その3 五右衛門風呂
この魔王城は歪んだダンジョンを改装して作られた。なので、外見は少し大きなゴツい城だが、中に入ればとてつもない広さのダンジョンに切り替わる。
全部で34層あるダンジョンはそれぞれが独立した環境で生態系を作り上げている。例えばつい先日オレツが血糊熊さんを干していたマグマ層もその一つだ。
「ここ良いよねー。火を焚かなくても熱々なお風呂に入れるし」
「ここをそんな風に使われるのはオレツ様くらいですよ」
「えー、そうかな? ほら、彼処にいる魔物も浸かってるじゃん」
「彼らはサラマンダーですから」
「あー、そっか」
五右衛門風呂から顔を覗かせるオレツの視線の先はグツグツ煮えたぎるお湯と、むしろ燃えてるマグマ、固まった黒い岩野裂け目から時折爆発が起こる地面に、絶えず火山岩を撒き散らす火山。空は黒く、赤く、たまに雷が良い感じのイルミネーションになっていた。
そんな中。そこそこ良い感じに煮えた池にドラム缶を突っ込んで五右衛門風呂を完成させたオレツは時々ここに入りに来る。
ここで入るお風呂はオレツのちょっとした贅沢なのだ。
「ツマさんも入れば良いのに。気持ちいいのに勿体無いな」
「オレツ様、魔王様はむやみやたらと人前に肌を晒してはいけないのです。特に此処にいるのは家臣達です」
「なるほどゲルトル良いこと言うね!そうかじゃあ壁とか作れば問題なしだね!せっかくだしうんとお洒落にしよう!ちょっときいてくるね!」
「違いますオレツ様そういう意味ではーーー」
マグマ層でのボスであるゲルトルが言いきる前にオレツの姿は消えていた。
ああ、幹部達の持つ転移の指輪が憎らしい。
一人残されたゲルトルが力無く呟いた。
「ツマさーーん」
「ピャアアアアアーー!!!!きゅきゅきゅ急に現れないでよ吃驚するじゃない!!!」
「ごめんごめん」
ツマンティーヌの眼前にオレツが突然現れたことによって驚いたツマンティーヌが持っていた書類をぶちまいた。それを後ろで部下達が「あーあ」と言いながら拾っている。
「ツマさん、可愛いのが好き?お洒落なのが好き?それともオドロオドロしいの好き?」
「へ?なに?また何か作ってくれるの?」
「うん」
ツマンティーヌの頬がにやける。
魔王として君臨しているツマンティーヌは絢爛豪華な貢物は山ほど貰ったが、手作りを貰ったことは無い。初めてあげた手作りの血糊熊さんをそれはもう大事に大事にしているほどだ。
「えっと、じゃあ私をイメージしたもので!」
「思った以上にざっくりだな」
「オレツの芸術性を見るためよ!ももももちろん今までくれた縫いぐるみはどれも素敵だし可愛いけれど、それは私が指示したやつだからね!今度はオレツのセンスで私を満足させなさい!!」
ドヤヤン顔。
いつもオレツにしてやられているから、先手を打ったらしい。しかし。
「芸術性か、よし!」
オレツは燃えた。
「じゃあ出来たら呼ぶから楽しみにしてて!」
そう言い残すとオレツは廊下を全力疾走で去っていった。
「……何作るのかしら?」
わからないけれど、ツマンティーヌは集め終えた書類を抱き抱え、にやけた顔で仕事に戻った。