第98話 秘密の話をしよう
通された部屋は、小さな会議室のような部屋だった。
ここで試験はないだろう。だとすると研修か?
「まずこの部屋は防音となっておりますので、大声を出しても外へは聞こえません」
冒険者の依頼には守秘義務がある内容も多いだろう。こういった部屋は大切なのかもしれない。ってか、シクトリーナは防音になってるのかな? 今度聞いてみよう。
「ああーーー!!! もう!! 何なんですか貴方たちは!!」
うわっ、ビックリした。彼女……途中で名前を聞いたらクリスと名乗ったが……クリスは大きく息を吸い込んだかと思うと、バンっと机を大きく叩いて、俺たちに向かって叫んだ。
「属性が紫って……これで驚かない方がおかしいじゃないの!! 紫なんて聞いたことないわよ!! 私じゃなかったら、今頃ギルド中に響き渡ってるわよ!」
「お、おう。じゃあ助かった……のか?」
彼女も声に出してなくても、十分に反応はしてた気もするが。
「それから! 何ですかあの倒したアンデッドの数は!! 馬鹿にしてるの?」
「いや、普通に倒しただけだから、別に馬鹿になんてしてないです、はい」
あまりの剣幕に思わず下手に出る。
「それからそっちの子も! エルフならエルフって言って頂かないと、驚くじゃないですか!!」
「えっ? でも、エルフがバレると面倒だってシオンが……」
「そうですよ! いいですか。貴女みたいな綺麗な人がエルフだなんて知られたら、あの野蛮な連中が何を言い出すか分かったものじゃありません! いいですか。絶対に隠してくださいよ」
「だから隠してたのに、何で怒られてるんだ?」
「だから私にだけ予め教えておけばいいの!!」
無茶言うな! と突っ込みたいが、興奮している今は何を言っても効果がないだろう。
「それに出身がツクモの里って……貴女、あの有名な迷いの森のエルフじゃないですか!! ここには偶にエルフの人は来ますが、それは違う里のエルフです。いいですか? あの里のエルフは迷いの森ができてから、一人も発見されてないんですよ!! それなのに何でこんな所にいるんですか!?」
「……社会勉強?」
「…………」
クリスは無言のままキッて俺の方を睨む。
「彼女の親とは仲がいいから、見識を広めるためってことで、預かってるんだよ。それにこの子の姉は、三年前は森の外にいたから、全部が全部引きこもってるわけじゃないぞ」
アイリスは冒険者登録してないのか? それともここに寄ってないから知らないだけなのか? うーん謎だ。
「……まぁ確かに情報がないだけで、迷いの森から出てくるエルフもいるでしょう。ですが、いいですか!! 絶対にツクモの里出身とは言わないでくださいね!!」
「いや、だから出身とかバレたくないから、知ってる人は少ない方がいいって言ったじゃん」
「『じゃん』じゃありません! はぁ。何でこんな厄介な人がここに来るんですか」
なんか酷いいわれようである。
「でも、私が受け付けたのは不幸中の幸いでした。これが他の受付が対応したと考えると……」
クリスは思いっきり身震いをする。ってか、会話から彼女は自分が他の者よりも優秀だとだと思っているようだが、本当にそうなのか? ちょっと不安になってくるな。
「ねぇ貴方。他に隠してることはない? 後で見つかったら許さないわよ!」
いや、隠してることならたくさんあるけど? でも……身分証に書かれていて気がついてないことといえば……。
「俺の出身は確かめたか?」
「ええ、えーと。シクトリーナって書いてあるわね。聞いたことある気がするけど何処だっけ?」
ああ、やっぱりそういう認識なんだ。でもだからといって、いつまでもそういう認識とは限らない。やはり早い目に出身は隠さないとな。
「分からないなら別に構わないよ」
「いえ、その言い方は絶対に何かあるわよね。いいことクリス。絶対に聞き覚えがあるから思い出しなさい! 私なら絶対に思い出せるはず」
凄いな……。自分を鼓舞するというか、気合いで思い出そうとしている。
「あーー!! もう駄目。ここまで出掛かってるのに……ねぇヒント。何かヒントちょうだい!」
いつの間にクイズになったんだ? ……ヒントか。何があるかな?
