初戦
それからすぐに第二試合の二人が受付のお姉さんに呼び出されて出て行ってからしばらく、控え室に戻ってきたロヴがボクを見つけると想像したとおりのドヤ顔を向けてきやがった。
「よう、ウル。オレの活躍を聞いてたか、ん?」
「あーはいはい聞こえてたよ。二回戦進出オメデトー」
そのままズカズカ近寄ってきたから適当に返事をしたら、なにやら不満そうな顔になった。
「おいおい、なんだよその素っ気ない態度は。もうちっと感情込めてロヴ様の華麗な勝利を祝えよ」
「仲間でもないのになんで一回戦突破くらいでお祝いしなきゃならないのさ? ロヴならそれくらい突破して当然でしょ。上位入賞でもしたらしてあげてもいいけど……あー、でも――」
なんか子供みたいなことを言ってきたおっさんに呆れてそう返す途中、ふと思いついたからニヤッと意地悪く見えそうな笑みを浮かべて言ってやる。
「『プラチナランクのくせに一回戦で負けてどんな気持ち?』って聞くのもよかったかもね」
「へっ、相変わらず口の減らねぇヤツだ! お前こそ、初っぱなでコケんじゃねぇぞ!」
ちょっと煽るつもりだったんだけど、なぜか妙に嬉しそうな口調で言い捨てて踵を返すと笑い声を上げながら控え室を出て行った。もう完全に悪党の親分にしか見えない退場の仕方だった。ジョブチェンジした方がいいんじゃないかな? いやでもボクをあしらえるレベルの盗賊とか、退治できる気がしない。
そのまま注目レベルがますます上がった状態で第二試合、第三試合と進んでいき、いよいよボクの第四試合だ。狼男のガウムンと一緒に呼び出されたけど、最初に突っかかってきたのはなんだったんだってくらい会話もなく移動して、途中で案内に従って別れるとそのまま入場ゲートをくぐった。おっと、先に『探査』の魔導式は起動しておかないとね
やや薄暗い屋内から一気に明るい外に出たおかげでくらむ視覚を光量の調整で取り戻しつつ周囲を見回す。固められただけの地面を区切るように線の引かれた中央のだだっ広い空間と、それ囲むような闘技場の建物。そしてその建物の上に階段状の客席がズラリと並んでいて、今はそのほとんどが人で埋まっている。うん、想像していた闘技場そのままの形だね。客席の規模も同じくらいか五万人くらいは入るんじゃないかな、目算だけど。
ただ、外から見ただけじゃわからなかったけど建物は円形じゃなくて蹄鉄型だね。ちょうど隙間の部分が皇城壁とピッタリくっついていて、その皇城壁自体に見るからにきらびやかな席が設置されている。見るからにあそこがお偉いさん用に観覧席だろうね。お、レンブルク公爵家のご一行見っけ。みんなから見られてると思うと、緊張とやる気が湧き出てくるね。
そして目視じゃわかりにくいけど、『探査』の反応からして客席よりも前には魔力障壁が展開されている。魔力密度からして個人携行できそうな攻性魔導式くらいなら余裕で防げそうだ。流れ弾に対する備えは万全らしい。
〈――さあ、続きましての第四試合、対戦する二人をご紹介します! まずはワーグ族の武闘家、野生を秘めた鋼の拳は岩をも砕き、積み上げた武勲の数々は遠からず黄金へと届くほど! 人呼んで『獣拳』、シルバーランク臨険士ガウムン・ゴード!〉
しげしげと見回している内に、反対側の入場ゲートから入ってきた狼男の選手紹介が響き渡る。装備から予想はしてたけど、狼男は格闘主体の戦闘スタイルらしい。紹介によればシルバーランクだそうだけど、司会の人の言い方だとゴールドランクに近い実力者のようだ。まあランクは一種の目安だし、ボクとかイルバスみたいなランク詐欺もいるだろうから、むしろ本戦出場者って括りにしておいた方が良さそうだ。
〈対するは、なんと若干十五才にして本戦出場! 小さな体にどれほどの力を秘めているのか!? 正体不明のカッパーランクルビージェムド臨険士、ウル!〉
