第149話 ギルマスと模擬戦しよう
ギルマスはAランクの冒険者。
数年前にギルマスに就任したけど、未だに自ら依頼を受けたりと元冒険者ではなく、バリバリの現役らしい。
俺達に会えなかったのは、俺達が避けていただけでなく、ギルマスが依頼ばっかり受けてギルドにいなかったのも原因だったようだ。
「さて、誰から来る?」
訓練場では既に準備万端でベルガーは待機している。
滅茶苦茶やる気じゃんか。仕方ないな……。
「じゃあいつも通りアイラから……」
「いや、偶には私も後がいい」
まさかアイラから断られるとは思わなかった。しかし、アイラの言う通り、偶には後になりたいときもあるか。
「じゃあラミリア行くか?」
「ええっ!? 私ですか?」
ラミリアは指名されて驚いてるが……アイラが駄目ならラミリアしかいないじゃんか。
「だってリンは関係ないし、アイラは後がいいって言うから……」
「ではシオンさんから行けばいいじゃないですか」
まぁ確かにそうだ。
「いや。それも考えたけど、せっかくだから初見の相手の対人戦の修行に丁度いいかなと。色々制限がある状態で、ベテラン冒険者の動きを体験するのは多分いい勉強になるぞ」
修行中は魔物かお互い見知った相手との対人戦だから全く知らない相手とは勉強になると思うんだ。
「シオン様。恐らく二人はこの縛りの中で戦って勝てるか分からないから気が引けてるんスよ」
「はあ? そんな訳ないだろ」
いやいや、勉強になると思うけど、正直負けるとは思ってないぞ。
「いやいやシオン様。私らもうマジ限界スよ。というか、あんだけ辛い目にあって本当に強くなってるんスか? まったく実感がないんスけど!!」
リンが堪らず叫んだ。よっぽど溜まっていたんだろうか?
「ねぇアンタ。この子達にどんな修行をつけてるの?」
リンの悲痛な叫びに流石に気になったのかクリスが質問した。
「えっ? 魔法が使えないように魔力を常に消費し続ける毒と、靴とブレスレットに重りと動きを阻害させる呪いをかけて、砂漠の魔物を相手にしているだけだぞ」
俺の言葉にシーンとなる。ん? どうしたんだ?
「だけってアンタ。……それ鬼畜の所業よ」
「いやいや、これくらいで鬼畜って……俺がルーナから受けた修行はこんなもんじゃなかったぞ。なぁリンなら分かってくれるだろう? ルーナの特別訓練」
俺がそう言うとリンがビクッとし、小刻みに震え始める。やはりリンも経験があったかルーナの特別訓練。
「な、な、な、なに言ってるんスかシオン様。あれはもうただの地獄……えっ? シオン様まさかあれを目指してるんスか!? やめるっス!!あれは人間にしちゃいけない訓練っス!!」
「馬鹿言うな。俺だって人の心くらいある。やっちゃいけないことくらい分かってるさ。でもあれを考えたら今の修行なんて優しいだろ?」
「あれと比べたら何だって優しくなるっス。でもシオン様……限界を越えてる点は変わらないっス。五十歩百歩っス」
「あー分かったよ。確かに頑張ってたし……じゃあアイラとラミリア。先に模擬戦してあのギルマスに勝つことが出来たら、今日は温泉とベッドで一泊。修行再開は明日の朝からってご褒美はどうだ?」
「!? 私がやる」
「ちょっと!? アイラさんは先程後からがいいと言ってたではありませんか。シオンさんからも言われましたし、ここは私が先に……」
ご褒美を出された瞬間、打って変わってやる気を出す二人。さっきまでのやる気のなさは何だったんだ。
「お前ら……まだまだ元気じゃねーか」
いや、元気と言うか、現金というか……ったく仕方ない。
「分かった分かった。勝てば二人とも今日は休んでいい。だからラミリアからな。あと……負けたら休みなしで補習な」
その言葉に先鋒を争うことを辞めた二人。
「シオン様……私には?」
二人にご褒美と聞いてリンが自分にもないかと聞いてくるが……コイツは今の修行を抜け出して勝手に付いて来ただけだからな。
「リンは今が休憩中みたいなもんだろ? 帰ったら今日の分の補習から始めるから今のうちにしっかり休んどけよ」
「ちょっ!? 聞いてないっスよ! えっ? じゃあ今のうちに休まないといけないっスね。……スーラさん。クッションをお願いするっス」
《分かったの!》
スーラは頼られて嬉しいのか嬉々としてクッションを出す。
スーラクッションが気持ちいいのは馬車での旅で経験済みだ。というか……はぁっ!? コイツここで寝る気か?
