日常編 卒業試験①
「ではシオン様。準備はよろしいですか?」
すでに、目の前にいるルーナは、準備が完了しているようだ。
今日のルーナは、メイド服を着ていない。赤の国へ行った時でさえ着ていたというのに。
それを脱いだということは、それだけ本気なのだろう。
今のルーナは動きやすそうな軽装だ。中には、全身を覆うウェットスーツの様なものを着用している。おそらく俺の毒にを恐れ、素肌の露出を避けたのだろう。
左手には指貫グローブをしている。あれには何か意味があるのだろうか?
「ああルーナ。いつでもいいぞ」
俺の方も準備は完了している。
今日は、城に居る時に毎日やっていた訓練、その卒業試験を受ける。
ルーナは今後アイラやミサキ、レンなど新たな住人の育成をしなくてはならない。俺だけに構っていることが出来なくなるのだ。だから、今日は今までの集大成を見せることになっている。
卒業試験は全ての魔法有り、お互いに手加減一切不要のガチバトルだ。
まぁ流石にガチと言っても、殺し合いではないから、即死魔法のみ制限されている。
あと、念のためエキドナとトオルがギャラリーにいる。この二人なら、万が一の際には、間に入って防いでくれるだろう。
それから、回復ポーションとレンが手に入れてきたエリクサーも準備している。
エリクサー……貰ったレンは、単純に疲れが取れるだけだと勘違いしていたが、体の欠損も治すことの出来る、まさに最上級の回復アイテムだった。もしかしたら必要になるかもしれない。それくらいのガチでやるつもりだ。
ちなみに、今回は俺の卒業試験のため、スーラはお留守番だ。今はエキドナの頭の上で、元気に跳ねている。魔王の頭の上で跳ねるとは……実はスーラはかなりの大物なのかもしれない。この距離は流石に念話が通じないが、おそらく応援してくれているのだろう。スーラの為にも負ける訳にはいかないな。
――――
「では始めましょう」
その言葉が合図となり、試合が開始した。
ルーナは、早速得意のナイフを空中に召喚する。この世界に来てから、ほぼ毎日のように見た光景だ。
ナイフの本数は二本。いつもよりも少ない。これから増やしていくのだろうか?
ナイフは少し揺れたかと思うと、突然猛スピードでこちらへと向かってきた。
いつもより早い! 油断はしていないつもりだったが、いつもよりもナイフのスピードが速いため、反応が遅れてしまう。本数が少なかったのは、スピード重視の為か!
だが防げないわけではない。俺もダガーを召喚して両手に持つ。そして襲ってきたナイフをはたき落とす。このナイフは避けただけでは戻ってくるので、叩けるうちに叩いておく必要がある。
俺はナイフをはたき落としながら、そのままルーナの元へ……向かおうとしたら、その場にすでにルーナはいなかった。
バカな! 目を離したといっても、はたき落とす際のほんの一瞬、コンマ数秒レベルだぞ。何故いなくなる。
瞬間、ゾクリと悪寒が走る。俺は突差にバックステップでその場から離れる。
そこにルーナの蹴りが空を切る。一瞬でも遅かったら、モロに食らっていただろう。
いつもはナイフで牽制しながら、遠距離で決めて来るルーナが肉弾戦だと!? ヘンリー戦でも見せなかったのに……それだけ本気ってことか。
考える間もないまま、返しの蹴りが飛んでくる。流石にこれはガードが必要だ。俺は左のダガーで受け止める。ついでにダガーに腐食の効果を付与する。
……っと。蹴りの衝撃がモロに……こんなに威力があるのかよ。メイド服じゃないと、こんなにも活発になるのかよ。
それに、腐食が全く効いてない。靴に、【魔力無効】を付与させているのかもしれないな。
よく見れば、ルーナの装備品は、どれもキラキラと光っている。色は銀色ではないが、銀の粒子を塗しているのだろう。
全部の装備品に【魔力無効】が付与されているとなると、俺の【毒投与】は全く効かないだろう。
威力を上げたとしても無駄だ。総魔力はルーナの方が上だろうし、元々紫と銀では圧倒的に銀が有利だ。
銀は抗菌力が高く、毒を受け付けない。だから、必要以上に魔力を使わないと、ルーナの魔法を突破できないのだ。
それに加えて【魔力無効】まで付与されたら……おそらく、防御魔法を使わずとも、装備品のみで【毒射】すら弾くのではないだろうか。
完全に先手を取られて、防御一辺倒になる。一旦離れて仕切り直したいが、それが出来れば苦労はしない。
ルーナは蹴りに加えて、手刀を使い始める。手なので刃はついてないが、それでも触っただけで、何でも斬れそうだ。
その上で、ルーナは更にナイフを召喚する。ナイフはルーナの攻撃の隙を補うように、合間合間で襲い掛かって来る。
俺はルーナの手と足、ナイフを裁くので手一杯。これでは距離をとるどころではない。
このままじゃすぐにやられてしまう。くそっ何が卒業だ。手も足も出ないじゃないか!
