その1 フラワー熊さん
こんにちは。オレツです。
元勇者だったんですけど、なんでか今魔王と同居生活しています。
「ちょっとオレツ!!私の熊さん何処やったのよ!!」
俺の後ろで金髪少女が涙目で叫んでいる。頭からは羊のような角が生えているし口から牙が見えるが、オレンジの瞳が潤んでいるせいで怖いとか思えない。
俺は振り返り、少女に言った。
「お前の熊さん薄汚れてたから洗って干してるよ」
「なんで勝手にそんなことするのよもおおお!!!これから寝ようと思ってたのに!!!寝られないじゃない!!!」
「血糊のついた熊さんよりもバラの臭いの熊さんの方が素敵だと思わん?」
「ちょっ……っ!!もぉー、しょうがないわね!!今回だけよ!!!次からはちゃんと許可を取ってからにしなさい!!」
「はいはい」
少女が去っていく。なんかやたらフリフリのついた服来てると思ったら、新しい寝巻きだったのか。
ええと、何の話だっけ?
そうそう、俺が元勇者だったんですけどって話だったか。元ってついているのは理由がありまして、勇者辞めたんですよ。
さっきの少女はツマンティーヌ、略してツマさんなんだけど、彼女、魔王なんですよ。
それはそれは恐ろしい魔王で、世界の半分を侵略完了してしまった恐ろしい存在なんだけど、何故か俺、ツマさんと同居しちゃっているんですよね。
いや、なんでこうなったか原因は分かっているんだけど、同居して一月たった今でも頭が混乱してて着いていけないっていうかね。現実逃避しちゃっているんだよね。
「オレツ様、魔王様に何かしました?」
「ラキ、なんもしてんよ。なんで?」
今度はドラキュラのラキが部屋に入ってきた。
鍵かけてるのに魔法でガンガン入ってくる。プライベートが無い。
「魔王様がスキップしてらしたので」
「あぁー、熊さんかな」
「熊さん?」
「血糊熊さん」
「…………あの、もしかしてマグマ層に干されているフラワーな香りのするアレですか?」
「それそれ。もう乾いた?」
「……あんなところにあったら、誰も確かめられていません。というか誰も近付けません。怖くて」
「こわいかな?アレ」
俺的にはわりと可愛く出来たと思うんだけど。
「いろんな意味で畏れ多いです。魔物達の業務に支障が出ているので別の所に移動できませんか?」
「でもあそこ良く乾くから」
「乾きすぎて綿が燃えますよ」
「それは良くない」
すぐさま立ち上がり瞬間移動魔法で向かうと、真っ赤に燃えるマグマ層の部屋で全長二メートル半のリアル熊さんの縫いぐるみがすっかり渇き、フラワーな香りを振り撒いていた。口から出た真っ赤な舌はお茶目さを表現した。頬の赤は野性味をプラスだ。
「あ!オレツ様!!」
「困りますよ!!ここの層でフラワーな香りをばら蒔かれたら怖さが無くなっちゃうじゃないですか!!」
「ごめんごめん。すぐ移動するよ」
熊さんを回収して手触りを確認する。
よしフワフワになったぞ。
瞬間移動魔法で部屋に戻り、汚れが残ってないのを確認してから、熊さんを持ってツマさんの寝室に移動。
なんとも乙女チックな部屋の真ん中、真っ白なシーツがふんだんに使われたベッドに眠る少女。
いつも抱いてる熊さんが居ないので、代わりにシーツを丸めて抱いていた。
「ほらほらツマさん。熊さん乾いたよ」
シーツを抜き取り熊さんを置くと、すぐさま抱き付いて頬擦りをするツマさん。時おりニへニへ笑う顔はただの可愛らしい少女だ。
「でも、魔王なんだよなぁ」
恐怖の対象。
魔物の王。
「オレツ様ー!どーこですかー!」
魔王補佐官が呼んでる。大方ツマさんが処理しきれなかった仕事を手伝ってくれって事だろう。
ツマさんの髪を撫で、俺は補佐官の元へ急いだ。