第二篇
○パンドラの器
ほら、迷い込んだその先に
長い黒髪の少女が、坊主頭の少年が
何かを覗いて、かがみ込んでいます
まだ若いあなたも、彼らの中にあっては年嵩のお兄さんで
それでいて訳も分からぬままに、あなたは彼らの輪に入ります
そこは沈黙が舞い踊る不思議な、不思議な空間で
川の水を並々と汲んできた、風呂桶だけが雄弁です
彼らが覗いているのは深淵ではなく夜空から盗み取った月で
風呂桶の中にはぽつんと月が一人で沈んでいます
あなたは水を求めて、ここに来たものだから
そっと手を伸ばすけれども、少女の手に弾かれます
彼らはじっと月を見つめているようで何も見ていなくて
だからあなたは薄気味悪くなって、ついに風呂桶をがっしりと持ち上げます
そして、その中の水を
あっ、
底が、抜けちゃった
月も逃げちゃったね
囚われの月は世界の中に溶けてしまって
私たちの心の中に、忍び込んでしまったのです
少年少女の、乱痴気騒ぎが始まって
あなたは胸に手を置いて心に月が馴染んでいくのを感じたのです
○幸せのかたち
私は役を演じてみたいと そう思うのです
だって 規定された生活の中に 何があるというのです
愛しき人と共に朝を迎え ご飯を食べて 買い物へ出かける
そんな生活 どこにだってありふれているから
だから私は 役を演じてみたいと そう思うのです
一瞬一瞬だけなら 規定された生活の中を生きていける
そんな気がします
私はその 規定された生活を渡り歩き そして 気付きました
幸せは 幸せというものは規定された生活の中にしかありえないのだということを
でもね
その幸せのかたちもまた規定されたものなのです
○詩作(試作):奈翁
その威容の刹那なる輝きを以て
切々たる雪華に塗れたる猛き陣容は
敗残の定められし雲下にて行軍の極限に
灰燼に帰したるモスコーの蹈鞴を踏む
パーシヴァルの知らぬ世界は未だ渺渺として
欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じ云々
○真夏の雪
カーテンをちょっぴり開けて
太陽の光を呼び込んで
飛び込んできたのは真夏の雪
掴んでは投げ
掴んでは投げ
それでも空間を泳ぐ雪は消えず
私の心をひらひらと揺れ動かす
いつかあの人が言っていたように
見えないものが私たちを取り巻いているようで
その見えないものが日常の証
はっと閃いた宇宙の根源
ぱっと消えるのは夢幻
でもそれが私の誇りとなって
私は明日も生きていく
○燃え残った星屑の同胞よ
この夜の中で
きっと虚空を睨んだ先には
放射線状に広がるミラーボールの光を浴びながら
高速道路を走る車のライトや夜通し点きっぱなしのマンションの明かり
僕が求めるものは何であってもあそこにあるようなものでは決してないはずなのに
僕はそこに夢を見るんだ
燃え残った星屑の同胞よ
生きていくということの辛さや虚しさを知りながらそれでも生きていくことを選んだ者よ
きらびやかで華やかなその世界に実態のないことを知っているだろう
夢を見ることの難しさを知りながらそれでも夢を見続ける
そんな君を助けることはできないけれど
帰る場所はここにあるんだよ
○初出
・パンドラの器 - 平成28年9月28日
・幸せのかたち - 平成28年10月9日
・詩作(試作):奈翁 - 平成28年12日20日
・真夏の雪 - 平成28年12月31日
・燃え残った星屑の同胞よ - 平成29年1月11日