第111話 町をぶらつこう⑥ ダンジョン編
「ここがその遺跡か?」
クリスの依頼を受けた次の日、俺達は早速その【ジンの遺跡】へ来ていた。冒険者で一日の距離の場所って言ってたけど、キャンピングカーなら午前中のうちに到着できた。
キャンピングカーで近くまで行き、森を抜けた先にある洞窟がそのらしい。キャンピングカーはその場に残すのには抵抗があったので、キューブを使ってハンプールへと強制転移させた。帰りは俺達も転移すればいいだけだから、何の問題もない。
今回同行しているのは俺、リン、アイラ、ラミリアの【月虹戦舞】のメンバーのみだ。
セラ達をどうするか考えたが、やっぱり【黄金の旋風】には名前だけ借りることにした。
「何か普通の洞窟っスね」
寧ろ普通じゃない洞窟ってあるのか? この間の盗賊のアジトは洞窟というよりは洞穴だった。俺としては初めて見る洞窟だから、普通かどうかも分からん。
ここは昔、ジンという魔人が作ったとされる遺跡だ。
俺の知識では、ジンといえば魔法のランプに封じ込められている印象が強いんだが……事実はどうだったんだろうな? 願いとか叶えてくれるのかな?
「ラミリアとリンは、ジンについて何か知っているのか?」
「ジンは魔族……悪魔族の仲間で、肉体のない魔族の一種でもあります」
「肉体のない魔族……幽霊とかそんな感じか?」
「違います。幽霊はアンデッドですが、ジンはアンデッドではありません。それに肉体はないですが、実体はあります。そうですね、気体……煙やガスが実体になる魔族。といえば良いでしょうか」
確かに俺が知ってるランプの精は、煙が噴き出て実体化する感じだったな。じゃあ、あのイメージで間違いないのか?
「それって物理攻撃は効くのか?」
「実体にはダメージが入りますが……直前で気体化すると、物理でダメージを与えるのは難しいでしょうね」
「クリスが言ってたっスけど、ここの遺跡に出る魔物はウィルオウィスプやガスクラウド、それからレイスなど実体のない魔物が多いと聞いてるっス」
あー、だからリュートと相性が悪いのか。あいつは剣士みたいだから、物理攻撃主体だろう。
「ん? レイスってアンデッドじゃないのか? さっきの話じゃジャンルが違う気がするけど」
「レイスはこの遺跡で死んだ冒険者の成れの果てらしいっス。この中で死ぬと、スケルトンやグールではなく、レイスやスペクターになりやすいそうっスよ」
なるほど、それも土地柄が関係してるのかもしれないな。
「んで、この洞窟のボスは? どんなのか聞いてるのか?」
「いえ、正直存在しているかも分からない状態らしいっス。ですが、過去の経験から、恐らく生まれているのではないかとのことっスね」
「ふーん。まぁジンみたいな魔物が……ってジンって神話の生物だろ? 強くない?」
「まぁ【魔素溜まり】で生まれた魔物ですから、ジンよりは弱いんじゃないですか?」
もしジンと同じレベルなら……って、ジンがどれくらい強いか知らないけど、神話の魔族ならエキドナレベルの強さってことだろうから、俺でも倒せるか分からない。うう、ちょっと緊張してきたぞ。
――――
遺跡の中が自然に出来た空間でないことは、入ってみて一目で分かった。
「この遺跡で冒険者は採集とかしてるのか? 見た感じ何もないけど?」
「ここはまだ入口っスよ。この辺りは人間の手が加わってるっス。だから魔物も資源もこの奥になるっスよ」
ああ、だからこんなにも人工的なのか。ここで入る準備やらキャンプやらをするんだな。いや、考えたら、ジンが作った洞窟なら自然じゃなくて、全部が人工的なんじゃないのか?
