第82話 町へ行こう
「だから、町には行かないって言ってるじゃないっスか!」
「うるさい! いいから来いと言ってるのが分からんのか!」
「分かるわけないじゃないっスか! 何でわざわざ私らが行く必要があるんスか」
「そんなのは知らん! 我々も命令を受けているだけだ」
「じゃあ一旦戻って、ちゃんと理由を聞いてくるっスよ!」
「そう言って、俺達が帰ったら逃げる気だろうが!」
「当たり前じゃないっスか!」
「だったら帰るわけには行かない。ほら一緒について来てもらおう」
「だーかーらー」
しばらく聞いてると、話がループし出した。どうやらずっとこの調子のようだ。
すぐに出ていってもいいけどその前に……。
「ホリン、聞こえるか?」
《マスター!? 聞こえてます》
ホリンが車の上で顔をキョロキョロと動かす。
「あ、反応はするな。まだ悟られたくない」
その言葉にホリンは先程と同じように、寝ている姿勢をとる。
「んで、少し話を聞いていたが、あいつらは町の奴等か?」
《ええ、どうやら町の権力者に雇われた傭兵のようです。どうもその権力者に、我々を連れてこいと言われたみたいで、ずっとあんな感じです》
うーん、間違いなく面倒事だろう。正直行きたくはない。が、コイツらは命令に従ってるだけだから殺したくはない。
まぁ面倒になれば逃げればいいか。それにこの家紋も気になるし、ついでに情報を仕入れておきたい。
「おい、リンこの騒ぎはなんだ?」
俺は今帰ってきて、何も知らない風を装う。
「シオン様! 帰ってきたんスか!?」
言い争いをしていたリンの顔が和らぐ。戦闘ならともかく、普段はメイドだから、言い争いは慣れてないだろう。明らかに安心した表情を浮かべる。
「なんだ? 仲間がいたのか。何処へ行ってた?」
男は俺の方を見て値踏みする。どうせ頼り無さそうな男とでも思われてるのだろう。
「ああ、この奥に盗賊のアジトがあるって情報を得たから行ってみたんだが、アジトは空っぽ、金目のものはないと来たもんだ。とんだ無駄足だった」
「何もなかった?」
男が訝しんでこちらを見る。
「ああ、あったのは空の酒瓶だけ。先を越されたのか、逃げられたのか……元々何もなかったのかは分からんけどね。で、おたくらは?」
「俺達はこの先にある町から来た。とある人がお前らを連れてこいと言っている。ついて来てもらえるな?」
「そのとある人とは?」
「行けば分かる」
町に行ったこともないのに、分かるわけないだろ!
「うーん、一応急ぐ旅だからな。ただでさえ、たった今無駄足をくらったんだ。出来れば勘弁して欲しいのだけど」
「そうもいかん。俺達の仕事は何が何でも連れてこいと言われてるのでな」
「無理矢理でも?」
「そうだ。だが、出来るだけ手荒な真似はしたくない」
へー、力づくでもって言ったら反撃しようと思ったんだけど。
「まぁ本来なら行きたくはないが、戦利品がないから町で仕入れをしたいところではある。こう見えても俺達は商人でな。だから、町までは行ってやる。そこで俺達は自分達の仕事をするから、どうしても話したければ、お前を雇ったやつが、直接町中まで出てこいと言っておけ」
「なっ無礼な!」
「無礼も何も、知らないやつにホイホイついて行く馬鹿ではないんでな。それにこっちは無理に町に行く必要はないから、この条件が飲めないなら、交渉決裂だ。これでも急ぐ旅だからな。俺達はさっさと先へ行く」
「……分かった。それでいい」
えっ? こっちから提示した条件だけど本当にいいの?
