第10話 異世界に出発しよう
日本にいる最後の朝。
時刻は7時前、俺は起きて顔を洗う。うん、頭がスッキリした。
スマホを見る。姉さんからの連絡は来てない。
こちらからまた電話するか? いや、朝の忙しい時間でもあるから止めた方がいいだろう。
「おはよう、紫遠くん。僕は早速出かけようと思うけど……」
すでに起きて活動をしていた透が挨拶してきた。
「ああ、透。おはよう。早くないか? まだ店が開いてないだろ。俺は店が開く時間に書店や買い忘れのものを仕入れてくるよ。で、昼御飯を食べたらいよいよ出発かな」
「出発はお昼過ぎだね。了解だよ。この時間でも駅中ならすでに開いている店があるから僕はそこに行こうかと思うんだけど。戻ってきたら一緒に最終確認しようね」
なるほど、この時間でも駅の中ならすでに開店してるのか。書店も開いてそうだな。近所の店が開店する十時まで待つ気だったが、俺も早めに行動しよう。
俺も一緒に行くといったが、透に断られた。
「先に学校に行こうと思って。知り合いに頼んでいたものを取りに行ってくるよ。ついでに足りない食料品も調達してくるから……三時間後くらいに帰ってくるよ」
透は電気を使わない昔の便利アイテムを知り合いから片っ端に頼んで色々と探してもらったようだ。
「ふーん、了解。戻ってきたら戦利品を教えてもらうよ」
「期待しててよ。見たら驚くかもね。じゃあ時間が勿体ないから行ってくるよ!」
そう言って透は出掛けていった。
俺はまだ起きてこない三人に簡単な朝食を準備し出かけることにした。
流石に駅中の書店だと小さいから品揃えは多くないが、実用書や料理本はそれでもあったから片っ端から買うことにした。
ついでに文房具点に行き、文房具を大量に、駅の土産屋で日持ちのしそうなお土産を大量に買った。考えたら甘味系は賞味期限を気にして買ってなかったから、お土産の饅頭などは丁度よかった。
駅に来なければ思いもつかなかっただろう。丁度よかったと思う。
金額にすると駅中だけで百万以上使った。そろそろ金銭感覚がマヒしてきた。この三日間で一体いくら使ったんだ? そして帰りにスーパーで消耗品を大量購入し、俺はホクホク顔で帰宅した。
家に帰ると三人はすでに活動していた。
「おはよう。朝ごはん準備してたけど食べた?」
「ああ、おかえり。食べた食べた。準備で忙しいのにわざわざすまないな」
「自分が食べるののついでだったから気にするな」
「じゃあ、帰ってきて早々申し訳ないが少しいいか? 話があるんだ」
改まってソータが言う。後ろの二人も真剣な顔だ。
「何?」
俺は少し身構える。
「別に身構えなくてもいい。出発前に俺たちからそれぞれプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「まずは俺から」
俺はソータから手に持っていた鞄を受け取る。中には手紙やらノートが入ってる。
「このノートには、向こうでの異世界人として、俺なりの過ごし方を書いておいた。カラーズの常識や地球との違いなど、苦労したことや、失敗したことも含め書いてある。あと、向こうで信用できる人の居場所や名前も書いてある。その人への紹介状も付けているから必要があったら使ってくれ」
結局時間がなくてあまりカラーズのことを聞けなかったから正直助かる。俺はソータに礼を言った。
「次は妾じゃな。妾からはこれじゃ!」
そう言ってクミンも鞄を渡す。中には本が何冊か入ってる。
「カラーズの魔術関連と錬金術関連のの書物じゃ。それとこれじゃ!」
そう言って一冊のノートをくれる。それは可愛い文字で『初めての魔法講座』と書かれたノートだった。
中を開くと、デフォルメされたクミンのイラストが描かれており、初めに魔法とは? と説明と漫画が描かれている。しかも日本語で。イメージは通信講座のチラシにある紹介漫画のようだ。物凄く凝ってる!