「……なぁ、この遺跡って、どれくらい広いんだ? 元々はジンの住処だったんだろ? 暮らしにくい構造にはしないんじゃないのか?」
自分が住んでいる場所なら、過ごしやすいようにすると思うが……。
「建物タイプの遺跡と違って、洞窟タイプの遺跡は、自分の宝を守るために、侵入者防止の罠や複雑な構造が多いらしいっス」
そうか。住みやすさ重視なら何も洞窟に住む必要はないもんな。確かに洞窟だと奥に隠しているって印象があるな。
入口から奥へと進むと確かに先ほどまでと違い、地面も補正されてなく歩きにくい。それに心なしか道幅が狭くなっている。だが、洞窟自体は広いのでそこまで窮屈というわけではない。
あれだ、子供のころ家族旅行で行った鍾乳洞に似ている。一応あの時はちゃんと道があったが、それでも足元が滑りやすくて怖かった。
「シオン様。魔物っス」
思わず昔を懐かしがっていたが、リンの言葉に我に返る。リンが指した方向にはまだ遠くではあったが、灯りが見える。あれが……魔物?
「あれがウィルオウィスプっス」
へぇあれがウィルオウィスプか……ゲームの印象通り、鬼火みたいだ。
「えーと、物理攻撃って聞きにくいんだよな? どうする?」
別に物理攻撃じゃなくても遠距離攻撃の方法はいくらでもある。ウィルオウィスプは物理が当たらないだけで、Dランクの弱い魔物だ。普通の冒険者でも魔法使いがいれば十分に戦える。
「私がやる」
いつになくアイラがやる気なので、そのまま任せることにした。アイラは早速矢を召喚する。矢は前回のリュートとの昇級戦でみせたルビーの矢だ。
あれで可能性を感じたのか、あの後暇を見つけては城に帰り、ルーナに稽古をつけてもらっていたらしい。
アイラが弓を引くと、矢は一直線に敵に向かって行く。あの魔物に意思があるか不明だが、あったとしても反応できなかっただろう。ウィルオウィスプに当たると跡形もなく一瞬で消滅した。
「今の……何か付与したのか?」
「……【魔力無効】を付与した」
あー、確かに肉体がない魔物は魔力の塊みたいなものだ。その魔力が無効化されれば消滅してしまうだろう。
それよりも驚きなのは、今までアイラは【魔力無効】の付与は出来なかった。それが出来たということは、召喚した物に自由に付与できる方法を習得したのだ。ルーナの得意魔法だから、教えてもらったのだろうが、リュートとの模擬戦から数日でアイラは確実に成長している。
だが、今回はちょっと問題があった。
「アイラ……この遺跡では【魔力無効】の付与は禁止だ」
「!? どうして……」
「あのなぁ……見てみろ! 肉体がない魔力の塊のような魔物に魔力無効したら、魔石すら纏めて消滅するじゃないか! ここの魔物は肉体がないから手に入る素材は魔石だけだ。せめてそれくらいは回収しないと勿体ないだろ」
シクトリーナでは魔石を加工して作る魔力結晶や魔法結晶を大量に使っている。魔石はいくらあっても損はしない。
「むぅ。仕方ない。分かった。でもそれ以外の付与は良い?」
「ああ、魔石を消滅させなければ問題ない」
「ん、分かった。じゃあ次からは気を付ける。だから次も私が倒す」
新しく出来ることが増えたので、色々試したいんだろうな。俺も魔法を覚えた当初は試したくて仕方がなかったから、気持ちは分かる。しょうがない。ここはアイラの気持ちを汲んでやるか。
「分かった。じゃあ魔物はアイラに任せる。だけど、もしヤバそうだったら手伝うからな。あと、リンとラミリアはアイラにアドバイスをしてやってくれ」
二人とも経験豊富だから、アイラの攻撃方法や動き方に関してアドバイスしてくれるだろう。俺は……そのアドバイスを聞きながら、アイラと一緒に勉強だ。
――――
「ギルドが推奨している地点はここまでっス。この奥から魔物が強くなるらしいっスから、依頼を受けた者以外は立ち入り禁止にしてるっス。まぁ特に規制がないので、入る人は入るらしいっスが……私達の今回の依頼はこの奥の調査。マッピング及びボスの討伐っス」
洞窟に入って二時間くらいしたところで、ちょっとした広場があった。どうやらここが折り返し地点のようだ。ここまでは、強い魔物はいなかったし、それなりに植物や鉱物が拾えた。小遣い稼ぎの冒険者ならここまでで十分だろう。
「その……マッピングってのは?」
奥に強力な魔物がいるって情報があるなら、中に入った冒険者がいるはずだ。それに今までは一本道だった。ここから複雑になるのか?
