第15話 住む場所を考えよう
メイドのルーナから、この城に住まないかと誘われた。
「でも俺達魔族じゃないし、第一異邦人だよ?」
「そんなの関係ありません。お二人なら多大な知識を持って、この城を運営していただけると、信じております」
俺はトオルにどうする? と目で訴える。
「僕は、是非ともお願いしたいくらいだと思うよ。こんないい条件は他にはないと思うし。雨風しのげて、人……というか魔族だけど。魔族もいるなら農業も出来そう。……畑って、城の近くでも作ったりできる?」
「この城の中の村でなら十分かと」
ん? 今、表現おかしくなかったか? 城の中に村?
「あの……城の中に村があるの?」
城下町の聞き間違いかな?
「そういえばご説明しておりませんでした。この城は五階層になっております。中は複雑で、罠もございます。その罠の一つなのですが、それぞれの階層に空間転移の罠があり、この世界の無人島と空間で繋がっております。罠の扉に入ると、一階層では砂漠の無人島、二階層では平原の無人島、三階層では海のステージに転移されます。そして、四階層は罠ではなく、村の島へと続いております。もちろんこちらも元は無人島ですので,外敵の心配はございません。畑でしたら四階層の村にもございますので、十分作れるかと」
城の中から転移で無人島へ……。いや、今は村人がいるから元無人島か。
「んー、でもいくら無人島っていっても、城からの転移じゃなくて、外から誰か来ることがあるんじゃない?」
「それぞれの島には島を囲むように結界を張っています、そのため外部からの侵入者がいれば解ります」
いないわけではないが、心配は無用といったところか。
「もうひとつ、さっきの説明で気になったけど、他の階層の無人島に入った人たちはどうなるの? 帰ってこられるの?」
「全ての階層共通ですが、転移の扉に入ると、入口の扉は消えてしまいます。しかしその瞬間、別の場所に出口の扉が出現します。侵入者は出口の扉を使うことで、元の場所に戻ることが可能です」
ずっと無人島にいるわけではないんだ。
「ですが、各階層のステージには野生の魔物もおり、出口を探し出すのは非常に困難でしょう。過去に全ての罠を抜け、魔王様の元へ辿り着いた冒険者は先日の勇者しかおりません」
マジか、やっぱソータって凄いやつだったんだな。
「誤って城の人が罠にかかってしまった場合は?」
今の俺達が罠にかかると、それだけで死んでしまうだろう。
「城の住人には、専用の扉がございます。城に登録された者のみが使用できる扉で、各階層を自由に出入りすることが可能です。もちろん無人島にも。ですのでご安心下さい」
なるほど、従業員専用口みたいなのがあるのか。
「そういえばここは何階なの? 玉座を見る限り最上階だとは思うけど……」
「お察しの通りこの階は最上階五階層でございます」
「この階には転移の罠はないの?」
何気に聞いただけだったが、何故かルーナは言い淀む。
「一応、設置はされております。ですが、五階層の転移の罠はロストカラーズに転移するため、現在は封印しております」
「ロストカラーズって?」
聞き慣れない言葉に首を捻る。
「そういえばお二人は、先ほどこの世界にいらっしゃったのでしたね。忘れておりました。簡単に説明しますとこの世界の伝承です」
そう言って、ルーナはロストカラーズの伝承を語ってくれた。
「何万年前かも分からないくらい大昔の話なのですが、カラーズの祖先はこことは別の大陸に住んでおりました。そこで何があったかは文献が残ってないため分かりません。ですが、何かが起こり、大地は滅んでしまいました。草木は枯れ、死のガスが蔓延し、どんな生物も生きることができない灰色の死の世界となってしまったのです。当時の生物は協力して大きな船を作り、脱出しました。そうして別の大陸……この大陸移り住むことになったんです。人々はここをカラーズ大陸と呼び、今までいた死の大陸を色の失った世界、ロストカラーズと呼ぶようになりました」
まるでノアの箱船のような話だ。もしかしたら、さっきトオルが言ったように、伝承が伝わってるなら、これがノアの箱舟の元ネタなのかもしれない。
「当時の人々はロストカラーズの死が新しいカラーズの大地を浸食しないようにしっかりとロストカラーズ全体に大きな封印が施しました。その封印はまだ解かれておりません。また、当時を知る者はもういないため、ロストカラーズの大陸が何処にあるのか? 本当に存在しているのか? 知っている者はおらず、幻の大地となって伝承として残っております」
「……何でそんなヤバい伝説の場所と繋がってるの?」
存在すら不確かな大陸と繋がっているとか、普通あり得ないだろう。
「以前、魔王様が戯れで、ご自身にランダム転移の魔法を掛けておりました。その際、偶然ロストカラーズの結界内に転移したそうです。当時の魔王様ですら、たった数分で死にかけたそうですから、余程強力な死の呪いなのでしょう。すぐに戻ってこられた魔王様は、せっかくの幻の大地を発見したのだからと、この城に転移の門を作ってしまいました。もちろんそれ以来、絶対に開けてはならない開かずの間になりましたが」
ちょっと!! 魔王一体何しちゃってるの!? 戯れでやることじゃないでしょ!?
