第17話 城主になろう
異世界二日目。
気がついたら朝だった。どうやら寝落ちをしていたようだ。起き上がるとトオルはもう起きてこちらに来ていた。
「おはよう、シオンくん」
トオルは朝から少し疲れているように見える。
「おはようトオル。大丈夫か? あまり疲れが取れてないように見えるんだが?」
やはり昨日車の中で寝たのが悪かったんじゃないのか?
「ああ、これはさっき魔力のコントロールの練習をしたからだよ。まだ慣れないから、ちょっと魔力を使うだけですぐに疲れるね」
どうやら既に朝練をした後のようだ。
「朝から頑張るな。じゃあ俺も負けられないし、少し練習してくるかな」
目を覚ますためにも丁度いいだろう。
「行ってきなよ。僕は朝ご飯作って待ってるよ。いつも作ってもらってたし、たまにはね」
「えっ悪いな。……でも、お願いするよ。じゃあ行ってくる」
俺はトオルの言葉に甘えて練習を行う。
俺は早速魔力の放出を行う。うん、昨日よりはスムーズに出来た気がする。それに心なしか魔力を体内で維持する量も増えているような気がする。
こういう時、ステータス画面があったら便利なのにと思う。
……駄目だ。紫ではどうしてもステータス画面を開くイメージが持てそうもない。
一汗かいてトオルの所に戻る。すでに朝食の準備が出来ていた。
「シオンくん、今日はどうするんだい?」
「そうだな。まだルーナさんは来てないんだろう?ルーナさんが来るまでは荷物の確認しないか?昨日は武器くらいしか確認してないし。食料や他の物資もちゃんと調べないと」
「うん、そうだね。ここでちゃんと暮らすようになったら、農業とか仕事もしないといけないもんね」
朝食後、俺達は荷解きを始めることにした。
俺は食料品や種などの確認、トオルはPCやドローンなど機械関係の確認をした。
――――
午前中は確認だけで時間が過ぎたが、おかげで殆どの荷物は確認出来た。
特に荷物の破損や動作に問題なかったが、一つだけ重大な問題が発生していた。
ソーラーパネルだ。ここは魔王城の中のため、太陽が当たらない。この部屋には窓もない。
車を外に出そうと思っても、ここは五階。罠まみれの城の中をキャンピングカーが走れるわけがない。今のところソーラーパネルでの充電は絶望的になっていた。
一応、手動回しの充電器はあるのだが、大変すぎる。トオルと相談した結果、しばらくは電気を節約することにした。
――――
昼食を食べ、魔力のコントロールの練習をしていると、ルーナがやってきた。
「こんにちはルーナさん」
「おはようございます。遅くなってしまい申し訳ございません」
「いえ、別に時間の約束をしていたわけじゃありませんし、ルーナさんもお忙しい立場でしょう」
来てくれただけでも有り難い。
「作業は他のシルキーに任せればいいのですが、やはり指示するのに時間が掛かりますからね」
「それで、どうなりました?」
俺は早速気になっていた住んでいいかの確認をしてみた。
「わたくし達シルキーは問題ございません。それどころか、メイドとして仕える主人が出来て喜んでおりました。村の方も特に問題はないようです。村人にとっては暮らしが酷くならなければ上の人物が誰であろうと変わらないようです。寧ろこちらも仕事が貰えるなら喜んでおります」
「そうですか。よかったです」
俺は受け入れられそうでホッとした。同じ所に住むとしたら、やはりちゃんと受け入れられたいからな。
「シオンくん、君あまり考えてないでしょ?」
トオルが呆れた声で言う。
「ん? どういうことだ?」
トオルの言っている意味がわからない。
「シオンくん。君はこの城の主になったんだよ? ちゃんと理解してる?」
「は? 何言ってるんだ? 俺達は村に住んでいい許可を得ただけじゃないの?」
「いいかい? ルーナくんの話をよく聞きなよ? シルキーのメイド達は仕える主って言ったんだよ。それに村人の方も上に立つものが誰でもって言ってたよ」
俺は先ほどの会話を思い出す。……確かにそんなことを言っていた。
「ルーナさん、これは一体どういうことでしょう?」
そう言うとルーナはわざとらしく笑う。
「いやですわシオン様。シオン様はこの城の城主となるのですからわたくしのことはルーナと呼び捨てにして頂かないと示しがつきません」
「いやいや、なんで俺が城主になっちゃってんの!? おかしいでしょ!!」
「ですが、昨日仰ったじゃありませんか、この城を拠点とされると」
ルーナが不思議そうに俺を見る。
「ああ、確かに言ったよ。でもそれが何で城主になるんだ!?」
「ですから、村を拠点にされるのではなく、城を拠点にされるのですよね? 村は農業に使用する分には問題ないと言っただけで、住んでいいとは一言も言われてないですよ」
昨日の話を思い出してみる。………確かにルーナの言った通りだ。でもそれは方便でしょう。
「それに今この城の住人はメイドしかおりません。すなわちメイド以外のお二人が必然的にこの城のトップになるのです」
だからって城主はおかしいだろ?