「おい! でもそれじゃあ……」
別の男が割って入る。
「とりあえず、町までは行ってくれるんだ。その後はまた交渉すればいい。お前は先に帰って状況を知らせてくれ」
「……了解」
隣の男は渋々従う。馬に乗ってさっさと先へ帰って行った。
「それじゃあ早速町へと行きたいのだが」
「ああ、ちゃんとついて行くよ。リン、運転を任せる」
一応何かあった時のために、両手は使えるようにしたい。運転はリンに任せることにした。
俺は助手席に乗り込む。リンはすでに運転席に移動していた。
リンは俺が乗り込むのを確認してからエンジンをかけた。
男達はエンジン音に驚きを見せるが特に何もしてこない。
「……準備はいいのか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
俺の言葉に男達が進み出す。
「よかったんスか?」
「ああ、リンはおかしいと思わないか?」
「おかしいと言えば、全てがおかしいと思うっスけど」
「だよなぁ。まず、何故俺達の存在を知っているのか?」
「そうっスね。ただ珍しいから招待するって感じじゃないっス」
「まず大前提として、俺達を知っているのがおかしい。しかもここには居ない奴が命令している。これはもう、その命令した奴は、明らかに盗賊達とグルだろう」
「でも、あの盗賊はシオン様の魔法で話せないんじゃないっスか?」
「だから俺の存在を知らなかっただろう?」
「そういえばシオン様を見て仲間がいたのかって言ってたっス」
俺の存在がバレていたらあんな言い方はしない。
「恐らく盗賊どもは、負けてアジトの場所がバレたとだけ言ったんだろう」
それなら俺のことを話したわけじゃないので禁則にはならない。
で、実際にアジトの近くに来てみるといかにも怪しげな乗り物が止まっていたと。
「でもそれにしては早くないスか? そんなにすぐ盗賊は助かったんスかね?」
確かにそうだ。俺達は盗賊から話を聞いた後、直接ここに来た。俺が探索してここに戻ってくるまで、多少時間が掛かったけど、あのあとすぐに助けられない限り無理だ。
「もしかしたら、あの盗賊は獲物を待ってたんじゃなく、あそこで待ち合わせをしていたんじゃないのか? そこにたまたま俺達が通り掛かったらからついでに襲おうと思った。てのはどうかな?」
さっきも疑問に思ったけど、あの町の人間を獲物にするんなら、待ち伏せする場所が微妙におかしい。
「じゃあ、あの人達の雇い主があそこに現れて、事情を聞いたと。で、アジトにいる奴を捕まえてこいと言って、アジトまで来たら私らが居たって訳っスか?」
「雇い主本人が行ったかどうかは分からないが、そんなところじゃないか?」
「じゃあ相手の目的は盗賊の宝か復讐のどちらかっスね?」
「復讐の線はないだろう。あるとすれば宝の方だ」
「だからシオン様はアジトが空っぽだったと言ったんスね」
「ああ、多分信じてないとは思うが、実際に俺が手ぶらなのは見ているからな」
「で、本当に何もなかったんスか?」
「そんなわけないだろ。まぁ少なかったのは事実だけど。全部城の倉庫に転移させたよ。で、恐らく敵の狙いはこれだ」
俺は先ほど見つけた家紋入りの袋を見せた。
「これだけ他のと違って隠されていた」
一応見つけた時の経緯を簡単に説明する。
「一体なんなんスかね」
「うーん、調べてみないことには……。余程の値打ちがあるのか、何か秘密があるのか」
とりあえず、持ち主が生きてれば、アジトにいなかったから奴隷になってるだろう。となれば可能性が高いのはあの町だ。もしあの町に持ち主がいなかったら、この件はすっぱりと諦めよう。
「そうだ。レン!」
俺は後ろにいるレンに声をかけた。
「はう! 何ですか? シオンさん」
「あの長老の所のポーション……ってかエリクサーを少し分けてくれないか?」
「エリクサーってあの朝露の泉ですか?」
「そうそれ。もしかしたら必要になるかもしれん」
あれは部位欠損すら回復できる薬だ。もし盗賊が酷い仕打ちをされた後だったら……。
「いいですよ。一回分でいいですか?」
「どうだろう? 出来れば三回分くらいでお願いできるか?」
一応一人とは限らないから、多目がいいだろう。
「分かりました。じゃあポーションの瓶に入れて準備しておきます」
レンはこのエリクサーを単純に疲れがとれる水くらいにしか思ってなく、普段は水筒に入れて持ち運びしている。
貴重なのに! と思わなくもないが、これはレンが手に入れたものだから好きにさせている。
レンは自室に業務用サイズのウォーターサーバーを準備して、そこから水筒に入れている。
無くなったらエルフの村へ行ったときに補充をしているようだ。
こういったエリクサーみたいな薬は、ちゃんとした容器に入れないと効果がなくなりそうに思うのだが、元々泉の水を汲んでるから、何もしなくても数ヵ月は持つようだ。
「あと、厄介事に巻き込まれそうだから、二人は一旦帰った方がいいかもしれない」
「そんな! ウチらだって自分の身くらいは守れますよ。なぁレン」
「うん、シオンさん。私達も役に立ちたいです」
二人はそう言うが……。
「心配ない。二人は私が守る」
いや、アイラさん? ドヤ顔で言われても、多分エルフってことで、貴女が一番狙われる可能性が高いんですよ? だから必然的に貴女の側が一番危険なんですが?