「奥に入ってしばらくは情報もあるっスけど、最奥まで到達した冒険者はいないっス。それに少し奥に行くと二股になってるので、一本道ではなくなるそうっス」
「なるほどな、要はクリアした奴がいないダンジョンなのか。しかし……マッピングなんて誰が出来るんだ?」
あれって実は結構な技術が必要なんだろ?
「心配いらないっス。一応私の職業は【斥候】っスから」
そっか、リンは元々遊撃隊だし潜入捜査とかお手の者。マッピングも出来るんだろう。
「じゃあリンがマッピングできるように慎重に先に進むか」
――――
確かに奥のエリアは敵のレベルが一つ上がった。ウィルオウィスプに属性が加わったスピリットやファントム。雲の魔物、ガスクラウドが毒や属性を帯びたポイズンクラウドやアイスクラウドなどの上位種になっている。魔物ランクもCやDからBランク程度になっているので、確かに物理攻撃が利かないこの魔物を相手にするには、Aランク冒険者レベルでないと苦戦するだろう。
まぁ俺達には何も関係ない。相も変わらずアイラが遠距離から倒すだけ。魔石に関しては、スーラが分裂して拾ってくる。
リンはマッピングに集中している。マッピングはただ地図を描くだけでなく、この辺りにある鉱石や植物は何が採集できるか。敵はどんな敵が現れたか、どういう攻撃をしてきたか。そういった具体的な内容までしっかりと記入する必要がある。後は【魔素溜まり】だ。区間ごとにある【魔素溜まり】がどこにあるか確認する必要があった。
俺が日本で遊んでいたゲームと違って遺跡が変化するわけでもないし、【魔素溜まり】からは殆ど変わらない魔物や素材が出てくるため、【魔素溜まり】を破壊しなければ、ほぼ永久に使用できるマップが出来上がる。
その完璧なマッピングを作るため、移動スピードはかなり遅くなった。この後この洞窟がどれだけ続くか分からないが、下手したら今日中には攻略できないかもしれない。
――――
「シオン……この先……」
先頭にいたアイラが立ち止まる。
「ああ、多分ボスじゃないかな?」
この先に今まで以上に強そうな魔力を感じる。ついにボスの所まで辿り着いたか。時刻は夕方前。さっさと倒して転移で帰れば、なんとか今日中には帰れそうだな。
しかし……奥からは複数の強力な魔物の気配を感じる。ボスって一体じゃなかったのか?
「アイラ、ボスはすぐに倒すなよ。他の魔物と違ってレアなら出来るだけ魔法や技を見ておきたい」
一応、今までの魔物も初見の敵は写真や動画を撮ってた。
これは、勿論今後作るであろうモンスタートレディングカードの為だ。
ボスになると今までの記録にない新種かもしれない。出来る限り情報を集めてから倒すべきだろう。
ただ、入口でも考えたが、相手がエキドナクラスなら、そうも言ってられない。全力で掛かる必要がある。ただ……奥からは強いことは分かるが、ヤバいって雰囲気じゃないんだよなぁ。
「ラミリアは動画担当、俺が写真担当な。アイラは俺達が良いって言うまで、可能な限り敵の攻撃を避け続けるんだ。ただし、ヤバいと思ったらすぐに全力を出すんだ。俺も駆けつける。リンは奥のマッピングが終わったらアイラのサポートと……【魔素溜まり】があったら場所の確認をしてくれ」
アイラは気合を入れる。流石に少し緊張しているみたいだ。よし! 行くか!!