「スーラさん。最高っス……」
リンは礼を言いながら目を瞑ってスヤスヤと寝息を立て始める。えっ!? ガチ寝なの?
「……スーラ。邪魔にならないように、向こうの方へ連れていってくれ」
せめてここよりも訓練場の隅の方がまだ邪魔にならないだろう。スーラはクッションに何か命令するとスーラクッションは隅の方へと移動する。
「ふぅ、待たせたな。じゃあ始めようか。……ん? どうした?」
何か全員が俺を見る目が何とも言えない目になっている。
「はぁ。アンタはこんなときくらい真面目にしようって気はないの?」
クリスだけがため息を吐きながら、呆れたように言う。
いや、俺は真面目にしたいんだよ。でも今回は俺じゃなくてリン達が悪くないか? ……といっても、結局は俺が悪いことになる。やっぱり理不尽だよな。
――――
真面目な雰囲気から一転、興が削がれた感じがしないでもないが、ギルマスとラミリアの対決が始まった。
ラミリアは今回は魔法が使えない上に、かなりの行動が制限されている。さて、どんな戦いを見せてくれるのかな?
「なぁクリス。ギルマスってどんな戦い方をするんだ?」
せっかくだからクリスに解説してもらおう。
「ウチのギルマスは見て分かるようにバリバリの武闘派よ。魔法は……一切使わないわ」
確かにクリスの言う通りギルマスはガッチガチの見た目をしている。これで魔法使いとか言われたら逆に驚いたが……魔法を使わない?
この世界、誰でも魔法は使える。得手不得手はあるものの、剣士など戦士系でも簡単な魔法は覚えて牽制などに使うのに珍しいな。
「でもその代わり魔力はたくさん使うわね」
「ん? 魔法は使わないのに魔力は使うのか?」
「ええ。魔法は自分の属性を使って発動させるでしょ。ギルマスは属性にじゃなくて肉体強化のみに魔力を利用するのよ」
それって俺が今回の修行で皆に覚えてもらいたいことじゃないか?
流石に魔法を一切使わなく特化にしてるのはやり過ぎだと思うが……くそっ、こんなところにお手本があるならリュートも連れてくれば良かった。
でもまぁ【月虹戦舞】だけでも……ってリン寝てるし!?
「ギルマスの強化された肉体は時に相手の剣すら折る頑丈さを誇るわよ。だから付いた二つ名は【鉄壁】のベルガー。」
「うっそだろ」
それは流石に堅すぎじゃね? ……あれっ? ラミリアの攻撃、ダメージ入るかな?
クリスの言う通り、ギルマスは体中に魔力を帯びた。
俺はこそっとキューブで総魔力を調べてみる。……五千か。Aランクとしては普通だが……これを全部身体能力向上に当てるのか。属性魔法も使えたらもっといい冒険者に……いや、特化にしたからここまで強くなったのかもしれないな。
「これ、勝敗はどうやってつけるのでしょうか?」
お互い正面に対峙した後ラミリアが質問する。
「んあ? そんなの単純に俺を倒せばいいさ」
「そうですか。では正直普通に動くのも疲れるので、すぐに終わらせていただきます」
ラミリアはそういうや否やギルマスに向かって駆けだす。
「ほう。俺に肉弾戦を仕掛けるか。面白い」
ギルマスは右腕に力を込めラミリアに向かって拳を放つ。
おいおい、遠慮無さすぎだろ。いくらなんでも女性に向けて放っていい攻撃じゃないぞ。普通の人間ならあの拳が頭に当たったら破裂しそうだ。
しかし、ラミリアはうまく拳を避けて、その腕を取りそのまま……一本背負い。ギルマスの大きな体が一回転して地面へ倒れる。
「はい。倒しましたよ」
事も無げにラミリアは言う。うん、確かに倒したけど、何か違わないか?
