日常編 スミレの秘密
「今日は私のことを話そうと思うの。多分シオンのこれからに関係ある話だと思う」
いつも通り、エルフと交流会を終えて帰ろうとすると、スミレに呼び止められた。
今はスミレの家で二人で向かい合っている。
「関係あること? 一体何なんだ?」
「私のこの世界での役割と、この世界の未来のこと」
「は?」
役割? 未来? 何を言ってるんだ?
「私は……他の人達と違う方法で、地球からこのカラーズへ来たの」
違う方法? ゲートを使ったんじゃないのか?
「……どういうことだ?」
「私はね。召喚されたの」
「はぁ! 召喚!? 誰に?」
いきなり突拍子もない話に、俺はひどく動揺する。
「分からないわ。だけどこっちへ来る前に声を聞いたの。『この大地を。色の失われた大地を再生してくれ』って」
「色の失われた大地……ロストカラーズ?」
「そう。おそらく私はロストカラーズを再生するために、ここに召喚されたの」
驚きすぎて声も出ない。
「シオンはロストカラーズを再生させる方法を知ってる?」
そんなの知る訳ない。
「いや? 死の大地ってことくらいしか知らない。あっでも、行こうと思えば、いつでも行けるぞ」
城にある転移扉を使えば一発だ。
「はぁ!? なんで!! だって、ロストカラーズは何処にあるかも分からないのよ!」
俺の言葉に今度はスミレが驚く。そりゃあ幻の大地に行けるって言われたらなぁ。
「何でって、俺達の城――シクトリーナにロストカラーズの転移扉があるから」
「なんてこと……それって、いつからあるの?」
「さぁ? 俺達が来る随分前みたいだけど……」
シエラが魔王になったのが五百年前。あの城はその前後に建てられただろう。ロストカラーズの転移扉は戯れのランダム転移で見つけたって言ってたから、魔王としてゆとりが出来てからに違いない。
「多分その転移扉が出来たから、私が召喚されたんだわ」
「待てっ! ちょっと意味が分からない。一から説明してくれ」
一体スミレとロストカラーズ。それから転移扉にどんな関係があるのか……。
「私がこの世界に来たときに聞いた声は、今説明したわよね」
「ああ、失われた大地を再生……だっけ?」
「ええ、もう少し詳しく説明すると、『失われた大地が結界の外へ現れた。このままなら失われた大地から死が溢れ出て、この大地もいずれ死の大地になるだろう』だから、それを私にどうにかしてくれって」
「何だそれ? 何でスミレがそんなことしないといけないんだ?」
そんなの……こっちの世界のことじゃないか! 何でわざわざ地球にいるスミレを呼び出すんだよ!
「それは、私が特別な属性を持っているから」
「特別な属性?」
そういえばスミレの属性が何か知らない。でもこんな迷いの森を作ることが出来るんだ。特別な属性なのは間違いない。
「私の属性は虹の属性。七色の色を持ち、色の無くなった世界に色を付けることが出来る能力。……のはずだった」
「だった?」
「足らなかったの。本来なら七色のないと駄目なのに、この世界に召喚された私は、六色しか持ってなかった。……紫が足らなかったの」
その言葉を聞いて、ドクンと俺の鼓動が大きくなったのを感じた。
「む、紫が……ない?」
「そう。だから召喚されても使命を果たすことが出来なかった。まぁこの世界に来て、色々と酷いこともあったから、使命を果たす気持ちもなかったけど」
「その……もしかして、スミレが紫を持ってない原因って……」
この先の話を聞くのが怖い。だって、紫は俺の属性と同じ色……。
「分からないわ。地球でシオンに属性を盗られたかも知れないし、元々持ってなかったかもしれない。私とシオン二人で虹の属性だった可能性もある。本来なら、シオンも一緒に召喚されるはずだったのかもしれない。今となっては何も分からないわ」
やはり、間違いなく俺が関わっている。
「俺がスミレと一緒にいたから……」
いや、召喚時に俺が一緒に居たら……。
「そうやって気に病むだろうから、言いたくなかったんだけどね。前も言ったように、仕方ないじゃない。ね、前を向くんでしょう?」
「スミレ……スマン。また自己嫌悪に陥るところだった」
そうだ、前を向くって言ったんだ。後ろを振り返るのは止めよう。
「で、俺に関係するのは……」
確かに虹の属性の話は俺に関係があった。だが、おれのこれからに関係があるとは?
