第四篇
○Let's Go Crazy
吐露も開陳も告白も
全ては縁遠い身の上で
この黒々を晒すを避けてきたわけですが
いよいよそのときがきたのかもしれません
介錯なんぞは要らないし
ましてや解釈なども要らないわけで
晒す相手は今夜の月
この臓腑を照らして欲しいのです
ああ、こわい!
私がこわいのは腹をかっさばくことなどではなくて
その臓腑が本当に黒々としているかということで
もしも赤い血潮が噴き出した暁には
きっと私はそのまま死に至ってしまう
私が見たいのはその裏側などではなくて
あなたの正面なのであって
要するに私はそれとして認められたいのです
これは面白いことを言いやがる
幼子や動物や自然なんぞを相手に
つまり分別のつかない奴をつかまえて
臓腑を晒さんとするお前の浅ましさよ
どうせやるのなら人間を相手にやってしまえ
それが出来ないのなら鏡の前に立ってみろ
そらどうだ
ようやく分かったか
お前は綺麗な顔をしているよ
○憂い
スピーカーの壊れたテレビの
そののっぺりとした画面に
腹話術のようにぱくぱくと口を動かす人々が
せっせと国を憂いている
どうしても心には届かないその憂いの中に
僕は何か背徳感を覚えながら
もちろんそこに背理の悦びなんてものはないけれど
そんなことを説明しなければならないくらいに人と人の心は離れてしまって
何故かしらクレムリンとシベリアとを想起してしまうのです
彼の人は愛を叫び
此の人は憎悪を垂れ流し
表裏一体のそれとは知らずに諍いを起こし
いがいがとした情報の細菌が僕の食道に傷をつけていく
こんなときにあなたがいて良かったとそう思えるのは
人の心が人の心として動いていることを再確認させてくれるからで
舗道を見ながら歩く人々とはもう離れていってしまうけれど
それがさだめられたことであるのならばもう受け入れるしかないし
絶対ということがもうあり得ないことは分かっているから
今夜はもう一人きりのベッドの中でただただテレビを見つめ続けるのです
○児戯ヰ星屑
黒々とした墨の隅々まで行き届いたその黒の
美しさなんて分からないのが常夜灯で
サスケハナに乗ってきた白熱灯には
もちろんその情緒が分かるはずはなくて
元和偃武は遂に白刃に倒されてしまうのだけども
そこからひねり出した英知の虚しさの露呈したのが廃仏毀釈で
明らかにしんしんと降る華やかな雪の中をかきわけて
ここまで来ても朝日のあたらぬ家がこの国なのです
○夏一篇、削がれた意匠
いつかは待ち焦がれた夏も
今は酷暑がただ憎くて
秋の到来を待つばかり
あの日あのときの思い出も
今では違う世界の夏のようで
時の流れの鋭さに
ただ息を呑むだけ
プールの底に足がついた夏
汗疹ができるまで走り回った夏
甲子園の面白さが分かるようになった夏
ひぐらしの物悲しさを知った夏
静かに頭を垂れた夏
そうした夏はどこへ行ったのか
夏を探しに出かけたまま
溶けかけた秋が私を待っている
○旅
あの山の向こうへ
あの雲の向こうへ
今日こそは行ってみよう
きみは自転車
あなたは自動車
ぼくは電車に乗って
それぞれの旅へ出かけよう
きみはベルを響かせて
あなたはベースを利かせて
ぼくは弁当食べて窓にもたれかかって
それぞれの旅へ出かけるんだ
忘れものはないように
ポケットの中は空っぽにして
忘れものはしないように
ポケットの中に記憶を詰め込んで
きっと帰ってきたならそのときには
そのときにはきっと旅の思い出を
ぼくの語る思い出を聞いてほしい
だから無事に帰ることを願ってほしい
あなたはここにいてほしい
帰る場所をどうぞ守っていて
ぼくはきっと素敵な旅をしてくるから
○初出
・Let's Go Crazy - 平成29年5月10日
・憂い - 平成29年7月6日
・児戯ヰ星屑 - 平成29年7月10日
・夏一篇、削がれた意匠 - 平成29年7月14日
・旅 - 平成29年7月16日