石には魔法の威力を増幅させる力があるため、魔族は他の種族よりも強い。
ただ、魔族は基本的には自分たちの領土からは滅多に出ない。もし魔族が本格的に人間の世界に侵攻してきたら人間は勝てないかもしれないらしい。
「でもソータが魔王を倒したんだろ? ならもう平和になるんじゃないのか?」
魔王って言うくらいだから魔族の王なんだろう?
「いや、魔王は何人もいるんだ。魔族にも色々と細かい種類があってな。アンデッド族や悪魔族、竜人族とかな。それぞれの種族のトップが魔王を名乗ってる。俺が聞いた話だと、表に出ている魔王は五人いた」
ソータはその中の一人を倒したようだ。その魔王は一番人間領に近い場所にいて、ソータが異世界に飛ばされた魔力戦争を引き起こした魔王だったらしい。
さっき魔族は自分の領地から出ないと言っていたが、魔力戦争を引き起こしたのか?
そう思ったんだが、発端は人間の方らしい。
人間の国の王が強欲で魔王の財産や土地を狙ったのが、戦争の始まりだった。結果返り討ちに合い国力がガタ落ちしたらしいが。
ソータが倒した魔王も、普段は自分の領土から出なかったらしい。戦争で国力が落ちた人間の国にも侵攻しなかった。
そもそも魔王はすでに十分の領土を持っていて、これ以上の土地は必要ない。
あと、魔王同士で決して仲がいいわけではなく、下手に人間の世界に侵攻すると、その隙に他の魔王から攻められる危険性が増す。その為、基本は自分の領地に引きこもっているのだそうだ。
「これって、話を聞く限り人間側の自業自得じゃないのか? 人間側さえ魔族にちょっかい出さなければ攻めてこなかったんだろう?」
「その通りだ。実際あの魔王は平和主義の魔王だった。それを知ってれば俺も魔王を倒さなかったかもしれない。そうとは知らずに城に攻め込んでしまったから、手遅れだったんだが。これがゲームなら魔王は世界征服を企む悪だろうが、あの世界じゃ多分人間の方が静かに暮らしている魔族に手を出す愚か者だろう。まぁそれだけ魔族を倒すと手に入る魔石が魅力的みたいだけどな」
魔石はさっきの説明だと魔族と魔物が体内に宿している特別な石だ。魔道具を使って生活している人間には必需品らしい。人間が生活の為に魔物や魔族を殺す。……確かにこれじゃあどっちが悪か分からないな。
――――
「そう言えば言葉ってどうなんだ?全種族共通なのか?まさか日本語じゃないだろう?」
ソータの話から別に異世界召喚や転生でチートスキルを貰ったって訳じゃない。言語翻訳が自動的にされてる訳じゃないだろう。
「まあな、最初は身振り手振りさ。俺は魔法が使えるようになってから、魔法の効果で言葉が通じるようになったが、最初はそうとう苦労したよ」
ちなみに言語には種族語と共通語があるらしい。基本的には共通語が分かれば問題はないとのこと。しかし魔法か……。
「地球生まれでも魔法って使えるんだ」
「ああ、むしろ向こうの人よりも強い魔法を覚える可能性が高いぞ」
「おおっ!強い魔法を覚えるってことはやっぱり異世界補正チートですか!?俺TUEEEEですか?」
「……すまん。何言ってるか意味がよく分からない」
ソータは俺の言葉を理解できなかったらしい。あまりそっち系の知識はないのかな?
