第148話 Aランク試験を受けよう
俺は今日久しぶりに砂漠から出てハンプールの町に来ていた。
俺以外に【月虹戦舞】の三人も連れてきている。
ちなみにリュートとBグループの四人は引き続き修行中だ。俺がいない間は代わりにエキドナを教官として迎えたので、今頃しっかりと修行に励んでいるだろう。
……エキドナが調子に乗ってリュート達を壊したりしないかちょっと不安だけど。
「うう……町ってこんなに快適なんスね」
リンがしみじみと呟く。まぁ砂漠と比べればどこだって快適だろうさ。
「なぁリンは別に来る必要はなかったんだぞ。お前は帰って修行しないか?」
俺がそう言うとリンが慌てて反論した。
「嫌っスよ! 私だって【月虹戦舞】の仲間っス。一人だけ除け者なんてゴメンっス!!」
仲間外れが嫌だと言ってる風に聞こえるが、実際のところは修行に戻りたくないだけだな。
「にしても二人はこの状態で本当に大丈夫なんスか?」
「試験くらいどんな状況でもクリア出来るだろ。それにこんな状況だからこそ修行になるってもんだ」
今日俺達がハンプールに来たのはリン以外の【月虹戦舞】のAランクになる試験のため。
ここ毎日の修行の疲れと重い装備をしたままの状態のせいか、ラミリアとアイラの足取りは重い。
同じ装備のリンは当事者じゃないため、装備は同じだが、いい休日とでも思っているのだろう。二人よりは気楽な感じだ。
まぁこのくらいのハンデがあっても問題はないはずだが……。
それにしてもようやく俺もAランク冒険者か。これで少しは周りの見る目が変わるかな?
――――
「あっようやく来たわね……ってどうしたの? 後ろの三人がなんか疲れてない?」
どうやらクリスの目にも三人が疲れているように見えるみたいだ。いや、実際に疲れてるんだろうけど。
「ああ、今絶賛修行中でな。皆強くなろうと頑張ってるんだよ」
「……アンタ達それ以上強くなるの?」
クリスが信じられないようなものを見た眼をする。
「今回は相手が相手だからな。強くなるに越したことはない」
一応クリスには前回会った時にSランク冒険者の話を聞いたし、会議の後にメールで報告したから状況は知っている。
「まぁいいわ。だけど、くれぐれもその所為でランクアップ出来なかったなんてことがないように気を付けなさいね」
「ああ、分かってるよ」
試験はAランク冒険者との模擬戦とギルマスとの面談だけだ。落ちるはずがない。
「じゃあまずは面談からね。ギルマスの部屋に行くから一緒に来てちょうだい」
恐らく一番の難関、ギルマスとの対面へと向かった。
――――
「えっ? 何で……」
部屋に入ると予想外の出来事に俺は思わず声が出た。
ギルマスの部屋には複数の人間がいた。しかも俺が知っている人達だ。
領主にノーマン、商業ギルドのギルマスにワイズさん、
もう一人中央に男性がいるがその人が冒険者ギルドのギルマスなのか? 知らない……いや何処かで見たことある気がする。何処だったっけ? ……思い出せない。ということは恐らく話したことはなくて、町の中で見かけただけか、もしくは店の客。リニューアルかフェスで見たことあるのかもしれないな。
「アンタ……状況が全く分かってないって顔してるわね」
そりゃあこの状況を見ただけで分かる人がいたら凄いと思う。
「あ、ああ。何でこんなところに皆いるんだ? もしかしてAランクの面談って、こんな大物たちと面談するのか!?」
「バカっ!? んな訳ないでしょうがっ!! アンタね……自分がどんな立場か理解してる?」
「どんな立場? 受験者じゃな……」
俺が言い終わる前にスパーンっと小気味いい音とハリセンを持ったクリス。
「はいはい、冗談はそれくらいでちゃんとしましょうかね?」
「……城主ってことか?」
「ちゃんと理解してるじゃない。アンタがバカじゃないことは知ってるから、こういう場所でそういうボケは止めてよね」
「それはいいんだが、そのハリセンば……」
「ティティから貰ったのよ。そのうち使うことになるからって。これを使えばシオンがしっかりするからって。まさかこんなに早く使うことになるとはね」
確かにハリセンまで用意されては、これ以上ボケたら不粋だろう。
それよりもこの空気をどうしたらいいんだ?
【月虹戦舞】側は特に気にしてないようだ。いや、三人ともハリセンに興味津々だ。えっ? 欲しいの? 勘弁してくれ。
ハンプール組はクリスがハリソンで叩いた瞬間に全員が息を飲んだぞ。
「まぁいいや。んで? 俺の状況とここには集まっている状況が今一つ分からないんだが?」
これはボケでなく本当だ。俺はAランクに上がるために来たのに領主達がいるのは……。
「はっ!? まさか俺の冒険者剥奪とか!?」
もう一度小気味いい音がなる。……違うのか?
