第91話 国境を抜けよう
馬車では通常二週間程かかる道のりを、予定通り三日で黄の国の国境までやってきた。
ここまでは非常に順調だった。追っ手もなく、魔物に襲われることもなかった。
まぁ追っ手が追いつけるはずがない。馬はどんだけ頑張っても、一日八十キロくらいの距離が限界らしいからだ。ましてや食料や装備などを持参したり、別途馬車を用意したりするともう無理だ。馬車に至っては一日に五十キロが限界といったところか?
その点、こちらはガソリンの心配もないキャンピングカー。馬が一日かかる距離を一時間で通り過ぎる。どんなにゆっくり走っても、こっちに追いつけるはずがなかった。
野生の魔物にしても、ホリンが車上で睨みを利かせている為、襲いかかることはまずない。
この辺りの野生の魔物で、ホリンより強い魔物などいなかった。
さて、この国境を抜けるとハンプールまではすぐだ。
「問題はこの国境をどうやって抜ければいいのか……」
パスポートとか必要ないよな? ってか存在しないか。でも、そもそもこんな風になった赤の国の領土からの人間って、受け入れてもらえるのか?
「せやな。アイラ、ラミやん、リンの三人は一旦城へ戻ってくれへんか? 国境を抜けたら、問題はないやろうけど、流石にエルフと魔族が抜けようとすると、止められる可能性がある」
一度この国境を抜けたミサキの話によると、身分証カードがあれば特に問題はないらしい。
が、赤の国が滅びたことによって移住が増え、規制がかかっている可能性もあるかもしれない。とのこと。ミサキ達やマチルダは元が黄の国の人間だから、帰る分には問題がないらしい。
だが、その中で魔族とエルフがいるのは、傍目から見ても注意を引くだろう。特に今の情勢で魔族はヤバい。
その為、見た目は人間と同じだが、バレないとも限らないので、三人には一旦城で待機してもらうことになった。
「ウチとレンは出身がハンプールになってるし、マチルダさんはキンバリーやから問題はないけどシオンさんは……」
俺の身分証じゃ、出身はシクトリーナになっている。こればかりは偽造することが出来ないしどうしようもない。
だが、流石に三人にすることはできないし……。
「せやから、シオンさんはウチらが雇った護衛ってことにするから、話を合わせてや」
「分かった」
ってことで俺が護衛、ミサキとレンが商人、マチルダは付き人ってことで国境を抜けることにした。
ーーーー
俺達が国境を超える列に並ぶと……案の定というか、もの凄い注目を浴びた。
やっぱキャンピングカーはやり過ぎたか? でもトオル達もキャンピングカーで他国、ドワーフの国に行ってたし。もしかして隠してたのかな? うーん。しまったなぁ。アドバイスでも聞いておけばよかった。
「お、おいおいおい! 何だこれは!?」
検問所から慌てて飛び出てくる警備兵。
「あ、これか? すごいやろ。自動車ゆうてな。馬が必要ない自動で動く荷車や」
交渉や会話は全てミサキに任せている。護衛の俺が勝手に出しゃばるとマズいだろう。
「すごいって……どうしたんだこんな物?」
「ま、それは企業秘密ってやっちゃ。まぁバルデス商会の秘密兵器やと思っといたらええ」
「あ、あんたはバルデス商会の者か?」
知ってる商会の名前が出たからか、警備兵の表情が少し和らぐ。この人は普段はハンプールに住んでいる人なのかな。
「そや、一年間行商に出かけてたんや。今回は久しぶりの里帰りやな。珍しいモン仰山手に入れたから、その内売り出されるやろな」
「……その自動車という乗り物もか?」
「はは、流石にこれは一点ものやから、売りには出さへんけど……まぁ期待しとってや」
「ああ、成る程。それで店を休んでるのか。何があったかと思ったぞ」
「……店を休んでる? 何のことや?」
「あれ? 違うのか? 俺が十日前の休日に、娘とシャンプーを買いに本店に行ったら、閉まってたぞ。まぁ支店の方は営業してたから、シャンプーは無事に買えたけどな。話を聞くと、本店の方は半月ほど前から休んでいるらしいじゃないか。支店の従業員は問題ないとは言ってるが、店主もいないみたいだし、何かあったのかと町では噂になってたぞ」