「魔法はイメージが全てだ。俺の場合は日本で遊んだゲームの知識のお陰で特殊な魔法が使えたよ」
「ゲームの知識が役に立つのか?」
「ああ、カラーズの魔法は魔力を自分の属性をイメージして具現化する魔法なんだ。属性は色で分けられる。どんな人でも基本は必ず一人一色だ。属性を持たない生物は存在しない」
それがたとえ地球人でも…という訳か。
「属性は赤、青、黄、緑、金、白、黒の基本七色。人間も別の種族、魔物も含めて、ほぼ全てがこの七色のどれかを授かっている。まぁ色が薄かったり強弱はあるけどな。そしてその色に合わせて赤魔法、青魔法、黄魔法など呼ばれる。また、ごく希に七色以外の色を持ったレアな属性を持っている者もいる。例えば茶色とか橙とか灰色とかだな」
「色が属性で、その色で魔法が決まる? う~ん、ピンとこないな」
「じゃあ、例えばシオンが赤属性だと仮定しよう。シオン、赤と聞いて何を連想する?」
「赤か…赤だと炎かな?」
「なるほど、じゃあシオンは炎をイメージすることによって炎を出す魔法が使えるようになる」
「それってファイアーとか?」
「そう、確かにファイアーとかだな。でも火の魔法ってゲームや漫画ではもっとたくさんあるよな? 例えばファーアーボールとかファイアーアローとか。炎の剣ってのもアリだな。でもこれってゲームとかの知識があればこそだよな?」
何となくソータの言いたいことが理解できた。
「カラーズではゲームがないから、そういった知識がないってことか?」
「まぁ今の例くらいならあっちの人でも編み出すことも出来るだろうけど、元から知識があった方がイメージしやすいだろ?」
確かに一から自分で考えるより元からあったものを考える方が楽だ。そう考えると知識チートって感じになるのか?
「でも、これだったらただの炎魔法だろ? カラーズの魔法はあくまでも赤魔法だ。赤は他にもあるだろう? 例えば血とか」
確かに血も赤といえば赤なのか。でも血をイメージしてどうなるんだ?
「シオンは炎をイメージしたから炎が使えるが、俺は今、血をイメージした。だから俺は同じ赤魔法でも血を操る魔法が使える。例えば自分の血を武器に変換したり、敵の血を操作したりな」
血の操作とか俺には想像もつかないが……。
「同じ赤魔法でもイメージしたものが違うなら別の魔法になるってことか。難しいな……これ両立は出来るのか?」
「それがちゃんとイメージが出来るならな。でも自分の中で最初にイメージしたのが強すぎて、上手に出来ないことの方が多い。威力が低くなるとかな」
なるほど、最初にイメージしたのが強くイメージできるのは当然か。
「ちなみに赤は炎、青は水、黄色は雷のような感じで、一般的な基本魔法と呼ばれるものがある。まぁイメージが浮かんでこない奴や魔法の覚える入門用だな。実際、殆どの人間はそれを参考にして魔法を覚える。だから別のイメージが出来る奴は宮廷魔術師やレベルの高い冒険者になれる」
「その三色は確かにそんなイメージだけど、他の色は基本魔法って何なんだ?」
「緑が自然、金が錬金、白が聖、黒が闇だな」
緑の自然ってのは植物を操ったりか? 錬金術って金を生み出すのが起源だっけ? 白と黒はなんとなくっぽいイメージだ。けど魔法にするとどんなだ? 白は回復っぽいけど黒は…ヤバいイメージしか沸いてこないな。
「属性は種族が関係していることが多い。緑属性はエルフに多く、金はドワーフ、白は人間が多い。もちろん人間が緑の属性を持ったりすることがあるから、多いってだけだけどな。ただ黒は今まで魔族か魔物にしか出たことがない」
種族にも属性が関係しているのか。確かにエルフって森の中に住んでいて自然と一緒ってイメージがあるし、ドワーフも鍛冶職人って感じだから…錬金術とは違うかもしれないが何となく分かる気がする。
「獣人には多めの属性はないのか?」
「獣人は犬の獣人が赤、狐の獣人が黄色みたいに獣人の中の種族で分かれているな」
「ふーん、ソータは何の色だったんだ?レアな色なのか?」
「いや、俺の属性は青だ」
「青か…さっき特殊な魔法と言ってたよな?ってことは水じゃないんだろう?」
「水はあくまで基本的なイメージだからな。俺には青が水のイメージはなかったから水の魔法は使えないんだ」
