閑話 姉の気持ち
主人公ではなく姉視点の話です。
私には弟がいる。双子ではないのに同級生。私が四月生まれで弟が三月生まれ。
こういう一年しか違う姉弟を年子と言うみたい。でも普通の年子は学年も違うので、ちょっと特殊な年子みたい。
同学年だから勉強の進み具合も一緒。クラスは違うから友達は違うこともあったけど、同学年だからお互いに顔や名前は知っている人ばかり。だからどちらかと言えば双子みたいな感覚に近かったと思う。
でも私はあの子の姉であの子は私の弟だった。
私達が高校生の頃、両親が事故で亡くなった。
とても悲しかったし、大声を出して泣きたかった。高校生にもなって大人げないと思う人もいるかもしれないけれど、私は両親が大好きだった。
でも、弟の前では泣けなかった。涙を出したくなかった。
悲しいのは同じだし、私はお姉ちゃんだから。そう言い聞かせて…。
弟も泣いてはいなかった。私が泣かなかったから。俺が泣くと私も泣いてしまうと思っているから。
私は弟の心遣いに、この子だけは絶対に失いたくない。残ったたった一人の家族なのだから……そう誓った。
それからは弟と二人きりで生活するようになった。いつも母がしてくれていた家事を分担するようになった。
掃除に洗濯、買い物に料理、毎日こんな大変なことを母は一人でやっていたのかと思うと、もう少し手伝ってあげれば良かった。……そう考えたらまた泣きそうになる。
最初は慣れない家事だったけど、弟の為にもと思えば何でも出来た。まぁ料理だけは弟の方が上手だったけど。
私達は大学へ入学した。両親が残した遺産があったから、お金の心配はいらなかった。
弟とは同じ大学だけど、私は短大コースに、弟は四年生のコースに入学した。同じ大学でもコースが違えば必然的に会うことが少なくなり、高校までとは違い、学内で会うことは殆どなかった。
それに弟には彼女がいた。高校の時からの付き合いだ。私も高校では彼女とは同じクラスになったことがある。元々友達だった緋花梨の友達と言うこともあって、すぐに仲良くなった。弟には勿体ないくらいのとてもいい子だ。
弟は授業以外の時間は彼女といることが多かった。
大学でも家でも私は弟といる時間が少なくなった。だから大学生活は正直面白くなかった。
『姉さんも恋人作ったら?』ある日、弟がそんなことを言ってきた。私は自分でいうのも何だけど、表面上では容姿も性格も悪くないので、それなりにモテる。告白も何回かされた。
でも、私は恋人を作ろうとは思わなかった。弟がいればそれでいいと思っていた。
私は弟のことが好きだった。だから恋愛は必要ない。でも私の思いは弟へは届かない。届いてはいけないのだ。
ただ、この好きは多分恋愛の好きではないと思う。恋人になりたいとは思わない。でも家族として一緒にいたい。そんな感じだ。
いつか弟が結婚する時は、私は笑顔で祝福できると思う。でも……その時までは一緒にいたい。そう思っていた。
自分の恋愛なんかはその後ですればいい。弟の幸せを見ていればそれでいいのだから。
ある日、弟の彼女が行方不明になった。その時の弟の表情は一生忘れないだろう。辛く悲しい表情。まるでこの世の終わりを表したかのような絶望した表情。
もしかしたら、このまま弟もいなくなってしまうんじゃないだろうか? そう感じさせた。
私は弟がこれ以上傷つかないようにと思って必死に探した。緋花梨と一緒に色々な場所を探したけど結局見つからなかった。
そしてひと月が経ち、ふた月が経つ頃には弟も少しずつ元に戻っていったように見えた。
でもそれは周りを心配させない為と言うのが私には分かった。弟は表面上では笑っていたのだが、きっとあの日から心から笑ってはいないだろう。
心の奥には闇が残っている。そんな印象を感じた。
私は短大の為、弟よりも早く大学を卒業することになった。私はそこそこ名の知れた会社に採用が決まっていた。職場は自宅からだと通勤に不便だったため、アパートを借りて暮らすようになった。
正直、弟と離れたくなかった。今の弟を一人にさせたくなかった。
それでも、自宅から通勤することは大変で、それは却って弟を心配させることになる。
姉として弟に心配させることだけはしたくなかった。だから家を出た。
社会人になっても、休みの度に家に戻りたかった。弟に会いたかった。
でも、それは出来ない。仕事が上手くいってないんじゃないか? そう心配させたくない。だから帰ることはしなかった。
