その8 オレツの探し物.1
人間界。大教会の窓から見える魔王城に向かって激しく歯軋りをしている人物がいた。
「くそ、オレツめぇぇぇ……。儂の顔に泥を塗りよってぇぇぇ…………」
清廉潔白な白の法衣を身に付け、左胸にはサファイアのブローチ。首元からは菱形に十字のシンボルが下がっていた。彼はヒトライエ・プシンボク。人間界最大の王国イデーカにあるゲエス大教会の司祭だ。
頭と髭の毛の配分を大きく間違えているが、頭は被り物で見えないので問題無しだ。
そのヒトライエ司祭が窓を睨み付けている所を少し離れたところで教会の神父が通り掛かる。
「ヒトライエ司祭何だか機嫌悪そうですね。どうしたんでしょう」
「君知らないのか」
「何がですか?」
「裏切りの勇者ですよ」
「ああ、あの伝説の。オレツ勇者でしたっけ?歴代最強最高の勇者。まさに勇者の中の勇者」
「そうそう」
「それがどうされたんですか?」
「オレツ勇者はヒトライエ司祭の養子なんですよ」
「ほんとなんですか!?」
「しっ!声が大きい」
「失礼…。いやにしてもあの噂は本当だとは……。勇者を買い取り身内にすることによって権力増長させるというのはどこまで真実なのか」
「私の知る限りですと、そうとうえげつない事もされている勇者もいるようですよ。オレツ勇者はどうだか知りませんが。ヒトライエ司祭はそういうのは興味無さそうですし」
「ナモイデント司祭のところは悲惨と聞きましたが」
「ああ…………、うん。あそこはね、色々あるから……」
「あ、ヒトライエ司祭の所に鳩が」
一羽の白鳩が窓に止まる。頭に金の王冠が描かれたのは王宮からの鳩だ。ヒトライエ司祭は鳩の足に付けられた紙を読み、顔色を変えた。
「フフ、フフフフフフフ。待っておれオレツゥ。今にお前の顔を絶望で染めてやろうぞ…!」
高笑いをしながら去っていくヒトライエ司祭の姿を隠れながら見ていた二人は小さく言う。
「あれじゃあどっちが悪かわかりませんね」
「ですね」
オレツは散歩していた。
場所は重力の崩壊している、重力濁流層。
そこは石の中に重力を発生させる虫がいて、それが気まぐれで上下左右とランダムに変化させる不思議な空間になっていた。洞窟の中だが、重力によっては突然縦穴に変わったりするので、ここの住民は土の中にいるか、どんな状況でも対応できる住み処のやつか、飛んでるやつのみだ。
基本、昆虫種が多い。
そんな中、オレツは魔法無し縛りで遊んでいた。
初めは急な重力切り替えに戸惑うが、慣れればとても面白い遊び場である。
しかし今回オレツは遊びながらあるものを探していた。目的なものは銀色に輝くシルクに似た手触りの、ドラゴンさえ千切ることの出来ない糸だ。
「あらん。勇者? あん、間違えた。オレツ様じゃないん?」
「クラトネ、久し振り」
オレツが探していたのはアラクネ族のクラトネだ。クラトネは大きな空間に見えるか見えないかの細い糸の罠をたくさん張った住処にすんでいる。八つの目が天井で直立しているオレツに目を向ける。
「今日はどうしたのん?わたしに食べられに来た?」
「それはツマさんが悲しむから無しで。今日は糸を貰いに来た」
「ふーん?ただではあげないわよん。対価はなーに?」
オレツは鞄から蜘蛛の巣をイメージしたアクセサリーを取り出した。
「龍の髭から作った。軽いし頑丈。火にも強い」
「あらん!!」
クラトネは器用に蜘蛛の下半身でオレツに近付くと、龍の髭のアクセサリーを身に付けた。艶やかな黒髪に銀色の蜘蛛の巣が栄える。
「どーお?」
「似合ってる」
「本当はあなたが欲しいけど、これで我慢して上げるわん。いくつ欲しいの?」
「このくらいのを三玉」
「だいぶ使うのねん。ちょっと時間かかるから三日後に来てくれるかしらん?」
「いいよ、約束ね」
「はい約束」
オレツは散歩しつつ材料を集めた。時間は限られてる。何とかして全て集めて完成させなければ。
「後は人間界かぁ」
魔王城の屋上に着き、人間界を見詰める。向こうでしか手に入らないのがあるのだ。
本当は行きたくないのだが、こればかりは仕方がない。
「よし、頑張るぞ!」
オレツは人間界を見詰め、一人である決意をしていた。