続いてボクの紹介が入ったけど、それに上がったのは歓声って言うよりもどよめきの方が大きい。見える範囲の観客にも驚きとか困惑とか、そんな感じの顔だ。まあ、この世界の人間基準で成人したての子供が並み居る猛者たちを押しのけて本戦出場だ。しかも見た目美少女もしくは美少年。戸惑うのが普通だろうね。
「ウルー! 頑張ってくれー!」
「勝ってくれよ! お前に突っ込んだんだからな!」
「頑張っておくれよ!」
「ウルちゃーん、やっちゃえー!」
「大丈夫、君なら勝てる!」
ただ、一部からは明確な歓声が届いている。それはリクスたちだったり雑炊のおばさんだったり予選の時にチラッと見かけた覚えがある人だったりで、要は少しでもボクの戦いを見たことのある人たちだ。ファン的な人がいるかと思うと……なんかこう、むずがゆいね。
「――よぅ、お前ロヴ・ヴェスパーとはどういう関係なんだ?」
お互いに歩み寄りながら適度な距離を空けて足を止めた時、ガウムンがそんなことを聞いてきた。どんな関係ねぇ……向こうが一方的に絡んでくるのはなんて言い表せばいいんだろう? とりあえず今のところは――
「模擬戦だけど一度戦って負け――引き分けたから、今度は勝つって決めた相手?」
「『孤狼の銃牙』を相手にして勝つ……か。吠えるじゃねぇか」
狼の目がスッと細められて、握りしめられた拳で構えが取られる。装着されている手甲からは当然のように魔導器らしい反応。近衛騎士の人も剣で魔力の弾丸を弾いてたみたいだし、この辺の実力者になると武器は魔導器なのがデフォなのかな?
「『狼』の名を与えられた英雄に挑むのはオレだ。お前はここでオレが潰す」
はい、宣戦布告いただきました。いいね、出会い頭に喧嘩売ってくるようなバカかと思ってたけど取り消そう。
「狼の討伐なら結構自信があるんだ。だからボクの経験値になってよ、ガウムン先輩」
言いながら右手でスノウティアを抜き放ち、ナイトラフを左手に持つ。お気に入りのフォーマルスタイルだけど、ここまでまともに練習する機会がなかったから存分に試させてもらおう。
そんなボクを見たガウムンがフッと口元をゆがめた。
「なんだ、それはロヴ・ヴェスパーの真似か?」
狼顔の表情なんていまいちわからないけど、声の調子からして笑ったんだろうな。それもどこかバカにするようなニュアンスを含んで。
「真似なんかじゃないよ!」
どこかお子様を見るような視線が気にくわなかったからムッとして反論した。実際ロヴの存在なんて知らない内から愛用していた戦闘スタイルだから、完全に偶然の一致だ。むしろロヴがパクってるんじゃないか――なんてことはさすがに主張しないよ。
……まあ、言ったところでたぶん信用してもらえそうにないけどねー。
〈それでは両選手構えましたところで、試合開始です!〉
ただ、それ以上何かを言い合う前に司会の声と共にゴングが鳴り響いた。同時に一瞬沈んだガウムンの身体が一気に迫ってくる。瞬きでもしてたら瞬間移動に見えるんじゃないかってくらいの勢いだ。まあボクは見えてるから焦らず騒がずナイトラフを突き出して牽制代わりに一発発射。弾種はここしばらく『衝撃』のままだから、万が一当たっても死にはしないから大丈夫。
〈――瞬きの間に迫るゴード選手をウル選手の銃弾が迎え撃つ! だが当たらない! ゴード選手、速い! これが獣の敏捷性か!?〉
そしてそんな攻撃がどうなったかっていうと、実況の通り軽快なステップであっさり回避された。まあ相手が銃を持ってる時点で警戒するだろうし、ゴールドランクくらいの実力があればフィリップみたいに見切りとか余裕なんだろうし期待はしてなかった。あくまで牽制だ。
