その22 魔王のゆめ
森のなかを歩いている。
ああ懐かしい。これは昔の夢だ。
父が死んで、悲しみのあまり城から逃げ出して迷子になったときの記憶。
どうしようもなく虚しくて、いっそのことそのまま野垂れ死んでしまおうかと思っていた。
だから大量の魔力抑制薬を服用して、ふらついているところに熊に出くわした。
本来ならば、一睨みで即死させられるのだけど。
「まぁ、こんな終わりもあり、かな…」
自暴自棄になっており、更に薬で力も出せない状態。
もう、どうでもいい。
熊の爪が迫ってくるのを、ただ突っ立って見ていた。
「早く逃げて!!!」
突然小さい影が熊との間に滑り込んできて、爪をスコップで受け止めたのだ。
信じられなかった。
同じ背丈の人間の男の子が、生物として頂点に立つ私を助けるなんて。
男の子は何度か爪を防いだが、やはり体格の差もあって何度も吹っ飛ばされては木に叩きつけられ、地面に転がされた。
それでも私の方に行かせまいと精一杯大声を張り上げて、諦めることなく熊に立ち向かっていった。
感動で涙が出た。
立場上、守られる事は当たり前のことだった。
でも、やっぱり次期魔王として、良くしていれば己の利益になるとして自分に接していたのは嫌でもわかっていた。
だからこんな風に、純粋にただの女の子として守られたことに衝撃を受けたのだ。
ああ、あんなに弱い人間なのに。
あんなに怪我をしていても、私を守ろうとしてくれている。
だけど、この子がどんなに勇猛でも熊に敵わない。
死んでしまう。
初めて私を女の子として扱ってくれたこの子を助けなければ!!!
気付けば男の子は熊を折れたスコップで倒していた。
だけども男の子もボロボロで立っているのもやっとの状態。
なのに、それなのに、この子は私を見て「無事でよかった」と笑い。「大丈夫?立てる?」と手を差し伸べてくれた。
手を取りたい。
だけど、いくら薬で抑制してても手を取れば私が死なせてしまうかもしれない。
そう躊躇していると、男の子の体がぐらりと傾き倒れてしまった。
「嫌!!嫌よ!!死なないで!!!」
ボロボロと涙を流しながらどうにかして助けようとしていると、部下のラキがやってきた。
「魔王さま!!ここにおられたのですか!!ああ…服もドロドロで…、早く城に戻りましょう」
「ラキ!!まって!!」
抱き上げたラキを止める。
このまま城に戻されたらこの子は…。
「お願い!!この子に回復させてあげて!!」
「しかし、こいつは人間ですよ?この人間に…あり得ないことですが…酷い目に遭わされていたのでは?」
「違うの!私はこの子に助けられたのよ!!」
信じられないと言いたげな顔のラキ。
そうだ。私は魔王なのだ。
だけど助けられたのは真実。
「……魔王様が嘘をつくはすもありませんし。わかりました」
血濡れの男の子の体に触れ、魔力を流し込む。
うまくいくかの保証はなかったけど、それしか助ける道はなかった。
「これで、もうじき目が覚めるでしょう」
結果は成功。
血濡れはそのままだけど、大きな傷は全てふさがり、小さな傷も血が止まっていた。
「さ、行きましょう。人間の大人に見付かれば面と臭いことになります」
「うん…」
そうして、男の子を残したまま城に戻った。
何もかも元に戻ったはずだった。
たったひとつを除いて。
「…………」
頭にちらつく男の子の姿。
それを思い出す度に胸の奥がギュウとくすぐったくなるのだ。
もう一度会いたい。
会って、お話しして、仲良くなって。
そして…。
その時に気付いた。
私はあの人間に恋をしているのだと。
自覚してしまえばもう終わりだった。
顔が熱く、心が抑えきれなくなった。
手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい私だけのモノにしたい、そして…
そこでハッとした。
私はあの子の名前を知らない。
あの子も私の名前を知らない。
知っているのは顔と気配。
ああ、だけど。
私は大人になるまでは人間と同じスピードで成長してしまう。
きっと、大人になって出会ってもあの子は私に気付かない。
悲しかった。
魔王という理由だけで拒絶されるのが。
いやだ。嫌われたくない。
あの子が気付いてくれるよう変わりたくない。
叶うはずもない願いを抱いていたせいなのか、体の成長が止まってしまった。
驚きと、恋の力に感動した。
周りはすごく心配したし、私も困惑したけど、次の目標を抱いたお陰でそれがなに?と一蹴できた。
大丈夫。
そうよ!そうだわ!
力のある私が世界中を支配して探せばいいのよ!!
きっと見付けられるわ!!
そうして、オレツと出会えたのだった。
残念なことにオレツはすっかり忘れちゃっていたけど。
目が覚める。
清々しい朝。
傍らの熊のぬいぐるみに抱き付いて小さく笑う。
今とっても幸せだもの。