「……もしかしたらウチらが帰るって手紙で伝えたから、前もって準備してるかもしれんな」
「なるほど、それで帰ってきたらババーンと新商品の販売か。巧いなぁ。流石、勢いのある商店は違うな。店が再開したら、また寄らせてもらうよ」
「おおきに。期待してて待っててや」
「じゃあもう少し時間は掛かると思うが、待っててくれな」
そういって警備兵は持ち場へと戻っていった。
「……閉まってるやて? 店に何があったんや?」
「ミサキ……」
当然だが、手紙など出してない。だから帰るのを待ち構えているはずがない。
「もしかしたら仕入れで遠出している可能性とかは?」
「あらへん。例え仕入れで町を離れても、従業員が店を開けるはずや。何かあったんや……」
「とりあえず町に入ったら行ってみよう」
何もわからない状況じゃ、励ましなど軽はずみなことは言えない。
「はぅぅ。ミサキちゃん」
後ろから話を聞いていたレンも心配そうだ。
「せやな。ここで悩んでも仕方ない。どうせ町に行けば分かることやし……兄やんが腹壊したとかそんなとこやろ」
ミサキは明らかに無理しているが、元気よく答える。レンには不安な顔を見せないとそんなところだろう。
「あんたらバルデス商会の者なのかい?」
警備兵との会話を聞いていた商人風の男が話しかける。
「そうやけど……」
「おお! そうですか。私はあの商会にはよく買い付けに行ってまして……」
どうやら常連のようだ。この商人の他にも、遠目で物珍しがっていた商人が声を掛けてくる。
多分お近づきに……などがあるのだろう。
どうせ待ち時間は暇だし、商人視点での話など気になることもあったので、これを機に色々と世間話をして待ち時間を過ごすことにした。まぁ話をするのはミサキで、俺は聞き専なのだが。ミサキの気を紛らわすためにも丁度よかった。
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「結構すんなり通れたな。やっぱりバルデス商会って名前はすごいんだな」
国境では、ミサキとレンの商人カードにバルデス商会所属がはっきりと書かれていたため、特に疑われもせずに入ることができた。
まぁ俺だけはシクトリーナって怪しい地名のためちょっと時間かかったが。
でも、ミサキが現地で雇った護衛って言うと、それだけで通ることが出来た。
ただ、護衛をするなら冒険者登録しておいた方が便利だと助言をいただいた。
本来なら、リンのようにシクトリーナで冒険者カードに変更出来た。
だが、そうすると冒険者カードにシクトリーナの地名が残ったままになる。冒険者カードを作った場所が登録されるからだ。今後、シクトリーナが有名になると、それだけで旅がしにくくなる。それならと、このハンプールで登録した方がいいと先延ばしにしていたのだ。
「赤の国のギルドでは登録したくなかったので……」
そのため、俺がそう言い訳すると「ああ、なるほど」と納得してくれた。赤の国の悪名はここでも通じるようだ。
とにかく、バルデス商会に行った後に、冒険者登録することにしよう。
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「さて、ここからが黄の国や。この先を数キロほど行くと、ハンプールの町に到着や。ハンプールの町に入る際に、もう一度審査があるから、あの三人はそれまでお留守番させとこ」
「そうだな。どうせ一時間くらいだろ?」
「……どうやろ。あそこの町は出入りが多いから、もう少し掛かるかもしれん」
距離は近くても、入るのには時間が掛かる可能性があるのか。
「そっか、まぁ仕方ないか。そういえば二人はこの辺りに流れ着いたのか?」
「せやな……そこの森の中に転移したんや」
確かに右には森がある。
「そこに例の長老の片割れがいるんだな。……ここの用事が終わったら会いに行こうか?」