「今の私はあまり力が使えませんので、こんなやり方にしましたが、いけませんでしたか?」
ギルマスは自分に何があったのか理解はしているようだが、信じられないといった表情を浮かべる。
「……いや、今の動きは相当の技術がないと出来ない。それに俺の拳を見ても物怖じしない度胸もある。お前は合格だ」
「ありがとうございます」
ラミリアはギルマスを引っ張って起こすと、礼を言って俺の方までやって来た。
「これで私は条件クリアですね。約束通り今日はこのあと休ませてもらいますからね。スーラさん。よろしくお願いします」
……こうしてリンの横にもう一つクッションが増えた。
まだAランク登録が残っているから帰れないのは分かるが、そんなに急いで休まなくてもいいだろうに……。
そしてそれを羨ましそうに見るアイラ。その目は自分も早く休みたいと訴えていた。
「……じゃあ次は私。早くやろう」
既に臨戦態勢のアイラ。いや、ギルマスはたった今一戦したばかりだぞ。
「ちょっと待てって。まずはギルマスの怪我の確認から……」
「俺なら大丈夫だ。地面に叩きつけられる直前に寸止めされたから怪我もない」
ラミリア……あの一瞬でそんなことしてたのか。道理であの巨体が地面に叩きつけられたにしては衝撃が少なかったはずだ。
「さて、次はどんなことをしてくれるんだ?」
ギルマスも楽しみにしてるみたいだしこのまま始めても問題なさそうだ。
――――
「がっはっはっ。全くすごい小娘だな。まさか俺と正面から対抗するとは」
今、俺の目の前には三人の女性がスーラクッションの上で寝ていた。
アイラとギルマスの戦いはまさかの殴り合い。ガチバトルだった。
残り少ない魔力をギルマス同様身体強化に当て、避けることのないガチのバトルだった。
ギルマスも容赦なく殴るし……見ているこっちが心臓に悪かった。
アイラとラミリアは殆ど同じような修行をしているが、まるで対照的な試合内容だった。やはり性格的な部分が出始めてるのだろうか?
「よし、じゃあ俺ともやるか」
二人の試合を見てテンションも上がった。ギルマスはエリクサーを飲ませれば大丈夫だろう。
「ん? ああ、お前さんはいい。二人と違ってどうせ全力ではこんのだろう」
まぁ全力でやったらギルマス死んじゃうからな。
「俺はもう充分楽しんだからもういい。クリス、三人のAランク登録をしておけ。俺は帰る」
「はぁ? 帰るって……えええ!? 何言ってるんですか? まだ就業中ですよ!」
「がっはっはっ。今日はうまい酒が飲めそうだ。おいポラック、お前も付き合え。今日はとことん飲むぞ」
ベルガーはクリスの叫びを無視して、ポラックと共にさっさと出ていく。えっ本当に帰ったの? ……かなり自由奔放な人だな。
ってか俺また戦ってないんだけど?
「……まぁいいわ。じゃあシオン。三人のランクアップをするから冒険者カードを貸して」
おそらくいつもあんな感じなんだろう。クリスはすぐに気を取り直す。
俺としては少し消化不良だが、Aランクになれるなら何でもいい。俺は素直に三人分のカードをクリスに渡す。
「じゃあサクッと更新してくるからここで待ってて」
そう言ってクリスは足早に出ていく。
待ってても何も三人をこの状態で放置出来ないからここにいるしかない。
まぁどうやら領主達も残ってくれるみたいだし、クリスが帰ってくるまでは領主達と雑談でもして待ってようかな。