「アイラ……」
「はぅアイラちゃん……」
二人がなんか感極まってるんですけど? この三人は城に住み始めた時期が一緒だから、大体いつも一緒に行動させている。ルーナの修行の時も、修行内容は違うけど、一緒にやっている。その為、すごく仲がいい。
三人が完全に自分達の世界に入っちゃったので、それをぶち壊すことは、もう俺には出来ない。
まぁいいか。俺がしっかりしていれば問題ないだろう。
――――
小一時間ほどして俺達は町へと到着した。
「ここで少し待ってくれ。手続きをしてくる」
「ちょっと待て!」
俺は門へと向かう男を呼び止めた。
「なんだ?」
「町の中には、安全にこいつを止める場所はあるのか?」
この世界に駐車場などあるはずがない。
「……難しいだろうな」
「ならこれはここに置いていくか。別にいいだろ?」
「構わんが……何があっても責任は取らんぞ」
男が意味深な笑みを浮かべる。まぁ確かに何もせずに置いていたら間違いなく盗難にあうだろう。
「その辺は心配要らない。とりあえずリンは留守番な」
「……仕方ないっス」
本来はリンを連れていきたいが、今回は後ろの三人が張り切ってるので、三人を連れていくしかない。キャンピングカーには毒の魔法を仕掛けてあるから、何もないとは思うが、万が一の為にも一人は残しておきたかった。
「じゃあ三人とも、一旦降りるぞ」
俺は三人と一緒に車を降りる。
三人は今まで顔を見せてなかったので男が驚く。
「まだ居たのか。しかもエルフとは……」
特徴のある耳と人間離れしたような整った顔。やはりエルフは目立つようだ。
今後のことも考えると、町に入るたびに目立つことになる。やっぱり対策を考えないと駄目だな。とりあえず耳だけは絶対に隠さないといけないから……帽子でも被せればいいか? それにしても……冒険者にもエルフはいるのに、そんなに珍しいのかな?
「これで全員だよ」
俺はそう言いながら車の後方に行く。
「さて、これを貼って……」
俺は車に張り紙を貼る。
『これは鉄で出来た荷車です。持ち主以外が許可なく触ると、接触した部分から毒に侵されます。毒は少しずつ体中を浸食し、三日後に死にます。毒に侵された方は自己責任です。当方一切責任を持ちません。くれぐれも近づかないようにしましょう』
うん、我ながら胡散臭い。
「……ふん、そんな誤魔化しで安全だとでも言うつもりか?」
男が鼻で笑う。毒などないと思ってるのだろう。まぁ俺が毒魔法の使い手だと知らないから仕方ないか。
「別に誤魔化してるわけじゃないさ。でも、これで例えこれに近づいた奴がどんな目に遭っても、近づいた方が悪いと言えるからな。俺達が責任をとる必要がない」
たとえ毒に侵されても、解毒をしてやる必要もないってことだ。その為の予防線だ。
それに元々留守番でリンと屋根にはホリンがいる。何も出来ないのは分かっている。
「リン、悪いけど俺達が居ない間にルーナに連絡しといてくれ」
「あっ、そうっスね。分かったっス。連絡しとくっス」
「じゃあよろしく。……あっそうそう。さっきルーナから電話があって、俺達が数日遊んでたのがバレてるから」
「え゛っ?」
「あと、さっきルーナが怒ってる途中で、通話を一方的に切ったから」
「はっ??」
「さっきから何回か着信があるけど、全部無視してるから。じゃあよろしく」
俺はリンに止められる前に急いで離脱する。
「ちょ……ちょっと待つっスーー!!」
俺の背後からリンの叫び声が響き渡った。……頑張れリン。
――――
「流石にさっきのはアカンのとちゃいます?」
さっきのとはリンを置いてきたことか?
「はぅぅ。リンさん可哀想でしたよ」
「えー、じゃあ二人が残るか? ルーナに連絡つきで」
「いや、連絡はシオンさんがすればええでしょ!」
「いや、落ち着いたらするよ。でも今は……ねぇ?」
今も男達がこちらを窺っている。この会話もかなり抑えて話してるのだ。
今は町へ入るための申請中だ。
申請は勝手にやってくれるみたいなので俺達は待つだけだ。
普通町に入るのには身分証の提示が必要の筈だ。それを無視して入れるのだから寧ろラッキーなのかもしれない。
「それで、滞在期間はどのくらいで?」
「今日中には出ていくよ」
門番の言葉に誰よりも早く答える。
「おい、勝手に決めるな!」
「はぁ? なに言ってるんだ? 約束は町までは一緒に行くだっただろう。俺達は急いでるからな。用事を済ませたらさっさと出ていくぞ」
「そんな勝手が……」
「あ、そう。なら町に入らないでこのまま旅に戻るだけだ。さ、帰ろうか」
俺は三人に声をかけて車に戻ろうとする。
そこを取り囲む男達。
「そこを退いてくれないと帰れないが……」
「ふん、通りたければ無理矢理にでも通るんだな」
明らかに下っぱ風の男が言う。
「あっ無理矢理でいいんだ。じゃあ遠慮なく」
「ちょっと待て! 分かった、ひとまず町の中に入るだけでいい。一緒に入ってくれ」
俺が無理矢理帰ろうとすると男が止めに入る。やっぱりコイツが一番偉いみたいだな。しかし、何でコイツはこんなにも俺達に下手なんだ?
「いいのか? 用事を済ませたら本当に帰るからな」
「……それまでにこちらも雇い主を説得する」
本当に町中に連れてくる気だろうか? それとも町の中に入れば逃げられないとでも思ってるのだろうか? だとしたら甘いと言わざるを得ないが。
「まぁそれならいいだろう」
こうして俺達は町の中へ入った。




