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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
四章 機神と大会
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控室

 それからしばらくは他愛ない話を楽しんだ。ガイウスおじさんもリクスたちから聞きたいことを聞けたようで満足げだった。

 そのうちいい時間になってきたのでボクたちは貴賓室を辞して、騎士の人たちが警備しているところまではジュナスさんに見送られて一般エリアに戻ると、観覧席への通路まえでリクスたちと別れて一人選手控え室に向かった。

 扉を開けて中に入った途端、四方八方から突き刺さるような視線を向けられた。簡素なテーブルと長椅子くらいしかない、『とりあえず座れればいいよね』と言わんばかりの部屋に、威圧感のある目を向けてくるのがひぃふぅみぃ……三十人か。それぞれどこかに本戦出場バッジを付けて、愛用らしい武器を抱えている姿はまさに歴戦の勇士って雰囲気だ。だてに千人規模の大会を勝ち抜いてきたわけじゃなさそうだ。ただ、全員はいないみたいだ。具体的に言うとロヴの姿が見えない。遅刻かな?

 そうして暫定的なライバルたちを見回しているとちょうどフィリップと目が合った。部屋の端っこで優雅に腕を組んで壁にもたれてるんだけど、ボクを見た途端に不敵な笑みだけ浮かべてすぐに視線を外す。なんか『言葉はいらない、次は負けない』って感じの声にしない声が聞こえた気がした。うん、なんかいいね。


「どうした、迷子か? ここは本戦出場選手の控え室だぞ」


 ちょっとした感動を味わっていると、すぐ横からそんな声がかかった。そっちを向けば受付のお姉さんとよく似た服装をした男の人が、扉のすぐ横で簡易テーブルに向かっていた。その背後にはスピーカーに似た魔導器(クラフト)。バッジを付けてる様子もないし、たぶん大会役員とかそういう感じの人だろう。控え室係とかかな?


「選手だから来たんだよ。ボクはウル」


 言いながら外套をはだけてバッジを見せれば、係の人は一瞬目を見開いた後「こいつは失礼」と苦笑いを浮かべた。


「なら気を取り直して……グラフト大武闘大会本戦へようこそ、ウル選手! 熱い戦いを期待しているぞ。選手の君達はここから試合会場に向かうことになる。何か手荷物があるならここで責任を持って預かろう」


 どうやらロッカーサービスみたいなことまでしてくれるらしい。まあ試合までの待ち時間を潰すために何かを持ち込む人もいるだろうからあっても不思議じゃないか。早速利用させてもらおうっと。


「じゃあ、これ預けたいんだけど」


 言いながら外套を脱いで簡単に畳むと肩掛け鞄に放り込む。そして目を見開いて硬直している係の人の目の前に置くと、「よろしくねー」と一声かけてから空いている場所に向かって――


「おい、今ウルって言ったか?」


 その目の前に誰かが割り込んできた。パッと見だと変身した狼男が部分鎧(プロテクター)を身につけている感じの人だ。多分狼のワーグ族なんだろうな。胸元には誇らしげに輝く本戦バッジ。


「そうだよ。キミは誰?」

「はっ、ガキが一丁前な口を利くな!」


 初対面だから順当に名前を尋ねたら吐き捨てるように言われた。解せぬ。


「どうせなにかのマグレで上がれたんだろう? てめぇみたいなガキはお呼びじゃないんだ、とっとと帰りやがれ!」


 そう言って野良犬でも追い払うようにシッシッと手を振る狼男の人。うん、わかった、喧嘩売りに来たんだねこいつ?


「へー、キミのところは二次予選はマグレで勝ち抜けるようなぬるい戦いだったんだ。つまんなさそうだね」

「あ゛あ゛っ?」


 にっこり笑って言い返してやると苛立ちマックスな声が返ってきた。毛皮があるからわからないけど、ヒュメル族とかなら額に青筋が浮かんでそうな雰囲気だ。


「オレがマグレで勝ち進んだって言いてぇのか、ガキ?」

「え、違うの? 自分がマグレで勝てたからボクもマグレで勝てたんだって思ったんでしょ、ワンちゃん?」

「わん……」


 ビキリ、と今度は確実に青筋の浮かぶ音が聞こえた。ちょっとうっかり前の世界の記憶にあるフレーズ使ってワンちゃん呼ばわりしちゃったけど、ちゃんと言わんとすることは伝わってくれたらしい。口にしちゃってから時々ことわざとかニュアンスとかが違ってたりするのを思い出して、もし通じなかったらどうしようって思ったところだったんだよね。


「……言い残すことはねぇか?」

「弱い犬ほどよく吠えるって言うよねー」

「上等だごるぁああぁぁっ!!」


 わざわざ追い討ちの機会を提供してくれたので遠慮なく利用させてもらうと、怒号と共に握りしめられた拳が飛んできた。豪速といっても良さそうなスピードなのはさすが本戦出場者って感じだけど、予測できる軌道の先はボクの頭の真横ギリギリをかすめる辺り。直前の発言からてっきり殺す気でくるんじゃないかって思ってたんだけど……。

 とりあえず軽く首を傾けてかすりすらしない位置に頭部を避難させた直後、ごうっとうなりを上げて手甲と毛皮に覆われた拳が通り過ぎた。予測ピッタリの位置だ。いくらキレたからってこの距離で外すとか大丈夫なのかな?

