少年とカラオケ
近くにあるカラオケ店には、以前会社の同僚達と飲みに行った帰りに利用したことがある。10階位のビルの3階にあり、オレンジ色の壁が印象的な造りになっていて、大小様々な部屋がある。
受付には、店員は一人しかいないようだった。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「2名で。」
俺は答えた。
「…1名でいいんじゃないですか?」
俺の後ろにいる少年が口を挟んで来た。
「お客様、もう一名様は後ほどいらっしゃいますか?」
店員が言った。
いや、後ろにいるんだけど…。やっぱり見えてないんだな。
「あ、すいません。やっぱ一名で。フリータイムで。」
「かしこまりました。ご案内致します。」
通された部屋は少人数用のへやで、多くても4、5人が限界だろう部屋だった。
俺が奥の方のソファに腰を下ろすと、少年は、俺からなるべく離れて座ろうとして、一つだけあった円形のスツールに腰を下ろした。
「さてと。」
俺が喋り出すと、少年はその不思議な色の目で俺をチラッと見て、また視線を逸した。
「いろいろ説明してもらいたんだよね。」
「そうですよね〜…」
「まず…名前は?君の名前。」
「う〜ん…昔は大和って呼ばれてましたけど…今は…死神?もしくは…お迎え?とかって呼ばれます。」
「死神…死んだ人を迎えにくる…そういう類のやつなの?」
「そうです。」
「俺を殺すのか?」
「へっ?いやいや、全然、そんな、そんなことないです!殺したりしませんよ!」
少年は激しく頭と手を振って否定した。
その姿は、死神と言うにはやけに可愛いらしい。
「まぁ、君が死神だか何だかはよく分からんが、確かに普通の生きてる人間じゃないっていうことは分かった。俺にしか見えないみたいだし、君のこと。」
「そう、それが不思議!なんでですか?」
逆に質問されてしまった。ちょっと待てよ。
「そんなの知らないよ!むしろ俺が聞きたい!」
少年が訝るような目でこちらを見つめ、ぶつぶつと呟き出した。
「なんでだろう?なんでまだ死んでもいないのに梅津さんには僕が見えているんだろう?もうすぐ死ぬから?いや、でも、まだ一年先だし…?」
「それ!まぁ君がその、ホンモノの、死神だとして。俺、来年死ぬの?」
「…………」
少年はしばし考え込んだ。
「そういえば。」
はっとしたようにこちらを見つめる。
「梅津さんは、僕のこと、怖くないんですか?」
怖い。突然現れた少年。俺にしか見えない存在、聞こえない声。自分のことを死神だと言っている。俺がもうすぐ死ぬと言っているー。
あれ?でも待てよ。恐怖を感じない。店であったときから。怖いは怖いけど、頭で考える怖さというか、逃げ出したいと思うようなものじゃない。幽霊を見ちゃったときのような怖さ、ではない。見たことないけど。
なぜだか今は、彼の存在は凄く自然なもののように感じる。
「まぁ、他の人を迎えに行ったときも、怖がられたりしなかったからなぁ。でも、他の人達は死んでたから、そういうもんだと思ってたけど。生きてる人でもそんなに怖くはないのかも…」
「それはいいから、それより、さっきから俺の質問に一つも答えてないよね!」
コンコン。
急に扉を叩く音がした。
「お飲み物お持ちしました〜。」
カラオケ店の店員だ。ワンドリンクオーダー制だから、受付のときに頼んだアイスコーヒーを持って来てくれた。
「他にご注文がお有りでしたら、そちらの受話器でご注文下さい。」
そう笑顔で言うと、テーブルの、扉から一番近いところにアイスコーヒーを一つ置いて出ていった。丁度、少年が座っている所だ。
「コーヒー、来ましたよ。どうぞ。」
少年が、俺の前までコーヒーを移動させてくれた。今まで気にして無かったけど、物は
つかめるらしい。
「俺の質問!なんで、俺の名前分かるの?俺はほんとに来年死ぬの?そのメモ帳何?」
「あぁーそうそう、このメモ帳はですねぇ…」
喉が乾いていたので、目の前に置かれたアイスコーヒーを一口飲んだ。
「これは大事なものなんですよ。」
と首から提げていたメモ帳を手に取り埃を払うように片手で撫でた。
「これは…死んだ…ひ…の……で…」
急に、少年の声が聞こえなくなってきた。頭も朦朧とする。横になりたい…。
なんで…。
そのまま、俺は眠ってしまった。