第五篇
○簡浄、和色
櫨色の柔らかい光線が素鼠の橋脚を貫くとき
その鋭角が溶けていくように鈍るのを
そうして世界の和するのを見ながら
私は今日も生命の有り難さを感じるのです
○陶酔綱領
乾いた海の浮かび上がる夜
水の戯れの復古は堕落す
鶴翼を広げた花が狂い咲き
ビルヂングに谺する断末魔
式日来たりて人々の汗は流れ
眼下に交錯する瞳の描く線
対岸に行き着かぬ男は
何処かへ消え行く
○白の残光
奪われた日常の果てに
いつか覗いてみた太陽の骸を
迸る水の流れに至る夢の道
露わにされたその骨の行末を
案じ奉る御胸に添える指先
我征くは大地の響きの橋梁にて
眠る中にて彷徨うばかり
○恋を知らないあなた
私はね、恋を知らないんです
そう言ったあなたの表情は風に隠れて分からなかった
じゃあどうして私はここにいるのだろうとそう思った
あなたはそんな気持ちを汲み取るようにしてこう言った
でも愛は知っているのです
その眦の光に私は嘘を見つけることはなかった
恋をしてみたいですか
私はついそんなことを訊いてしまった
あなたは笑ってこう答えた
恋なんてものはいくつになってもできますから
私はあなたのためにも生きていこうとそう思った
○中秋の名月
中秋の名月だなんてはしゃいでいるけど
普段は月のことなんて見上げることもなければ考えることもないくせに
なんて捻くれていたこともとうに昔のことで
今は自分自身がそういう何でもない人間の一人になってしまって
それでも月は何年経っても奇麗なままで
それでも月は少しずつこの地球から離れていく運命にあって
そんなあれこれを吹き飛ばすくらいに今日の月はやっぱり奇妙に麗らかです
○初出
・簡浄、和色 - 平成29年7月27日
・陶酔綱領 - 平成29年7月30日
・白の残光 - 平成29年8月18日
・恋を知らないあなた - 平成29年9月25日
・中秋の名月 - 平成29年10月4日