「おい、トオル。トオルからも何か言ってくれ」
「え? 別にいいんじゃない? よかったね、この年でこんなに大きな城の主だなんて大出世だよ」
「じゃあトオルが城主でもいいじゃないか。ルーナもお二人って言ってたし」
「いやぁ。だってシオンくんがリーダーじゃないか。昨日認めてたしね。だから城主はシオンくんだよ」
「……トオル。お前こうなることが昨日から分かってたな?」
「少し考えれば分かることだよ。それに城主と言っても、名前だけの城主だよ。やることは一緒だって」
「……どうせ俺が何を言っても変わらないんだよな。分かった、城主やるよ」
「本当でございますか!? わたくしは大変うれしく存じます。これからシオン様に誠心誠意お仕えさせていただきます」
想像以上に喜んでるんですけど!? 笑顔がすごく眩しいんですけど!?
「えっいやルーナさん? そんな仕えるとかじゃなくて……」
「ルーナ、とお呼び下さいシオン様」
「でも年上の女性にタメ口は……」
言い終わる前にルーナから鋭い殺気を感じる。
「シオン様は私が年増だと仰るのでしょうか? いくら主様であろうとも、女性の年齢の話はマナー違反でございます」
凍り付くような視線。それだけで人を殺せそうだ。
「そ、そんなこと言うわけないじゃないですか。ハハハ…」
もはや乾いた笑いしか出てこない。ルーナに年齢の話は禁句。心のメモにそう刻んだ。
「シオンくん、それに今更だよ。昨日の説明や魔力の練習の時は普通にタメ口だったよ」
そんな遣り取りに意も介さずトオルは言う。
「えっ? そうだっけ?」
俺は思い返すが覚えてない。昨日は興奮してたからな……仕方ないか。
「じゃあ、言葉だけ崩させてもらうよ。だけど慣れるまではルーナさんと呼ばせてもらうね」
同い年や年下ならともかく、年上の、デューテしかも美人で仕事も完璧な女性に向かって呼び捨てはハードルが高い。少しずつ慣れていかないと。
「まぁ仕方がありません。ですが、そのうち呼び捨てでお願いします」
少しがっかりした感じでルーナは答えた。いや、これは仕方がないって!
「それで、よろしければ早速村へ行ってシオン様とトオル様をご紹介したいのですが」
「ごめん、それは少し待って欲しいかな」
断られるとは思っていなかったのだろう。ルーナは少し眉をひそめる。
「よければすぐにも会って頂きたかったのですが……理由をお聞きしても?」
「せめて会話ができるようになるまで待って欲しいんだ。今はまだ俺達の言葉は通じないから。昨日ルーナさんにお渡しした飴は貴重だから使いたくないし」
「そういえば、今わたくしと会話できているのは飴のおかげでしたね。でも会話でしたら、わたくしが通訳すればいいことでは?」
「確かに通訳して頂けると会話は出来るけど、直接会話ができるのと、通訳を介さないと会話が出来ないのとでは印象がかなり違うと思う」
「そうですか? こちらの住民はあまり気にしないと思いますが、シオン様がそう仰られるならそうした方がよろしいですね」
「我が儘言ってごめん」
「とんでもございません。こちらがお願いしているようなものです。それでは本日もこちらで魔力の練習をされますか?」
「一応その予定かな。もし時間がありましたらまた教えて欲しいんだけど」
「そうですね。一応今日は話し合いがない旨を村に伝えに行かねばなりませんが、それが終わりましたら……ええ、大丈夫です」
今日のスケジュールを考えていたのだろう。少し悩んだが了承してくれた。
「それと、後でお二人にわたくしの補佐をしているシルキーを一人紹介したいのですがよろしいでしょうか?」
「紹介?」
「ええ、お二人には基本は私がお世話をさせていただきますが、わたくしがいない場合はその者に言っていただければと」
「別に俺達は世話とか必要ないけど…」
キャンピングカーがあれば大抵のことはできるしな。
「いえ、城主になるのですから常に誰かがついていなくてはなりません。そういうわけで一旦失礼します。村に伝えたらすぐに戻って参りますので」
そう言ってルーナは出て行った。
「いや~、シオンくん、大変なことになったんじゃないかい?」
「そう思うなら代わってくれ」
正直さっきのやり取りだけで大分疲れた。
「それにしても新しいメイドが来るみたいだな」
「多分、監視の意味もあるんじゃないかな? 城主がどうこう言ってるけど、昨日初めて会った人を自由には出来ないでしょう。逃がさないためにも必要なんじゃないかな」
やっぱりトオルもそう思っていたか。
「ま、関係ないよ。僕達は好きにやってようよ」
ま、そうだな。特に関係はないか。
トオルと話したら少しは気が楽になった。