 そう思ったけど、目の前の獣顔を見てわざと外したんだってなんとなくわかった。狼の表情なんてわからなくても、牙を剥きだしにしているのはいかにも怒っていますって雰囲気だ。つい今し方張り上げた怒声にも激情が込められていたように思える。

 なのに、目だけが違った。自分を怒らせた相手をただ一心に睨むんじゃなくて、こうボクを見ていながらも瞳を揺らして全体を把握しようとしているような……そう、まるで観察するかのような視線。こいつ、たぶんだけど本気で怒ってない。いや、多少怒ってるかもしれないけど、キレたフリをしているだけだ。


「どうしたのワンちゃん? あんまり怒りすぎて手元が狂った?」

「――ッチ」


 感じたことを確かめるべくもう一度挑発してみれば、狼男は舌打ち一つであっさりと拳を退いた。やっぱり我を忘れるほどブチギレしてるわけじゃないみたいだ。

 そのままくるりときびすを返すと、何事もなかったかのように離れていく狼男。その際たった一言だけポツリと呟いた。


「……ガウムン・ゴードだ」


 名前らしきそれがすぐに記憶の中から思い浮かぶ。ボクの一回戦の相手だね。なるほど、あの狼男が最初の対戦相手か。今のはさしずめ威力偵察ってところかな?


「――ん? おおっ!? 誰かと思えばウルじゃねぇか」


 すぐ後ろで扉が開く音がしたかと思うと、聞き覚えのある声が素っ頓狂な声を上げた。振り返れば案の定、相変わらず二十代には見えないごわ髭傷だらけの顔(スカーフェイス)


「ロヴじゃん。ここにいないから棄権したんじゃって思ったよ」

「んなわけねぇだろ。オレの毎年の楽しみだぜ?」


 武闘大会が例年のお楽しみらしい。さすが戦闘民族のおっさん。


「それにしては予選中に見かけなかったけど?」

「あったりまえだ! なんせオレはプラチナランクだからな。予選すっ飛ばして本戦に出場できる特別枠があるんだよ」


 へぇ、シード枠みたいなのもあるんだ。まあ確かに技術がなかったとはいえ『本気』状態のボクをあしらえるんだ。そんな人外に片足突っ込んでるような相手に予選から遭遇するとか、他の出場者にとっては悪夢だろうね。並のカッパーランク相当じゃそれこそ一瞬で勝負が付くだろうから見る方からしてもたいしておもしろみもなさそうだし。あ、無双状態の快進撃を見たい人は除くね。


「一次予選でメダルの総取りなんてされなくてよかったよ」

「誰がするかよんなこと。依頼でもねぇのに格下の蹂躙とかむなしくなるだけじゃねぇか……へぇ、今年もなかなかな顔ぶれじゃねぇか。期待できそうだぜ」


 どうやらただの無双はお気に召さないらしいロヴが控え室を見渡して嬉しそうに笑う。その凶悪面と相まって獲物を前に舌なめずりしている盗賊の親分にしか見えない。

 ただ、何人かにはどこかチャレンジャーな立場っぽい視線を向けていることからしてロヴよりも強い人たちなんだろう。まあプラチナランクで最年少って言われてるって聞いてたからからわかってたっていえばわかってたんだけど……ロヴより強い人もいるんだね。すごいなー、人間。


「順調に行きゃぁ、お前とも三回戦で戦うことになるな。あれだけ堂々とオレを負かすなんて言ってくれてんだ。途中で脱落なんてすんじゃねぇぞ?」

「当然! 首を洗って待ってなよね!」

「ハッ、楽しみにしといてやるよ、新人(ルーキー)


 それだけ言って役員の人に一声かけると、のっしのっしと適当な席へ向かうロヴ。そんなロヴに挑戦的な視線が、同時にボクには今まで以上に注意が向けられている。特に狼男とプラス二名からの視線が痛いほどだ。まあ知ったこっちゃないけど。

 そのまま緊張感の漂う控え室の一画に陣取って、暇つぶしに頭の中で絶賛研究中の魔導回路(サーキット)をいじり回すことしばらく。係の人の背後にあるスピーカー型魔導器(クラフト)が機械音を立てたかと思うと、一拍を置いて司会の人の声が響き渡った。


〈――この大闘技場にいらっしゃる皆様、大変長らくお待たせいたしました! 各地より集った、己こそが最強の存在であるという自負のある者達の頂点を決める戦いが、これより火蓋を切って落とされようとしています!〉


 続いて届いてきたのは建物を揺るがすような大歓声。壁の向こうにある控え室でこの音量だ。発生源は爆音クラスじゃないだろうか?