だからGWと盆以外は帰らず、それ以外は弟を心配している姉を装って電話やメッセージを送るだけにした。
――――
私はその日のことはきっと忘れないだろう。
後悔と絶望に打ちひしがれたあの日のことを。
何故、もっと早くメールを確認しなかったのか。何故、会社の飲み会なんかに参加したのか。
何故、最初に電話を貰ったときにちゃんと話を聞かなかったのか。
最初に掛かってきた電話はお昼時だった。
普段は弟から電話なんか掛けてこない。メッセージなら偶にあるが、わざわざ弟から電話はかけてこない。それこそ別れて暮らすようになってから初めてのことだ。
もしかして何かあった!? 一瞬両親の事故のことが頭をよぎる。私はは身構えて電話を取る。
どうやら口調からなにか悩みがありそうだと思った。が、雰囲気からは金銭的トラブルや事故のような物騒な雰囲気は感じ取れなかった。
私はとりあえず「お姉ちゃんに会いたかったのかなー?」とからかってみた。
帰ってきたのはまさかの『会いたい。』だった。普段なら『そんなわけないよ』や『むしろ姉さんが俺に会いたいんじゃないのか?』と反論してくるはずだ。
どうしたのかしら? まさか本当に会いたいとか? ホームシックなのかしら?
自宅にいるのにホームシックも何もないと思うけど。むしろ私の方がホームシック気味だけど……。
もしかして恋愛の話? 彼女のことはどうしたのかしら? そう思いながらこちらからは姉より先に恋愛は駄目よ! なんて誤魔化しながら聞いてみた。恋愛する気なんてないけど。
弟は違うと言いながら、そしてきっちりこっちに向かって反撃してくる。
あれっ? この反応は恋愛じゃないのかな? じゃあなんだろう? とそうは思いつつも、弟がしてきた反撃に答えないといけない。
私は慌てる振りをして、電話を切った。
本当はもっと話したかったが、時間がないのは事実だし、彼氏が出来ないのを気にしている姉風を装う返しとしては十分だろう。弟に『あ~姉さんの恋愛はまだ先かな?』と思わせれば上出来だ。
その日の午後は気になって、あまり仕事がはかどらなかった。
今日は定時で帰ろう。そう思っていたところに上司から本社から今日お偉いさんが視察に来るから夜は飲み会との指示があった。
全員参加とのことで、新入社員の私には断ることは出来なかった。
何で今日に限って! と思わなくもない。せめて早く終わるように願うとしよう。
結果としては早く終わらなかった。
まず、仕事が定時ではなく二時間の残業があったのだ。その時点で早く終われというのが無理だった。
アパートに戻ったのはもう日が変わる直前だった。
弟からメールが届いているようだが、流石に今日は疲れてて読む気になれない。読んでも頭に入ってこないのは目に見えてる。紫遠ごめんなさい。そう呟いて今日はもう寝ることにした。
この日の内に読んでいれば或いは何か変わったかもしれない。そう思って私は後に後悔した。
次の日。お酒が残ってて少し寝坊した私は朝の通勤中にメールを読めなかった為、今、お昼の休憩中に読んでいる。
――――――――
桜姉さんへ。
こんな風に畏まった文章を打つのは始めてかもしれません。
本当は直接お話がしたかったのですが、お忙しいようですので、メールにてお伝えします。
このメールを読んでいるのが今日か明日か分かりませんが、今書いている日付を今日にすると明日のお昼に俺は地球からいなくなっているでしょう。
こういう風に書くと死んでしまうように思われますよね?
そうではなく、異世界に行くことになりました。
何を突然と思われるでしょうが、………と、ここまで書きましたが、めんどくさいので、これからは普通の言葉に戻します。
えっと、実は昨日、父さんのガレージに異世界への扉、ゲートって言うんだけどそれが出来たんだ。
そこから異世界人のエルフや狐の獣人さんとか来て大慌てだったよ。そこのリーダー、ソータって言うんだけど、彼が言うには明日までだったら異世界へ行けるって話なんだ。
それで、ビックリした話なんだけど、行方不明になってた菫が異世界にいるんだって!! なんか無理やり飛ばされたみたいだ。どうりでいくら探しても見つからないはずだよね。
だから俺も異世界へ行くことにした。
それで、自宅に誰もいなくなるから、当面ソータ達に住んでもらうことにした。地球に来てから行くとこもないようだしね。
だから、申し訳ないけど、しばらくは住まわせてやってくれないかな?
