待合
前回、初日のアクセス数が1,000を超えていてビビリました。いつも読んでいただいているみなさんに感謝を。
「すみませーん、本戦出場者ってこの後どうするんですか?」
「本戦出場者の方ですね。お名前と出場資格証の提示をお願いします」
早速受付で尋ねてみれば、受付係らしいお姉さんがにこやかな笑みが返ってきた。ボクが近づいてくるのを怪訝そうに見ていた人と同じとは思えない見事な営業スマイルだ。これがプロってヤツか。
「ボクはウルだよ」
言われた通りに名乗りながら少し外套をはだけて胸につけているバッジを見せる。武闘大会のシンボルマークを模っているこのバッジこそ本戦出場資格証ってやつで、二次予選終了直後に本戦について教えてくれた騎士の人から渡されていたのだ。これを身につけていることが本戦出場の条件で、試合に負ければこれが取り上げられてしまうとのこと。実にわかりやすいね。
蛇足だけど、インターバルの一週間中にこのバッジをよこせって言うバカがやってきたりした。これを身につけてさえいれば本戦に出場できるなら、逆説的に予選を突破した本人じゃなくても問題ないっていう理屈だ。
後で聞いた話だと簡単な似顔絵で本人照合もやるからなんの意味もないみたいなんだけど、せっかく勝ち抜いた証をわざわざ他人に譲るような人間ならそもそも武闘大会に出場しないと思うんだよね。加えて明らかにボクのことを舐め腐った言動がムカついたから丁重にお引き取り願った。まあ居合わせただけの無関係な人たちが顔を引きつらせてたようにも見えたけど、それ以降同じようなバカが湧いて出なかったからなんの問題もない。
「ウル様ですね……確認しました。選手の方は試合まで控え室でお待ちいただくことになりますが、全体開始の三十分前まででしたら闘技場内でご自由に行動されても構いません。先に控え室にご案内いたしましょうか?」
へぇ、試合までは自由時間なんだ。じゃあちょっとガイウスおじさんのところに顔でも出しに行こうかな? 帝都に着いてるってことはカラクリ経由の通信で報告されてたんだけど、滞在先が貴族街区だったから行こうにも行けなかったんだよね。外には出れないみたいだけど、武闘大会本戦の観戦が目的なんだから開始までには闘技場のどこかにいるはずだ。
「じゃあ、案内お願いしまーす」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
そうして他の受付係の人に後退してもらったお姉さんに出場者控え室まで案内してもらった。開始前の諸注意事項――もめ事は厳禁だとか貴族街を出歩くのは禁止だとかを教えてもらい、お姉さんが受付の方へと戻るのを見送ってから人目に付かないところを探す。控え室の場所はもう覚えたから、どれだけ複雑な構造をしてても戻ってくることはできる。マキナ族の記憶力はこういう時にも便利だ。
しばらくウロウロしていたら誰もいない部屋を見つけた。物置らしくいろいろな物が所狭しと積み重ねられていてくつろぐような環境じゃないけど、人目につかないようにしたいボクにとってはピッタリだ。
早速潜り込んで外套の下から愛用の肩掛け鞄を探ったる。今日は何か連絡を取ることがあるかもしれないと思って無線魔伝機ごと持ってきてたんだよね。さすがに試合中は控え室にでも置いておくけど。
〈はい、こちらコハクです!〉
ムダにごつい受話器みたいな端末を起動して待つことわずか。呼び出し音のワンコール目が鳴り止む前にやたらと気合いの入った声が聞こえてきた。相変わらず敏腕事務員レベルの応答速度だ。
「ウルだよー。またずっと張り付いてるの?」
〈それがわたしのお役目ですから!〉
否定しなかったよこの子。ついこの前注意したばかりだっていうのに。
