第85話 町から出よう
リンからキャンピングカーが襲われた言われた。
「詳しく教えてくれ」
『シオン様が出ていかれた後、私はルーナ様へ連絡しました。それに関しては、後程じっくりと報告させて頂きます』
あ、うん。そこはあんまり強調しなくていいから。
『その連絡の途中でした。町からこちらに向かって数名の男がやって来ました。どうやら最初からこの車が目当てだったようですので、恐らく例の雇い主の命令でしょう』
「そいつらは何か言わなかったのか?」
『まずは私を車から降ろそうとしました。私はもちろん断りました。あ、この時点でルーナ様への連絡を一方的に切ったので、後でフォローをお願いします』
ちょっと!? 何しれっと爆弾発言してんの!? くそ、文句を言いたいが、俺が先にしたことなので何も言えない。
『男達は私が降りないとみると、実力行使で降ろそうとしました』
「で、車に触ったと」
『そういうことです。ちなみに無事だった男は、ホリンが一睨みすると腰を抜かして逃げていきました』
ホリンは車の上では寝ていて殆ど動かないから、見ようによってはただの飾りに見えるんだよな。
「なら今は外に出ても問題ないな」
『ええ、大丈夫ですが』
「ならさっきも言ったように、今から一人転移させる。リンは運転席から後ろへ移動して、彼女の世話をしてくれ。俺は三人と合流したらすぐに戻る」
『畏まりました』
俺はリンとの通話を終える。リンの方に人が行ってるなら三人の方にも行ってる可能性がある。
急いだ方がいいな。俺は転移結晶を取り出す。
「あ、あの……」
「待たせたな。今から送るから。着いたらリンってメイドがいるから、詳しく聞くといい」
俺は彼女の返事を待たずに転移結晶を発動させた。
転移先はキャンピングカーの中にしているので問題ない。
目の前の女性が突然消えたことに驚きを隠せない親父。
「旦那……あんた一体……」
「ま、俺のことは秘密で頼むわ。じゃあ俺も行くから。親父も稼ぎたかったら、もっと奴隷を丁寧に扱わないと、買い手が見つからないぞ。じゃあな!」
「えっちょっと!」
なおも呼び止めようとする親父を俺を無視して店を出た。
奴隷という商売は正直気に入らないが、ここで騒動を起こしても、全員を助けることは出来ない。
だからせめて奴隷商人が良くなることを願うしかない。俺は餞別にミサキの魔法結晶を入口に置いておく。魔力の補充が出来ないから、そんなに回数は使えないだろうが、これで少しでも改善してやって欲しい。
――――
「あっシオンだ」
「えっホンマや。おーい!」
店から出て大通りに出ると、アイラとミサキの声が聞こえた。
どうやって探そうかと考ええていたが、思いの外早く見つかってよかったと安堵する。
「こっちの用事は終わったが、そっちはどうだ?」
「うーん、正直微妙やな。全部前来たときよりも、商品が高うなっとる。やっぱ赤の国がのうなって、物がなくなってるみたいや」
それは仕方がないことだろう。ま、ここで得るものはもうないか。
「そっか。ならもういいか? リンの方が既に襲われたみたいで……だから、さっさと出て行きたい」
「襲われたって……大丈夫なん?」
「ああ、車の周りで倒れてるってよ」
「忠告無視して触ったんやな。……こっちは元々特に見たいものもなかったし、別にええですよ」
ミサキだけじゃなく、アイラもレンも特に問題はないようなので、俺たちは町を出ることにした。
――――
「……で、何でこんなところに来てるんや?」
俺達は門へと行かず、路地裏へとやって来た。
「だって絶対、門の前で待ち構えてるもん」
「シオンさん……いくらなんでも今のは笑えへんで」
「えっ? 何を言って……あっ! いや、別に意図した訳じゃ……んん、まぁいいとして、ここなら外から見えないし、転移するにはちょうどいい」
「ねぇミサキちゃん。笑えないってどういうこと?」
あっ、こらレン、わざわざほじくるな。
「あんな、シオンさんはさっきの言葉に門と語尾のもん。を掛けたんや。普段使わない言葉を使ってる癖に、スベったからって,意図せんやったなんて言い訳するんは男らしくないで」
「いやいや、本当に意図してなかったんだって! ってか、結構使ってるぞ?」
「いや、そこ強調されても……男がもん。って日頃使ってても可愛くないですよ?」
「あーもういい。さっさと帰るぞ!」
これ以上言い合いしても勝てるわけがない。さっさと帰ろう。
――――
「ただい……まぁぁあ!! ごめん!!」
俺達がキャンピングカーへ転移すると、ちょうど着替えていた所だった。
「うわっ。シオンさん、それはないわ。引くわー」
ミサキが俺から一歩離れる。あっ、レンも下がりやがった。
「いや、誤解だろ!! だって着替えてるとは思わないじゃないか!!」
「でもシオン様、さっき私に彼女を着替えさせろと言いましたよね? タイミングを見計らっていたのではないですか?」
まだメイドモードのリンがジト目で俺を見る。
「あっ。やっぱり確信犯なんや」
「いやいや、確かに言ったけど! でも普通そんなピンポイントにぶち当たるとは思わないだろ!」
「……シオン、いつもは転移前に連絡するのに、今回はなかった」
こらっアイラはそんな核心的なことを言わなくていい! ってか、さっきのもんの件で恥ずかしくて忘れていただけだ!