「アンタね……何でもう一度叩かないといけないのよ!」
そう思うなら叩かないでほしい。
「良いこと、アンタはね。自分が思っているよりも重要人物なの」
「はぁ」
「間抜けな返事ねぇ。まぁ要はアンタが困らないようにフォローに来てくれたのよ」
「あっ、もしかして俺達がAランクになれるようにお願いしてくれるのか?」
「お願いというよりは……まぁ正直に言うとね、ウチのギルマスは元からアンタのこと知ったから」
「えええっ!? 何で? あっ、クリスがバラしたんだな」
「何でよっ!? 違うわよ! ……まぁいいわ。そもそもアンタはギルマスに見覚えないの?」
「いや、何となく見たことある気はするんだけど……あまり覚えてないな」
そう言われて俺はあらためてギルマスを見た。
少し年配の冒険者風の男。きっと現役の時はかなり活躍してそうな雰囲気を出している。というか、ギルマスって紹介されなかったら今も現役の冒険者で通用しそうだ。
「直接対面して話すのはこれが初めてだな。俺がこのギルドのギルドマスターでベルガーという」
俺がずっとクリスと話していて遠慮していたのだろう。ようやくギルマスが声を掛ける。
「あっ、やっぱり初めましてか」
見覚えがある気がしたんだが気のせいか。
「一応何度か見かけはしたんだがな……覚えてはないか?」
「見かけたってことは……やっぱり客か? 何となく見覚えはある気はするんだが」
「では、なぜ俺がそちらのことを知ってるかから話そう」
「何故って領主達に聞いたんじゃないのか?」
さっきクリスに違うって言われたから残るは領主……。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。私はシオン殿との約束通り何も話してないぞ」
ありゃ、領主でもないのか。
「じゃあ……」
俺は商業ギルドのギルマスの方を見た。
「いやいや、儂等も自分からは話してはおらぬ。というか、彼は自分で気がついたのじゃぞ」
こっちも否定はしているが、その言動からバレたのはここからのようだ。
「そうなの?」
「結果的にはそうだが、そのきっかけをくれたのはお前達だ」
「どう言うことだ?」
今一つ理由が分からない。
「俺は最初のリニューアルのくじ引きでエリクサーを引き当てた」
「えっ!? あっ……」
思い出した……彼はくじで特賞を引き当ててメチャクチャ喜んでた人だ。なるほど、道理で話したことはないのに印象に残ってたわけだ。
ってかギルマスが当てたのか。そりゃあ商業ギルドに持って行くわな。
あの日、商業ギルドはエリクサーが持ち込まれて大慌てって言ってたけど、持ち込んだのがこの人ならワイズさん達も慌てるわけだ。
「ギルドで鑑定してもらって驚いたぞ。何せ長年冒険者をしていてエリクサーなんて代物も見たのは初めてだ。気にならん訳がないだろう。そこで少し調べると、今回の商品を持ち込んだ奴が数日前にこの町で冒険者登録したばかりだという話じゃないか。さらに調べるとその名前に聞き覚えがある。そこでポラックに鎌をかけたら一発よ」
ベルガーはもう一人のギルマスの方を見る。……こっちのギルマスはポラックと言う名前だったのか。いつもギルマスとしか呼んでなかったから知らなかった。
ポラックはベルガーに指摘されてタジタジだ。気が付いたとか言い訳してたけど、結局バラしたのはポラックだったって訳か。まぁ別にいいけどね。
しかし、そんな早くからバレてたのか。それならそうとクリスも言ってくれればいいのに。
「言っておくけど、私も知らなかったんだからね。今回のAランク試験のことを伝えたときに初めて知ったのよ」
どうやらクリスも知らなかったようだ。ベルガーが上手く隠してたんだろう。
「しかしクリスよ。俺が本当に気がついてないと思ってなかったのか? 【ジンの遺跡】とナーガ討伐。そんな偉業を成し遂げたものを放置するほど俺も馬鹿じゃないぞ」
クリスは俺達が調べられるのを嫌うからという理由で止めたと言っていたが、本当は知っていたから調べなかったという訳か。
確かに受付に言われたからって、自分のギルドにいる有望な冒険者を放置するのは無能すぎるか。
クリスもそう思っていたのか気が付いてなかったことに悔しがっている。
「そっちが俺の事を知っていた理由は分かった。それで……今回はどうなるんだ?」
結局俺達はAランクに上がれるのか?
「ギルドが頭を悩ませていた依頼を達成。他の依頼もこなしているから、ギルドへの貢献度は充分。素行も……まぁ一部貴族への暴力行為や、そもそもが、出身に問題はあるものの、貴族への対応はあちらにも非があるのだし、犯罪者でもなければ過去や身分は問わないのが冒険者。領主からの頼みもあるし、何よりバルデス商会を通じてこの町を盛り上げてくれた功績は素晴らしい。実力も確かだしAランクに上げても問題はないだろう」
「じゃあ……」
「まぁ待て。試験はもう一つあるだろう。試験官との模擬戦だ。それに合格すればAランク試験の合格を言い渡そう」
「本当か!? じゃあ早速その試験官と……その試験官って誰?」
目の前のギルマスは不敵に笑う。
「この俺だ」




