第73話 娘
俺達はエルフの案内で、村へと招待された。
俺のエルフの村のイメージって……木の上に家があるのんだけど、そうじゃなかった。
フィーアスや、人間の村と同じような、ありふれた村だった。
村人は……エルフだけ。そりゃあそうだよな。結構人数はいそうだ。
そして、やはり全員が、俺達を遠目から見ている。まぁ人間の客なんて珍しいだろうから、仕方ないよな。
「ツクモ様は一番奥の屋敷におります」
案内のエルフは真っすぐに奥へと進む。流石にウロチョロはさせてもらえないようだ。……後で見学とかさせてもらえないかな?
「結構人数は居るみたいですね。何人くらいが住んでいるのですか?」
「そうですね。今は男性が五十弱、女性が六十弱、住んでおります」
この迷いの森という閉鎖したエルフの村の中で、百人以上住んでるのか。この世界のエルフの人口がどれくらいか分からないが、多いように感じるな。
「へぇ。エルフの村って他にもあるんですよね? 交流とかしてるんですか?」
「別に敬語で話さなくてもいいですよ。貴方の人となりは、先ほどまでのやり取りで多少は分かっているつもりです」
「そうかい。じゃあそうさせてもらうよ」
「はい。で、他の村との交流ですね。エルフ間の連絡手段もありますし、ないとは言いません。ですが、基本的にはありません。他の村が困っていると助け合うくらいでしょうか」
「ふーん。連絡を取り合う手段はあるのか」
「ええ、流石に手段は答えられませんが、あるとだけお答えします」
「いや、ただの好奇心だから、答えられないなら大丈夫だ」
「そう言っていただけると助かります。それで……こちらからも質問ですが、アイリス様は……」
「最後にあったときはもう二年前だけど、こことは違う平和な場所に住んでいるから、恐らく元気してると思うぞ」
「そうですか。アイリス様がここから旅立ってもう四年くらい経つでしょうか。私達には全く情報が入ってきませんでしたので……」
「まぁ情報が手に入らない場所にいるからな」
その後も俺達は他愛無い話をしながら歩く。空気を読んでか、リンたち女性人は珍しく大人しくついて来る。
――――
もうすぐでスミレの家に辿り着く……。その途中で、俺は木陰で本を読んでいる一人のエルフに目を奪われた。目だけでない。心が鷲掴みにされたくらいの衝撃を受けた。
そのエルフを見て、俺は昔の光景が思い浮かんだ。教室で本を読んでいたスミレ……俺が一目惚れしたあの光景。それにそっくりだった。
殆ど無意識に俺の足は彼女へ向かって歩み始める。
「あっ、ちょっと!?」
案内のエルフの声が背後から聞こえる。だが、俺は振り向きもせずに、そのまま彼女の前に立つ。
「……何? そこに立たれると、暗くて読みづらい」
彼女は無視しようとしていたが、俺が影になった所為で無視できなくなったようだ。
それよりも、その声と口調。そして、こちらを向く顔も……何もかも彼女にそっくりだった。
「……すまない。ちょっと昔を思い出してな……懐かしかったんだ」
俺は謝りながら、少し横に退く。
「懐かしい? 貴方とは初対面だと思うけど?」
「そうだな。君とは初対面だ。ただ……君のお母さんと面識があってな。君によく似ていたんだよ」
実際に娘かは知らない。でも、他人とは思えないほど似ている。まず間違いないだろう。
「そう、母の知り合いなのね。じゃあさっさと行ったら?」
彼女は自分に用事はないと分かって、さっさと読書に戻る。その素っ気なさも彼女にそっくりだ。
ヤバい……ちょっと泣きそうだ。何でだろう。懐かしいからか? 嬉しいからか?
俺の気持ちを察したのか、スーラが何も言わずに俺の肩から離れて、エイミーの元へと向かって行く。何も言わずに俺の気持ちを汲んでくれるスーラは、最高の相棒だ。
「ねぇ? 何で泣いてるの?」
どうやら泣きそうじゃなくて、本当に泣いていたみたいだ。俺はハンカチを取り出し涙を拭う。
「どうしてだろうな。嬉しかったからかな」
「なんなのそれ?」
彼女は意味が分からないと首を振った。
「なぁそこは少し寒くないか?」
俺は少し誤魔化し気味に話題を変えてみた。
「どうかしら? 寒い時もあるし、そうじゃない時もあるわ」
「……もし良かったら、これを貰ってくれないか?」
俺は自分が羽織っていたストールを、彼女へと手渡す。彼女は黙って受け取ると、大きく目を見開く。
「これ……姉さんの!?」
やはりアイリスの妹か。ストール自体珍しいから、すぐにアイリスの物だと気がついたようだ。
「ああ、元々は君の母さん物で、それをアイリスが貰ったんだ。それをアイリスから受け取ったんだが……多分次は君の番だ」
彼女は少し悩んでストールを受け取る。手に持ったストールをしばらく見つめた後、彼女は優しく微笑んだ。……笑った顔もそっくりだ。
「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」
彼女はストールをひざ掛け代わりにすると読書を再開した。
「よければ……君の名前を教えてくれるか?」
「……アイラ」
アイラはこちらを見ずに答える。
「そうか。アイラか。悪かったな読書の邪魔をして」
アイラはもう答えない。こちらを見る気もないようだ。だけど、それでいい。俺は満足して、皆の所へ戻ることにした。
「待って」
振り返るとアイラは俺の方を見ていた。
「何だ?」
「……貴方の名前は?」
「シオン。九重紫遠だ」
俺はこの二年使ったていない名字を伝えた。何故かフルネームで答えたかった。
「……そう。貴方が……もういいわ。行って」
再び読書に戻るアイラ。俺のことを知っていたようだが……恐らく答えてくれないだろう。今度こそ三人の元に戻った。
「すまない。時間取った」
「いえ、気にしないでください。……シオンさん、何か嬉しそうですね」
あまり顔には出さないようにしたつもりだったが、ラミリアにはバレバレだったらしい。ってか、さっき泣いていたのも見られたかもしれない。
「ああ、嬉しいんだろうな。きっと……さ、時間を取って申し訳なかったが、先に案内してくれ」
「はい。もうすぐそこです」
案内してくれたエルフの言う通り、目的地はすぐそこだった。
「この中でツクモ様がお待ちです」
「そっか……なぁ。お願いがあるんだが……」
俺は三人とスーラに話しかける。スーラは先ほどから変わらずエイミーの肩にいる。
「分かっています。一人で会いたいんですよね?」
「再会を邪魔することはしません。ゆっくりお話ししてきてください」
「私らはこの人に色々とお話を聞いてるっス」
《シオンちゃん……待ってるね》
「皆……ありがとう」
俺はそう言って、スミレの待つ屋敷へと一人で向かった。