「……ヒモ」
「えっ?」
「ヒント。……ヒモ」
「ちょっアイラさん? 何言っちゃってるの? 違うでしょ? ちゃんと働いてるよね? ヒモじゃないよね?」
突然のアイラのブッコミに俺は半泣き状態だ。アイラにまでヒモだと思われてたなら、俺はもう立ち直れないぞ。
「ひも……紐? ……ヒモ……最近何かで聞いたような。……ヒモ。目の前には、一見頼りなさげな男。でも大量のアンデッドを殺しているアンデッド殺しが趣味の男……」
「いや、断じてアンデッド殺しが趣味な訳じゃ……。ただ単純に、たくさん発生したからやっつけただけで」
「大量のアンデッド……赤の国。……魔王……シクトリーナ!? 【魔王のヒモ】!! えっまって、あなた【魔王のヒモ】なの!?」
「違う!! ちゃんと働いてるっての」
「そ、そうよね。まさかそんな人物がこんなところにいるはずが……よかったわ。ちゃんと働いてる人で。……ん? ちょっと待って。今の会話おかしいわ。違うって、働いてるってこと? えっ? そう呼ばれてることには否定しないの?」
「不本意ながらそう呼ばれてるのは昨日知った。くそっ。こんなことなら、もう少しマシな情報を流せとエキドナに言えばよかった」
「ははは、あの【重奏姫】を呼び捨てに……。もう一体何なのよーーー!!!」
本日何度目か分からない彼女の悲鳴が部屋中に響き渡った。
――――
「貴方達の事情はよく分かったわ。簡単に言うと、貴方は自分の領地の特産を売るためにここに来た。身分証には出身地が載るから、万が一を考えて冒険者として登録することにした。ここで冒険者になれば、この町の名前で上書きされるものね。全く考えたものだわ」
俺はこの町にやって来た理由、冒険者登録する理由を語った。
ミハエルさん達に説明していたので、今回は大分慣れた感じでスラスラと説明することが出来た。
「で、本当に悪いことは考えてないのよね? 呪われた特産品とか販売しない?」
「するわけないだろ!! ちゃんとさっき商業ギルドで特許も貰ってきた」
ってか呪われた特産品ってなんだよ! 嫌だぞ、そんな特産品。
「……脅して無理矢理もぎ取ったりしてないでしょうね?」
「するわけないだろ!!ってか商業ギルドでは正体はバレてない」
コイツは俺のこと何だと…って魔族ってやっぱりそんな認識なのな。
「魔王が人間の町で特産品を売るって……そんなの考え付くはずないじゃない」
まぁここに魔王はいないけどな。
「今貴方達の正体を知っているのは?」
「この町では貴女とバルデス商会のミハエル夫妻のみだ。ミハエル夫妻は絶対に話すことはないから、もし俺達の正体がバレたらそれは……」
「分かってる。私って言いたいのね。あーあ、貧乏くじ引いたかな」
クリスはそういって項垂れる。
「いや、もうこうなったや自棄よ! クリス。貴女ならこの逆境を乗り越えれる! 頑張るのよ私!!」
なんだろう。この人は自分を鼓舞するのが癖なのだろうか? でも、見ていてちょっと面白い。
「よしこうなったら貴方! せっかく冒険者になるんだから、たっぷりこき使ってやるわよ!」
「いや、俺は登録だけで……」
「そんなわがまま許されると思ってるの? こっちが協力してやるんだから、そっちだって協力しなさいよ!」
確かに、こっちだけがわがまま言うのはフェアじゃないか。
「だけど協力って何をするんだ? 言っとくけど正体は明かせないし、本業もあるんだから、あまり忙しいのは無理だぞ」
「……ヒモの癖に」
「だからヒモじゃないって!!」
くそっ。このネタはいつまで続くんだ。姉さんがビッチや姉御って呼ばれて嫌がっていた気持ちが今なら凄く分かる。
「何貴方なら簡単なことよ。誰も依頼を受けてくれない高ランクの魔物の討伐をお願いするくらいだから」
「……それってCランクの俺達じゃ受けれないんじゃ?」
「お仲間がAランクでしょ? ならパーティーランクはBもしくはAになるから問題ないわ。それで数件こなしてもらったら、貴方達もランクが上がるでしょ」
