進出
※2018.8/8:時間単位の変更・修正
「さーてと……」
スノウティアを回収しながら立ち上がる。周囲の様子を確認すれば、この広場に立っているのはボクを入れて七人になっていた。試合開始からそんなに時間は経ってないから早いように思うけど、モニターしてた戦闘を見返す限りじゃ明らかに実力が低かったりボクが弾き飛ばした相手に巻き込まれた隙を突かれたりで、全体の半分以上がわりと早い決着を迎えていたせいだ。うん、なんかごめんなさい。でも、勝負は時の運なんて言うしね?
生き残り組の内二人は今も戦闘中で、そのすぐそばで様子をうかがっているのが二人。これは漁夫の利狙いかな? 後の三人はそれぞれ距離を置いて他の参加者の隙をうかがいつつ息を整えているみたいだ。一言で表すならクライマックス間近ってところか。
ちなみに戦闘不能って判断された人は、周りの騎士の人たちが素早く回収しているおかげで気を遣う必要がない。それぞれの場所で繰り広げられている戦闘の間を縫って素早く担ぎ出す様子は実に手慣れていた。
「……もう少し練習できそうだね」
ここまで残ってる相手なんだから油断できないのはわかっているけど、イルバス相手にリクスの摸倣だとその余裕もなかった。ボクなりの戦闘技術を身につけるためにもリクスを鍛えてあげるためにも、ここはぜひとも練習相手になってもらいたいところだ。
そんなことを考えながら、まずは手始めに一番近くにいる剣を構えたヒュメル族にむかって駆け出した。
そして八分と四十七秒後――
「そこまで! 現時点を以てグラフト大武闘大会二次予選を終了とする!」
槍の先をスノウティアに切り落とされた槍使いのナイスミドルののど元に切っ先を突きつけた瞬間、野太い大音声が響き渡った。
途端に周囲の屋上から大歓声が轟き、今の今まで対峙していた相手が全身から力を抜くのを確かめてからスノウティアを引いて鞘に収めた。周囲にはもう立っている人もなし。まあ今の槍使いが最後なんだから当然といえば当然だけど。ぶっちゃければイルバスほどの強敵はいなかったんだけど、おかげでいい訓練になったよ。
「ありがとう。おかげで強くなれたよ」
「……悔しいですが、完敗ですね。本戦は我々の分まで頑張ってください」
「――うん、もちろん!」
せっかく最後に戦ったんだからと思ってお礼を言えば、苦笑気味ながらも激励の言葉と共に手を差し出してきた。ちょっと驚いたけど、なんだか戦いの果てに友情が芽生えてみたいで嬉しくなったからその手を取って固い握手を交わす。
その後は妙に晴れ晴れした様子の槍使いを見送ると、騎士の人の内一人がボクに駆け寄って今後のことを通達してくれた。ふむふむ、本戦は一週間後、場所は貴族街区――皇城壁から第一外壁の間にある大闘技場。進行はトーナメント形式で組み合わせは当日まで秘密、と。
そんな感じで説明を受けながらなんとはなしに屋上を見やると、雑炊のおばさんがものすごく興奮した様子で周囲にまくし立てているのが見えた。どうやらボクが雑炊を食べていったことを早速自慢しているみたいだ。そこから少し距離を置いたところにシェアがいて、目が合うと小さく頷いてくれた。どうやら予選突破を喜んでくれているらしい。相変わらずの無表情だけど、友達のボクにはわかるね!
それが嬉しくって小さく手を振ってみたら、なぜか周囲が大いに盛り上がった。時々「ウルちゃーん!」「素敵っ!」「かっけー!」などなど聞こえてくるところを考えると、人気急上昇って感じなのかな? 名前が知られてるのはおばさんが連呼してるせいだろう。まあ見た目絶世の美少女が大活躍したんだ、人気が出るのは当然だよね? ふふん♪
とにかく、これで無事に本戦出場決定だ。猶予期間もあることだし、リクスたちにも手伝ってもらって戦闘経験の整理と動きの最適化をしなくっちゃね。
そして一週間があっという間に過ぎ去って、今日は本戦開催日だ。開始は例によってお昼ちょうどからだけど、いい席でボクの勇姿を見たいっていうリクスたっての希望で朝一番外壁の門が開くと同時に大闘技場を目指している。ただし誰もが似たようなことを考えるのか、まだ朝の早い時間にもかかわらず道行きを同じくする人たちの多いこと。まあこの調子じゃ開始間際に行っても席を取れるかどうかすら怪しいから意味がないわけじゃないか。
「頑張ってくれ、ウル! おれ達応援してるからさ!」
「なんかそれぞれの試合でどっちが勝つかの賭けもあるみたいだし、楽しみだな。お前多分大穴だろ?」
「いや、知らないけど」
いつも通り外套とフードで全身をすっぽり覆ったボクのすぐそばを歩くリクスはストレートに、ケレンはちょっと遠回しな感じでそれぞれ激励してくれる。見事に性格が出てるねー。まあ仲間からの励ましだからどっちも嬉しいんだけどさ。
ちなみにリクスは二次予選で敗退していた。ケレンいわくわりと序盤であっさりやられていたとのこと。あれかな、ボクのグループのところにもいた実力不足な何人かと同じ感じだったのかな?
