第三篇
○世界は全体として美しい
トンツー
トンツー
聞こえていますか?
トンツー
トンツー
他でもないあなたに
誰でもないあなたに
そっと言葉を贈ります
包装紙は破ってしまっても構わないけれど
中身だけは大切にして下さいね
高速道路を進むバスに乗りながら
暮れてゆく夕方の空を眺めていました
ああ、世界はどうしてこんなに!
人は絶頂というものを知らないのです
それは命の絶頂
それは世界の絶頂
人は青空の絶頂というものを知らないから
それがくすんでいくのを知って初めて絶頂の輪郭に触れ得るのです
だから夕方の空を見ながら世界の美しさをようやく知ったのです
どこが?
青空の名残り?
太陽の断末魔?
それとも天頂の一点に輝く星の光?
それは全てなのです
世界はそう、全体として美しい
ただそれだけが言いたかったのです
それを敷衍していくとするなら
世界の中に身を落とされた私たちもきっと美しいのです
私という存在の正統性を世界に担保させるなんて
何という罪深さ
でもきっとそうするしかないのでしょう
生きていくことは醜くあらねばならないのだから
○永久のきらめき、刹那のゆらめき
嬉しい
悲しい
分割したされた感情の間を
サーフィンのようにではなく
ただビート板に掴まって揺らめいているのです
嬉しい
悲しい
そうして今もほら
永遠にも思える感情の煌めきが
網膜に焼き付いて私を苦しめるのです
刻印された名も知れぬ感情を整理しないわけにはいかないから
私は嬉しいような悲しいような気分になって
胸を打たれて涙をほろりと小さじ一杯
嬉しい
悲しい
1か0か
物事はそんなに単純にはいかないのと同じように
感情もまたそう簡単に割り切れるものではないはずなのに
私たちはどうしても容易く忘れてしまう
ああインドの人よ
どうして0の概念なんて見つけたのかしら
それを0と名付けてしまったのならもう0ではいられないのに
嬉しい
悲しい
涙の味はきっと桜の味
ぱっと咲いて嬉しいのか
さっと散って悲しいのか
分からないけれど
でもきっとそんな気がするのです
○別れるなら春の季節に
別れるならきっと
別れるならきっと
あの若やいだ人混みの中で
そっと桜の花びらが散っていくように
そうやって別れることはできませんか
悲しみも歓びも苦しさも楽しさも
いつか向こう側で混じり合うはずだから
何ものかを共有するあの若やいだ人混みの中で
そっと桜の花びらが散っていくように
そうやって別れることはできませんか
梅も桜も分からぬあの子らと
きっと呉越同舟
同じ川を流れていくのが人生だから
そして同じところに辿り着くのが人生だから
同じ行き先を共有する私たちは
それでもそっと桜の花びらが散っていくように
そうやって別れることはできませんか
○路傍の花束
いつも通るその道に
いつの間にやら花束が
二つ三つと添えられて
御魂の安らかなること願います
今日の花は明日も飾られ
想いの永久なるを願えども
風に吹かれて雨に降られて
次第に乱れてゆくばかり
想いはもう届きましたか
願いはもう叶いましたか
花の散りゆく様はそのまま
記憶の去っていく様で
無性に虚しく感じます
未だ見ぬ人よ
疾うに去りし人よ
もうここで出会うことはないけれど
私の記憶の中で生きていて
少しの間の命ですが
私の時間を捧げます
○返歌
あなたからの歌が届きました
とても素敵でとても楽しくてとても切なくてとてもとても
今の私はあなたの歌なしでは生きていけません
それは大げさなことではなくて真実本当なのです
ふとした瞬間にあなたの歌が頭のなかに響きます
きっとこれは一つの完成形ですね
だから次の瞬間にはきっと崩れてしまうのだろうけれど
その一瞬を感じることができたのだとしたらそれはとても嬉しいことです
そうしたときめきを胸に秘めて生きていくことができたなら
移り変わるなかでそれはきっと難しいことだけれど
そうあることができたなら
やはりそれはとても幸せなことなのです
この先にあなたを待っているものもまた幸せな結末であることを
私は切に願います
そしてまたあなたの歌を反芻しながら
私は今を生きていきます
あなたからの気持、とどきました。
○初出
・世界は全体として美しい - 平成29年1月15日
・永久のきらめき、刹那のゆらめき - 平成29年2月22日
・別れるなら春の季節に - 平成29年3月1日
・路傍の花束 - 平成29年3月8日
・返歌 - 平成29年3月28日