俺は【毒の霧】を唱える。これでルーナの装備を破ることは出来ないだろうが、顔は肌が出ているし、例え効かなくても、目くらましにはなる。
「それで逃げられると思いましたか? 甘いですよ【銀幕世界】」
どうやら俺の行動は読まれていたようだ。俺の周りに発生した紫の霧は、一瞬にして銀色の霧に覆われて消えていく。
それどころか、銀色の霧は、この訓練場の中全体に広がる。
ヘンリーと違って、俺はヴァンパイアでもアンデッドでもないから、この霧でダメージは食らわないが、完全にルーナのフィールドになってしまった。
ルーナは……姿が見えない。完全に、この銀色の世界に溶け込んでいる。
気配を探ろうにも、全体がルーナの魔法に覆われているため、察知できない。
姿が見えない、気配も察知できない。そんな状況で、さっきのような蹴りや手刀、ナイフでの攻撃が、俺に襲い掛かってくる? 俺の頬に冷や汗が流れる。ははっ詰んだか?
だが、最後まで諦めることは出来ない。まずはこの銀色の霧をどうにかしないと。
同じ霧使いとして弱点は熟知している。要は全て流してしまえばいいんだ。
俺は【毒の雨】を唱えた。……が、発動しない!?
「今何かされようとしましたね? 無駄ですよ。わたくしの世界では、シオン様の魔法は発動しません」
「がはっ!」
突然背後から声がしたと思ったら、次の瞬間、背中に強い痛みを感じた。どうやら蹴られたみたいだ。
そして、すぐにルーナの気配が部屋中に霧散する。くそっ、これじゃあ手出しできない。
それにしてもさっきの言葉……【毒の雨】が発動しなかったのは、魔法が使えないから? この銀色の中じゃ、魔法が使えないってことか?
……いや、それはおかしい。だって俺のダガーはまだ手元にある。これは俺の魔法で召喚したんだ。魔法が使えないのなら、このダガーだって消滅しないとおかしい。
ダガーは、この状態になる前に発動していたから消滅しない? いやそんなことはないはずだ。
現時点で体内の魔力は感じるし、発動も出来そうだ。試しにもう一本ダガーを出す。
うん、普通に発動した。ということは、恐らく間接魔法が無理なんだろう。俺が発動させる場所まで、俺の魔力が届かないんだ。
ルーナが発動しないと言ったのは、フェイクだろう。……本当に容赦がないな。
仕方がない。始まったばかりだけど、奥の手を使おう。
俺は召喚したダガーを片方捨てて、腰に装着していたナイフを抜く。
ナイフには小さな穴があり、その中に、緑色の魔法結晶を嵌め込む。
このナイフは、地球でアイリスがくれたナイフだ。
当時は嵌め込む魔法結晶がなかったため使えなかったが、メイド研究隊のおかげで、専用の魔法結晶の作成に成功していた。
このナイフに、属性の魔法結晶を嵌め込めば、その属性のナイフになる。勿論付け替えも自由だ。
ナイフは左側の腰に、魔法結晶は右側のベルトに。ただの装飾品のようにカモフラージュしている。
俺だけの力じゃなく、魔道具の力を借りるのは正直思うところがあるが、ここまで一方的にやられるともう後がない。
俺はナイフの力を解放した。やり方は普通の魔法結晶と変わらない。ただ、魔法結晶と違い、ナイフを媒体にするので、スーラとやった合体技のように使用できる。
これなら【銀幕世界】に掻き消されずにすむはずだ。
俺は【毒の竜巻】を発生させた。ナイフの魔力と俺の魔法の一人合体技だ。
スーラとの合体技【毒の暴風雨】には及ばないが、原理は同じ。それの威力を小さくしたようなものだ。範囲はこの訓練場の中、十分だ。
俺が発生させた竜巻は、銀色の霧を巻き込んで、舞い上がっていく。
よし! これで見えるようになった。
「流石ですね。シオン様」
霧が晴れたのでルーナの姿が見えるようになった。
もしかしたら、魔法の発動中に攻撃があるかと身構えていたが、そんなことはなかったな。
ルーナは俺の前方で拍手を送っていた。【銀幕世界】が破られたというのに、随分と余裕だ。
まぁ確かに魔法を一つ破ったに過ぎない。ルーナ本人にはまだ一撃も与えていない。当然といえば当然か。
でもこれで仕切り直すことは出来た。今から反撃開始だ!




