第105話 最終日を乗り切ろう
最終日三日目。
この日も朝から大盛況をみせていた。
客も殆どがリピーターのようなので、列もスムーズに消化できている。
リピーターの狙いは調味料だ。この二日間で販売した全種類の調味料が今日までしか手に入らないので、保存用に買う人が多い。
商人は相変わらず他の商品も併せて全種買いだ。一体いくつ買う気だろう?
勿論今日が初めての人もそれなりにいる。きっと二日間の噂を聞きつけて来たのだろう。
その客はリンの踊りや芸に喜び、試食に舌鼓を打ち、スカイスクレイバーの体験にハラハラしながら楽しんで帰ってくれる。もうちょっとした娯楽施設となっていた。
くじ引きに関しては、流石にチラシを持ってくる人が少なく朝から閑散としていたが、今日が最終日、くじの残り残数が少なくなるころを見計らって大物狙いの者もいるようだ。
狙いはビールやジュースなのだろうか? それともまだ出ていない唯一の特賞狙いなのだろうか? 内容は公表してないが、存在だけは知られている特賞が一体どんなものなのか……これまで驚かせられた人々の興味がそこに集中しているようだ。
「相変わらず盛況ね」
そこにやってきたのはクリスだった。初日に引き続き昼休みの息抜きか?
「なんだ? 今日も冷やかしか?」
「何よ随分な挨拶じゃない。今日はちゃんと客としてやって来たわよ。せっかく貰ったチラシがあるからね。消化したいのよ」
そういえば冒険者になった時にチラシを渡したんだった。
「本当なら今度全部貰おうと思ったけど、一つくらいは買ってあげないとね」
どうやら買うのは一つだけらしい。後は全部貰う気とか、どこまで厚かましいのか……まぁ別にいいけどね。
「それはいいけど、ちゃんと並んで買えよ。割り込みは禁止だからな」
「分かってるわよそれくらい! 私を馬鹿な貴族と一緒にしないで」
どうやらクリスも昨日の事を知っているようだ。やっぱりその場にいなくても広まってるみたいだな。
「あっそうだ。今日の夜に、三日間の打ち上げパーティーをするつもりだから、良かったらリリーと一緒に来ないか? 多分美味しいものが出ると思うぞ」
「それ……関係ない私達が参加していいの? それにリリーにはまだ話してないわよ?」
「別に構わないさ。クリスはこの町で唯一俺達の事を知ってる人だし、それにリリーには、その時についでに話せばいいしな」
二日前の感じからクリス一人では俺達の対応が難しいのだろう。リリーを引き込むのに絶好の機会だ。
「分かったわ。リリーの都合も聞いてみるけど、大丈夫そうならお邪魔させてもらうわ」
クリスはそう言って最後尾へと並ぶ。今のペースなら一時間も待たなくて済むだろう。
――――
「ほう、本当に盛況のようだな」
今度は商業ギルドのギルマスとワイズさんだ。
「お二人でどうしました?」
「いやなに。一回くらいはどんなもんか見ておこうかと思うてな」
そういえば二人はこの前日まで見なかったな。ミハエルさんを二日間ギルドに呼び出しも使いの者が来ていたな。
「今日は視察と……貴方にお会いするために伺いました」
「俺に会いに?」
「ええ、もし宜しければ今日の営業が終わった後、ギルドまでお越しいただけませんか?」
「あー、今日はお疲れ様会の打ち上げがあるから無理だな。……あっ、それともお二人も打ち上げに参加します?」
「わたくし達が……ですか?」
「ええ、まぁ俺と話せるかは分かりませんが、知り合いは結構呼んでるから気にしなくてもいいですよ」
「そうですか。……ではもし時間があるならお邪魔するかもしれません」
「分かりました。いつ来てもいいので、お待ちしてますよ」
元々俺を呼び出す時間があるんだから、その時間でここに来れば良いだけだろう。
このあと二人はクリス同様買い物をして帰った。二人も渡したチラシでくじ引きがしたかったらしい。ちなみにクリスが酒をワイズさんは和菓子を、ギルマスは割引券で一人寂しそうだったのが印象的だった。
――――
三日目の営業も終盤に差し掛かった時、突如どよめきと大歓声が沸き上がった。
「うおおお!!! よっしゃー!!」
男の雄叫びがした方を確認すると……どうやらくじの特賞が当たったみたいだ。
ちょっと年配のベテラン冒険者。かなりゴツイ体をしているから、もしかしたら名のある冒険者なのかもしれないな。
しかし冒険者なら特賞のエリクサー……いや、表向きは上級ポーションだが、使い道はあるかもしれないな。
「ではこちらが景品の上級ポーションになります」
何が貰えるか知らなかった冒険者は、ポーションを貰って戸惑っている。
「おいおいおい、唯一の特賞がポーションって……俺ぁてっきりスゲー美味い物が貰えるとばっかり……」
確かにポーションと割引券以外は殆どが飲食物だったから、そう思うのは無理はない。
「そのポーションは市販で売られているポーションよりも、かなり上等な品物ですよ。自分で使うもよし、他の店に売るもよし。こちらではあえて詳しい効果はお伝えしませんので、出来るだけ目利きに鑑定してもらうと宜しいでしょう」
対応しているのは第二のメイドだったんだが、かなり意味深な発言をしている。果たしてこのポーションがエリクサーだと分かる人がいるのだろうか?
