第14話 メイドさんから話を聞こう
メイドのルーナに聞いた話だと、やはりここは魔王城で間違いないらしい。
「てっきりご存知で、こちらにいらしてると思っていたのですが?」
「こちらに来て、もしやと思いましたが……それで、魔王様は?」
要らぬ争いを避けるため魔王ではなく魔王様と呼ぶことにした。
「魔王様は先日、人族の勇者に討ち取られました。今は戦後の事後処理を行っているところです」
勇者と言うのはソータのことだろう。それにしてもルーナは魔王が死んだことまで話してくれるとは思わなかった。
「その……勇者の行方はご存知でしょうか?」
「いえ、戦闘に参加をされた者は魔王様を含め生き残りはおりませんでした。戦闘後は勇者の死体はおろか、魔王様のご遺体も残ってはおりませんでした」
あったのは鉄屑のみ……俺の車だ。
「それでは魔王様は死んでないかもしれませんね?」
俺はそう言ったが、それをルーナは否定した。
「いえ、それは有り得ません。これでも一応魔王様の配下の一人ですから。死ねば分かります」
何か繋がりのようなものがあったのかもしれない。
「失礼しました。そう言ったことには知識があまりないもので。それで、今は事後処理中との事ですが、どういったことを?」
「主に破損箇所の修繕と清掃。それから残った人員の確認でしょうか」
「城に残った人は多いのですか?」
ルーナは少し考える。どこまで言っていいのか考えているのだろう。
「今、城内に残っているのは、わたくしを含むメイド達……シルキーのみでございます。兵をまとめていた総隊長は魔王様と一緒に亡くなられました。残った兵はすでにこの城からはいなくなっております。ですので、現存する兵はおりません。それから城内ではございませんが、魔王様の治める領地の村人が残っております」
ルーナは正直に全て話してくれているようだ。
「いくつか聞いてもいいでしょうか? まずは兵についてです。いなくなったとはどう言うことでしょう?殺されたのではないのですか? それと、なぜそこまで私達に話してくれるのでしょう? 部外者に聞かれてはまずい情報ではないですか?」
もしかして、ここから逃がさないから、何を話してもいいとでも思ってるのではないか?
「魔王様が討たれたことが公になると、人族や他の魔王が攻めてくるでしょうから、兵は全て逃げ出しました。どのみち残っていても、総隊長がおりませんので、戦力にはなり得ません」
兵が逃げた? 村人やメイドを置いて? あり得ないだろ! 目の前のルーナは戦力にならないからって気にしてないようだが、俺はその兵達に憤りを感じた。
「それから何故お話ししたかと言いますと……何故でしょう? わたくしにも理解できていません。ただ、貴殿方には話した方が良いと感じました」
何故教えてくれるかはルーナにも分からないようだ。打算的なものはないようだ。
「なぜルーナさんは逃げないのですか?」
「わたくしはこの城のメイドです。メイドのわたくしがこの城を外すわけにはまいりません。それに、戦えない村人が城の外に出ても殺されるか、人族に捕まって奴隷にされたり、慰みものにされるだけです」
それを言われたら俺には何も言えない。
「それに戦えるものがいないだけで、城の防衛機能は生きていますから城の中の方が安全です」
そう言ってルーナは微かに微笑む。城には罠があるから外よりも安全だと言う。
「そうですか、それで? 事後処理が終わったらこれからはどうされるので?」
「そうですね。別にどうも致しません。このまま今まで通りの生活を続けるだけでございます」
「でも敵が攻めてくるのですよね? 早急に体制を整えなくて大丈夫ですか?」
「そんなに急には攻めてこないと思います。まぁもし勇者が魔王様を倒したと吹聴しているようでしたら、すぐにでも滅ぼされてしまうかもしれません。ですが、わたくしは勇者はもうここには居ないと思っております。その為、魔王様が居ないことはしばらくの間バレることはないでしょう」
「どうしてそう思うのですか?」
「先程も申し上げましたが、変な鉄屑以外が残されてなかったからです。これは周知のことですが、魔王様は空間を操る魔法が使えます。おそらく勇者を含む全部が異次元の彼方へ行かれてしまったのではないかと思います」
ほとんど正解だ。でも魔王の死体はなかったよな?どこにいったんだろう?
「しかし城から逃げた兵がいるのでしょう? その者から魔王が死んだことがバレるのでは?」
「それも恐らく問題ございません。なぜなら勇者に負けて逃げたのです。話せば自らの価値が下がるだけです」
成る程、逃げるような人物を新たに雇いたいとは思わないか。
「そういえば、魔王様に後継者はいるのでしょうか?」
普通なら次期魔王がいて、この城を引き継ぐんじゃ?
