第84話 キレイにしよう
個室に入って監視されてないのを確認すると、俺は鞄からエリクサーを取り出した。
「まずはこれを飲んでくれ」
まずは何より先に怪我を治さないといけない。女性は俺から渡された怪しい飲み物を、躊躇せず飲む。信用してくれているのか、俺がご主人様だからなのか……。
「……え?」
飲んだ瞬間、女性の身体から傷が癒えていく。腫れていた顔も、無くなった片目もすっかり元通りだ。……マジでエリクサーの効果はスゲーな。
「うん、やっぱり綺麗な顔じゃないか。全くひどいことをするもんだ」
そこには三十前後の傷ひとつない女性がいた。エルフやシルキー達のようにとてつもなく美人っていう訳ではなかったが、それでも人間としてどこにでもいる普通の女性だ。
決してあんな風に殴られたり、目を抉られたりしていい人ではない。いや、されていい人なんていてはいけないんだが……くそっ、あの盗賊達。今度会ったら、木に縛り付けるくらいじゃ許さない。
女性は痛みが引いたのか、身体中を確認してから手を顔に当てる。
「見える……治ってる?」
顔をペタペタと触り、痛みがないこと、目が本当に見えることを確認していた。
「見るか?」
俺は鞄から手鏡を取り出して、彼女の顔を写す。
「あぁ……ああああ!!」
彼女は自分の顔を確認すると泣き崩れた。座り込んで子供のように泣いている。もう治らないと思ってただろう顔がそこにある。……嬉しいよな。
「さっ、次はその汚れを落とさないと」
次に俺は青の魔法結晶を取り出した。この魔法結晶にはミサキの魔法が入っている。
旅に出ると風呂に入る機会が少なくなるし、服も毎日のように変えられない。
そこで体と服の汚れを一気に落とし、爽快になる魔法【キレイキレイ】が入っている。
俺がそれを使うと、巨大なシャボン玉が現れて彼女を包み込む。
「えっ? な、なにを……」
「大丈夫。大人しくしてな」
泣いていた彼女も突然のことに驚いて声を上げる。シャボン玉の中では水の中に入ったような感覚になるが、息は出来るし、濡れもしない。
シャボン玉は体や服に付いた汚れや垢を体から分離させる。汚れが完全に抜け出したら、シャボン玉が自動的に体から離れて割れる。割れた後は特に水浸しにもならない。本当に便利な魔法だ。
「その服……元は白かったんだ」
彼女が着ていた灰色のくすんだ服は、汚れがすっかり落ちて白くなっていた。
彼女自身も臭いや汚れはなくなって、さっぱりしていた。
しかし、そうなると元々汚れた薄着一枚しか着てないのが、綺麗になったせいで、若干透けてしまう。下着もないので、正直に言うと、とても目のやり場に困る。
「流石に手元に服までは持ってないし……すまないがこれを羽織ってくれ」
俺は自分のローブを彼女にかけてやる。
「あ、ありがとうございます」
色々ありすぎて実感がないのか、まだはっきりと頭が回っていないようだ。
「親父、いるか?」
俺は扉を開けて親父を呼ぶ。
「へい、終わりましたか?」
「ああ、ところで金は払うから、やっぱり服をくれないか?」
「それくらいは構いませ……ん……が……。旦那……あの方は?」
親父がすっかり変わった彼女を見て驚く。
「何言ってるんだ? さっき買った奴隷じゃないか」
それ以外ありえないはずだが、親父は俺の言葉に反論する。
「ちょっと!! 何言ってるはこっちの台詞ですよ!! はぁ!? この人のどこがさっきの女なんですか!?」
「どこがって……傷を治して、綺麗にしたらこうなったぞ」
「傷をって……抉られていた左目まであるじゃないですか! 旦那……一体何をしたんで?」
「ちょっとした薬をな。それより服が欲しいんだが」
「ああもう! はいはい畏まりましたよ」
俺が説明をする気がないのに気づいて、親父は服を取りに行く。
やっぱり、エリクサーの話は出来ないよな。親父はすぐに何着か持ってやってきた。
「奴隷に着せるものですので、こんなものしかありませんが……」
どれも薄汚れているが、今のよりは随分とマシだ。
俺は一着を拝借して、さっき同様魔法結晶で汚れを落とす。
「だ、旦那……それは一体」
「汚れを落とす魔法が入った魔法結晶だ。あると便利だぞ。ほれ、これに着替えて来い」
俺は汚れを落とした服を彼女に渡した。彼女は素直に受け取り奥へと引っ込む。
「旦那、この魔道具アテに売ってもらえませんか?」
「……お前、さっき魔法結晶の買取しないって言ってたじゃないか」
「いや、だって……そんなにいい物とは思わないですやん」
ですやんてお前……。
「ま、これは流石に売る気はないが……」
「そんな……じゃあこの服を無料で差し上げますんで、せめてもう一回使ってもらえないでしょうか?」
「まぁもう一回くらいならいいけど。この服をキレイにすればいいのか? それとも別のを?」
「出来れば、奴隷たちを……この牢の奴らだけでも、お願いできないでしょうか?」
「この牢の奴隷達を?」
「ええ、いつもキレイにしてやりたいとは思ってるんやけど、アテ一人しかいないんで、手が回らんのですよ」