もし、姉さんが嫌なら出ていってもらっても構わない。その時は別の候補があるから心配しないでいいよ。
異世界に行ったら多分もう戻ってこれないと思う。だから、姉さんとはこれが最後の挨拶になるかな?それともこのメールを見て連絡くれるかな?
とりあえず最後だと思って書くことにするね。
姉さん、今まで本当にありがとう。
同学年と言うこともあって、周りからは姉っぽくない。友達みたいって言われたしていたのを知ってるよ。でも俺の中では何時でも頼れる、尊敬できる姉でした。
正直、この世界で唯一の心残りは姉さんともう会えなくなることです。姉さんを残していくのは心苦しいけど、でも俺もいい加減姉離れもしないといけないと思う。
俺は姉さんの弟で、父さんと母さんの子供で本当によかったと思う。
姉さんもお元気で!是非幸せになってください。
九重紫遠
――――――――
このメールを読みながら私は自分の顔色が真っ青になっていくのがわかった。
血の気が引いていく言うのはこういう時に使う言葉なのだろうか。
多分このメールに嘘は書いていない。あの子はこういうことを冗談でできる子じゃない。
だとしたらこれは本当のことということになる。となると私はもう弟と会えなくなる。もう二度と話すことはないし、このメールの返信だって出来なくなる。
お願い!出て!そう思いながら慌てて弟に電話をする。
しかし、願いもむなしく電話は繋がらない。無情にも電波が届かないところか電源が入っていないとアナウンスが流れる。
メールには今日出発とだけ書いてあって、具体的な時間までは書いてない。
もう出発してしまったのか? いや、もしかしたら異世界に必要のない電話を持ち歩いてないだけかもしれない。
私は会社に体調不良とのことで早退した。メールを読んで余程顔色が悪かったのか、上司も特に疑ずに許可してくれた。
会社を出てそのままタクシーで実家の方まで向かう。今の時間ならおそらく一時間もあれば着くだろう。
お願い間に合って! タクシーの中でそう願い続ける。
しかし、願いは聞き取られなかった。
家に着くと、そこには知らない三人がいた。おそらくメールに書いてあったソータとエルフと獣人だろう。
私は三人に声をかけるとすでに弟は旅立っているとのことだった。
私は絶望してその場でへたり込む。もう弟に会えない…嫌だそんなの! お願い誰か夢だと言って! 早くこの悪夢から覚めて!!
近くで何か聞こえる。三人が何か言っているようだが今の私にはもう何も聞こえない。
どれくらいそうしていたのだろうか。何分? 何時間? それすらも分からない。
――――
まだ遠くで声が聞こえるような気がする。
「…らちゃん、……くらちゃん!さくらちゃん!」
突然、両肩を掴まれ、現実に引き戻される。正面に人影が見える。
両肩を掴んで必死に叫んでいたのは緋花梨だった。
「ひ…ひかり…ちゃん?」
「うん、そうだよ! 緋花梨だよ! 桜ちゃん大丈夫!?」
ようやく私は我に返った。そうすると、どこからともなく涙が溢れてきた。
「ひ、かり…ちゃん。紫遠が、紫遠が!」
そう言って私は肩を掴んでいた緋花梨の手を取って泣き叫ぶ。
そんな私を緋花梨はやさしく抱き抱える。
「うん、分かってる。紫遠君行っちゃったんだよね」
そう言って抱いたまま背中をぽんぽんとやさしく叩く。
私はそのまま緋花梨の胸で泣いた。
――――
どれだけ泣いただろう。ようやく少し落ち着いて緋花梨の胸から顔を上げる。
「どう? 落ち着いた?」
「うん」
「全く紫遠君も酷いよね。どうせろくに説明もされてないんでしょう?」
「えっと、メールで異世界に行くとだけ…」
「えっ! 直接話さなかったの! 紫遠君酷い!」
「それは私が忙しくて電話に出れなかったから…」
「それでもだよ! こんな大切なことはちゃんと話すべきだよ!」
そう緋花梨は憤慨している。プンプン! という表現が似合いそうだ。
「それで緋花梨ちゃんはどうしてここに?」
「アイリスちゃんから電話を貰ったの。『シオンさんのお姉さんらしき人が家で放心状態になってるって』」
「アイリスちゃんって?」
「えっ? 紫遠君、アイリスちゃん達の説明もしてないの? 異世界から来たエルフさんだよ」
「あ、メールにはソータって人とエルフと獣人さんがいるって書いてあった」
「全く紫遠君は! ちゃんと名前も書いてあげないと! じゃあもしかしてアイリスちゃんが菫ちゃんの娘だって話も書いてない?」
「えっ? 娘ってどういうこと? さっき見たエルフの人、私たちと同い年くらいか、少し下くらいだと思ったけど…?」
菫ってあの菫よね? 紫遠のメールにも書いてあったけど……私達の同級生の菫よね?