「えっ!? まさかこれ作ったの!?」
「勿論じゃ! こっちに来て漫画の素晴らしさに感動してのぅ。ただ文字しか書いてない本なんかより余程分かりやすい。あれはいいものじゃ。どうせ魔法について教えるならと作ってみたのじゃ! 結構苦労したから大切に読むんじゃぞ」
わずかな時間でこのクオリティーで作れるとは……ただ漫画を読んでたり、ネットをしてただけじゃなかったのか。
「ありがとう。ゼロから魔法を覚えなくちゃいけないと思ってたからすごく助かる」
「うむ、それがあればすぐに魔法が使えるようになるとはずじゃ!」
確かにこれはすごく役に立ちそう。
「最後は私ですね。私からはこれをどうぞ」
そう言ってアイリスは二種類の鞄を渡してくる。
「まずこちらは私達が集めていたお金や魔石など金銭的価値のあるものです。価値や物の相場についてはソータさんのメモに書いてあります。それからこちらの鞄に魔道具が入ってます。中には魔道具のリストも入ってるので取り扱いには注意してください」
貰った鞄の中を見てみると、いくつかの袋が入っている。おそらく魔道具ごとに分けているのだろう。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「あと、これは向こうについてから必ず舐めて欲しいのですか……」
そう言ってアイリスは自分の懐のポシェットから一つの容器を取り出す。中には飴みたいなのが入ってる。
そして、ゴホンと咳払いをした後、
「ほんやくアメちゃん~黒蜜味~」
どこかのネコ型ロボットのような言い方をする。
……微妙な空気が流れる。誰も何も言わない。
まさかアイリスがそんなボケとかますとは思わず、俺もしばらく固まってしまった。
やったアイリスも恥ずかしかったのか、顔が真っ赤になっている。
「な、何ですか! その可哀想なモノをみる目は! 何か言ってくださいよ!」
どうやら羞恥心が限界を突破したらしい。俺があえて何も言わないことで恥ずかしさを増すことになったようだ。
「だって…ねぇ? 何でいきなりそんなしゃべり方を?」
俺はとりあえず疑問を口にした。
「母が地球ではとっておきのアイテムを出すときはこんな風に喋らないといけないと言ってたのです。ソータさんも以前やってました」
騙されてる。それ騙されてるよ。ソータは目を背けて小刻みに震えている。笑いを堪えているようだ。
「アイリスそれは違うぞ。ソータ達の嘘だ。その言い方するのは子供向けのアニメのキャラクターだけだぞ」
「なっ!? それでは皆さんはあの口調はやらないのですか!?」
アイリスは絶句する。
「ああ、普通はしないな」
「でも母も口にしてましたが?」
「あー、それって結構昔じゃない? あいつって同年代とかには絶対にそう言うことはしないけど、子供には甘いところがあるから」
心当たりがあるのだろう。アイリスは納得した。
そして、アイリスはソータの方をキッ!と睨み付けた。
笑いを噛み殺してたソータが、我慢できなくなって吹き出した。
「はははははは! いやー、お前にそんな一面があったとは」
ソータは腹を抱えて笑っている。
「ソータさんは、後でお話があります」
ドスのきいた声でアイリスはソータに言った。
そしてコホンっと呼吸を整え、こちらへ向き直る。
「えー、こちらは魔道具の一種になるのですが、これを舐めると知らない言語や文字が分かるようになります」
それで翻訳飴ちゃん。……なるほど納得だ。
「それ凄いな。じゃあ、それがあれば向こうの人と会話が困らないと?」
「その通りです。ですが、注意点もいくつかあります。まず、話す時の注意ですが、話し相手から話す声はちゃんと聞こえます。ですが、こちらから話す場合は若干ですが、魔力を消費します」
「どういうことだ?」
「$€%€$#&」
突然アイリスの口から聞き取れない音が聞こえる。
「こういうことです。私は今、日本語を話す時には魔力を消費して話しています。魔力を使わない場合が先程の声です。どうですか? なんて言ったか解らなかったでしょう?」
「ああ、さっぱり」
「ようするに、シオンさんがこれを舐め、魔力を帯びれば話し相手の言語を、魔力がなければ日本語を話します」
「じゃあ着いたばかりの魔力がない状態だと、俺は相手の言葉は理解できるけど相手に向かっては話せないってことになるのか?」
アイリスは頷く。
「ですが、魔力は誰でも持ってますから少し練習すれば大丈夫です。消費魔力も殆ど使用しません。クミンさんが作られた本で勉強すれば、すぐに使えるようになりますよ」
向こうに到着したら人に出会う前に魔法の練習をしないといけないみたいだ。
「次に文字の方ですが、こちらは読むことは出来ますが、書くことは出来ません。こちらは魔力は関係ありません」
「読めるのに書けないの? 何で?」
「日本語で例えますと、薔薇と言う漢字があります。読むことが出来る人は大勢いるかもしれませんが、書ける人は少ないと聞きました。単語はだけではありません。本を読むことは出来ても、敬語や文法などは自分が理解してない部分は勉強しないと書けません」