 そのまま司会の人が前口上が読み上げる中、控え室の扉が開いて受付のお姉さんが顔を見せた。


「第一試合、ロヴ・ヴェスパー様、ボイル・ウォーン様。試合の準備をお願いいたします」

「おう!」

「了解した」


 呼ばれた二人がそれぞれ応じると、受付のお姉さんに続いて控え室を出て行った。その間際にロヴがチラッとボクに視線をよこしたのでとりあえず軽く手を挙げてあげると、途端に周囲からの視線が圧を増した気がする。

 しばらくして流れていた司会の台詞が選手紹介に移った。


〈――それではグラフト大武闘大会本戦の初めを飾るのはこの二人! まずはこの方、一兵卒から瞬く間に頭角を現し今や精鋭の筆頭、我ら帝国の誇る忠誠の権化、近衛騎士隊第二隊長ボイル・ウォーン! 対するはすでにこの大会ではお馴染みのあのお方、史上最速で英雄の仲間入りを果たした新進気鋭のプラチナランク臨険士(フェイサー)、『孤狼の銃牙』ロヴ・ヴェスパー!〉


 ロヴの最初の対戦相手は帝国の近衛騎士だったらしい。そういえばかなり立派な鎧を着てたなーと今更ながらに思い出したけど、近衛騎士って王様の身辺警護とかが任務じゃないの? 皇帝陛下をほっぽり出してこんなところで大会に出場してて良いのかな?

 そのまま試合開始の合図と同時に大歓声。司会の人はそのまま実況もやってくれている。それがなかなか上手い具合で、直接試合を見ていなくても大まかに想像できるから意外と退屈しない。むしろ想像で補わなきゃいけないのが楽しいや。

 それによるとロヴと近衛騎士の人との戦いはなかなかの熱戦らしい。時折魔導銃での銃撃を交えながら付いたり離れたりとトリッキーに動くロヴに対して、決して動じず焦らず的確に剣一本で対応する近衛騎士の人。さながら動のロヴに対しての静って感じらしい。あんな顔してめちゃくちゃ動き回ってるらしいロヴが意外だけど、山賊戦法だと思えばすんなり納得できた。

 そのまましばらく続くかと思われた応酬が急展開を迎える。


〈――ああっとぉ、ヴェスパー選手いきなり身を翻したぁ! ウォーン選手に急迫っ!〉


 どうやら動き回って近衛騎士の人を翻弄していたロヴが急に突撃をかましたらしい。いきなりリズムを変えたロヴに対して、それでも近衛騎士の人が同様もなく迎え撃つ形になったようだ。

 ひときわ高まった歓声の直後にテンションマックスの実況が入る。


〈なんだ、魔導銃を放り上げて――こ、これは、息もつかせぬ剣戟の応酬! 両者それぞれ一振りの剣しか持っていないはずなのに、二本三本、いえもっと! これは……あまりの速度に残像が!? さすがプラチナランク! さすが近衛騎士筆頭! もはや人としての次元が――っとぉ、耐えきれなかったかヴェスパー選手、距離を空けた! しかしウォーン選手、ゆるすまじと追い縋って――え、ヴェスパー選手いつの間に魔導銃を!?〉


 唐突に混じる実況の困惑声。魔導銃? 交錯の直前に放り上げたって――あ、もしかして。

 その状況を思い浮かべながら頭の中でシミュレート。至近距離での超高速戦闘には邪魔だからって手放したんだと思ったけど、上の方に投げたなら当然時間差で落下してくる。そこに先回りしてキャッチすれば、濃密な剣の応酬をしていた相手には十分以上の不意打ちだ。


〈弾いた! ウォーン選手あの距離で弾丸を弾きました! ああでも――!〉


 不意を突いたなら一発で十分、弾かれても問題なし。同じ速度で剣を振れるなら、一手でも無駄にさせるだけで次が間に合わない。


〈決着、決着です! ウォーン選手、自身の首に突きつけられたヴェスパー選手の剣を見て降参を宣言しました! 本戦第一試合、勝者ロヴ・ヴェスパー!!〉


 ひときわ轟く大歓声、浮かぶロヴのドヤ顔。熱戦だったってこともあるんだろうけど、たぶんロヴの魅せるような勝ち方もあったんじゃないかな? 想像してみただけで格

好いいし、ちょっと練習すればボクもやれそうだから機会があったら試してみようっと。


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