「魔王様は独り身でしたから、後継者はおりません。今はわたくしがメイド長として一時的に皆様の管理をしております」
と言うことは、今この城のトップは目の前にいるルーナになるのか。
「ちょっといいかな? ルーナくんに聞きたいことがあるんだけど?」
ずっと黙っていたトオルがルーナに質問をする。突然の問いかけにビックリするルーナ。
「くん!? あっいえ。聞きたいこととは何でしょうか?」
どうやらトオルの問いかけではなく、くん付けにビックリしたようだ。
「あっ嫌だった? 僕は人の名前を呼ぶときにはくん付けすることにしてるんだけど」
「いえ、別に嫌ではありません。ただそのように呼ばれたのは初めてでして……ルーナくん。新鮮な響きですね」
嫌がるどころか、寧ろ少し嬉しそうに見える。
「それで、ルーナくん。聞きたいことは……君達シルキーは人種は魔族になるのかい?」
「ええ、わたくし達は魔族のシルキー族となります」
即答か。やっぱり魔族なんだな。
「じゃあ、妖精や幽霊ではないんだね?」
ん? トオルは何が言いたいんだろう?
「何故そう思ったのでしょう?」
ルーナは訝しげにトオルを見る。
「何となく……かな。僕が知っているシルキーって、妖精か幽霊だったから」
その言葉にルーナは嘆息した。
「あなた方は本当に何者なんでしょうか? そのことはシルキーでも直系の一族しか知らない極秘情報のはずですが」
そう言ってルーナは語りだす。
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遙か昔、もともとシルキーという一族はなく、ある妖精の一族であった。
ところが、ある日一体の妖精が人族に捕まり、その家から出られなくなるよう呪いをかけられた。そして、長い年月捕らわれることになった。
そして、呪いはその家の一族が滅びた後も続いた。
その妖精は誰もいない家で外に出ることができず、やがて朽ち果てていった。
だが、呪いが強力だった為、死後も魂が家から出られず、結果霊として存在することになる。
妖精だった霊は成仏することもなく、そのまま長い年月を過ごすことになる。
そしてついには体内に魔石が精製され、受肉し、魔族化することなった。
魔族化することにより、呪いの打ち克つことが出来、ようやく呪われた家から脱出することが出来たのであった。
後にその魔族はシルキーと呼ばれることになる。
シルキーは長年家に縛られていた所為か、本能として一つの家に固執する習性を持つ。また、家と繋がりが強ければ、家の中では通常よりも強い能力を発揮することが出来る。
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「シルキーが妖精や幽霊なのは誰も知らないはずです。トオル様は何故ご存じ何ですか?」
「僕もそこまで詳しくは知らなかったよ。でも何故知っていたか、その質問に答える前に最後に一つだけいいかい? ルーナくんは自分の主を殺されて…勇者を、そして人族についてどう思っている? ルーナくんの気持ちとこの城にいる人達の客観的な意見を聞きたい」
この返答次第で俺達の命運が決まると言っても過言ではないだろう。もし、ソータ達を殺したいほど恨んでいるなら俺達のことは言えないだろう。
「わたくしは特に何も思っておりません。魔王様も人族に対して色々してきてましたから自業自得です。勝者と敗者、ただそれだけです。むしろ、今回の勇者は城を無闇に壊したり殺しはしませんでした」
そういえばソータもここの魔王が穏健派だと知っていれば戦わなかったと言っていた。ソータ自身が争いは嫌いだったのだろう。
「他の皆さんも似たようなものではないでしょうか? 特に恨みなどは持ってはいないと思います。人族全体に関しましては、シルキーとしては先ほどの話もありますし、なんとも言えませんが、全ての人族が悪いわけではございませんから」
「そもそも何で人間と争いをしているんだ? 何か発端はあったのかな?」
「人族は魔石や奴隷を欲しているからでしょう。魔王様は仲間のリャナンシーやニンフが人族に害されないよう防衛のために。ただ度重なる攻撃に魔王様も過剰に反撃するようになりました」
それが、ソータがこっちに来た原因となる魔力戦争のことだろう。
「今回魔王様を倒しにやってきたのは、当時の戦争の被害者と聞いております。魔王様があの時、大人しくしていれば倒されることもなかったでしょう」
そう語るルーナは少し寂しそうだ。
「きっと魔王様は、仲間のリャナンシー達が大事だったんだね。そういえばリャナンシーもニンフも元は妖精だったんでしょ? もしかして魔王さんも元は妖精さんだったのかな?」
トオルはさも当然のように言ってるが、リャナンシーやニンフって妖精なの?