何となく分かった。英語で考えると
『I plan to go to the library today.』
(私は今日は図書館に行く予定です。)
単語は全て知っているし、読むことも出来るが、実際に書けと言われたら難しい。今の例みたいな簡単なのならともかく長い文章などは書けないだろう。
単語ならすぐに覚えれそうだが、文法とかは難しいからな。
「ソータさんのノートに簡単な文章の書き方が記されてあります。時間がある時に勉強してください。尚、人族やエルフなど全種族が使える共通語とそれぞれの種族が話す言語がありますが、この飴は全部の種族の言葉がわかり、更にある程度の魔物の言葉まで分かります」
「じゃあどんな生物とでも話せるのか!?」
魔物の言葉までわかるのか。想像以上に高性能だ。
「具体的には魔石を持っている魔物の言語ですね。魔石のない動物は無理です」
魔物に関しては魔石が重要なのか。
「実はこの魔道具を作ったのはソータさんなんです。なので市場に出回ってないです。紛失したら二度と手に入らないですよ」
「マジか! スゲーなソータ!」
俺は素直に賞賛した。
「まぁ俺も言葉の壁は苦労したしな。アイリスの母親も言葉を覚えるまでは大変だったと聞いた。俺のラーニング能力で作ることが出来たんだ」
ソータは魔法で言語をラーニングしたらしい。他にも錬金術や魔道具制作技術もラーニングで出来たとのこと。まさにチート性能だな。俺の魔法もチートになれるかな?
しかし、無くなると二度と手に入らないわけだ。飴は見た感じかなりの量は入っているが、知り合った人皆に……なんてのは無理だろう。
「シオンさんとトオルさんが舐められた後は、どうしても日本の本を読ませたい人にだけ与えた方が良いと思います」
俺達が持って行く本を読ませたい人にだけ……か。
「分かった。ありがとう」
「最後にこちらを」
そう言ってアイリスは随分とくたびれたストールを渡してくる。
このストールには見覚えがある。
「シオンさんが母にプレゼントしたストールです。流石に五十年以上も経っているのでボロボロですが、母が大切に使っていました。旅に出るときに私にくれましたが、多分シオンさんに渡した方がいいと思いまして」
俺はストールを両手で受け取り優しく抱きしめる。肩から羽織れるように、座って本を読むときは膝掛けに出来るようにとプレゼントしたんだ。
よく見ると所々直した箇所がある。ずっと……大事にしてくれたんだ。ヤバいまた泣きそうになってきた。
「ありがとう。これは俺が大事に使わせてもらうよ」
俺は早速肩に羽織る。ボロボロだし女性用だが気にしない。
――――
「へぇ~。そんなものがあるなんて便利だね!」
帰ってきた透にソータ達から貰った物を説明した。
「しかもソータが作ったってのが驚きだ。俺達も魔法が使えるようになったら色んなことが出来るようになるんだろうか?」
「そうだね。出来れば色々出来そうな色の属性がいいよね」
「全くだ。早く向こうに行くのが楽しみだ!」
今は透と荷物の最終確認をしている。
俺は透が持って帰ってきた物を見て色々と驚かされた。
まずはそれは大きさがバラバラな三機のドローンだった。
透曰く、偵察とか出来たらいいし、農作業にも役立つしね。とのこと。
日本とは違い異世界では大きなドローンを飛ばしても問題にはならないだろうし、使いこなせれば非常に便利だ。
次は鏡やら化粧品、石鹸類、アクセサリーにガラス細工。試供品感覚で量は多くないが向こうで量産する気なんだろう。女性向けのアイテムなので完全に抜けていた。
他にはミシンや布、糸、服の型紙など、向こうで生産するのだろうか?ミシンは昭和の頃の足で踏んで動くミシンだ。電気も使わない。
一風変わったものでろくろやそろばん、電池や電気を使わない電卓や洗濯機なども用意している。
書籍は生産系の本だけでなく科学の本や学校の教科書まで揃えてる。
あいつは本当に向こうで革命を…産業革命を起こす気なのだろうか?
「透、お前スゲーな」
俺は素直にそう思った。俺が考えつかないようなものまで完璧に用意している。こんなに準備しているのはそれだけ本気と言うことだ。俺よりよっぽど真面目に考えている。
「準備より、実際に向こうでちゃんと出来るかどうかの方が大事だよ。頑張ろうね!」
「そう…だな! 俺も向こうでは頑張るよ!」
俺はそう誓った。
最終確認も終了した。
荷物が大量になり過ぎたので入りきるか? とも思ったが、透に抜かりはなく、リアカーを準備してそこに乗せていく。どうやら車で引かせて一緒に持っていくようだ。
――――
「地球最後の食事がインスタントラーメンとおにぎりってどうよ?」
最後の昼食に呆れたようにソータが言う。
「仕方ないだろ、時間なかったし……それに俺はラーメン好きだし!」
実際にラーメンは大好きだ。荷物の中にもインスタントラーメンやカップラーメンは多目に入れてある。ラーメンは早く向こうでも料理で作れるようにしないと!