「……桜ちゃんこれから時間ある? 一から説明するよ」
私は緋花梨から三人を紹介される。そして弟がこの二日間何をしていたかを聞いた。
――――
「改めまして、紫遠の姉の桜です。この度は紫遠がお世話になりました。それと先ほどは取り乱して申し訳ありません」
私は改めて三人に挨拶し、先ほどまでの無礼を謝罪した。
「こちらこそお世話になりまして。シオンさんにはこの家を貸していただきまして……本当に私共がこのまま使ってもよろしいので?」
どうやらアイリスが代表でお話しするみたいだ。他の二人は一歩後ろで待機している。
「ええ、使われてください。この家は既に紫遠の物だったのです。その紫遠がいいと言われてのなら断る理由がありません」
そう答えながらも、私の部屋は勝手に入って欲しくない。後で私物は持ち帰ろうと思ってとき、ふとアイリスの服装に気がついた。
「アイリスさん、失礼ですけどその服……」
するとアイリスは少し申し訳ない顔をする。
「申し訳ありません。サクラさんの服だと思います。シオンさんから『姉の服だけど』と言われて渡されましたから。あ、でも私たちはサクラさんの部屋へは入ってませんよ。勝手に入ったら駄目だと言われましたから」
と言うことは紫遠が私の部屋に入って洋服を漁ったと。私は身悶えしそうなほど恥ずかしくなった。この何とも言えない怒り……一体どこへやればいいものか。
「別にアイリスさんが謝る必要はないですよ。いきなり地球にやってきたなら服にも困るでしょう。その様子ですと、サイズもそこまで変わらないようですから。私のお古になってしまいますが、よかったらいくつか見繕っておきますね」
「そうして頂けると助かります。何せ衣装はこれしか頂けておりませんでしたから、明日からはどうしようかと思っておりました」
アイリスがホッとしたように言う。紫遠もその辺りはもう少し気を配ってあげないと!
「そっちのクミンさんも必要ですよね? 私のじゃサイズが厳しいかもしれませんが、大丈夫そうなのをいくつか選んでおきますね」
クミンはアイリスとは違って、見たこともない着物を着ている。おそらく私物なのだろう。紫遠は彼女には服を用意しなかったようだ。いや、多分出来なかったのだろう。
アイリスは私と同じで、ある一部分が奥ゆかしいが、クミンは私に競べると明らかに、ある一部分が大きい。いや、私は奥ゆかしいといっても人並みか、それ以上はあるはず。クミンが異常なだけだ。
だから、クミンが私のシャツやブラウスを着ると、とんでもないことになりそうだ。
それに、彼女には立派な尻尾がある。あの尻尾をどうするかは解らないけれど、クミンには体つきが目立たない服を用意してあげた方がいいだろう。
確かポンチョ系のダボついた感じの服があったはず。後で探してみよう。
「それにしても緋花梨ちゃんまで置いていくなんて紫遠のやつ酷いことするわね」
さっき聞いた話だと、緋花梨はついて行こうとしたらしいが、紫遠が無理矢理断ったみたい。緋花梨も甘いわね、無理矢理ついて行けばいいのに。私がその場にいたら無理矢理ついて行ったわね。
「それは仕方ないよ。紫遠君たちの言い分も分かるし、それに家族も困らせたくないのも事実だから……」
そうやって少し影を落とす。緋花梨は普段は九重君と呼んでいるらしいけど私の前では紫遠君と名前呼びをする。名字だと区別がつきにくいからだそうだ。
いつも名前呼びにすればいいのに……と話したこともあったが、直接本人に言うのは照れがあるみたい。
「でも、これからは違うよ! 反撃開始です!」
緋花梨はこぶしを握って立ち上がる。
「えっ? どういうこと?」
思わず見上げる形になる私。