「本当に何でもご存じなんですね。そうです、魔王様はデュラハン、元は妖精でございました。そして、魔王様からお聞きした話ですと、リャナンシーもニンフもシルキーと同様に元は妖精から魔族化した存在です。この城は魔王様が妖精から魔族になった一族を助けるために作った城です。ですが、このことを知っているものは魔王様と当時の総隊長、とわたくしのみ。現在はわたくししか知らないことです」
魔王は戦えない魔族を人間や他の魔族から匿っていたらしい。
「そっか……聞きたいことは教えてもらったし、僕の仮説も正しそうだし。今度はこっちの話をしようよシオンくん」
トオルは一人満足したようだ。唐突に振られ驚く。
「何一人で完結してるんだよ。仮説って何だよ。ってか、さっきから何で秘密のことを色々知ってるんだよ!」
「まぁまぁ、シオンくん落ち着いて。要はこっちとあっちで伝承が被っているってことだよ」
「ん? どういうことだ?」
「まぁそれも含めてルーナくんにも説明しよう。まずは勇者のことからかな」
俺はトオルに説明をすべてお願いすることにした。トオルの方が状況を理解しているようだ。
トオルはルーナに最初から説明した。
魔王を倒した勇者がゲートを使用してこことは別の世界・地球に行ったこと。こっちには戻る予定はないとのこと。地球は魔法はなく科学とを使って生活していること。
俺たちは勇者が利用したゲートを使って地球からやってきたこと。その為、ゲートか開いたここにたどり着いたこと。
今こうやって話が出来るのは勇者から貰った言語を変換する飴を舐めているから。本当は違う言葉を話していること。およそ話さなくてはならない話は全部説明した。
「ですからシオン様とトオル様の言葉がわたくしには理解できなかったのですね。流石にわたくしも異世界の言語は存じ上げません。それにしてもこの建物が科学というものなのですね。こちらの世界とは根本的に違うように思われます」
「勇者や僕たち以外にも過去には地球から来た人はいるみたいだけど?」
「ええ、別世界から来た方は異邦人と呼ばれております。ですが、彼らがどこから来たのかは残されておりません」
記録には地球のことなど何も残ってないようだ。
「異邦人は特殊な魔法を使ったり、新しい技術を持ち込んだりしていました。そのため、異邦人はこちらの人族に恐れられております。隣の赤の国では見つけ次第奴隷や処刑にして反抗できないようにするみたいです」
ソータも言っていたが、赤の国は俺達地球人に対して、相当住み心地が悪いようだ。
「じゃあ俺達も……」
「赤の国に行けばそうなる可能性はあります。ですが赤の国以外では、国に仕官した例や、冒険者になって活躍した話もございました。ここ数年は異邦人の話は聞いていなかったのですが、あの勇者が異邦人だったのですね。それなら魔王様が敗れたのも頷けます」
ソータが戦争の被害者だとは知っていたが、異邦人とは知らなかったようだ。
「それでトオル、お前の仮説って何だ?」
「大したことじゃないよ。地球とカラーズは過去に何度もゲートを通じて繋がっていたんだ。地球には神話や魔法、魔物の話は多いよね。それに多数の目撃例もあるよね。要はカラーズにいる魔族や魔物がゲートから地球に流れてきた。それが、神話生物や伝説の魔物扱いされてたんだよ。ルーナくん、地球ではシルキーという種族は存在しない伝説の生物として伝えられてるんだ」
そう言ってトオルはシルキーの由来を語り始めた。
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シルキーは女の亡霊である。妖精の一種の説もある。シルキーは灰色か白のシルクのドレスを着ている。動いたときにそれが擦れてさわさわと音を立てるため、そこからシルキーと呼ばれるという説もある。家事などの手伝いをしてくれるが、怒らせてしまうと嫌がらせをしたり怖がらせたりしてその家から住人を追い出してしまうと言われている。
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「だから僕はルーナくんが妖精ではないかと疑ったんだ。ちなみに地球には妖精も精霊もいないよ。リャナンシーやバンシー、ニンフなどもそうだよ。おそらく、妖精の頃から魔族に変わる際の顛末になっているんじゃないかな?地球の神話を読み解くと案外、こっちの争いの原因がわかるかもね」
なるほど、一部脚色や間違いはあるかも知れないけれど、要は地球の神話などはカラーズから来たものってことだ。なら神話辞典も役立つかもしれないな。
……後で俺もシルキーの項目を調べてみよう。
ルーナはトオルの話を興味深そうに聞いていた。
「なんと!? そんな秘密があったのですね。シルキー族の名前の由来なんて初めて知りました。確かにわたくしを含めほとんどのシルキーは白のドレスを愛用しております」
「あくまで地球で伝えられている話だからね。真実は分からないよ」
「いえ、それでも真実味はあります。ああ、もっと色々な知識をわたくしに教えては頂けませんか?」
最初から感じていたんだが、ルーナは知識欲が高いようだ。
「時間があったらいいよ。それよりもこれからのことをどうするか決めないと」
「そうだな。ルーナさん。大変申し訳ないんですけど、出来るだけ早く出て行きますが、今日の所はここで休ませていただいてもよろしいでしょうか?」
「お二人はこれからどうされるのでしょうか? こちらの世界に来て右も左も分からないんでしょう?」
「そうですね、目的地はありますが、そこへ行くのは大変なのでまずは拠点となる場所を探します。そして、まずは魔法の勉強をします。早く魔法を覚えならないと何もできそうにありません。生活できるようになったら、会いたい人がいる目的地へ向かいます。まぁそれは多分ずっと先の話、それこそ何年後になるか……」
「それでしたらこの城を拠点にされてはいかがでしょう? 城の防衛機能もありますし、村もありますからお手伝いできることもあるでしょう。魔法のことならわたくしでも少しはお役にたてるかと思われますが?」
ルーナは俺達にここで住まないか? と提案してきた。……マジ?




