第13話 メイドさんに出会おう
魔族だ! 俺は直感的にそう思った。
年は二十代中頃だろうか? 少し年上の印象を受ける。スラリとした長身に、白い肌と銀色の髪。とてつもなく美人だ。
服装は白と黒の……メイド服? フリフリとかは付いてないから、どちらかといえば、家政婦やお手伝いさんの風の衣装。
一見すると只のメイドのような感じを受けるのだが、問題は肌の色だ。ここからでも分かる白い肌には、まるで生気が感じられない。それは事故死した両親の肌を見たときと同じような感じだ。目の前の女性は本当に生きているのだろうか。
トオルも俺の動きに反応し、振り返り、動きを止める。
その女性も俺達を見て吃驚していた。
どうやらすぐに攻撃はしてこないようだ。何とか友好的に出来ないか?
「一体どうやってここへ? 結界が破られた形跡はありませんでしたが……?」
それは独り言なのか、俺達に向けて発した言葉なのか解らなかった。
「貴殿方は一体どなたなんでしょうか? 侵入者にしては随分と雰囲気が違う気がしますが」
今度は俺達に向けられた言葉だった。
とりあえず何でもいいから返事しなくては。
「え~と、俺達は怪しいものじゃなく……」
俺がそう切り出そうとしたら、女性は目を大きく開く。
「おや? 何て言ったか理解できません。わたくしが知らない言語があると言うのでしょうか? 人族の言葉は全て網羅していたはずですが……。もしや、わたくしの言葉も理解出来ていないかもしれませんね。……これはどうしましょうか?」
そうか。まだ魔力を込めてないので日本語になっているのか。しかし、魔力の込め方はわからないので、とりあえず何とか会話をしてみようとジェスチャーで伝えてみる。
「何かを伝えようとしている? わたくしの言葉は理解できるのでしょうか?」
俺はコクコクと頷く。
「どうやら、わたくしの言葉は理解出来ているようですね。あなた方は共通語は話せないのでしょうか?」
女性の問いに頷く。
「意思の疎通は出来るようですが、会話は出来ない。う~ん、どうしましょうか?」
女性は悩んでいる。言葉が通じないから殺してしまえ! 的な考えはないようだ。
俺は今の内にトオルの近くに行き、小声で話し出す。
「トオル。どうする? 俺たちの声はまだ分からないみたいだ」
「そのようだね。それより彼女、人間じゃないよね?」
「多分な。あの肌にはまるで生気を感じない。まるで死体のようだ」
もしかしたら、あれがアンデッドってやつなのかもしれない。
「ここが魔王城ならやっぱり魔族なのかな?」
「ああ、多分魔族だろうな。いきなり攻撃はしてこなさそうだが……」
少なくとも対話を試みようとするだけで、好戦的ではないことは分かる。
「分からないよ。今は僕たちが何者か判断出来てないだけだし。敵だと思ったら攻撃が来るかもしれない」
「なんとか敵対しないように出来ないかな?」
「難しいんじゃないかな? まずどうやって僕達が敵じゃないというんだい。言葉は通じないんだよ」
「それはジェスチャーで説得するしか……いや、飴を使うか?」
「飴を? 貴重なものじゃないの? それに言葉が通じても、貴重なものと分かったら、分捕ろうと襲ってくるかもよ」
「そしたら結界石を使おう。とりあえず対話が出来る可能性に賭けよう」
「了解。僕はシオンくんの判断に従うよ」
俺たちが話している間、女性は俺たちの声に聞いていたようで、「やっぱり何を言っているのか分かりませんね」と呟いている。
俺は飴を一つ取り出し、両手を挙げて女性に近づく。こちらに敵対心はないという構えだ。
女性は近づいてくる俺に一瞬警戒したが、俺達に敵意はないのがわかったのか特に何もアクションを起こさない。
そして俺が渡そうとした物を素直に受け取る。
「これは? 一体何でしょうか?」
俺は大口を開け、飴を口に入れる動作をジェスチャーで伝える。
「これを? 食べろということでしょうか?」
俺は首を縦にうんうんと頷く。
「確かに食べ物のようですが……毒ではなさそうですね。まぁ騙されたと思って食べてみましょうか」
何とか第一関門は突破か。次は対話だが、大丈夫だろうか。現状では明らかに不法侵入だ。殺されても文句が言えない立場だろう。
「う~ん、思っていたよりも、甘くて美味しいですね」
女性はゆっくりと味わっているようだ。これは舐め終わってから効果が出るのだろうか? それとももう通じるのだろうか?
