第126話 町をぶらつこう㉑ 自己嫌悪編
「それで確認が終了したら依頼が完了ってことね」
「はい」
「えーと、ナーガの数が凄いわね。百体を超えてるじゃない。それにナーガラジャが二体とヴァスキ……ヴァスキとか聞いたこともなかったけど、調べたらSランクの大物じゃない。この間も思ったけど、アンタって本当に凄かったのね」
「はい」
「……んで、助けた女性は一旦城へと連れ帰ったのね。大丈夫そう?」
「はい」
「…………今回の報酬なしでいい?」
「はい。…………えっ?」
「あーもう! 何があったか知らないけど男がいつまでもウジウジしない!!」
「……すまん」
「ったく張り合いがないわね……今日はもう報告はいいから帰りなさい。んで元気になってから来てくれればいいから」
クリスは報告書を持って立ち上がる。俺は素直に従ってギルドを出た。
あの後……当初の予定では、助けた女性を馬車で連れ帰る予定だったが、想像以上に人数が多いことと、女性達は歩くどころか、自我すら保てない状態だった。
俺達の方も、もう魔族がどうのと言ってられる状態でもなかったので、予定を変更して全員城へと転移することにした。
引率はルーナにお願いした。ルーナならしっかりと纏めてくれるだろう。
女性達と同じく、ラミリアも帰らせた。早く会って無事を確かめたいが、正直どんな顔をして会えば良いか分からない。
ナーガの集落に関しては、生き残りの確認と【魔素溜まり】の確認が必要だ。
ヴァスキのような大物が【魔素溜まり】もなしに発生するとは思えない。こんな悲劇を繰り返さないように、特に【魔素溜まり】は必ず見つけて排除しないといけない。
あと、ナーガが隠している財宝もあれば回収する。財宝じゃなくても冒険者や商人から奪った物があるはずだ。
依頼内容はナーガの討伐と、ここを一般道として復活させること。
その確認が終わって始めて依頼が完了する。
その確認作業はリンとアイラ、ホリンが残って行う。
ただ、生き残りにあのヴァスキクラスがいる可能性だって残されている。
その為、追加で城からの応援で姉さんとセラ達が駆けつけてくれた。
で、憔悴しきって役立たずな俺はリンが書いた報告書を持って一人でギルドにやって来たというわけだ。そしてクリスにまで呆れられる始末。
早く元通りにならないといけないのは分かってる。……んだけど……はぁ。
あの時の光景が、そして俺がした行動が思い出される。
アイツを殺した事に対する罪悪感はない。殺しまで否定したらこの世界ではいきれない。誰も守れない。憂鬱なのは俺がした行為だ。
時間が経ってあらためて思い返しても、自分にあんな一面があったことが信じられなかった。
あの時の俺は間違いなく楽しんでいた。爽快に感じていた。
今は反省しているが、また仲間が被害にあったら同じことをしてしまうのではないか?
俺はそれが一番怖かった。頭では理解できていても、自分の感情が抑えられないかもしれない。そんなことばかり考えてしまう。
……ルーナ、泣いてたな。普段は城から出ようともしないくせに、俺の為に躊躇なくやって来て……ルーナが最後に言った言葉が甦る。
『わたくしのご主人様として誇らしいお姿を見せてください』
今の俺は確実に失格だろう。
《シオンちゃん……》
「スーラ。ごめんな、こんな頼りない相棒で……」
スーラにも迷惑をかけた。俺は覚えていないが、ルーナが来るまでの間、必死に俺を止めようと努力してくれていたようだ。その様子を見て、無理だと判断したリンがルーナへと連絡した。
《ねぇ、今日はもう帰ろ?》
「そう……だな」
ここでウジウジしていても仕方がない。今日はもう城へ帰ろう。
――――
「なぁ? どうしてこうなったんだ?」
城にある俺の部屋では酒盛りが繰り広げられていた。
トオルとヒカリ、それから姉さんとスミレ………はぁっ!? 姉さんとスミレ!?
