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ロストカラーズ  作者: あすか
第四章 再会
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第74話 再会

 俺は扉の前まで来た。大きく深呼吸する。ヤバい。深呼吸しても動悸がおさまらない。……緊張してる?

 しかし、このままでも仕方がない。俺は意を決して扉をノックする。


「開いてるから入って」


 ……その声を最後に聴いたのは、三年以上前だ。変わらないような……少し大人びたような……。

 俺はその声にドアノブを回す手が震えた。簡潔な一言。ただその一言を聞いただけなのに、胸が張り裂けそうだった。


「どうしたの? 入ってこないの?」


 再度扉の向こうから声が掛かる。勇気を出して俺はドアを開けた。



 ――――


 そこには地球にいた頃と変わらない……いや、少し大人びたスミレがそこにいた。


 向こうも俺を見て驚いている。彼女はどう思っているのだろうか? 思ったよりも若いと思ってくれているんだろうか? それとも俺が思ったように、彼女も俺の事を大人びたと感じてくれただろうか? それとも、何も変わっていないと思っているのだろうか?


「……驚いた。あの当時のまま。全然変わってないのね」


 どうやら変わっていないと思ってくれたようだ。


「もっと……おじいちゃんかと思ってたか? 俺の方こそ、スミレが思ったよりも変わってなくて、驚いたよ」


 アイリスから若いままと聞いてはいたが、スミレにとっては五十年経っているんだ。なのにこれは、ちょっと信じられないぞ。


「おばあちゃんになってると思った? ……ああ、本当にシオンなの?」


「ああ、遅くなってすまない。本当はもっと早く会いに来たかったんだけど……」


 俺の言葉の途中で、スミレは俺に抱きつく。俺はゆっくりと抱きしめ返す。


「シオン……ああ、シオン。ずっと……ずっと会いたかった。シオンにずっと会いたかった!!」


 スミレは堰を切ったように俺の名前を連呼する。ずっと会いたかったと……とうの昔に忘れてもいいはずなのに。


「ああ、俺もだ。ずっと会いたかった。……本当に会いたかった」


 俺の方は三年……たった三年だ。それでも会いたかった。一日たりとも忘れたりはしなかった。俺はしばらくの間ずっとスミレを抱きしめていた。



 ――――


 一頻り再会を喜んだあとに、少し落ち着いて席に着くことにした。


「お茶入れてくる」


 泣いた後なので、少し目が赤く腫れている。お茶ついでに、顔も整えるみたいだ。俺は大人しく待つことにした。


 待っている間に部屋の中を見てみる。この家は、一言で言うと、現代のログハウスのような家だ。今いる場所はダイニングルームだろう。奥にはキッチンがあって、今スミレがお湯を沸かしている。

 他には扉が三つある。個室だろうか? 寝室や執務室かもしれない。一応村長だから、仕事も多いだろう。アイラもこの家に住んでいるのだろうか?


「お待たせ。日本茶やコーヒーはないけど、このお茶も中々美味しいわよ」


 いつもエルフが飲んでいるお茶らしい。香りに特徴ある。ハーブティーのようなものかな?


「へぇ……美味しいな」


 一口飲むと、何とも言えない香りが口の中に広がる。うん、美味しい。


「でしょう。これを飲みながら読書をするのが、幸せな一時なの」


「変わらないな。というか、ここに本なんてあるのか?」


 そういえば、さっき会ったアイラも何か読んでいた。あまり意識してなかったけど……この百人弱の村で本が何冊もあったりするのか?


「数は少ないけど、無くはないわね。それと、最近は自分で書くことが増えたかな。地球で読んだことのある話や、体験したことを思い出しながら、物語にするの。それを娘に読んでもらう。意外と楽しいものよ」


「アイラにはさっき外で会ったよ。……スミレにそっくりでビックリした」


「そう? 自分ではそうは感じないけど?」


「そう思ってるのは本人だけってね。アイリスにも面影を感じたけど、アイラは本当に瓜二つだと思うよ」


「そっか。アイリスにも会ったのよね。あの子、元気してた?」


「ああ、俺が会ったのは三年前だったけど、元気にしてたぞ。そうそう、手紙も預かっている」


 俺はスミレに手紙を渡した。


「今読んでいい?」


「ああ、内容は俺も読んでないから知らないけど、聞かせていい範囲で教えてくれると嬉しい」


 スミレは俺の許しを得ると、すぐに手紙に目を走らせた。


 ……完全に母親の顔をしてるな。見た目はあまり変わってないけど、仕草や表情、話し方などは大分変わってる。

 それを少し寂しく感じる。その変わっていく時間を、一緒に過ごせなかった寂しさ。


「まぁ!? あの子達、シオンの家に辿り着いたの? 何か本当に変な運命を感じるわね」


「最初に会ったときは驚いたよ。まさか異世界が本当に存在するなんてな」


「それにしても……こっちじゃ五十年以上も経ってたのに、まさか一年しか経ってないなんてね。シオンが変わってない訳だわ」


「難しい話は分からないが、流れる時間は同じでも、地球と繋がる時間軸が違うらしい。俺がこっちに来てから、大体二年ちょっとだから……俺の感覚では、スミレと離れてから三年くらいだ」