「前も言ったと思うけど、いくら応対役だからってずっとそこにいちゃダメだよ? 他にもやることはたくさんあるでしょ?」
〈ご安心ください、ウル様。わたしがやるべきことは全てこの部屋にいながらこなすことができますし、他のことはアヤメとスオウが率先してくれていますのでなんの支障もありません〉
そういうことを言いたいんじゃないんだけど……これは言ってもダメだね。元々コハクはプロフの役名が似合う研究者気質――つまりは引きこもり適正が高いたちだ。加えてその気になれば休憩も補給も一切不要の種族特性。無線魔伝機の本体が鎮座している部屋がコハクの根城になってる様子がまざまざと浮かぶよ。
諦めのため息を一つついて気持ちを切り替え、さっさと本題に移った。
「それじゃ、ちょっとヒエイ達の方に繋いで今どこにいるか聞いてくれないかな?」
〈承りました。少々お待ちください〉
早速繋いでくれたんだろう。無線魔伝機越しにキーボードを叩くような操作音がしてやりとりを交わす声が聞こえてくる。うーん、本来なら無線魔伝機は緊急連絡用の手段なのに、この程度の用件で使っちゃうのもなんか申し訳ないな。でもやっぱり別行動している相手と連絡を取り合えるのは便利すぎる。ようやく有線通信が広がり始めたような世界で、前の世界の記憶とはいえ携帯電話を知ってる身としては特にそう思うんだよね。
〈――確認が取れました。すでにあちらは闘技場に入っているようです。今は貴賓室にいるとのことです〉
「わかったよ。じゃあちょっとヒマだから、今から顔を出すねってガイウスおじさんに伝えてもらえる?」
〈――ヒエイが迎えに行くことになったみたいです。正面ロビーで落ち合って欲しいと〉
「りょうかーい。中継ありがとうね、コハク。オーバー」
通信を切って無線魔伝機を鞄にしまうと来た道をとって返す。控え室の前を通り過ぎて正面ロビーまで戻ったところ、ちょうど列から離れるリクスたちを見つけた
「シェリア、リクス、ケレン!」
呼びかけながら手を振れば三人もボクに気づいてこっちに向かってきた。
「――ウル! 選手は控え室って聞いたけど、戻ってきたのか?」
「ちょっと待ち合わせにね。座席券は買えたの?」
「真ん中くらいだけど、なんとかな」
「朝一なら行けると思ってたんだが、前の方の席はもうとっくに売り切れだとよ。帝都の皆さんには頭が下がる思いだよ、全く」
そりゃすごいね。ボクたちも開門一番に来たはずなんだけど、だとすればもういい席が埋まってるってことは市民街区在住の人たちが第一外壁の開門待ちをしてたってことだ。こういう熱意は世界が変わっても共通らしい。
「……待ち合わせ?」
そして耳ざとくボクの発言を拾ったシェリアがわずかに首を傾げて疑問を示してくる。
「うん、知り合いの人たちが来てるからね。始まるまでは自由にしていいって言われたし、今の内に顔を見せに行こうと思って」
「……おい待てウル、お前その知り合いってまさか、レンブルク公爵様の関係者か!?」
一応相手をぼかしてそう言った途端、ケレンが小声ながら勢いよく食いついてきた。というか、なんで速攻でバレたんだろう。
「そうだけど、なんでそんなにすぐわかったの?」
「わからいでか! ブレスファク王国出身のお前がグラフト帝国で知り合いがいるはずがない。なら相手は参加か観戦に来た人間だろ。参加者ならこれまでにもその機会はあったはずだから、そうなると観客、しかも本戦から見に来るような相手なら十中八九貴族だろ。王国と帝国でお互いの国営行事にもう一方の貴族が参加するのは知られてる話だし、そんな国家行事に参加できるような大貴族で、イルヴェアナ・シュルノームの関係者ってなら真っ先に浮かぶのはレンブルク公爵家しかいない!」
なんか当然のような顔して解説してくれてるけど……ケレン、キミの隣の幼馴染み、ポカンって顔してるよ? それ一般常識?
