日常編 卒業試験②
さて、反撃開始と言っても、どうすればいいのか?
俺の魔法は殆ど通用しない。じゃあ近づいての肉弾戦か?
正直、さっきまでルーナは魔法特化で、肉弾戦は苦手だと思ってた。
だが、違った。先程のスピードと体術は一級品だった。ルーナのあのスピード、正直ついていけそうもない。
ったく、分かってたつもりだったけど、城に居るルーナはこんなに強いのかよ! 今のままでは確実に勝てない。
俺は最後の手段を使うことにした。自分の首筋に右の人差し指を当てる。そして自分に【毒投与】を行う。
一時的に自分の能力を限界以上にする本当の【限界突破】だ。
これは出来るだけ使いたくなかった。毎日飲んでる魔力増強ドリンクと違って、副作用があるからだ。
まず、制限時間が短い。短期決戦向けの魔法だ。それに、効果が切れると立っていられないくらいの激しい激痛があり、暫くの間、魔法も使えなくなる。その為、時間内に決着をつけないとその時点で負けが決定してしまう。
ルーナはまだ色々と隠しているみたいだし、短時間で倒せるとは思わない。だからもう負けは決定だ。だけど、せめて一矢報いたい。
「今、何かしましたね?」
この【限界突破】はルーナも知らない。
俺が何をしてくるか分からない為、こちらを慎重にうかがっている。
ここでまた先手を打たれていたら、防戦一方になるところだった。時間がない今、このチャンスは逃せない。
俺はルーナとの距離を一気に縮める。
先程までの俺とは段違いのスピードに、流石のルーナも反応が遅れた。
よし、これなら避けれない! 俺は目一杯の力を込めて殴りかかった。
ルーナも俺の拳を避けるのは無理だと判断し、腕を十字に組んで突差にガードする。
俺の限界以上の攻撃を、ガードくらいで防げるはずが……だが、ここでルーナの左手のグローブが光り出す。
くそっあの指貫グローブ。やはり魔道具だったか! 手の甲に五芒星が浮き出る。防御魔法の代わりか? これで威力を抑えるつもりだろう。ルーナは俺の拳が当たる直前に、少し下がり衝撃を和らげる。
一見派手に吹き飛んだように見えたが、ルーナは空中で一回転をし優雅に降り立つ。
「ふぅ。今のは危なかったです。下手したら腕が壊れてしまうところでした」
ルーナが腕をプラプラさせながら言う。
「嘘だろ……まさかの無傷かよ」
俺は下手したら死ぬかもしれないと思いながら、本気で殴ったんだぞ。普通の人間なら、バラバラになってるはず。それが、折れてすらいないなんて……。
「流石に無傷ではありませんよ。折れてないようですが、腕が少し痺れています」
痺れているのがダメージに入るのか?
「ったく。今のでその程度のダメージは異常だぞ」
「シオン様こそ、今の力、それに敏捷性も異常でしたよ。……どうやら先ほどのは、自分の能力を上げる魔法ってところでしょうか? しかし、元来そういう魔法は諸刃の剣のはずです。恐らく自分もダメージを食らうか、制限時間があるはずです」
ほぼ正解を言い当てられる。くそっ何でもお見通しか。
「それでは制限時間まで逃げれば、わたくしの勝ちですね」
そう言いながら、ルーナは両手を前方に大きく広げる。
すると両手を中心に、手のひら大の五芒星が入った銀色の盾が多数現れる。
「シオン様。これがわたくしの最大の防御魔法【無敵の盾】でございます。これを打ち破らない限り、わたくしの元へはたどり着けませんよ」
ここで防御魔法か。完全に時間稼ぎだな。
ルーナが無敵の盾というくらいだ。よほど強い防御魔法なのだろう。
まずは魔法が効くか? 【毒射】を放って様子を見る。【限界突破】威力も上がっているんだ。今までと同じレベルだと思ったら大間違いだ。
……と思ったら、ルーナの盾の前に【毒射】はあえなく撃沈。盾には傷一つないようだ。
でも分かったこともあった。【毒射】がルーナへ向かったとき、【無敵の盾】は一つだけ【毒射】へ向かった。
おそらくこの防御魔法は、敵が近づくと、それに一番近い盾が、防ぐのだろう。
多分、【魔力無効】も付与されてるだろう。遠距離魔法は潰されたとみていい。
いや、【毒の雨】はどうだ? さっきは【銀幕世界】があったから、発動しなかった。
今なら発動するだろうし、雨を全て防ぐことは出来ない筈だ。
「どうされました? 時間がないのでしょう?」
ルーナは時間稼ぎが目的だから、もう自らは攻撃してこない。
やってみるしかない。俺は【毒の雨】を発動させた。
「今度は雨ですか。無駄ですよ」
【無敵の盾】が数枚上に飛び、大きく広がる。ルーナの頭上にだけ、屋根があるように雨は防がれる。
「わたくしはここから動きませんから、全てを防ぐ必要はございません」
動かないから、頭上だけ防げればいいのか。くそっこれも駄目か。
後はもう特攻しかない。何とか【無敵の盾】を躱しながら進むしかないだろう。
「最後は玉砕覚悟の特攻ですか? では、それすらも出来ないようにしてあげましょう」
俺がルーナに向かってダッシュすると、盾の半分が回転しながら襲ってきた。
自動防御は……駄目だ、壊される! もう避けるしかない。
いつもの訓練で、ナイフ相手にしている事を、盾相手に繰り広げることになるとは。
しかもナイフよりも一撃が重い。はたき落とそうとしても、盾の回転が鋭くて、触ることも出来ない。
バックステップで、一旦盾から離れる。そして、全て受け止めようと【絶対防御】を発動させた。
目の前に現れた壁に【無敵の盾】が物凄い音を立てて突き刺さる。
そして、三つ目の盾が刺さった時点で【絶対防御】にヒビが入る。
マジか!? 俺の最大の防御魔法が、盾三枚で壊されかかるとは。このままなら本当に破壊されてしまう。
「驚いている場合ではありませんよ。雨はどうしました?」
えっ? ……そういえばいつの間にか【毒の雨】が降ってない。俺は解除してないぞ!