それでも序盤退場者の中では一番粘ったらしく、本人は多少悔しげにはしていたもののいい経験ができたと満足げだった。ホントにリクスって前向きだよね。そこがいいんだけどさ。
「どこを目指すの?」
「何言ってるのさシェリア、当然優勝に決まってるじゃない!」
「そう」
ピッタリ隣をキープして歩調を合わせながら聞いてくるシェリアに意気込みを告げれば、返ってきたのは軽く肩をすくめる仕種だけ。一見素っ気なく思えるけど、ボクにはわかる。シェリアは口数が少ない代わりかけっこうはっきりと物を言うから、否定しなかっってことはその必要がない――つまりは応援してくれる気持ちがあるということ! パーティの中じゃ一番接する時間が長いおかげか、最近はそういったことがわかるようになってきたのだ! うん、いいねこういうの。気の置けない仲ってこんな感じかな?
「いや、さすがにお前でも優勝は無理じゃないか? ロヴさんも出てるんだろ? 一度お前が負けたって話を聞いたことがあるんだが?」
「負けてないよ! あの時は――そう、引き分け!」
そうしたらからかうような口調で失礼なことを言ってくれるケレンに対して抗議の声を上げる。確かに『平常』とはいえ一発クリティカルもらっちゃったから負け判定は出したけど、『本気』じゃ決着は着かなかったんだからね! むしろある程度戦闘技術を学習した今は勝ち目の方が大きい……はず!
模擬戦の時はロヴも本気の本気じゃなかったことを思い出して若干不安になった。いや、だってロヴ、片手で持った剣で比重の重い金属の塊を投げ飛ばすような人間だよ? しかも身体能力任せだったとはいえボクが『本気』で振ったレインラースを、軽々といなし続けやがったし。あれはもう人外認定していいんじゃないかな?
「大丈夫だよ。ウルならきっと優勝できるさ!」
ちょっと考えが後ろ向きになったところに、タイミングよくリクスが太鼓判を押してくれた。ちょっとひねくれている幼馴染み君とは違って、こっちが恥ずかしくなりそうなくらい純真な視線をボクに向けてくれている。うーん、この信じられてるって感じがむずがゆいながらも悪くない。少し――ほんのちょーっとだけとはいえ、弱気になってる場合じゃないね!
「油断は駄目よ」
いっそうモチベーションが上がったところでポツリと一言だけ、けど的確な指摘をくれるシェリア。うん、そうだよね、何事も油断大敵! そのせいでイルバスに苦戦しちゃったようなもんだから、ロヴと戦うならもっと気を引き締めないとだね。
そんな感じで話をしながら市民街区を通り抜け、ここも解放されている第一外壁をくぐった。そうしたらガラリと雰囲気が変わって、広い敷地と大きな屋敷が並ぶ風景になる。貴族街区って言うだけあって確かにそれっぽい感じだね。
ただ、屋敷の建築様式は帝国風だ。市民街区の建物と比べてより白い外壁に、傾斜のない屋根。装飾もどちらかというと控えめで、前の世界の記憶にあるホワイトハウスを彷彿とさせる造りになってる。そのせいでどこも似たような外観をしてるから、慣れないと目的の屋敷を見つけるのに苦労しそうだ。今回は用がないからボクたちには関係ないけどね。
そして肝心要の大闘技場はというと、皇城壁に接するように建てられているにもかかわらず今いる場所からでもはっきり見えるほど大きい。外から見える感じだとズバリ白いコロッセオみたいな雰囲気だ。北門からまっすぐ延びる通の先にあるんだけど、近くの屋敷と見比べてみれば高さにして倍、横幅に至っては最低でも十倍くらいはあるんじゃないだろうか? というか、目測に間違いがなければ建物の端っこが貴族街区の半分まで来てる。闘技場に力入れすぎでしょ、グラフト帝国。これが脳筋国家の底力か。
人の流れに従って正面入り口らしいところをくぐれば、こんな時間からガヤガヤと賑わう広々としたロビー。受付らしきところにズラリと長蛇の列ができているのは座席券を買うためだろう。試合を見やすい席は有料だってことは組合で聞いていた。
一応タダで観戦できる立ち見席はあるみたいだけど、それこそ観客席の一番外側らしいから近くで見たければ料金を払うしかない。ついでに試合結果の賭け札も売っているとのこと。いい商売だよね、武闘大会。