ああ、一応キレイにする気はあるのか。まぁそれくらいなら別に構わないか。
「じゃあ一つだけ条件を入れてもいいか?」
「何でしょう?」
「例えどんな奴に何を聞かれても、俺はここで誰も買わなかった。いいね?」
多分俺が帰った後、見張りが確かめに来るだろう。その時に彼女を買ったことが分かると、アジトで例の袋を手に入れたことがバレるだろう。
開き直って手に入れたことをバラしてもいいんだろうが、それはそれで面倒になりそうだ。やっぱり出来るだけ知らないで通したい。
「まぁ普通は客の情報は他人には話さんからええですけど……」
「じゃあ交渉成立な。そうだ! 流石に部位欠損は治せないけど、ある程度の傷と病気はついでに治してやるからな」
「ホンマですか!?」
「それくらいなら別に手間じゃないしな。あっだったらもう一つ願い聞いてくれるか?」
「何でしょう?」
「彼女の奴隷契約を解除してくれ」
「えっ? その……せっかく買ったのにいいんでっか?」
「ああ、元々話を聞きたかっただけだから。用が終わったら解放するつもりだったし」
「まぁそれくらいならアテも損はしませんし構いませんが」
「よし、交渉成立だな」
俺はまずオレンジの魔法結晶を取り出す。ヒカリの魔法が入っていて、これには怪我と体力を治す効果がある。まぁ流石にエリクサーのように部位欠損までは治らないが、それ以外の怪我なら大丈夫だ。
で、病気の方は、俺の魔法で打ち消してやればいい。過去にエイミーの母親に渡した薬のように、体の異変を取り除き、正常にする魔法を唱える。
最後にさっきの青の魔法結晶だ。牢全体をシャボン玉で覆って、奴隷達と牢、全ての汚れがなくなっていく。
「よし、これでキレイになったな」
俺は満足して頷く。ってか、牢の方が外よりもキレイになってしまった。牢の汚れや異臭はすっかりなくなって、奴隷達も腕など欠損は治らなかったものの、怪我や病気、汚れや体の不快感もなくなってスッキリしているだろう。
「あの……これだけしてもらって、ホンマに奴隷の解放だけでええんですか?」
「ああ、そんなに手も掛かってないし。それよりもくれぐれも約束は破らないように」
「ええ、分かってます。誰が来ても旦那の事は何も言いません」
そうは言ってくれるが……念のため【毒の契約】をこそっと唱えておく。俺の事を喋ろうとすると、俺はここで何も買わなかった。何もしなかった。俺の事に関してはそれしか言えない呪いだ。
これくらいなら問題ないだろう。
「あ、あの…」
後ろから彼女が声を掛ける。
どうやら俺が牢をキレイにしている間に着替え終わったようだ。
「うん、似合ってる。じゃあ次は奴隷契約の解除だな」
「えっ?」
彼女は着替えに行ってて、俺と親父の会話は聞いてなかったようだ。
「ああ、後で詳しい話は聞かせてもらうから、しばらくは一緒にいてもらうが、別に奴隷にしたいわけじゃないから契約は解除する」
「で、でも私まだ何も……こんなに良くしてもらったのに」
「別に奴隷じゃなくても、後で返してもらうから」
ってか奴隷のままだったら、うるさいのが近くに大勢いるからな。
それでも彼女は納得がいかない顔をしていたが、親父に頼んで半ば無理やり契約解除してもらった。
「よし、これで一応自由だが、しばらくは一緒に行動してもらう」
「は、はい、よろしくお願いします」
彼女も混乱から少し回復したのか、奴隷から解放されて嬉しいのか笑顔で答えてくれる。うん、やはり女性は笑顔が一番だな。
「でだ、俺はまだやることがあるから、先に行ってて欲しいんだ」
「えーと、どこに行けばいいんでしょうか?」
「ああ、それは心配しなくても、今から送るから大丈夫。で、そこにはリンって女の子がいるから、彼女の言うことを聞いて、大人しく待っててほしい。多分そんなに時間は掛からずに俺も行くから」
「はぁ」
あまり納得してない様子だ。まぁこの説明だけじゃ意味が分からないだろうからな。
「ちょっと待ってろ」
そう言って俺はケータイを取り出してリンに連絡する。
『……なんスか?』
うわぁものすごく機嫌が悪い。
「どうした? 元気ないじゃないか」
『どうしたじゃないっスよ! 私がどれだけルーナ様に怒られたと思ってるんスか!!』
「あー、その話は後でな。それよりも大事な話がある。メイドの仕事だ」
『どうされましたか?』
切り替え早っ! しかもスじゃない完璧なメイドモードだ。普段からは想像も出来ないが、リンもちゃんとルーナが鍛えたメイドってとこか。
「まず、例の人を回収した。そっちに送るから食事と着替えをさせてくれ」
元気にはなったが、多分ろくな食事はとってないだろうから、まずは食事を取らせて、服ももっといいのに変えてやった方がいいだろう。
『畏まりました』
「そっちはどうだ? 誰か来たか?」
『すでに何名か毒の被害にあって、そこら中で倒れてます』
「……はっ?」
どうやらリンの方も結構大変そうだ。




