第88話 マチルダの話を聞こう
「私はキンバリーである方に仕えておりました」
「キンバリーって言うと、黄の国の王都だったよな」
「ええ、そうです。そこで、働いていたのですが、最近国の情勢が悪くなっておりまして……」
「それは……」
「赤の国が滅んだからです。それから三国同盟が発表されたのも原因でしょう」
耳が痛いな。
「キンバリーでは魔族が攻めてくるから、先に攻撃と考える過激派と、何もしなければ問題ないとする穏健派に別れておりまして……」
「えっ? そんなことになってんの? 何で? だって三国同盟は特に攻めてこないでしょ」
攻める必要ないし。考えたこともないよ!
「しかし、魔王が三人も組んで同盟を結ぶことは、過去にも例がないと、国中で話題になっております。そもそも、魔王同士は仲が悪いから、人間の国に攻めてこないって言われておりましたから」
「そうなの?」
マチルダの言葉を聞き、思わずリンへと問いかける。
「そうっスね。あのヘンリーを見たら分かると思うっスけど、元々仲がいいとは言えなかったっスね」
いつの間にか言葉遣いが冒険者モードに戻ってる。もうこっちが素なのかもしれない。
「でもシエラとエキドナは仲がよかったんだろ?」
「あの二人が別だっただけっス。実際、エキドナ様とゼロ様はあまり仲良くなかったっスよね?」
確かに今はともかく俺が初めて会ったときも単なる知り合い……って感じで、そこまで仲がいいとは思わなかった。
「じゃあ事実かどうかはともかく、魔王が三人仲良くなったから、攻めてくると思ってるのか?」
「過激派はそう思っているようですね」
なんてこった。三国同盟、完全に裏目じゃね?
ちなみにマチルダはまだ俺達のことは何も知らない。それに俺達のことは詮索しないように言ってある。だが、もし俺が張本人だと知ったらどう思うか……それ以前に、既にバンバン情報を与えてる気がする。詮索するなと言っても、これじゃあ気づかれても仕方ない。まぁ気づかれたらその時はその時だ。
「それで、それがマチルダさんにどう関わってくるんだ?」
「はい、私の主人は穏健派でございました。ですので、過激派が襲いかかってくる可能性があり、主が私にお嬢様と坊ちゃまを連れてウェイバリーに行くように申しつけました」
要するに内乱か。穏健派を潰して過激派が主導権を握ろうってことだな。
「ウェイバリーって?」
聞き覚えのない町だ。
「確かキンバリーの近くにある町やった覚えがあるで」
答えたのはミサキだった。流石ミサキ。黄の国に住んでたから、その辺りの地理には詳しいみたいだ。
「そうです。キンバリーの隣にある町でございます。そこに主の親戚で、信頼できる方がいると言われましたので、お嬢様と坊ちゃまとお忍びで出かけることになりました」
「あ、分かった。その都市に行く途中に盗賊に襲われたんだな」
ありがちなパターンだ。
「いえ、違います」
あ、違った。くそっいらん恥をかいてしまった。もう憶測ではなすのは止めよう。
「無事にウェイバリーには辿り着けました。ですが、頼りにしていた方は、すでに過激派に取り込まれておりました」
それは……鴨が葱しょってやって来た感じか。
「私は二人を連れて逃げ出しました。ですが、ウェイバリーを離れても、もう他に頼れるところはなく……」
「一旦帰るわけには……駄目だよなぁやっぱり」
「ええ、キンバリーへ帰るのは、せっかく逃がしてくれた主に背くことになります。それに、万が一帰って人質にでもなれば、主の迷惑になります」
そうだよな。それをさせないように逃がしたのに、戻ったら全てが台無しか。
「それで、私は一旦この国から脱出して、青の国に亡命しようと思いました。その為に国境沿いの町へ向かっていたのですが、途中に過激派の追っ手に追われて、坊ちゃまとお嬢様と、うっ……離ればなれに」
思い出したのだろう。マチルダは途中から嗚咽の声が漏れていた。
「その二人の行方は分からないのか?」
「ええ、もし捕まったのなら、殺されていることはないでしょうが、離れた後に、私のように盗賊に捕まっていたら……くっ」
最後はもう声になっていなかった。
「ならこの紋章は……」
「はい、主の紋章です。本来なら坊ちゃまが引き継ぐのでしょうが、旅の間は私が持っておりました」
過激派に潰されそうになるってことは、随分と偉い貴族なんだろうな。
「それは分かった。で、何で黄の国にいるはずなのに、こんな元赤の国の端っこまで来ているんだ?」
「あの盗賊は、私を元々黄の国で捕まえました。ですが、紋章を見て、その価値に気がついたのでしょう。この国に売りに来たようです。私はその……道中の慰み者というか、世話をさせるために……」
「すまん。もういい。辛い話だったな」
ちょっと配慮が足らなかった。おそらくさっきの町の権力者にでも、この紋章を売ろうとしたのだろう。で、俺が奪い取ったとそんなところか。そりゃあ相手も必死になるな。で、マチルダは町に到着したから、奴隷商人に売ったってところか。
「いえ、別に私のことは構いません。それよりもお二人のことが気がかりで……」
あんな目に遭って、なお自分のことよりも別れた二人のことを……この人、本当に強いな。
「それでその……私は奴隷として買われたわけですが……傷も治して頂いて……」
「ああ、さっきも言ったが、それは別に気にしないでくれ。奴隷も契約は破棄してるし、自由にしてくれてかまわない」
ちょっと前、この野営地に来たときは本当にすごかった。