「まぁそれくらいなら……ただ、さっきも言ったように、こちらの事情は優先するからな。あと、指名依頼は絶対に受けない。特に貴族からの依頼は受けないからな」
「私だって、貴族に貴方達を紹介したくはないわ。その貴族がどうなるか考えなくても分かるつもりよ。まぁ指名依頼っていうより、私の個人的なお願いは聞いてもらうかもね」
こいつはトコトン俺達を利用するつもりだ。
「それにしても、俺達の正体を知って、よくもまぁそれだけ強気になれるよな。ある意味尊敬するわ」
「腹くくったからね。でも今にも殺されないかとビビりまくりよ。さっきなんて、全身の毛穴から汗が飛び出したわよ。ほら脇汗ビッショリ」
「いや、見せなくていいから」
クリスはおもむろに右腕を上げる。少しは恥じらいを持てと言いたい。
「でも、正直な話本当に怖かったのは事実よ。でもミサキさんが笑顔だったから問題ないかなって」
「えっ?」
「私もね、この町でずっと過ごしていたし、ギルドの受付も長いから、ミサキさんとレンさんのことは知っているのよ。偶に商会のお使いで採取の依頼をしたりしていたしね。だからあの子達のことはそれなりに知っているの。ミサキさん、楽しそうだった。貴方が本当に悪い人だったらあんなに笑ってないと思う」
……ミサキとレンはこの町で本当に愛されていたんだな。あの二人のお陰で俺はどれだけ助かってることか。
「……そんなこと言われたら頑張るしかないか」
「本当? じゃあ早速……」
「まてまて、早速じゃない! 言っておくが、依頼は最低でも六日後からしか受けないぞ」
「何でよ!」
「バルデス商会のリニューアルオープンイベントが明後日から三日間あるんだ。それが終わるまでは何もできないぞ」
「それギルド内で冒険者達が噂してたわね。なんかチラシってのを貰ったって言ってたわよ」
「ああこれな」
俺はチラシを一枚取り出した。
「へぇ、こんなことやるんだ。で、どんな商品出すの?」
「それは当日までの秘密だ。あっ、でも当日手伝ってくれるなら商品の融通はするぞ」
「残念、仕事よ。でも休憩中に顔くらいは出すかもね」
「……入れればいいな」
「ん? どういうこと?」
「いや、まだどうなるか分からないから詳しくは言えない。それよりもCランクの試験をしようよ」
「あー、やっぱりしないと駄目よね? 正直クリアしたことにしたいんだけど」
「……それ、俺が言うならともかく、ギルド職員が言っちゃ駄目だろ」
「そうよね。でもいきなりCランク試験じゃ、ギルマスが見学に来そうなのよね」
「あっ! 期待の新人ってやつか!」
ちょっと憧れるよね。
「何でちょっと嬉しそうなのよ。ギルマスに見つかると正体がバレるかもしれないわよ」
「あれっ? ギルマスには報告するんじゃないの?」
「出来るわけないでしょうが!! ったく、こんな大事になるなんて思いもしなかったわよ」
どうやらクリスは、自分だけの秘密にするつもりだったようだ。そうしてくれると確かにありがたいが……。
「なら別に俺達はFからスタートでもいいぞ?」
「それも嫌なのよね。まずFとAが一緒にパーティーを組むってのが目立つし、いくらAがいると言っても、EとFのパーティーに討伐依頼を出しにくいから」
「なら間を取ってDか。Dからスタートは目立たなくていいだろ」
「いや、やっぱりCでいきましょう。ギルマスは私が何とかするわ」
「まぁそっちがそれでいいなら俺は構わないけど」
最初からギルマスにはバレるつもりだったから、最悪バレても問題はない。まぁギルマスが面倒くさい人なら勘弁したいところだが。
「じゃあ一回戻りましょう。試験の冒険者を選ばなきゃ」
「その……試験の冒険者って俺が勝ってもいいの?」
「今回はCランクの冒険者を選ぶから勝ってもらっていいわよ」
そういうことならちょっとやってみますかね。