「まぁお前らがいいならいいけどよ……」
ソータはそう言ってるが、まだブツブツと最後の食事が……など言っている。
こいつはただ俺が作る食事を食べたいだけじゃないだろうか?
「それで、食べたらすぐに出発でいいのか?」
「ああ、向こうと時間が同じかは分からないけど、出来るだけ日中に着きたいからね」
向こうでも昼の方が活動しやすい。飛ばされて、いきなり夜の森に放り出されても困る。
「そっか、ならゲートを開ける準備をしてこよう」
そう言って、さっさと食べ終わってソータは立ち上がる。
「ああ、俺達もすぐに行く」
俺はゆっくり味わって最後の食事を堪能した。
――――
「よし! 出発だ!」
俺は意気揚々と宣言した!
「最後までゆっくりしてたくせによく言うよ」
うるさい! 食事はゆっくり取るものなんだよ!
「忘れ物はないか?」
キャンピングカーの点検は済んでいる。尚、緋花梨が隠れて乗り込んでいないことも確認ずみだ。
本当にあれが最後の別れだったんだな。
最後に連絡しようか? とも考えたが止めておいた。今さら何を言おうというんだ。
透は自分の車に乗っている。後ろから追いかけてくるようだ。
「大丈夫だ! 始めてくれ!」
俺がそう言うとソータが門ゲートの前まで行き、両手を前に出して念じ始めた。
「最後に簡単なアドバイスを。向こうでは人間は名字は貴族以上しか使わないため、九重の姓は使わない方がいい。それだけでも揉め事が少なくなる。あと、拠点にするなら、獣人の国かドワーフの国にしろ。人間の町には出来るだけ近づくな。特に赤の国……あそこはヤバい。貴族以外はどんない仕打ちを受けるか分からない。どうしても近づく時は辺境の村辺りにしろ。町と違って村ならまだまともな人間が多い」
「…そんなに赤の国は酷いのか?」
「ああ、酷い。特に国の都市以上の所はな。村は酷くないが、町に近いと人の流れが多いから、貴族など滞在する可能性がある。十分気を付けることだ。詳しくはノートに書いてるから読んどけ」
「ああ、分かった」
「じゃあいくぞ。『ゲート察知』…OK、『連結』…OK、『魔力注入』…OK、『ゲート開放!』」
ソータがそう叫ぶと目の前にゲートが拡がった。
螺旋を描くかのような歪んだ空間、入ったら吸い込まれて二度と出ることは出来なさそうな物々しさを感じる。
これに飛び込むのはそうとうな勇気が必要だ。
俺が物怖じしていると……
「何をしている! 早く入るんだ! あまり時間はないぞ!」
ソータの叫び声が聞こえる。
俺は慌ててアクセルを踏む。
「それじゃあ行ってくる!」
それだけ叫んでゲートの中へ突っ込んだ。後ろから透もついて来ているのが分かった。
――――
ゲートの中はまるで体が溶けそうな、骨がなく、軟体動物にでもなって、海の中にで泳いでいるかのような奇妙な感覚になる。
このまま、溶けてしまいそうだ。
意識も若干朦朧としているところで、突然視界が光に包まれた。と、同時に先ほどまでの奇妙の感覚がなくなっていく。
「うわっ眩しい!」
思わず声に出てしまう。同時に体も地に足がついた感覚を取り戻す。
ゲートを抜けたのか? 頭がはっきりしない。初めてソータに会ったときは、ソータもこんな感じだったんだろう。
少しずつ慣れてきた。大きく伸びをした後、俺はまずは後ろを見た。
そこにはちゃんと透の車がある。透も無事のようだ。
俺は安堵した。そうして辺りを見回して俺は絶句した。
広々とした空間、大きな柱、物々しい壁、豪華な扉、高い天井に煌びやかなシャンデリア、そして燦然と輝く玉座。
所々壊れてたり荒れてたりしているのは戦闘跡だろうか。
逡巡した後、俺は一つの結論に辿り着いた。考えたくないその結論……ソータがカラーズの最後にいた場所。……間違いない。ここは魔王城だ!!
俺たちの異世界生活はラスボスの部屋から始まることになった。