そのままあっという間に肉迫してきたから、迎撃にスノウティアを一閃。これまでみたいにただ勢いよく振り抜いたんじゃなくて、集めた戦闘経験を元に無駄を省いて最適化した一撃だ。今までのはなんだったんだって思うくらい切っ先が空気を切り裂く音が違う。
「――シッ!」
だけど、それをガウムンは最小限のスウェーでやり過ごすと、間髪入れずに拳を打ち込んできた。迎えるボクは身体を最小限に捻ってムリなく回避。当然のことながら蓄積した戦闘経験は攻撃だけじゃなく防御や回避の分もあるから、そっちもしっかり最適化してある。以前のボクと今のボクとで動きを比べたら、きっと雲泥の差があるだろう。
〈あっさり接近を許してしまったウル選手! これは格闘を得意とするゴード選手の距離だ! ウル選手、年に似合わず落ち着いた様子で距離を空けようとするも、ゴード選手、離れません!〉
そう思いつつ反撃を狙ったけど、至近距離過ぎてスノウティアもナイトラフも使いづらい。だから適度に距離を空けようと後ろに跳んだんだけど、まるでそれを見越したかのようにガウムンが追随してきた。おまけのように振り抜かれる拳をやり過ごしながら再度後ろに跳ぶも、ガウムンは間を置かずに距離を詰める。後ろがダメならと思って右に左に跳んでもピッタリくっついてくるし、それならと思って体当たりする気持ちで前に出ても一定の距離を崩すことなく合わせて後退する。
〈連撃、連撃! ゴード選手、容赦のない怒濤の攻撃! だがしかしウル選手、倒れない! まさか、あの拳の嵐をしのいでいるというのでしょうか!?〉
そしてその間止むことのない拳の連撃。さすがに拳の届く距離で猛ラッシュをかけられれば全部を避けきれるはずもなく、腕やら肘やらもフル活用してなんとか捌いているけど、代わりに反撃に移るヒマがない。どうやらガウムン、いわゆるインファイターってヤツみたいだね。シェリアは格闘家っぽい動きって言っても付いたり離れたりと大きく動き回りながら戦うのが主な戦法だから正反対のタイプだね。
どうでもいいけどこれ、端から見たらものすごい絵面になってるんじゃないかな? 一見美少女なボクに倍くらいの身長差のガウムンが、密着するような距離から離れず容赦ない拳の雨を降らせている……うん、武闘大会の試合中かつ相手がボクじゃなければただのリンチにしか見えないね。
それはそれとして、この状況どうしようか。蓄積と最適化のおかげでなんとか捌けてるけど、どうにも反撃の機会がつかめない。これは動きを真似るだけじゃつかめない戦闘の機微ってヤツが関係してくるんだろう。今度からはその辺も要検証だね。
相手は生身には違いないからそのうち呼吸を入れる必要も出てくるんだろうけど、毛皮に隠れて顔色なんてうかがえないし、第一さっきからずっとフィリップ以上の連撃を続けているのにガウムンの攻撃は衰えを見せない。ワーグ族はヒュメル族よりも圧倒的に身体能力に優れるって話だからそのせいだろう。いつ来るかわからない限界まで一方的に攻撃されるのはなんかヤダ。
瞬間的な魔力集中で脚力を強化して一気に飛び退く……野生の勘とかでそれにも付いてきそうだなぁ。見た目が狼男だからって以外に根拠はないけど、純正のワーグ族とのまともな戦いなんてこれが初めてだからどうなるかわからない。それに一回見せたら次は絶対確実に対応してくるでしょ。
なら、今のボクが取る選択肢はこれしかないよね?
「そっちがその気なら……とことん付き合うよ!」
〈ああっと! ウル選手ここで手持ちの武器をまとめて放り投げたーっ!?〉
言いながら拳を受ける動きに合わせてスノウティアとナイトラフを空高く放り投げた。お気に入りの武装だけど、残念ながら超接近戦な今はただの重りにしかなっていない。ならいっそフォーマルスタイルの練習はスッパリ諦めて、素手での格闘戦で応じつつガウムンの技を吸収する方がいい!