「別にロストカラーズを再生させるのは、虹の属性だけじゃないの。要は虹の七色の属性が揃っていればいいの」
「虹の七色って……」
「赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫の七色ね。だからこの色の属性が揃えば、ロストカラーズを再生させるのは不可能じゃない。でもね、この世界では既に属性として失われた色があるの。その色が……」
その先は言われなくても想像がつく。
「もしかして紫なのか?」
「そう、もう何千年も現れていない属性。失われてしまったと思われた属性。それが紫。シオンの属性よ」
「俺以外は見たことがないレアだとは聞いていたけど……」
「だから、ロストカラーズを再生させるかどうかは、シオンに掛かってる。シオンが他の六色を集めて、ロストカラーズを再生させるか、このまま見届けるか決めることが出来るわ」
「じゃあ俺とスミレの二人がいれば……」
「それはもう出来ないの。一つは私にはもうその力は残っていない。使命を果たさないと思ったからかな? 急速に力が衰えちゃって……。今の私は、このエルフの村を守るので精一杯。あと、私が最も忌み嫌う赤の色が、私から出ていっちゃったの。今の私は、虹の五色っていう中途半端な属性なのよ」
「いや、普通の人間は一色だけ。あのエキドナでさえ三色なんだ。五色もあれば十分だからな?」
「ああ、少し違うの。私のはあくまでも一色。虹という一色なの。それが中途半端になってるから、本来の実力が出せなくて全部の能力が低下するのよ」
何となく理解はできた。そして分かった。スミレの虹の属性はスミレ自身が拒否したり、無いと感じたら自信から抜けていくのだ。多分紫も……いや、もう止めとこう。
「ロストカラーズを再生させなくても、別に今すぐこの世界がどうにかなる訳じゃないんだろう?」
「ええ、実際に一番危なそうなシクトリーナが大丈夫なのでしょう?」
「多分なんの問題もないと思うけど……」
しっかりと封印が施されてある。封印が解ける様子も死が漏れ出す様子も全くない。
「なら気にしなくても大丈夫じゃない? どうしても気になるなら七人集めれば?」
「そう……だな。スミレを召喚した奴の言いなりも嫌だし、わざわざ人探しするのも面倒だ。このままでもいいなら、しばらくは放置しておくか。ってか、今の俺の周りで七色揃うかな?」
「言っておくけど、魔王までとは言わないけど、それなりの魔力は持ってないと駄目よ」
やっぱり多少強くないと駄目か。いや、魔力だけ強ければいいのかな?
「だとしたら……戦力的にはトオルは透明だし、姉さんはピンク、ルーナが銀で全滅じゃないか。でもヒカリがオレンジで、魔力は高いから……現状、紫とオレンジの二色だな」
他のメイドはどうだろう? シャルティエが青……いや、城から離れることを考えると、能力の落ちるメイドは考えない方が良いか。
「……多分、その二色は七色の中で、最も探すのが困難な二色よ。あとは基本の赤、青、黄色、緑。水色は基本じゃないけど、青の派生だから結構いるみたいだしね。あ、あとアイラが赤だから、アイラを使って」
「アイラ……アイラは赤なのか?」
「どうやら私から抜け出た赤の属性が、全部アイラの中に入ったみたいなの。だから、多分普通の赤よりも強力よ」
母親の魔力を引き継いだ感じなのか。
「なら後は四色か。ミサキとレン……青と緑で最近鍛え始めたけど、流石に今は実力不足か」
まぁ将来のことを考えると、候補に入れてもいいのかな?
《シオンちゃん。誰か忘れてるの》
「ん? 誰か忘れてたか? いや、エイミーやセラも実力不足だろ。ってか二人の属性すら知らないな。聞いたことあったっけ?」
《違うの!! 大事な相棒を忘れてるの!!》
「いや、相棒のホリンは白だ……って、冗談だよ冗談。スーラは緑だもんな。ちゃんと分かってるって。スミレ、スーラでも大丈夫だと思うか?」
「スーラさんてそのスライムよね? ……実力があれば、多分大丈夫だと思うけど」
スミレはスーラを普通のスライムと考えてるな? 甘いな。コイツはスライムの皮を被っているが、きっと別の生物に違いない。
「んじゃあ緑はスーラだな。後は黄色と青と水色。まぁ今度黄の国に行くから、気が向いたら探してみるか」
「黄の国に行くの?」
「ああ、元々ミサキとレンがいた国で、彼女らが働いていたバルデス商会に用があってな。ま、色々と物色してみるよ」
「また変な揉め事を起こさないでね」
「……姉さんやルーナにしこたま怒られたから自重するよ。それにもうストールも持ってないし」
くそっ。ドワーフ事件は内緒にしてたのに、一体どこから漏れたのか。というか、スミレも知ってたのか。
「ストールが関係あるの? ラミリアさんとデート中に絡まれたと聞いたけど」
どんなデマだよそれは! ……いや、あながちデマでもないんだが。
「デートじゃない。俺とラミリアは人間の町に慣れてないから、下手に動いて目立たないように、リンとエイミーが買い出しと情報収集を食事しながら待っていただけだ。そこにムカつく冒険者が現れて、ストールをボロいと馬鹿にしたから、ちょっとしめただけで……」
「やり過ぎ」
「反省してます」
俺がそう言うとスミレは笑った。
「うむ、よろしい。じゃあこれ。今度は馬鹿にされても気にしないこと」
そう言ってスミレは俺に……ペンダントを渡す。
「エルフの加護が付いたペンダント。シオンだから自分の身は守れるだろうけど、ある程度の身の危険なら防いでくれるわ」
「嬉しいよ。ありがとう」
しかし、これを馬鹿にされて、気にしないは無理だろう。やり過ぎないように懲らしめる程度に留めようと誓った。