「危険じゃないの? 大丈夫?」
「こちらには死の呪いは漏れてきませんから大丈夫かと。それに侵入者への最終手段として役に立ちます」
「その割にはソータ達に負けてるけど? 使わなかったの?」
「使えなかった。が正しいです。あの勇者は魔王様と同じような転移魔法が使えるらしく、罠に掛かってもすぐに抜け出してしまいました。転移魔法はこの世界で魔王様しか使えなかったはず。魔王様以外で転移魔法が使える人は初めて見ました」
「あー、ソータはラーニング魔法の使い手なんだ。一度自分が体験した魔法を自分も使えるようになる。きっと罠の魔法が作動した時にその魔法を使えるようになったんじゃないかな?」
ルーナは俺の言葉を吟味する。どうやら納得したようだ。
「そういうカラクリだったのですか。罠には全て引っかかるのですが、すぐに脱出してしまうので、無駄と思い、こちらへの危険性も考えて、封印は解かないようにしました。ただ、魔王が死んでしまいましたから……やはり罠を発動させた方がよかったかもしれません」
ルーナは少し後悔しているようだ。罠の発動権限はルーナが持ってたのかな?
「なるほど、ちなみに先ほどの話だと、転移魔法は魔王様だけが使えるのか? じゃあ魔王様がいなくなったら転移系の魔法は使えないんじゃ?」
この城では今でも使える風な言い方だったけど?
「確かに転移魔法は魔王様の魔法ですので、新しく使うことは出来ません。ですが、罠の魔法や転移の扉はこの城へ直接にかけられたものです。一度登録しますと、城がなくなるまでは発動できます」
新しく転移の場所は増やせないが、設置済みの魔法は問題ないってことか。
「侵入者への対策は城内の罠で十分だと推測されます。先日の勇者のような規格外ですと厳しいですが、あのような規格外が何人もいるとは思えません。次に城外からの攻撃ですが、魔王様の治める土地の部分には結界が張ってあります。その結界は侵入者を防ぐわけでなく、侵入者を察知するものです。侵入者を防ぐ結界は城の周りにはございますが、魔王クラスの攻撃を防ぐことは出来ません。ただ、先ほども申し上げましたが、勇者がいないのなら、攻め込まれるのは最低でも数ヶ月後でしょう。それまでに迎撃の準備を行えば十分に対応できます。そういう訳で、宜しければこの城を拠点にされませんか? お二人がここを拠点にしていただければ防備はさらに盤石になるのですが」
そういえば、ここを拠点にするかどうかって話だったな。すっかり忘れてた。
「さっきも言ったけど、僕は構わないよ。むしろお願いしたいくらいさ。あとはシオンくん次第だね。一応シオンくんがリーダーだし」
トオルは問題がないらしい。
「って、俺がリーダーなのか。物知りだしトオルの方が向いてそうだけど?」
「僕はどちらかと言えばサポート要員だよ。表に出るのはシオンくんの方がいいよ」
まぁ今もメインで話しているのは俺だしな。
「そういうもんかね? まぁ二人だけだし、どっちがリーダーとか関係ないけど」
俺はルーナの方に向き直す。
「ですが、条件というかお願いがあります。まずは本当におれた、私達が住んでもいいのか、他の皆さんにも聞いてください。今の話はルーナさんの独断ですよね? そうではなく、ちゃんと私達を受け入れてもいいと皆さんが許可し、一緒に農業などを手伝ってくれる。嫌々ながら手伝われても困りますからね。それが条件です」
目の前のルーナは友好的に見えるけど、全員が友好的とは限らない。他の住人が人間嫌いで、寝首をかかれたら堪ったもんではない。
「畏まりました。では説得致しますので、今から村まで行きませんか?」
「いえ、流石にこちらもまだ着いたばかりで、準備など色々あります。ですので、まずは皆さんで話をしてみてください。それで会ってみたいと言って頂けたら……その時は足を運ばせていただきます」
「……わかりました。必ず皆さんを説得してみます」
ルーナは胸を張って答える。
「あっ、これは説得の材料にしてほしいのですが……」
俺はキャンピングカーの倉庫からきゅうり、トマト、大根など生でも食べられそうな野菜、胡椒や砂糖のような香辛料、おにぎりや甘味を持ってくる。
「あくまでも一部ですが、畑ではこういう野菜を作りたいと思います。それから、こういった香辛料も栽培できたらと思っています。もちろん、気候や土地柄で育たない物もあるかもしれません。ですが、最終的には先ほど食べた最中も作れるようになりたいですね」
「あの最中がわたくし達で作れるようになるのですか!!」
ルーナの目が輝く。随分と気に入ってくれたようだ。
「あくまでも目標です。気候や土壌で栽培できる関わりますから」
「絶対に説得してみます。ええ、説得しますとも!」
すでに話が通じてない。すでに頭の中は最中でいっぱいのようだ。
「それではさっそく説得に行ってきます!」
「あ、待ってくれないかな」
出て行こうとするルーナを、トオルが呼び止める。
「何でしょうか?」
「もし、よかったら僕達に魔力の使い方を教えてくれないかな? 村の人と会話するのにも必要だし、早めに基本だけでもマスターしたいんだよ」
ルーナを魔法の先生にする気か? ……でも俺達だけでやるよりは早く習得できそうだ。
「ええ、わたくしは構いません。それで、教えるのは今からでよろしいでしょうか?」
「うん、お願いするよ」
ルーナも問題ないみたいだ。これで一気に魔法習得できるかな?