ソータ曰く水は透明だろ! とのことらしい。言わんとしたいことは分かる。
「俺の魔法は対象の魔法や特技をコピーするラーニングって能力だ」
ソータは少し誇らしげに答える。まさかの予想の斜め上の魔法だった。
「ラーニング……どうしてそうなった?」
俺にはそのイメージは分からない。
「向こうに行く直前までこっちで遊んでいたゲームでは青魔法はラーニングだったんだよ!」
「……ああ」
かなり昔のゲームなので俺はやったことがないが、確か某有名ゲームでは青魔法がラーニングだったはずだ。
「ずいぶん古いゲームだな。やったことがなかったから思いつかなかった。しかしそれはアリなのか?」
「勿論だ。魔法はイメージって言っただろう。自分がその色の属性魔法と信じてイメージすればそれが発動条件になる。それがどんなイメージでもだ。炎だって本人が青だと強くイメージすれば青魔法で青い炎を出すことだって出来る。要は明確にイメージ出来るかが重要なんだ」
「なるほど、それでラーニングか。確かにゲームを知らない異世界人じゃその魔法は使えないよな。ん? でもソータが青魔法でラーニングできるって知った他の青魔法使いなら同じくラーニングをイメージ出来るようにならないか?」
「いや、俺が出来ても、他の人の頭の中には何で? って思いがある。そうなると魔法は発動しない。具体的にイメージ出来ないからな。実際に俺は皆が青で水を出してても俺には出せなかったし。あと、最初のイメージが強すぎて他のイメージと両立出来ない可能性もある」
あくまでも自分が頭で明確にイメージできなければいけないのか。
「なるほど、ちなみに俺にはどんな属性があるかとかは分かる?」
「いや、地球では魔力の源である魔素がないから無理だ。向こうなら空気中に魔素があるからどこでも調べられると思うけどな」
そう言ってソータは一枚のカードを出した。
「これは属性検査カードと言って、このカードに魔力を通すとその属性の色に変化する」
そう言うとソータが持っていたカードが白から青色に変化した。
「……今、魔力がなくて分からないって言ったのに、何でソータは色が変わるんだ?」
「これは俺の体内に残っている魔力を使用したんだ。ゲーム風に言うとMPってやつだな。ただ、地球では魔素がないから回復することはない。だから体内の魔力を使い切ったら、俺も魔法が使えなくなるな」
カラーズでは空気中にMPを回復する魔素があるけど、地球には魔素がない。だから俺のMPは現時点でゼロだし、ソータは現MPがなくなったら魔法も使えなくなる。
「なぁ俺からも聞いていいか?」
区切りがいいと思ったのか、ソータが何やら深刻そうな顔で聞いてくる。
「何だ?」
「今日は西暦何年の何月何日だ?」
さっき帰ってきたんだから、そりゃあ知らないよな。
「今は西暦は2017年で今日は11月4日だ」
俺の言葉を聞いてがっくりと項垂れるソータ。
「そっか……さっきゲームがそうとう古いって言ってたし、そこにあるテレビとか見たこともない形をしてるから、もしかしたらと思ったら……やっぱりか」
はぁ。と盛大なため息を吐き上を向くソータ。
「俺さぁ、日本からカラーズへ飛ばされたのって1994年なんだ。その時はまだ十五歳だったよ。でさ、カラーズで五年しか過ごしてないんだ。だから今は二十歳で、本当なら1999年のはずだと思ったんだけど……まさか二十三年も経ってのか……親父生きてるかな?」
「どういうことだ? 地球とカラーズじゃ時間の進み方が違うのか?」
向こうの五年がこっちの二十三年だとしたらちょっとした浦島太郎の気分だ。
ってか、そりゃあチートとか言っても伝わらないはずだ。ネットも普及してない当時にそんな言葉はなかっただろう。
それにしても……いきなり異世界に飛ばされて、やっとの思いで帰ってきたと思ったら二十年以上経っていた。自分は二十歳なのに同級生は四十近い、両親は生きているかもあやしい。そりゃあため息も吐くか。
ソータはしばらく考えてやがて首を振る。
「いや、多分時間の流れ方は同じはずだ。どちらかというと、ゲートが繋がった時間軸が違うだけだろう」
時間軸が違う? 何を言ってるんだ?