「うわー、確信犯的なラッキースケベを狙ってたんや。レン、ウチらも覗かれんように気をつけよな!」
「お風呂も気をつけた方が言いかなぁ?」
「くそ、お前ら好き勝手言いやがって……はぁ、俺が悪かったよ。これから気をつけるから許してくれ」
ここは俺が折れないと話が進まない。今は結構慌ただしいんだぞ?
「ホンマに気を付けてくださいね」
……ミサキも城の連中に染まってきてるな。最初の殊勝なミサキはどこへいった。
「分かったって。で、リン。状況は?」
「はい。変わっておりません。今は彼女……マチルダ様を着替えさせて落ち着かせるところでした」
そうか、彼女はマチルダって名前なのか。
「じゃあ追っ手が来ないように、急いでこの場を離れるか。ちょっと飛ばすから皆はちゃんと座っておけ。リンは助手席じゃなくてこっちにいてくれ」
「あ、じゃあウチが助手席に行くわ」
いや、別に来なくても……まぁいいか。
俺達はドアを開けて運転席と助手席へ向かう。
「うわっ危な! ミサキ、足下に気を付けろ」
車を降りたところに男が倒れていた。どうやら毒にやられた奴みたいだ。生きてはいるが、辛そうだ。
「えっ? あっ、言われんかったら踏むところやった。これ全員毒にやられてるん?」
「そうだろうな。何でこんなに被害が多いんだ?」
そこには一人二人じゃなく……五人も倒れていた。
張り紙があって、一人が倒れたのに、何で五人も倒れるんだ?
「まぁ自業自得だし気にしな……オッサン!!」
倒れている一人は、あの親切にしてくれた門番のオッサンだった。
「何でオッサンが倒れてるんだよ」
「いや……倒れている奴を……介抱しようとしたら……この様だ」
オッサンは苦しみながら俺への質問に答えてくれた。よかった。話せる程度には無事みたいだ。
「いや、この毒は二次感染はしないから、車に触らない限り毒に侵されないぞ?」
「ああ……こいつらを助けてくれと……お願いするときに……つい……触って……な」
実にオッサンらしい回答だ。
「オッサンは人が善すぎる。待ってな、今助けるから。……仕方ない。オッサンの頼みだ。ついでに他のやつも助けてやるよ」
本来なら助けてやる気はなかったが、この町の良心であるオッサンに頼まれたら仕方がない。
俺はこの辺りに毒の解除魔法を唱えた。ただ、速効性じゃなくゆっくりと治るようにした。すぐに治ったら、この倒れてるやつらが何するか分からないからな。
「よし、オッサン。もう大丈夫だ。多分一時間もすれば皆良くなるよ」
「……ああ、随分と楽になった。感謝する」
元はといえば俺の毒なのだから、感謝するのはお門違いな気もするが、まぁオッサンだしな。
「じゃあ俺達は予定通り旅を続けるから。何か言われたら出ていったと言ってくれ。あとこれ。かなり強力な薬だから、もし治らなかったら使ってくれ」
俺は余ってたエリクサーを一本オッサンの前に置く。
これで万が一の時も大丈夫だろう。
さてと、そろそろ気づかれるかも知れないから、急いで出発するか。
俺が車を走らせると、門から慌てて馬に乗ったやつらが出てきた。
だが、いくら飛ばしても無意味だ。ここは日本ではないので信号も障害物も何もない。
時速百キロ以上を出せる車に馬が追いつけるはずもなかった。