そんな感じでみんな受付に並んでいるわけだけど、それより目を引くものが頭上に掲げられていた。
「……なんだこれ?」
目を丸くして思わずといった風に呟いたリクスが見上げているのは、人間の身長と比べて縦に倍、横に四倍くらいはある真っ黒な石版。縁からはネジやケーブルなんかの機械的な物体が取り付けられていて、それらが受付の奥へと続いているのが見える。
「あー、多分あれだ、記写述機の一種だろ。映されてるのは……本戦の組み合わせ一覧か?」
「うん、ケレンの言う通りだろうね」
周りが白くて装飾過少なせいで後付け感が半端じゃないけど、間違いなく前の世界で言う電光掲示板のたぐいだ。なんで断言できるかっていうと、その真っ黒い表面に白い光が図形を描いているからだ。十中八九、記写述機の出力画面を分割して大きくしたタイプの魔導器だろう。リクスたちが初めて見るのもムリはないかな。ここまで大がかりなのはイルナばーちゃんの研究所にもなかったよ。
そして描かれているのは、一つの頂点から始まって次々と二又に分かれ、ズラリと一列並ぶ名前に繋がっている下向きの樹形図。どう見てもトーナメント表だね。受付の列に並んでいる人たちもそれを見上げながら色々と話し合ってるけど……組み合わせから勝敗の予想でもしてるんだろうか?
「……あったわ、ウルの名前」
「え、どこだい、シェリア?」
「……左から七番目」
シェリアに教えられてリクスが目を凝らしている。ボクも一発で見つけていた。なにせみんなフルネームで載っている中でただ『ウル』ってだけ書かれてるのは一つしかなかったからね。あれがボクで間違いないだろう。ふむ、初戦の相手は『ガウムン・ゴード』って人か。知らない人だね。
それだけ確認すると、目当ての名前を探すために左端へと視線を向けて――あ、もう見つかったや。
一番左端にデンと載っている『ロヴ・ヴェスパー』の名前。名前だけなのになぜかふてぶてしい感じがするのはボクが本人を知ってるせいだろうか?
えーっと、組み合わせ的に順調にいったとしてロヴと当たるのは……三回戦――準々決勝か。ボクもロヴもトーナメントの左側だったから半ば予想はしてたけど、ここは因縁の対決として決勝戦で戦いたかったなぁ……。
ちょっと落胆しつつも他に知った名前がないか順繰りに見ていけば、一次予選で戦ったフィリップの名前があった。どうやら苦手って言ってた乱戦を無事に勝ち抜けたみたいだけど、右側のグループだから当たるとしたら決勝戦だね。
「――うっわ。ウル、お前三戦目でロヴさんと当たるんじゃないか?」
「みたいだねー」
「え、どういうことなんだ、ケレン?」
「どういうって……ほら、それぞれの名前から延びてる線が途中でぶつかってるだろう? そこからさらに線が一本だけ伸びてることを考えればだな――」
どうやらトーナメント表の見方がわからなかったらしいリクスがケレンにレクチャーしてもらい始めた。それはいいんだけど……ケレンでも説明の仕方が推測混じりなところが気になる。ひょっとして、こういうの見たことないの?
「シェリアはあれの見方、わかる?」
「……今、わかったわ」
どうやらシェリアもケレンの解説を聞いて把握したらしい。こっちの世界じゃトーナメント表って一般的じゃないのかな?
そう思って耳に意識を集中すると、時々リクスと同じように電光掲示板の魔導器を見て戸惑いの声が上がるのが聞こえてきた。そしてその度に近くにいた帝都市民らしき人や武闘大会観戦の常連らしき人たちが丁寧に掲示板の見方を教えている。その時の会話から察するに、ああいう表記はグラフト帝国以外じゃあまり見かけないらしい。まあ確かに日常じゃまず使わないだろうからね。
意外なところで軽いカルチャーショック――異世界間でも使えるのかな? そんなものを感じつつも、名前を探した時に目の前の受付から少し離れたところに《グラフト大武闘大会本戦参加者受付》って看板を見つけていたので、ボクだけそっちの方に向かった。座席券と賭け札の販売をしているのは長蛇の列ができてる正面受付なので、リクスたちはそのまま並んだからいったん別行動だ。




