第83話 奴隷を買おう
町へ入ると、ここまで俺達を連れてきた男は離れていった。おそらく雇い主の所に行ったのだろう。勿論それ以外の男達は見張りとして残っている。だが、そいつらは特に何もしかけてこない。話しかけすらしない。俺達を遠巻きに監視するだけのようだ。だったら、何も気にすることはないか。
町は意外と小綺麗にしていた。もっと寂れているイメージだったけど。
ミサキが言うような治安の悪そうな感じはない。
「ミサキ、見た目は悪くなさそうだけど?」
「せやな。ウチもそう思うわ。やけど、一本路地に入ってみ。すぐに襲われるで」
どうやら表通りはしっかりしているようだが、裏通りの治安は悪いようだ。
「あと、ここは関税が高いんや。商人としては割に合わん場所や」
どうやらこの町から持ち出すときの税金がかなり高いらしく、他所に持ち出すなら利益が殆どないらしい。関税か。交易するとなったらそういうことも考えないと駄目なのかな?
「なら、仕入れは止めて、簡単に相場を見てから帰るか」
食材とかいくらくらいで販売しているのか。リサーチだけで買う必要はないかな。
あ、あと奴隷を売ってる場所に行かないと。
「ねぇちょっと」
俺は門番の男に話しかける。
「ん? なんだ?」
「この町で奴隷が売られている店ってどこにある?」
「はぁ!? 奴隷だ?」
俺の言葉は予想外だったようだ。
「ん? 何か問題が?」
「いや、こんな美人をはべらかして、奴隷はないだろうと思ってな」
確かにアイラを見たらそう思っても仕方がないか。それにミサキとレンも少し幼い印象はあるが、それでも可愛らしい顔立ちはしている。
「ちょっと労働力が欲しいだけだ。雇うより奴隷を買った方が何かと便利だろう?」
「ああ、そういうことか。俺はてっきり……まぁそういう目的なら、すぐそこを入った所に娼館があるからそこにしときな」
あっ娼館はあるのか。娼館はシクトリーナ城下町に作ろうか迷ったけど、女性陣の目が怖かったから止めたんだよな。でも、城下町も男性が多いから、そういった施設も考えないといけないとは思うんだ。
もちろん女性に無理やりそういう仕事をさせるつもりはない。ただ、カミラからサキュバスがそういう仕事を探しているって聞いていたから、じゃあと思ったのだが……。と何の話だったっけ?
「で、奴隷だったな。この町に奴隷商人は二店ある。一つはここをまっすぐ進みな。趣味の悪い店がある。労働力を手に入れるならこっちの方だな。もう一つは、そこの通りを抜けたスラムの奥にある。こっちは盗賊どもも出入りしているらしく、あまり質も良くないから、労働には向いてないと思うぞ」
ってことは、もし売られているなら間違いなく後者の方か。
「そうだな……。あまり予算もないし、一応念のため両方見てみるわ」
そういえば奴隷の相場っていくらだ? 手持ちの金額で足りるかなぁ?
「おう、それから路地裏には気をつけろ。質の悪い奴等がいるから。ま、近くで襲われたら俺が助けてやるよ」
「オッサン、あんたいい人だな」
俺みたいな得体のしれない奴相手にも親切に対応してくれる。見た目は少し厳ついけど根はやさしいオッサンだ。
「よせやい。あ、それから奴隷に関しても、この町から出るときに関税を取るから、娼館で無駄遣いして無一文にはなるなよ」
「ははっ気を付けるよ。ありがとなオッサン」
俺は門番に礼を言って離れた。この門番のオッサンはいい人だったから、このオッサンには迷惑はかけないようにしよう。
――――
「じゃあ俺は奴隷の店に行ってくるけど、三人はどうする?」
正直奴隷の店なんて面白くも何ともないだろう。というか、三人に見せたくない。
「流石に奴隷を売ってる店は見たないな。……ウチら三人は予定通り市場調査をしよか」
一応市場調査する予定だったし、見張りのことも考えると、ちゃんとやった方が良いだろう。
「三人で大丈夫か?」
問題は俺が離れたことで、襲われないかだ。
「平気。私が二人を守る」
アイラが自信満々に答えるが、なんでこの娘はこんなにも自信満々なんでしょうね。貴女が一番狙われてるの分かってますか?