「はう! 行きたいです」
答えはミサキからじゃなくレンから来た。
二人にとっては思い出の地。俺も見てみたいと思った。
ーーーー
「ミ……、ミサキちゃん!?」
町の門の前で待っていると、門番に話しかけられた。
「おっ。おっちゃん。久しぶりやな」
どうやら知り合いのようだ。まぁ二年はこの町に住んでいたんだ。知り合いも多いだろう。
「ああ、一年ぶりくらいか? 変わらない……いや、見た感じおかしなことになってるみたいだが、ミサキちゃんは変わらないな」
おかしなこととは、このキャンピングカーのことだろう。
「はは、ウチかてもう二十一や。そんな一年くらいで見た目が変わるかいな」
「もう二十一になるんか!? 俺はてっきりまだ十五、六だと思ってたぞ」
まぁミサキの見た目は十七で止まってるから、そう思われても無理はない。
「アホか。おっちゃんの計算やと、初めて会うたのが十二になるで。なんぼなんでも、それは若すぎるわ」
「ははっ違いない。それはそうと、またえらいゴツイのに乗ってきたな」
「目立つやろ?」
「目立ちすぎだ。で、大将とレンちゃんは?」
「はぅ! ……こんにちは」
「おおっレンちゃんか。こっちも相変わらずみたいだな」
相変わらずなのは、見た目を言ってるのか、『はぅ』を言ってるのか、気になるな。
「おっちゃん。オトンはその……赤の国で例の事件に巻き込まれて……」
言い辛そうなミサキの声で察したようだ。
「そっか。お前達、アレに巻き込まれたのか。……大将には悪いが、アレに巻き込まれて、二人だけでも生き残れたならよかった」
「ウチらも駄目やと思ったけどな。このシオンさんに助けてもろて」
そこでようやく男は俺の方へと顔を向けた。
「そうかそうか。二人が世話になったみたいだな」
「いや、大したことはしてないよ。それに俺がもう少し早く到着してたら、バルデスさんも死なずにすんだかもしれない」
「そう言うなって。実際の現場を見てない俺が言うのも何だが、アンデッドが王都中に現れて大変だったんだろ? 二人だけでも救ってくれて感謝する」
門番の男に礼を言われる。知り合いとはいえ他人なのに……。二人はこの町で愛されてたんだな。
「んで、助けてもらったついでに、そのままシオンさんの所に厄介になって、ここまで連れてきてもろたんや」
「まさかミサキちゃんの旦那って訳じゃ……」
男がこちらに睨みをきかす。……何故睨まれる?
「はぁ!? ないない。ウチがシオンさんの嫁になったら、ルーナやラミやんに殺されてまう」
「ああ、何だ。この人には、もういい人がいるのか」
「えっ? いや……」
「そや、ウチらじゃ到底敵わん人が相手や。勝負する気も起きんかったわ」
これ……なんか答えないと駄目なやつか? いや、いいや。何か言ったら、後で絶対変な風に拗れる気がする。今は流れに任せよう。
「それよりも本店が閉まってる聞いたんやけど」
「ありゃ? ミサキちゃんも知らんのか?」
「そりゃ、今帰ってきたんやから、知るわけないやろ」
「そりゃそうか。いやな、半月くらい前から、本店だけしばらくの間閉店しますて張り紙があってな。まぁ商品自体は支店で買えるから問題ないけど、大将の息子の顔を見なくなって……なんぞ病気でもしてないか心配でな」
「そっか。町に入ったら調べてみるわ」
「おう、何か分かったら教えてくれ」
「せやから、早よ手続き終わらせてな」
「まったくミサキちゃんには敵わんなぁ。よし、最優先でやったるで!」
「いや、流石に順番は守ってな」
割り込むと、ただでさえ目立ってるのに追加で恨まれかねない。
「……ミサキって社交的だよな。日本でぼっちだったなんて信じられないぞ」
俺はミサキに聞こえないように、レンへと話しかけた。
「ミサキちゃん。同年代よりもおじさん受けがいいから」
「……ああ」
あの明るくてサバサバした感じは確かにおじさん受けしそうだ。
まぁお陰で俺も問題なく町の中に入ることが出来た。