「ふーん、そこまで言うならよっぽどの物なんだな。酒じゃなくて残念だったが、ありがたく貰っておくよ」
冒険者風の男はポーションを貰って去っていった。是非とも役に立ってもらいたいものだ。
さて、無事に景品も出たし、今並んでいる客で営業は終了かな?
――――
「えー。皆様のお陰で無事にこの三日間を乗り切ることが出来ました。このバルデス商会も一気に知名度を上げることが出来ました。これからは皆様の仲間としてもやっていきますので、これからもよろしくお願いしたいと……」
「兄やん、長いで!」
ミハエルさんの挨拶にヤジを入れるミサキ。回りでクスクスと笑い声が聞こえる。まぁ確かに俺も少し長いとは思った。
「ちょっとミサキ!? ん……ゴホン。では長いと言われましたので……乾杯!!」
「「「「かんぱーい」」」」
こうして打ち上げという名の宴が始まった。
――――
今回、打ち上げに参加しているのはバルデス商会から本店で売り子をしていた人から支店の従業員まで、シクトリーナ側からこの三日間でこっちに来ていた人全員、それに事前準備をしてくれたドルクとセラ達がいるからついでにダナン。何故か来ている姉さんとヒカリ。それから……。
「ヒカリさん。これ凄く美味しいです!」
「でしょ。アレーナが作った料理はみんな美味しいんだよ」
「兄様。こちらも美味しいですよ」
「坊ちゃまもお嬢様も少しは落ち着かれてください。はしたないですよ」
ヒカリの気を引こうと必死の王子。兄の気を引こうと必死の王女。それをみて嬉しそうに世話をするマチルダの姿があった。
「……なぁ王子達がここに来て大丈夫なのか?」
せっかくの宴なんだから楽しみたいのは分かるが、せっかく今まで隠れていたのに目立つ場所にいて大丈夫なのか?
「一応店から外に出ないようには言っております。それに、誰も王子の顔はご存じないですから、誰かの親戚とでもいえば問題はないはずです」
答えてくれたのは今回大活躍だったシャルティエだ。この子も出会ったときは、ちょっと頼りない感じだったのに、今や立派に第二のリーダーとしてやれている気がする。
今回の宴は流石に人数が多いので、いくら広くなったといっても本店の中だけでは出来ない。外にもテーブルや椅子を持って行ってワイワイとやっている。
「そっか、普段はキンバリーに住んでいて、写真とかないこの世界なら王子の顔なんて町の人は知らないのか。まぁそれならいいかもしれないけど、油断だけはしないようにな」
「分かっております。一応常に三人には誰かが付くようにしておりますし……王子はヒカリ様から離れる気配がありません」
うん、さっきから見てるけど、本当に王子はヒカリにベッタリだ。ヒカリはどう思ってるんだろうな?というかマチルダは何も言わないのか?まぁヒカリに任せればいいだろう。
他は……あっ、クリスとリリーがいる。本当に来たんだ。今はミサキとレンと一緒にいる。多分このままリリーに説明をしてくれるのだろう。
商業ギルドの二人は……来てないのか。やっぱり来ないのかな?