俺は【無敵の盾】を注意しながら上を見上げる。
いつの間にか【毒の雨】を降らしていた雲が無くなっている。代わりに上空に銀色の雲が出来上がっている。
「先程、親切に霧を上空に纏めて頂きましたから、お返しをしなくてはなりませんね……【無限に降り注ぐ聖光】 」
ルーナが唱えると、空から流星雨のように銀色の光線が降り注ぐ。
逃げ場はない。出来るだけ致命傷を避けるために【自動盾】の威力を最大限まで高める。
「ぐあっ!!」
威力は軽減されているが、それでも防御魔法を抜けて光線が俺の体を貫通する。
そして、下の方でも【絶対防御】が破れて【無敵の盾】がこちらへ襲ってくる。
……もう駄目だ!?
「そこまでじゃ!!」
俺が負けを確信したと同時に、エキドナの声が聞こえた。
かと思えば、次の瞬間、俺は先ほどいた場所から、ギャラリーへと移動していた。
どうやらトオルが転移させたようだ。
さっきまで俺が居たところは……うわぁ。
その場所は無残な状態になっていた。多分あそこにいたら、体は蜂の巣のように穴だらけな上に、胴体は真っ二つになっていただろう。
「あーーー!! 何も出来ずに負けた!!」
俺は仰向けになって倒れる。
痛っ! 倒れた衝撃で、光線を受けた所が痛む。貫通してるから当然か。早く治療しないと……。
それにしても、まさかここまで差があるとは思ってなかった。つーか、ルーナ強すぎだろ。
「お疲れさまでした。如何でしたか?」
ルーナは俺にポーションを渡しながら聞いてくる。如何も何もない。
「いや、ルーナ強すぎるだろ。殆ど何も出来なかったぞ」
俺はポーションを飲みながら答えた。
「正直なところ、わたくしとシオン様は、魔力、体力、力、敏捷性、全てにおいて、そこまでの差はございません。魔力と敏捷性はわたくしが若干強く、体力と力はシオン様の方が強いでしょうか。ですが、殆ど誤差の範囲です」
「うむ。妾もそう思う。全体的な戦闘力で言えば、シオンの方が強いかもしれぬぞ」
「じゃあ何故ここまで差が?」
「有り体に言えば、シオン様は力の使い方が下手なのです。シオン様は絶対的に経験が足りておりません。魔力や能力は増えても、それを使う方法を知らないのです。こればかりは、わたくしとだけ訓練しても身に付きません。もっと多くの人と戦い経験を積んでください」
経験か……。確かに俺は、明らかに格下のアンデッドや兵士としか戦ったことがない。強敵と言えるのは、偽ヘンリーくらいだ。その偽ヘンリーだって、変則的な倒し方だったしな。
「先ほどの戦闘ですと、シオン様はわたくしに一撃入れましたよね?」
【限界突破】で殴った時の話だな。
「ああ、ガードされて殆どダメージがなかったけど」
「わたくしはあの時、本当に腕に相当なダメージを負っていました。【無敵の盾】を出すときに、何とか腕を腕を正面に持ってきましたが、あれが限界でした。ですから、【無敵の盾】を出す前に、追撃されたら、負けていたかもしれません」
「そうだったのか」
全く気がつかなかった。それどころかノーダメージだと思って、ショックを受けて手が止まっていた。
「相手には、ピンチの時でも常に余裕を見せる。攻撃するときは、必ず防がれた後の事も考える。相手の考えを先読みする。全て勝つために必要なことですが、それは全部実戦で覚えることです」
戦闘の駆け引き……確かに訓練じゃ身に付かないか。
「シオン様は、これから外の国に行くことが増えると思います。そこで知識や経験を吸収してください。そして、わたくしよりも強くなって下さいね」
今日の卒業試験は惨敗だったが、この経験も糧にして俺はさらに強くなる。
そして、いつかルーナよりも強く……そして、ルーナを、皆を守れるようになるんだ!