「……スーラ。三人と一緒に行ってくれ」
《分かったの!》
まぁスーラがいれば安心だろう。
スーラはピョンとミサキの肩へ乗る。
「おっウチの所へ来てくれるんか? へへ、実はスーラさんを肩へ乗せるのに、ちょっと憧れてたんや。おうおう、ぷにぷにしてて可愛いなぁ」
「はう! ミサキちゃんいいなぁ」
「……何故私じゃない?」
おお、スーラは人気者だな。恐らくスーラがミサキを選んだのは、単純に三人の中ではリーダー的存在だからだろう。アイラは常識知らずだし、レンは天然すぎる。常識人のミサキになるのは当然だ。
――――
俺達が二手に別れたことで、見張っていた男達も半分に分かれたようだ。でも俺が一人になって、路地裏へと行っても何もしてこない。おそらく三人の方にも何もしないだろう。俺は気にせず奴隷市場へと向かった。
最初に向かったのは勿論スラム街の怪しい方だ。
ミサキが言ったように、スラム街では何度か絡まれたが、俺が何もしなくても【自動盾】で勝手に自滅していく。毒はマヒ毒にしているため、しびれて動けないだけだ。死ぬことはないが、おそらく丸一日は痺れが取れないだろう。
「ここがその店か……」
目の前には、いかにもやばげな雰囲気漂う店があった。
まぁ入ってみれば分かるか。
扉を開けて足を踏み入れると……うわっ盗賊のアジトに負けないくらいの異臭だ。
きっと奴隷は体も洗わせて貰えないのだろう。全く……本当に売る気があるのか?
「おや? 初めて見る顔ですな。客人。貴方はここが何の店か分かって来てるんでしょうな?」
扉の開く音でも聞きつけたのか、奥から、いかにもな中年の太った親父が顔を出す。
「奴隷だろ? ちょっと見せてもらいたいんだが……」
「へいへい。予算は如何ほどで?」
そっか、金がいるんだった。今俺の手元にはお小遣いで貰った五万Gしかない。……いくら掛かるのかな?
「それが初めてなもんで、相場が分からないんだ。大体いくらくらいするんだ?」
この言い方はちょっとマズかったかな? 足元見られて、ぼったくられたらどうしよう?
「ウチで今一番安いので一万から。高いのは五十万ですな」
五十万か……思ったよりは金額が低い。ぼったくられる心配はないのかな?まぁどちらにしても、今は手持ちがない。
あっでも魔石はどうだろ? 換金できないかな?
「今は手持ちが五万しかない。その代わり魔石や魔力結晶ならあるけど、これは換金できないか?」
「すいませんが、ウチは買い取りはしないんでね」
「そっか……。ならとりあえず五万までの中を見せてもらえるか?」
盗賊が売った人間だとしたら、最高額の五十万ってことはないだろう。
「ではこちらへ……」
俺は親父に連れられて中へと入っていく。
「五万ならどんなのがいるんだ?」
「そうですな。一万から三万が、どこかしら欠けた欠陥品、五万から十万が体の弱い者、そこから三十万くらいまでが何とか働ける者、五十万以上で、見た目もいい者がおりますな。今はこの店にはいませんが、百万くらいで若くて働ける者が多いでしょうな」
やっぱり結構な値段がするんだな。……いや、手持ちがないからそんな気がするが、こっちの世界は日本と相場はあまり変わらない。むしろそんな金額で人が買える方がおかしい。そしてこれがシルキーやエルフだったりしたら……。
「種族で変わったりするのか?」
「勿論ですよ。獣人やドワーフは人間よりも体力があります。人間の若い女性よりは安いですが、それでも人間の男よりは長持ちしますし、重宝します。獣人の女性も需要はありますしね。エルフや魔族は滅多に見かけることはありませんが、もし手に入るのなら百万どころの騒ぎじゃないでしょう」
俺が振った話題だし、理屈は分かるが、まったく腹立たしい話だ。もしこの男にアイラを見せたら……百万どころじゃないんだろうな。
「着きました。ここが一万から十万の部屋です」
目の前には大きめの牢の中に鎖に繋がれている人達が大勢いた。これが商品? 犯罪者よりひどい扱いじゃないか!