「あ、あの……。俺の声が理解できますか?」
そう俺が言うと、彼女は目を大きく見開いた。
「おや? 先程までは理解できなかった言葉が今は理解できます。これはどういうことでしょうか? 先程の食べ物が関係しているのでしょうか?」
彼女は首をかしげる?
「今、お渡した飴を舐めると、言葉が分かるようになるのです」
俺の言葉に彼女は少し考える。
「知らない言語が理解できる飴? 魔道具でしょうか? 食べ物の魔道具は聞いたことがありませんが」
俺にもどんな仕組みで作られているのかは解らない。魔道具なのかも不確かだから、俺からは何も言えない。
「それで。結局あなた方はどちら様で、どうやってここまで入ってきたのでしょうか? 魔王様が亡くなっても、この城の防衛システムは起動してるので、侵入者がいたら分かるはずなんですが」
丁寧な言葉遣いではあるが、目は真剣だ。ここの答えは間違えると危険だろうな。慎重に話を持って行かないと。俺はトオルに何かあったらフォローを頼むとアイコンタクトで伝えた。
トオルは分かってるよと頷いた。……ちゃんと伝わってるよな?
「えー、まず、俺達、いや私達に敵対する意思はありません。何故、私達がここにいるかも含めて順番に話しますので、まずは私の話を聞いて頂きたいです」
俺がそう言うと、女性は頷く。
「分かりました。でもお話は長くなりそうでしょうか? もし長くなるようでしたらお飲み物を用意しますが? あちらに食事する部屋がございますので案内いたしましょう」
彼女は部屋の外へと案内しようとする。だが今ここを離れるのは危険ではないか? 出来るだけ荷物のそばにいたい。
「大変有難いお話なのですが、申し訳ないのですが、今はあまりここを離れるわけにはいかないものでして……よろしければ貴女がこちらにいらっしゃいませんか? 出来れば私達の方であなたをご招待させていただきたいと思います。その方が、私達のことも理解が深まると思いますが……」
彼女は少し悩んだが了承してくれた。
「それでは今回は特別にお招きに預かりますね。しかしながら本来ならこの城のお客様へのおもてなしはわたくしの仕事です。ですので、今回限りでお願い致します」
彼女は渋々といった感じで了承する。仕事と言うのはメイドの仕事なのだろうか? それとも警戒されているのだろうか。
「ええ、それではこちらへどうぞ」
俺は彼女をキャンピングカーの中へ案内する。
彼女はキャンピングカーに入る前に注意深く観察している。
「これは何でしょうか? 車輪があることから荷車と推測しますが、馬車や竜車のように引く部分がありませんね。それに、重そうです。これだと引くにも一苦労でしょう。それにこの素材は先日ここにあった正体不明の鉄屑に似ているような気がしますね」
彼女はキャンピングカーを見て呟いている。先日の鉄屑とは恐らく俺の車の後ろ半分だろう。鉄屑扱いは正直嫌だが、それは言わない方がいいだろう。
「こちらが気になるようでしたら後でゆっくり調べられて構いません」
「よろしいのですか!? …ん、コホン、いえ、こういうものを見たことがなかったので少しばかり興味がありますので、よろしければご説明をお願い致します」
彼女は少し驚いて口調が変わったが、気を取り直して言い直す。
「ええ、いくらでも見ていただいて構いません。分かる範囲であれば説明もさせていただきます。それよりも今は中へどうぞ」
俺はそう言って扉を開け、彼女を招待する。
彼女は一歩中に入り、絶句する。
「どうされました? こちらにどうぞ」
俺はリビングの椅子に彼女を招いた。
「え、ええ、ありがとうございます」
そう言って椅子に座るが、視線は周りを彷徨っている。
「シオンくん、僕がお茶を入れるよ。紅茶がいいかな?」
「緑茶にしよう。こっちにはないらしいから」
新規の飲み物を受け入れてくれるかを確かめてみたい。
「了解。準備したら持って行くから先に話してていいよ」
「どうでしょう? 驚かれたのではないですか?」
俺は対面に座って彼女に問いかける。
「ええ、とても驚きました。この建物は何なんでしょう? 今朝まではここにはなかった筈ですが?」