「ちょっ、ちょっと姉さん、姉さんは集落に行ったんじゃないの?」
だから俺も安心して帰って来たんだけど!? いや、本当は追い出されたんだけど……。
「確かに行ったけど……だって何にもないんだもん。だから帰ってきちゃった。一応敵が来たら連絡来るように言ってるし、熱子と岩子もいるから大丈夫よ」
あ、あのロック鳥達はまだその名前なんだ……じゃなくて! もし呼ばれても飲んだら応援に行けないと思うが? まぁ、ホリンもいるし大丈夫か。それよりも問題はむしろ姉さんより……。
「何でスミレがいるんだ!? えっ? 俺知らないうちにエルフの村に来てた?」
「何言ってるのよ。ここはシオンの部屋でしょう。本当、いい部屋に住んじゃって……羨ましい限りだわ」
「そうだよな!! じゃあ何でここにいるんだ?」
スミレはルーナ同様引きこもりの筈だ。エルフの村から出てこられないと思ったんだが?
「シオンが凹んでるって聞いたから慰めに来たんじゃない。ほら、早く注ぎなさい!」
「……スミレ。すでに大分酔ってるな?」
こっちに来て大分性格が変わっていたが、これは再会後のスミレとも全然違う。
「当たり前でしょう! こちとら森から出るのなんて何十年振りかすら分からないのよ! 飲まずにいられますかって」
ああ、森から出た恐怖を酒で誤魔化してるのか。まぁ俺を心配してきてくれたのは素直に嬉しい。
「シオンくん。大体の事情は聞いてるよ。多分今のシオンくんの気持ちが分かるのは、日本から来た僕達じゃないかな? って思って集まったんだけど……まぁ久しぶりに同窓会みたいな感じで愚痴ろうよ」
どうやらトオル発案のようだ。仕方がない、俺のために集まってくれたみたいだし、勝手に部屋に入ってるのは水に流そうかな。
――――
「私達は人間だもの。感情に任せて暴れたくなるときもあるわ。私だって少し前に本気で夜魔族を全滅させようって思ったわよ」
ビッチ事件の時か? 最近俺もヒモって呼ばれて気持ちは分かったつもりだったけど……神って崇められて殺されたら夜魔族もたまったもんじゃないな。
「あの時は、ラミリアやヒカリが止めてくれたからよかったけど……日本に居た時と違い、今の私達には力があるのが問題なのよね」
確かに……日本にいたときもムカつくときはあったし、殴りたい、ケンカして相手を殺してやりたいと思ったときもあった。だけどその時はそんな力もないし自制も出来た。
もし、日本にいたときも今の力を手に入れていたら……どうなってただろうか? スミレがいなくなった後とか、絶望して日本を滅ぼしたかもしれない。
「力が人を変えるって本当よね。日本に居た時と違い、今はちょっとしたことでもタカが外れかかっている。強力な力に私達の精神が追いついてないのよ」
「仕方ないよ。私達まだ力をもって数年だもん。オモチャを与えられた子供みたいなものだよ」
子供は新しいオモチャを貰ったらすぐに無茶をする。それと似たようなものか。
「ヒカリのいう通り、今は子供のように力に溺れているだけ。だから……シオンだけじゃない。私達もしっかりと自制を覚えなくちゃいけないわよね」
「シオンくんは多分、今回自分が抑えられなかったから、次も抑えられないんじゃないか? 実は自分には破壊衝動みたいなのがあるんじゃないか? そう思って沈んでるんじゃないかい?」
「トオルはすごいな……その通りだよ」
「いいかい? 二人も言ったけど、日本で僕達は成人はしていると言ったって、サクラくん以外は学生だったし、大人にはなりきれてなかったよね」
「わ、私だって皆と同じ年よ! それに社会人ったって一年も経ってなかったし……」
……姉さん。そこ別に強調するところじゃないよね?
「あ、うん。それはいいんだけど……要は子供のままこっちに来ちゃったから、僕らは今も大人になりきれてないんだよ。だから大丈夫。僕たちはまだ成長できるんだから。……それにシオンくんは今こうして悩んで反省してる。本当の悪人なら反省すらしないからね」
「トオル……」
「シオン。貴方が今後も道を外さないように私達が見守ってあげるから! だからいつまでもウジウジしない。さあ飲むわよ!」
そういって俺のグラスになみなみと酒を注ぐ。
……今回は失敗しちゃったけど、俺はもう二度と失敗しない。コイツらがいれば……ルーナや仲間がいれば大丈夫だ。
俺はぐいっと一気に飲み干す。
「「「「おおー!」」」」
「ガハッ!? ……何だよこれ。アルコール高すぎないか?」
一気に飲んで、そのアルコールの高さに思わず咽る。
「そりゃあこの城で一番高い度数のを渡したんだもの。ドワーフ達でさえ一気はしないわよ」
「お前ら……。そう言うことはちゃんと言え!!」
部屋中の爆笑と共に夜が更けていった。