牢の中は、片腕や片足のない者、片目が潰れている者、明らかに何かの病気にかかっている者しかいない。
本当に生きているのが不思議なくらい。……いや、死んだも同然だろう。
「どうです?」
何がどうだと言うんだろう? この光景を見せられて買うやつはいるとでも思うのか?
「ちょっと確認したいことがあるんだが、近づいてもいいか?」
「ええ、でもあまり近づきすぎると、汚れてしまうかもしれませんよ?」
そう言うなら掃除くらいしろと言いたい。病気持ちは、間違いなくこの環境が原因だろうからな。少し綺麗にするだけでも、購入意欲はかなり変わると思うぞ。
俺は牢に近づき、鞄の中から例の家紋付きの袋を取り出した。
「これに見覚えのあるやつはいるか?」
反応がない。ってか殆どの者が全く興味がないのかこちらを見もしない。
「あ……あああ……」
その中で、劇的に一人だけ反応した人がいた。
片目を失っていた女性だ。何かを話したいんだろうが、言葉にならないみたいだ。遠くで震えながらも必死に手を伸ばす。
「彼女は?」
「ああ、少し前に盗賊から卸された女性ですね。盗賊達に散々弄ばれたんでしょう。ここに来た時点で、あのように片眼を失って……正直、辛うじて女性だと分かるレベルでした」
本当に胸くそが悪くなる話だが、彼女で間違いないだろう。何か知っている可能性もあるな。
「彼女はいくらだ?」
「へっ? 買っていただけるので?」
親父もまさか俺が買うって言うとは思ってなかったんだろう。すごい間抜け面を晒している。
「ああ、安いなら買おうと思ったんだが……」
足元は見られたくないので、少しだけ交渉してみる。
「本来なら五万と言いたいところですが、このままなら売られずに死ぬだけでしょうし……三……いや、二万。着替えや洗浄込みで、三万でどうでしょう?」
「いや、時間もないし、このままでいいから二万にしてくれ。あとはこっちで何とかする」
「そうですか? 分かりました」
親父は少し残念そうにしながらも牢から女性を出す。女性も大人しく出てきた。
「おい、この人が今日から貴様の主人だ。挨拶しろ」
「あ……よ、よろしく……おねがいします」
その女性は片目がないだけでなく、顔も元の原型が分からないくらい腫れている。多分殴られて骨が折れているんだろう。そんな状態だ。きっと口を開けるだけでも痛くて辛いだろう。
体の方も、全身傷だらけで無事なところがない。
一刻も早く元気にしてあげないと。
「旦那は奴隷のシステムをご存じで?」
速く怪我を治してあげたいが、これはちゃんと聞いておいた方が良さそうな話だ。
「いや、何かあるのか?」
親父の説明によると、奴隷は首輪で管理されていて、主人に刃向かうと首輪が締まって逆らえないようになるらしい。また主人は自由に首輪を締めることが出来る。躾けるのに使うらしい。
首輪は奴隷商人にしか、外すことも付けることも出来ない。購入した主人にも外すことが出来ない呪われた魔道具だ。この首輪を外して、奴隷から解放するには奴隷商人に購入時の十倍の値段を払って外してもらう必要がある。奴隷は十倍の金額分働いて、自由を勝ち取る夢を見るそうだ。
そして犯罪奴隷は解放することができない。
出来れば解放してあげたいけど、十倍ってことは二十万の金が必要。今はその金がない。まぁ呪いらしいから、もしかしたら俺の魔法で外すことが出来るかもしれない。それにエキドナに相談すれば、奴隷商人を紹介してもらえるかもしれない。人間だけじゃなく、魔族にも奴隷商人はいそうだもんな。だから今はこのままで我慢してもらおう。
「うーん、でも流石にこのまま外に出るのはマズいよな。すまないが、小部屋を貸してくれないか? 魔法で洗浄してやりたい」
「あっ旦那は洗浄の魔法が使えるんで? そりゃあわざわざ金を払う必要もないですな。いいですよ。そこに個室があるから好きに使ってください」
よし、まずは怪我を治すとするか!