彼女は首をかしげる。
「そうでしょう。私達がここに着いたのは少し前ですので」
多分まだ二時間も経ってないだろう。
「このような建物を、こんな短時間で、どのようにして運んだのでしょうか?」
「その質問にもお答えしたいと思いますが、その前にこれらの印象を伺ってもよろしいでしょうか?」
「そうですね。この椅子、テーブル、それに灯り。わたくしの知っているものとはどれも異なっております。まさに似て非なる物でしょうか」
「おまたせー」
そこにトオルやってくる。緑茶とお茶請けは最中のようだ。
「緑茶ってことで、和菓子にしたよ」
「ありがとうトオル。さすが気が利くね」
俺は彼女に勧めた。
「どうぞ頂いてください。私達の国のお茶で緑茶と言います。それとこちらのお菓子は最中と言います。おそらくこの辺りにはないと食べ物かと思いますので、お口に合えばよろしいのですが……もしお口に合わないようでしたら交換いたしますので、遠慮なく仰って下さい」
ソータはこの世界に緑茶はないと言っていた。それに、砂糖などは調味料も貴重品と言っていたので、甘味物も珍しいだろう。先程の飴をからも甘味が嫌いでもなさそうだ。
「それではお言葉に甘えて頂きます」
そう言って彼女は最中を口に入れる。
瞬間、目がカッと見開いた。
「甘い!! 外はパリッとしていますが堅くなく、中の黒い物はすごく甘い。甘いけど、甘すぎず、優しい甘さ、それにこの緑茶という飲み物、こちらはこれだけでも飲むだけで心が落ち着きますが、この最中というお菓子一緒に頂くとものすごく相性がいい! 一体これは何なのですか!」
彼女は食レポみたいなことを言ったかと思うと、テーブルにバンって手をついて、立ち上がり、身を乗り出して、俺の顔に自分の顔を突き出してくる。
近い! 近いって! さっきまでの落ち着きはどこに言った!?
「どうか落ち着いてください。ちゃんとお話ししますから」
はっとして、彼女は俺の顔から離れ、姿勢を取り戻し、座り直す。
「申し訳ありません。取り乱しました。何せこのようなもの食べたことなかったものですから」
何事もなかったかのように姿勢を正す。しかし、視線は最中に釘付けである。
「どうやらお口に合ったご様子。よかったです。もしよければ、追加もお持ちしますので、遠慮なく言ってください。別の味がよければそちらもご用意いたしますが?」
「他にもあるのですか!? ……んん、あっいえ、それではよろしければもう少し頂けないでしょうか? とても珍しいものですので、今後の参考にさせていただきたいと存じます」
「それでは、あとでお持ちいたしましょう。その前にまだお互いの自己紹介もしておりませんので、挨拶をさせて頂ければと思います」
その言葉に女性もハッとする。
「申し訳ございません。わたくしとしたことが、お客様にご挨拶もせずに。わたくしはこの城でメイド長を務めております、シルキーのルーナと申します。どうかお見知りおきをお願い致します」
彼女はどうやらシルキーと言う種族らしい。ゲームで聞いたことがある種族だが、どう言った種族なのかは覚えていない。
「私の名前はシオン、こちらがトオルと申します。ルーナさんとお呼びしてもよろしいでしょうか? どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って俺達も会釈する。
「シオン様にトオル様ですね。わたくしのことは、是非ルーナと呼び捨てにして下さい。それに言葉使いももっと砕かれてください」
そう言われても、年上の美しい女性……しかも魔族相手に、いきなりタメ口って言うのは無理がある。
「いえ、いきなり初対面で呼び捨てなどとても……もう少しお互いのことをお話ししてからにしましょう。それに私達に様なんて付けなくても結構ですよ」
「そんな!? メイドとしてお客様に対して畏れ多いことです」
どうやらこだわりがあるらしい。
「まぁ言葉遣いの話は置いておきましょう。話が進まないです」
そう言って俺はこの話を打ち切る。
さて、ある程度友好的になれたので、これから色々とお話を伺いますかね。