「三年か……私もそれくらいしか経ってなかったら、どんなにか良かったか。……ああ、ごめんね。しんみりさせちゃった」


「いや、いいよ。それより手紙には、他に何か書いてあるの?」


「そうね。……シオンが手紙を読んで泣いたこと? それから……えっ? あの子そんなことまでシオンに言ったの!?」


 何だろう? スミレの顔に照れが見える。


「シオン……あの子と買い物に出掛けたときに、その……」


「ああ、手を握るのが夢だったって話か? 言ってくれれば、何時だって繋いだのにな」


 俺はニヤニヤしながら答える。こんなに照れて感情が豊かなスミレは新鮮だな。


「全くあの子は……でも安心したわ。あの子が幸せそうで。今もシオンの家で暮らしてるのかしら?」


「多分な。数年は何もしなくても暮らせるだけのお金は渡したし、飲み込みも早そうだったから、ちゃんと暮らしてるだろう」


「そう。……良かった」


「……やっぱり母親なんだな」


「幻滅した?」


「いや、自分の子を大事にする親で安心した」


「私は親に愛されなかったから……。その分、あの子達を愛そうと誓ったわ。……ごめんね」


「何を謝る?」


「だって……シオンを裏切っ…」

「裏切ってない!」


 俺はスミレの言葉を遮って叫んだ。


「シ……オン?」


 スミレはビックリして俺を見る。


「何でそんなに自分を責めるんだ! 裏切る? それなら俺だってスミレのことを守ってやる約束を破って危険な目に逢わせて……」


「そんな! シオンは日本にいたんだからしょうがないじゃない」


「そう、日本にいたんだよ! だからスミレも、そんな男のことなんて忘れていいんだ!! 俺はそんな何十年も思い続けていい男なんかじゃない!」


「シオン……」


「俺はアイリスからスミレの生存を聞いて、本当に嬉しかった。だけど同時に悔しかったし、悲しかった。辛いときに一緒に過ごせなかった悔しさと、いつまでも俺に縛られていたことが悲しかった。もう俺のことは大丈夫だから、スミレも幸せになってくれ。それを言いにここまで来た」


「ごめん。……本当にごめん」


「だから謝らなくて良いってのに。……好きだったんだろう? 旦那のこと」


「……うん。もういないけど、あの人のことも本当に好きだったの。だから……ごめん」


「今は……幸せなんだろう?」


「うん、離れていても、アイリスは元気だと分かったし、アイラもいる。それに私は、このエルフの村が好き。ここでエルフの皆と暮らせて本当に幸せ」


「そっか……良かった」


「ねぇ。シオンの話も聞かせてくれる? こっちに来てからのシオンの生活に興味があるわ」


「ああ、じゃあまずこっちに来る前の準備から……」


 俺はソータ達がやって来てからのこと、魔王城に着いてからのこと、ヘンリーやエキドナ、ゼロなどの魔王達の出会い。そして今のシクトリーナのことを全部話した。


 姉さんやヒカリの話には懐かしそうに微笑み、赤の国の話には少し辛そうに、そして町づくりには楽しそうに聞いてくれた。


「ヒカリにサクラ……懐かしいわね。元気にしてる?」


「ああ、二人とも元気すぎて困ってるくらいだ。二人もスミレに会いたがっていたから、今度連れてくるよ」


「本当!? 嬉しいわ。でも……懐かしい気持ちはあるんだけど、彼女達と何を話していたのか、どんな遊びをしていたのか全く覚えてないの。薄情よね?」


「いや、そんなもんだろ? 俺だって小学校や中学校の友達の名前を聞くと、懐かしいって思うけど、そいつらと何やってたか何て覚えてないぞ。再会して話しているうちに、あーそんなこともあったかな? って思い出すんだ」


「そう言うものかな?」


「そう言うもんだよ。きっと」


「じゃあ……楽しみに待ってる」


 スミレは嬉しそうに微笑んだ。


「へぇ母さんってそんな風に笑うんだ」


 突然別の場所から声が聞こえる。声がした方へ、バッと振り向く俺とスミレ。


「あ、アイラ。帰ってたの?」


「……いつまで話しているの? 外はもう真っ暗よ。そっちのシオン……さんだっけ? 連れがずっと外で待ってるわよ」


「「えっ!?」」


 俺とスミレは同時に外を見る。確かにすでに日が暮れている。そして屋敷の前には三人の姿が……。


「ヤベー、ちょっと行ってくる」


「あっ、夕飯食べるでしょう? お仲間さんも。急いで準備するから。何人いるの?」


「済まない。俺入れて四人だ。じゃあちょっと行ってくる」


 俺は急いで屋敷を飛び出した。後ろからは「さっ、アイラ手伝って。……あれっ? そのストール……」と聞こえてきた。

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