俺が車から降りると、マチルダが涙を流しながら土下座で俺に感謝を述べた。
まるで俺を神かなにかと勘違いしているようだった。
挙げ句の果てに、お礼に何も差し上げれないからと『盗賊に汚された汚い体ですが……』とせっかく着た服を脱ごうとする始末。
それを止めると『やはりこんな汚れた体では……』と言われ、慰める羽目になる。
そして背後に感じる視線。リンの冷たい視線に、ミサキの楽しんでいる視線、『はぅぅ大人の会話だよ』と恥ずかしがりながら、手で見えないように顔を隠すが、指の隙間からこっそり覗いているレンの視線。そして何を考えているか分からない、無表情のアイラの視線。
そんな状況から必死に説得し、夕食の準備をするからと逃げたのだったが……。
「マチルダさん。俺達は貴女をどうにかするつもりはありません。紋章もお渡しします」
俺は持っていた紋章をマチルダへと返す。
「とりあえず今後のことについて話しますね。元々俺達は黄の国のハンプールって町に行く予定でした」
「ハンプール! 私も行こうとしていた町です。あそこからなら、青の国へ亡命しやすいと思ったので……もしかしたら、お二人がいらっしゃるかもしれません」
そうか、盗賊や過激派に捕まってなかったら、ハンプールにいる可能性が高いのか。
「そうですか。ではハンプールまでは一緒に行きましょう。その後は、正直こっちもどうなるか分からないので、お手伝いできる保証はないです」
あくまでも俺達の予定はバルデス商会の取り込みだ。もちろん二人を探すのは吝かではないが、それを最優先の確約は出来ない。
「いえ、十分です。助けていただいただけでも十分なのに、ハンプールまで送って頂けるなんて……」
「なら決まりだな。ハンプールまでの短い期間だけど、よろしく頼む」
「こちらこそ……出来ることなら何でもしますから、どうぞよろしくお願いいたします」
いつもなら何でもに反応したいところだけど、今はシャレにならない気がするのでスルーする。
「ん? 何でもやて?」
「えっ? ……ええ」
が、それをぶち壊すミサキ。思わぬ食いつきに、若干引くマチルダ。
俺はミサキの頭をはたいて立ち上がる。
「ちょっ!? 暴力はアカンて」
「そんなに痛くしてないだろう。ツッコミだよツッコミ」
「ああ、そんなら……って、ほなもっとツッコミらしいツッコミをかまさんかい!」
「……俺にはミサキのようなキレのあるツッコミは無理だよ。と、今日の所はこれで解散でいいかな? 俺は一旦城へ戻ろうと思うんだが……」
「えっ? 戻るんスか?」
「ああ、一晩だけな。食料や、お小遣いの補給と報告。あとちょっと疲れたから休みたい」
旅に出てから俺は夜は見張りか運転席での就寝が続いた。一応キャンピングカーはリビングも使えば最大七人は寝ることができるが、流石に女性四人の中に混じって、男一人は無理だった。
「今日の所は結界石を使って……何か問題があればすぐに連絡をくれ。一応、ホリンとスーラは置いていく」
一度使うと半日は外敵から身を守ることが出来る結界石。それに加えて、ホリンとスーラが居れば、俺が居なくても問題ないだろう。
「分かったっス。くれぐれもルーナ様によろしく言っておくっスよ!!」
リンは進退がかかってるからな。まぁもう無理だと思うけど。ただ下手にサクヤに来られても困るし、フォローはしておくか。
サクヤはな……別に悪いわけじゃない。メイドとしての実力は随一らしいし。ただ、遊撃隊でヘンリー側を調査していたから、リンやセツナと違い、あまり接点がなかった。
そして、これが問題なのだが、サクヤはルーナの直属の弟子的位置にいる。第一弟子がシャルティエで第二弟子がサクヤだ。
で、第一弟子のシャルティエがいつもふわーっとしてるんで、育て方を間違えたと反省したルーナは、サクヤに対してはガッツリと鍛えたそうだ。
その結果、サクヤはルーナの分身とも、第二のルーナとも呼ばれている。
ただし、シルキーの中では若い方に当たる。その為、いくらルーナの様に実力があろうと上に立つには早すぎると判断されている。
そんなサクヤがリンの代わりに来たら……今のまったり空間がなくなってしまう危険性がある。それだけは回避したい。
「分かった。ルーナにはリンはしっかり働いてるって言っておくよ」
俺は力一杯リンへ返事した。
「頼むっスよ!!」
「あ、シオンさん、私の部屋に入ってもいいので、水筒の水を補充してきてください」
はう! って言いながら、レンが水筒を突き出す。俺が結構貰ったから、空っぽになったんだろうな。
「分かった。第一に頼んで入れてもらうよ」
俺達の不在の時は、第一が毎日部屋の掃除をしている。彼女たちにお願いすれば、補充してくれるはずだ。やはり、本人の許可があっても、女性の部屋に入るのは気が引けるもんね。
「他に何かある奴はいるか?」
「ウチは特にないわ。欲しかったら自分で帰るし。あっでも美味いもの持ってきてな」
「私も特に必要ない」
「まぁ扉をくぐるだけだからな。いつでも帰れるか」
本来なら毎日帰ってもいいくらいだ。ただ……それをしたら旅ってイメージじゃなくなるから、皆なんとなく遠慮してしまうんだ。
だが、今日はそうもいかない。報告もあるし、物資の補充もある。そして何より今日は嫌なことが多かった。盗賊のこと、そして奴隷のこと。人の嫌な部分をこれでもかってくらい見せられた。だから今日は一人でゆっくりと休みたい。
というわけで俺はシクトリーナ城へ一旦帰った。