「あ、ごめん」
慌てて座る緋花梨。ちょっと照れてて可愛い。
「ふっふっふ。それはですね桜ちゃん! 私も異世界に行くってことです!」
「えっ? でも、もう紫遠達は異世界に行ったじゃない?」
「行きましたけど、異世界に繋がっているゲートはまだここにあります。それに一緒に行くなとは言われましたが、別に後から追いかけちゃ駄目とは言われてません」
物は言いようね。まぁ紫遠もまさか追いかけてくるとは考えないでしょうからね。
「ソータさんが言うには、ゲートは最大で五日程度使えるそうです。紫遠君たちは確実に行ける三日以内で出発したみたいですが、ソータさんの話だと、さっき魔力を流した効果で、明後日くらいまでなら、確実に繋がっているみたいなんです」
緋花梨の説明にソータが付け加える。
「ああ、ゲートは繋がっているから向こうの世界に行くことは可能だ。だが、これはシオンにも説明したし、ヒカリにも説明したが、同じ場所、同じ時間にたどり着くとは限らない。向こうに行っても確実に会えるとは限らない」
「それは聞きました。紫遠君達とは別の場所に行くかも知れないと。でも、もう一度二人に会える可能性があるなら、私行きます!」
私には緋花梨の本気が伝わってくる。
「それじゃあ緋花梨ちゃんも今から行くの?」
「いいえ、もし紫遠君達に会えない場合のために、最低限の準備はしていきます。実は今朝から伝手を頼って大型トラックを手に入れたのです!」
普通の女子大生がそんな簡単に手に入れられないと思うんだけど…どうやって手に入れたんだろう。
「どうやってそんなものを?」
ふふふと怪しく笑う緋花梨。
「それは秘密だよ! でも、そのトラックに色々と必要なものを乗せていけば、万が一紫遠君に会えなくても生活できるし、会えたときは物資が増えて紫遠君達の助けになるはず」
「それじゃあいつ出発するの?」
「明後日出発しようと思います。実はお父さんには既に了承を得ているんです。お母さんは頑なに拒んでるんですが……お父さんが説得してくれるって言ってくれて」
母親は危険だからと許してくれないらしいが、父親は早めに巣立っていく子って感じで許容しているそうだ。随分と懐の深い父親ね。
「ねぇそれ私も連れて行ってくれない?」
私を意を決して緋花梨に聞いてみた。
「ええ! 桜ちゃんならそう言うと思ってました。私一人じゃ心細かったし、勿論大歓迎だよ!」
緋花梨からは大歓迎って言葉に私は嬉しくなった。そして頭の中でこれからのこと考える。
地球からいなくなることを考えたら、不必要なものを処分しないと。ああ、会社やアパートを引き払わないといけないよね。今日中に済ましてしまおう。泊まるところはここに戻ってくればいいしね。
「じゃあ私は今から帰って辞表を提出して、アパートを引き払って戻ってくる」
そう決まるや否や、私は立ち上がり、行動することにした。
異世界に行く……そこに不安なんて何もない。寧ろ紫遠がいないこの世界にいることの方が不安だ。たとえどんなところでも紫遠がいる場所へ私は向かう。
会えない可能性がある? そんなことは関係ない。今のままじゃずっと会えないままだ。
それより会えたときのことを考えよう。置いていったことを怒る? 勝手に私の服を漁ったことを怒る?
そうだ! 昨日もらったメールを読み上げるというのはどうだろう。
もう会えない気持ちで書いたメール。これが向こうで会えたならきっと黒歴史になる。しかも途中で口調なんか変えたりしてるもんだから、恥ずかしさも一入だろう。
考えただけでわくわくしてきた。うー! 早く紫遠と会えないかなぁ!
これでプロローグの終了になります。




