その27 ボイン事件
最近、魔王ことツマンティーヌは悩んでいる。
「………」
それは例えば部下の前とか。
あるいはオレツの親族の前とか。
「…ある意味、これは視覚の暴力よ」
ボインボイインと、胸にたわわに実る柔らかい塊を見るたびに、最近自然と自分の胸を見てしまっていた。
ストーンと絶壁。
清々しいほどに見通しのよい体格。
羨ましいわけではないけど、なんとなくオレツの興味がそっちにいってしまったらどうしよう、と、不安になるのだ。
「なぁに?別にオレツ様がそんなことで貴女を嫌いになるとでも思っているのかしらん?」
「そっ…」
脳裏によぎるたわわ。
そうだ目の前のクラトネもたわわだ。
「…んなわけないと思いたい………」
「これは重症ねん」
クラトネは考えた。
なんで突然そんなことを言い始めたのか。
少し考え、ある可能性に行き着いた。
「ねぇ、ツマンティーヌ様。もしかして貴女…」
ツマンティーヌが何よと視線をクラトネに向けた。
「成長したいんじゃない?」
「え…?」
廊下を歩いている。
わりと早歩きで。そうしないと目的地に早く辿り着けないから。
いつもの事。
「いつもの…」
はたと気が付いた。
周りを見てみると、みんな普通に歩いていた。
早歩きをしているのは私だけ。
思い出せば、私に付き添う人もオレツも私に合わせてゆっくりと歩いてくれていた。
視線を下ろせばとても見渡しが良い。
その視線のなか、パタパタとせわしなく動く小さい足。
頭のなかに甦るクラトネの言葉。
ストンと、府に落ちた。
「そうか、私……」
成長したいのか。
ツマさんの元気がない。
仕事をしているのはいつも通りだけど、どことなく落ち込んでいる様子。
そんなツマンティーヌを扉の影に隠れてオレツとエトマンドが覗き見していた。
「…お腹減ってるとか」
「先ほどブリュレをお召し上がりになりました」
「じゃあ違うか」
エトマンドが嘘を言うはずもない。
「風邪を引くわけないし」
魔力が多ければそんなのは全て無効化される。
「………なに?」
エトマンドの視線が突き刺さる。
「オレツ様。仮とはいえ、いずれ貴方は旦那様になるお方です」
「はいそうですね」
何を今さら。
「これから二時間ほど人払いをいたしますので、何とかしてくださいませ!」
「えええ!?ちょっと!?」
ドカンと思い切り背中を押されて転びかけ、慌てて後ろを見るとエトマンドが転移の指輪で消えていた。あのやろー!!
「オレツ?」
「ツマさん…」
小さく驚くツマンティーヌ。
うん。やっぱりおかしい。
いつもならとても大袈裟に驚くもの。
「ええっと、ツマさん?なにか悲しいことでもあった?」
「そっ」
泳ぎまくるツマンティーヌの目。
「んんんなこと、ない、わよ」
………、うん。
「誰だか知らないけどツマさんを悲しませる輩は許せん。ちょっと軽くボコってくるわ」
「待って待ってオレツ待ってストォーーーップ!!!」
魔力を拳に巻き付けて探そうと扉に向かった瞬間、大慌てでツマンティーヌが腰に抱きついて止めてきた。
「違うの!!これは私の心の問題なの!!」
ちょっ、待ってツマさん。
固定の魔法使われたら流石の俺も動けない。
びくとも動けなくなってしまったので、仕方なく魔力を霧散させると安心したようにツマさんの拘束が解かれた。
「そうか、ツマさんの心の問題なのか。じゃあ、俺はどうしよう。そっとしておいた方がいい?」
女の子の問題はデリケートだ。
もし触れてダメな部類だったら男の俺はさっさとフェードアウトして女性陣に任せるしかない。
だけどツマンティーヌは俺の服を掴んだままこう言った。
「あのね、ちょっとオレツに質問があるのだけど」
「はい。俺に答えられることでしたらなんでも聞きましょう」
ツマンティーヌは意を決して、俺を見上げた。
「オレツは、貧乳と巨乳のどっちが好きなの???」
……………、はい???
詳しい話を聞いてみた。
すると、オレツ知らなかったツマさん事情がゴロゴロ出てきた。
魔王の成長と、それに比例して変わる魔力の変化。
ツマンティーヌの過去の事件から成長が止まってしまった話。
(なんの事件か教えてくれなかった)
そして、最近無自覚に成長したいと思い始めていること。
「俺、ツマさんは魔王だから成長が人間の速度と違うのかと思ってた」
実際そんな魔人はたくさんいる。
ラキとか、アイサとか。
「だから、もしオレツの好みが巨乳だったらどうしようかと思って。で、何かの拍子に成長が始まってボインになったら、貧乳が好きだった場合嫌われないかなって…」
「んんんんんんんーーっ」
どう返答すれば良いんだこれ。
てか、これ、俺に直接言うのか。
相談されるのは嬉しいけど、いや、ええええ?
まて、でもせっかくツマンティーヌが洗いざらい話してくれたんだし、俺も誠意を持って答えないと。
「あのね、ツマさん。ツマさんは一つ勘違いしてる」
「?」
なにが?と言いたげな顔で見上げてきた。
「俺はツマさんが好きなんだよ。例えツマさんがそのままでも、成長してもツマさんであることに変わりないし、どんなツマさんでもそれがツマさんなら、俺はずっと大好きなんだ」
と、言った後で、
あ、これプロポーズだ。
と気付いて急に恥ずかしくなったし顔から湯気出そうになった。
まってすごい恥ずかしい!!!
絶対に顔が真っ赤になってると思いながらツマンティーヌを見ると。
「…………」
俺と同じく顔がトマトなツマンティーヌが固まってた。
今までのどのトマトより、一番赤い。何なら手まで赤い。
「あの、ツマさーん?」
ちょんと、指先で触れた瞬間。
「きゅう……」
「ツマさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!???」
こうしてボイン事件は幕を閉じた。
この事件が切っ掛けでツマンティーヌが体の見た目年齢を変えられるようになったのだが、それに気づくのはもう少し後のお話。