「なあおい、俺らも付いていっていいか? こんな大貴族様と顔つなぎできるような機会、滅多にない!」
「――お、おいケレン、急に何言い出すんだ!? そんなことしたらウルに迷惑がかかるだろ!?」
「止めてくれるなよリクス! 凡人の俺らがのし上がるには、こういう機会は逃しちゃならないんだよ!」
ギョッとした顔で止めようとするリクスに鬼気迫る表情で食って掛かるケレン。お貴族様とコネができるっていうのは臨険士にとってそんなに重要なことなのかな? 顔つなぎってだけならエリシェナ経由でとっくにできてると思うんだけど……。
「ボクとしては紹介するぐらい別に構わないけど、向こうが会ってくれるかどうかまではわからないよ?」
「そこをなんとか! 俺らは同じパーティの仲間だろ!?」
「いや、聞いてみるけどさ。ボクの意志だけじゃどうにもならない問題だから保証は――」
「王!」
めちゃくちゃ必死な様子で食い下がってくるケレンをなんとかなだめようとしていると、聞き慣れた呼び方の声が届いてきた。そっちを見れば執事服をきっちりと身につけたヒエイが足早にやってくるのが見えた。フードも何も被っていないおかげで惜しげもなく晒されている虹色に煌めく髪と美形顔が周りの視線を根こそぎ奪ってるようだけど、本人はそれを気にした様子もない。そしてその少し後ろには同じように見える執事服だけど年季の入った着こなしをしているジュナスさんの姿もある。
「やっほー、ヒエイ。ジュナスさんも久しぶり」
「お出迎えに参りました、王! 我ら一同、王が活躍なされる今日という日を心待ちにしておりました!」
「お変わりないようで何よりでございます、ウル様」
とりあえずケレンのことはいったん保留にして二人を迎えると、それぞれ慇懃な態度で腰を折った。ジュナスさんは当然として、ヒエイもすごく様になってるね。
さっき聞いた話だと来るのはヒエイだけだと思ってたんだけど、ジュナスさんもいるならいいタイミングだ。この人ガイウスおじさんの腹心だし、リクスたちを会わせてもいいか判断してくれるだろう。
「わざわざありがとう。ジュナスさんが来てくれてちょうどよかったよ。こっちの三人はボクの仲間で、そっちからリクス、ケレン、シェリアだよ」
「ウル様のお仲間でございますか、それはそれは……お初にお目にかかります。私めはさる御方にお仕えしております、ジュナスでございます。どうぞお見知りおきを」
「ど、どうも」
「あ、え――こ、こちらこそ!」
ボクの紹介ということでか、丁寧に頭を下げるジュナスさんにしどろもどろな様子で応対するリクス。ケレンも予想外なのか慌てた様子で頭を下げているのがなんだかおかしい。一方でシェリアは相変わらずのポーカーフェイスで軽く会釈しただけだった。この辺の落ち着きの差は経験なのか性格なのか……シェリアの事情から考えたら性格かな?
「それで、せっかくの機会だからみんなをガイウスおじさんに紹介したいなって思ったんだけど、いいかな?」
そうやってボクが確認してみると、ジュナスさんは笑顔で頷いてくれた。
「普段からウル様とご一緒されている方でしたら、大旦那様も是非にとおっしゃることでしょう」
思ったよりあっさりと許可が出た。それならせっかくだから三人のことはガイウスおじさんに紹介しておこう。
「それならみんなで行こっか。ガイウスおじさんはどこにいるの?」
「ガイウス様方は来賓席で武闘大会の観戦をなさります。ご案内いたしますのでこちらへどうぞ、王。そのお仲間方も」
そうしてボクたちはヒエイの先導に続いて闘技場の中を移動し始めた。
「……ウル、ひょっとしてあの人はマキナ族?」
途中ヒエイのことを示しながらそう聞いてきたのはシェリア。まあ、虹色の髪なんて他にないから気になって当然だよね。
「うん、ヒエイはマキナ族だよ。他にも二人、これから行くところにいるはずだね」
「……『王』ってどういうこと?」
「一応、ボクが族長みたいな立場にいるからそう呼ぶ子もいるんだ」
「王様!? お前が!?」
シェリアとのやりとりを聞いていたらしく、素っ頓狂な声を上げるケレン。どこか緊張していた様子のリクスも目を丸く見開いて驚いている。
「じゃあなんだ? 今度からお前のことはウル様とか呼んだ方がいいのでございますでしょうか?」
「そ、そうか。ウルが王様ならおれ達の言葉遣いも――」
「種族の代表ってだけで別に国の王様みたいに偉いわけじゃないよ。だからいつも通りに話してくれない?」
言葉とは裏腹に明らかにからかう調子の変な敬語でケレンがそんなことを言うから、変に意識したリクスが何か言い切る前に苦笑混じりに答えた。せっかく仲良くパーティを組んでるのに、いきなり敬語とか使い出されたら違和感が大きすぎて虫唾が走りそうだ。
そしてホッとした様子のリクスを見た後でチラリとヒエイの様子をうかがう。初めてガイウスおじさんに紹介した時に似たようなやりとりで激高したのを思い出したからだけど、前を向いたまま完全にスルーしていた。どうやらガイウスおじさんの教育の成果が出てるみたいだね。後でちゃんと褒めておこうっと。