俺と話したがってたようだが……ミハエルさんも言ってたし、多分俺達の正体がバレたのだろう。
まあ、今後のことを考えると、ギルマスを取り込むことは必要不可欠だ。
昼の様子じゃ、敵対行動は取るつもりはないみたいだし、明日……は先に冒険者ギルドへ行かないとクリスに怒られそうだから、明後日にでも顔を出すことにしようか。
さて、俺はどうしようか……あっミハエルさんにでも話しかけるか。そう思って俺が近づくと、ミハエルさんが気づいてくれた。
「ああ、シオンさん。今回はお疲れさまでした」
「はは、俺は一番働いてないけどな」
本当三日間ただ突っ立ってただけの気がする。あ、そう考えるとまた凹んできた。
「いえ、シオンさんはよくやってくれました。シオンさんはそこにいるだけで他の皆さんが働くんですよ。下の者が働く環境を作る。それが上に立つ者の仕事です」
「そういうものですかね? 俺的にはまだ理解できないですが……」
元々仕事はバイト経験しかない。人を使うなんてやったことがない。
「はは、シオンさんはまだお若いですから。その内分かるようになりますよ」
「俺はミハエルさんにそうなって欲しいんですが……というか、バルデス商会の商会主だからもうなってるのか」
「いえ、私もまだまだですよ。今回も皆さんに迷惑をかけたし、休みの間は支店の従業員にも苦労をかけましたからね」
「この後本店はどうしましょうか? 今回の商品を売りに出します?」
一応限定扱いはしていたけど販売しないとは言ってない。まぁ金額は倍以上にするようだが。
「一先ずは二日ほど片付けの名目で休みにして、三日後から通常営業に戻します。とりあえずは元の商品と支店の新商品を置きますが、そのうちシクトリーナの商品も置かせていただけると嬉しいですね」
「じゃあその辺りはウチの補給隊と要相談で。流石に今回みたいに利益度外視じゃダメでしょうし、在庫もかなり少なくなりましたからね」
実際、城の在庫の二割がなくなった。まぁ売り上げも大分あったが、それでも人件費やサービス料を考えるとプラマイゼロ。貴族のお金貰ってようやく黒字って感じだ。最初は千Gで十分だと思ったが……本当、商売って難しい。
「それで、酒の席でなんですが、昨日の話を少ししてもよろしいですか?」
昨日のとは他の商店のことだろう。
「その話は俺もしたかったです。あの……少し商人のプライドに差し障る話になるかもしれませんが、聞いてもらえますか?」
「はぁ? なんでしょう」
「昨日言ってた商会。あれをバルデス商会に取り込むことが出来ますか?」
俺が考えたのは、複数の商会と取引するんじゃなくて、バルデス商会として吸収合併する。他の商会を取り込んで一つの大きな商会にすることだ。
ただ、他の商会も名前を取られるから、商会としてのプライドがあるだろうし、ミハエルさんだってこんな形で他所の商会を取り込みたくはないと思う。
ただ、これなら一本化出来ているので、こっちの負担は少なくて済むし、裏切りも……なくはないかもしれないが、名前が統一される分可能性は低くなるだろう。
ミハエルさんが代表となって取り込んだ商会が、それぞれの専門部門になってくれれば、問題は感情だけになる。
「それは……私の一存では決められないですね。他の商会主とも話し合ってみないと」
それはそうだろう。ここまで来たら、急ぐ必要はないからゆっくり結論を出していい。それこそ商業ギルドに相談するのもありかもしれない。
「すまないですけど、よろしく頼みます。あ、でも出来るだけ俺達の正体は隠す方向でお願いしますね」
合併した後なら正体は明かしても問題ないけど、それより前にバレたら困る。
「分かっていますよ。では私は他の人にも挨拶してきますね」
そう言ってミハエルさんは他の場所へと向かっていった。
さて、じゃあ俺も後は楽しむことにしようかな!
……その後の記憶は、ラミリアと姉さんと飲み比べをするところまではハッキリしているのだが、それから先は全く覚えてない。




