その6 模様替え
魔王城は人間界ギリギリにある。
理由は。
「そんなの!悪魔の恐ろしさを人間どもに知らしめてやるからに決まっているじゃない!!」
とのこと。
「と、申しておられますが、本当はオレツ様が寂しがらないようにと配慮あっての事です」
「バッ……!違うわよ!!」
ラキの言葉に慌てて否定するがツマンティーヌの顔は正直である。
「まぁ、そのせいで次期勇者を名乗る輩が突撃して来やすいんですけどね」
ふふふと笑うラキの顔が明るく照らされる。原因は外で勇者達がこの城に向かって爆撃魔法を放っているから。もっとも、この城は上位の第8位ランク結界に守られているのでびくともしない。せいぜい窓ガラスに砂粒が当たった程度のダメージだ。
ちなみにこの結界、ツマンティーヌが毎朝張り直すので、昨日ダメージを与えたから追撃で破れると思ったら大間違いだ。毎日新品の結界なので、その日の内に破らねば。
「今日は門を開けないの?」
そう質問すると。
「今日は模様替えの日なのよ。恥ずかしくて中に入れられないわ」
「あ、そっか」
城のダンジョンは生きているので定期的にその形態を変える。形態を変えるといっても地形はそのままで位置や階層、角度が変わるだけなのでその場から動かなければ特に問題はない。
問題というのは盛大に道に迷って戻れなくなる事だ。
例えば誤って袋小路に入った瞬間に違う階層が転移してきて来た道がふさがり断裂された次元に閉じ込められるとか。
その間に勇者が入ると捜索とか救出がめんどくさいので入れないようにしている。
この城だってツマさんの魔力で維持しているのだ。変なところで魔力の無駄使いをさせたくはない。
「あ!」
なのに勇者の一人が魔法使いに頼み込んで瞬間移動で入ってきた。ドアだけは結界を張ってない。ドアは数少ない外と出入り出来る空間だからだ。だから仕方なく普通の鍵で閉め、わざわざドアに『ただいま改装中です。少々お待ちください』と貼り紙をしておいたのに。
「あーあ、しーらね」
「いいわよ別に。一応それでも入る場合は自己責任ですって書いたもの」
「米粒程のスペースに書かれたあれを気付けるのってそうそういないと思うけどな」
「お待ちくださいって書いたの無視して入ってくる輩にわざわざ注意書で配慮してあげてるのよ、感謝されたいくらいよ」
「ま、そうだよな」
書いているのだ。魔王がわざわざ。
ーーぎゃあああぁぁーぁーーー……
何だか遠くで悲鳴が聞こえた。改装トラップに引っ掛かったか。
魔物でも回避できない罠が生まれるから俺達もこうして大人しくしているのに。バカだなぁ。
壁にツマンティーヌが現在の勇者の状況を写し出した。案の定、袋小路に嵌まり出られなくなったもの。突然生まれた落とし穴に落ちていくもの。重力が消えて空中でバタバタしてるもの。磁石に鎧後くっついて身動きがとれなくなっているもの。
「みんな見事に引っ掛かっているなぁ」
「おや?でも見てください。あの人間だけはまだ無事です」
「運が強いのかしら」
勇者っぽい奴が残っていた。
何処だああああ!!!と叫びながら走っている。
「ーーああああ!!!」
突然勇者の声が聞こえた。
廊下がこの部屋に転移してきたようだ。
ばたんと大きく扉が開かれ、勇者が現れた。
「あら、驚いた。とんでもない強運だわ」
ツマンティーヌが素直に驚いていた。
そりゃそうだろう。模様替え中、誰一人魔王のいる部屋に辿り着けるものなんていなかったのだから。
「!!! 魔王ーーー、と」
ちらりと勇者の視線がこちらを向き目が憎悪に染まる。
「この裏切り者がああああ!!!」
勇者が剣を振りかざし襲ってきた。オレツに向かって。
ツマンティーヌが手を出そうとしたのを押さえて、首を振る。これはツマさんが手を出すほどではない。
「ほい」
勇者に向けて手を軽く振ると、シュンと気の抜けた音がして姿が消えた。
「甘いわね、オレツ」
「一応元勇者なもんで」
強制送還。
勇者一行の記憶から、家族の元へと転送した。
これは戦うのがめんどくさいときに相手を強制的に送り返す魔法だ。転移の魔法が使える魔法使いはともかく、魔法の使えない連中は文字通り一からスタートになるので大変嫌がられる魔法のひとつだ。
もっとも攻撃魔法で瞬殺じゃないので、オレツ的には優しい魔法だと思ってる。
「あ、音がやみましたね」
「ほんと」
あちこちから軋む音が消えた。模様替えが終わったらしい。
「はぁー!お腹すいちゃったわ。何か甘いものが食べたいわ」
「リリンに何か作ってもらいましょうか?」
「そうするわ。オレツ!行くわよ!」
「はーい」
強制送還前に勇者から落下したらしいブローチを床から拾い上げ、しばらく眺めると、窓を開けて投げ捨てた。