両手も空いたことだし、降り注ぐ拳を真っ向から迎え撃つ。受けてかわしてだけからどんどんいなしや反撃も混ぜて――おっとフェイント? だけど甘い! これくらいなら余裕で対応だ! お返しにこっちもフェイント入れてやろうっと。
〈なんと、なんとっ! 両選手互いに引かない拳の応酬! 私の席からではもはや拳を目で追えません!〉
一分刻間に何発も拳が飛び交う応酬の末にとうとう拮抗状態になったせいか、ガウムンの狼口からギリッと何かをこすり合わせるような音が聞こえてきた。得意の肉弾戦で押し返されてきて焦ってるのかな? 表情が読めないから確信はないけど。なら、そろそろいいタイミングだし――
そう考えていたらちょうどいい感じに左肩への直撃コースがあったから、それをあえて見逃した。手甲をはめているとはいえ元々威力のある武器と違って拳だし、頭にもらわない限りクリティカル判定じゃないだろう。
「――ハァッ!!」
そしてボクの身体に拳が当たった瞬間にガウムンがなにやら気合いを込めた声を上げた。それと同時に『探査』の反応が拳を介して一瞬で高まったガウムンの魔力が一気に流れこんで来るのを捉えた! おお、これもしかして浸透系の技!? なるほど、相手を中から壊せるわけだ。
だけど残念、異なる魔力は打ち消し合うのがこの世界の法則。普通の人間なら密度差でダメージが入っただろうけど、全身もれなく魔力可動のボクにはその程度の魔力をぶつけられたところで押し負ける道理がない。溜め池に水鉄砲を撃ち込むようなものって言えばわかるかな? 表面は波立つだろうけど、逆に言えばそれでおしまい。
「んなっ――!?」
〈とうとう入った!? が、動きを止めたのはなぜかゴード選手!〉
そのことが感覚的にわかったんだろう。まさに愕然って感じの声を上げて硬直するガウムン。さっきの一撃によっぽど自信があったらしく、あれだけ乱れ打ってた拳まで完全に止まってるね。本当なら攻撃を当てた瞬間にできるだろうわずかな隙を狙ってたんだけど、ここまで見事に動きを止めてくれるなら好都合だ。
「てい――やっ!」
一瞬で方向だけ確認するとその場で軽くジャンプ。空中にいる間に素早く両脚を折りたたんだ直後、魔力を多めに回してたたんだ反動もおまけして、ガウムンのお腹めがけて思いっきり突き出した! シェリアの得意な変則跳び蹴りだ!
〈入ったぁっ! ウル選手の強烈な蹴り! ゴード選手が吹き飛ばされる! あの小さな身体にどれほどの力が!?〉
それでもさすがは本戦出場者と言ったところか、ガウムンは咄嗟の動きで左腕をお腹の前に回して防御。同時に自分からも後ろに跳んだようで手応えが思ったよりも浅い感じだ。
それでも狙った方向に吹っ飛んでいくのを見送りながら反動を使って宙返り。予定通りにちょうど真横に落ちてきたナイトラフを取って着地すると、ガウムンに向かって連射しながら後を追った。何を隠そう、実況で聞いたロヴの技を試してみたわけだ。本当は練習してからのつもりだったけど、ぶっつけ本番でもなんとかなるもんだね。
「――チィッ!」
〈ウル選手、いつの間にか手に戻った魔導銃を連射しながら肉迫! だがゴード選手もその拳で迎撃している!〉
一度地面を後ろ向きに転がって着地したガウムンは、迫る銃弾を認識すると手甲に魔力を流して片っ端から撃ち落としていく。けど、おかげで崩れた体勢を整え直すのが遅れている。よし、このまま押し切る!
〈ウル選手が急迫――あれ、何か落ちて……剣!?〉
射撃は続けながら、これも予定通り頭の上に落ちてきたスノウティアを掴み取るとそのままぶん投げた! 高速で回転しながら跳んでいく先には当然ガウムン。
「くぉっ!?」
飛んでくるスノウティアを見てギョッとしたように目を見開くと、さすがに撃ち落としかねたのか大きく仰け反って回避。器用に銃弾の迎撃は続けているけど、さらに体勢は崩れている。そしてもう間近に迫ったこの距離なら十分!
「呼出・虚空格納、武装変更・――」
もう必要ないだろう『探査』の維持を破棄しつつ術式登録を口ずさみながら、最後に一発発射したナイトラフを手放して両手を大きく振りかぶる。
「――壊戦士!」
言葉を結びながら間合いの外で振り下ろせば、振り始めた時点でしっかりとした手応えと共に空間の歪みから姿を現す斧形態のレインラース。そのまま最後の一発を弾いたばかりで目を見開くことしかできないガウムンめがけて力一杯振り下ろし――
ズゥンとその鼻先をかすめて試合場の地面を深々と抉った。頭から真っ二つなコースだったのをちょっと腕を引いて逸らしてあげたのだ。さすがに直撃したら重傷通り越して即死確定なのを当てる気は元からなかったよ?
 