「なんでそう思うんだ?」
「実は俺がカラーズで出会った日本人って二人いるんだ。二人ともカラーズで五十年以上生きてた。でも、一人は俺と同じくらいか俺よりも未来から来た感じだった。もう一人は『儂はサムライじゃ!』って正に江戸時代って感じの人だったんだよ」
それが本当ならカラーズと地球に繋がるのは何時の時代かランダムにつながるってことか?
「じゃあ、今ガレージのゲートを使っても。ソータがいた所に戻れないってことか?」
おそらくな、とソータは言った。カラーズのいつの時代どこの場所に出るかは分からないってことか。
「なぁ、ソータはこれからどうするんだ?」
俺は心配になって聞いてみた。
「どうすっかなー? 五年ならともかく、二十年以上経っているなら、今更知り合いに会ってもしょうがない。あー、でも両親には会いたいな。正直生きているかどうかは分からんが、心配かけてごめんくらいは言いたい。それから……二人のこともあるしな。こっちにはエルフや獣人はいないだろ。万が一にも正体がバレないようにしないと。それに二十年の間に変わったことも多いだろうから知らないといけないことが多すぎる。……う~ん、帰ってきても問題だらけだな」
ソータは自嘲気味に笑う。俺は落ち込んでしまったソータの気を晴らすためにガラッと話を変えて、世間話で当時連載していた漫画のことを教えてあげた。
まぁ俺はその当時まだ生まれてもないのでよくは知らないが、親父が持っていた漫画や俺も本好きと言うこともあって結構盛り上がった。
「マジか!? あの漫画終わったのか! 俺が読んでいたときはまだ県大会だったんだが」
「そりゃあ二十年もあれば大抵の漫画は終わってるさ。ちなみに二階に全巻あるから後で読んでいいぞ」
「マジか!」
ソータの食いつきは予想以上だった。どうやらソータは漫画をよく読んでいたらしい。
他にも漫画やアニメ、ゲームなどの話で盛り上がる。未だに語り継がれている漫画やアニメも多いし続編なども出ている。過去のリメイクで再発売されたゲームもある。当時との違いを語り合った。
――――
「本当に帰ってきたんだな…」
ひとしきり話して満足したソータはしみじみと呟く。未来に来ても自分の知っている過去があることで落ち着いたんだろう。
「なぁ、ソータ達さえよければこの家に住まないか?」
俺はソータにそう提案してみる。
「それはありがたいが……いいのか?」
ソータは信じられないといった表情でこちらを見ている。そりゃあそうだろう。何せ初対面なのにいきなり住んでいいと言われたんだ。ソータ自身が自分達のことを胡散臭いと思っているから余計に俺の言葉が信じられないんだろう。もしくはカラーズで散々騙されて疑り深くなっているのか?
「さっきも言った通り、この家には俺しか住んでいない。両親の部屋や姉の部屋が残っているので部屋にも困らないからな。ソータ達さえよければ、いつまででも住んでいいぞ」
「とりあえず今は行くところがないのでしばらく泊めてくれると助かる。それに二人には日本の常識を教えてあげないといけないしな」
カラーズには電気がないので電化製品はないし暮らし方やお金など全てが違う。それにソータ自身がブランクがあるのだ。現在の常識を身につけないと外にも出れない。
「ただ……俺の願いも聞いてくれないか?」
俺はソータに切り出すことにした。
「俺に出来ることならいいぞ?」
「俺はカラーズに行きたい。だから協力してくれ」