赤銅
先日、なろうに投稿を始めてから1年が経ちました。これからも細々と頑張っていきますので、どうか応援よろしくお願いします。m(_ _)m
改めてイルバスと対峙しながら周囲の状況を『探査』で確認。うん、みんな広場のあちこちで思い思いに戦ってるから、しばらくはボクたちのところに邪魔が入ることはなさそうだね。
「そっか、残念だ――ねっ!」
言葉の終わりに合わせて盾を構えて突進。対するイルバスはスッと眼を細めたまま待ちの姿勢。ただし、さっきとは違って柄を両手でしっかりと握ったまま。
瞬く間に詰まる距離の中でイルバスがフッと両手剣を振り上げるのが見えた。明らかに斬り下ろしで迎え撃つ気満々でその動きはカッパーランクとは思えないほど速いけど、そんなの見えてたらただ避ければいいだけの話。切っ先が振り下ろされると同時に少し左にステップすれば、両手剣は誰もいない空間をむなしく通り過ぎる。これでイルバスの体はがら空きだ。後は隙だらけのところを遠慮なくボコるだけ――
ギャリ、なんて不協和音と同時に『探査』の反応の中で地面を叩いた両手剣が跳ね上がったのが見えて、強制的に思考を中断させられた。地面との衝突の反動を利用したらしい切り上げは、振り下ろしほどの速度はないものの至近距離だから常人ならまず反応できないだろうって程度には速くてって言うか右はスノウティア装備だから防ぎにくいけどもろに食らったらどう見てもクリティカル判定!?
間一髪、咄嗟にその場で急ブレーキをかけながら右腕を折りむことでスノウティアを背中側に回して剣身を割り込ませることに成功! 急角度で打ち込まれた両手剣がボクの右手首に容赦なく大きな負荷をかけつつギャリギャリと駆け上ってくるのを堪え、鍔まで来たところで一気に跳ね上げた。そうすれば両手剣の剣身は空中に放り出され――その勢いに乗せた柄でのかち上げが顔面めがけて飛んできた! さっきから何、この流れるような連携!?
なんとか滑り込ませたサンラストで柄の一撃を受け止める。この瞬間は上半身の自由が利かないけど、さっきからやられっぱなしでシャクだから蹴りでも叩き込んでやろうかと地面を踏みしめ――
蹴り足を振るよりも速く、イルバスはサンラストに柄をたたきつけた反動を利用して素早く飛び離れていた。ボクが蹴ろうとするのを察知したというよりは、むしろあらかじめそう動こうって決めていたかのような素早さだ。せっかく肉迫したっていうのに、また距離ができて仕切り直しだ。ああもう、面倒だな!
見事にボクのフラストレーションを溜めてくれたイルバスはといえば、戦闘するには少し遠い距離で相変わらずじっとこっちの出方をうかがう待ちの姿勢。
……なんかさっきから思ってたけど、あいつ大剣使いって感じがしないな。ボクの中じゃああいう両手持ちの重量武器を使う人って、攻撃し始めたら勢いのままに攻めて攻めて攻めまくるイメージがあるんだけど、イルバスの立ち回り方は真逆と言ってもいいくらいだ。そのおかげなのか、こっちが攻め込むたびに完璧に迎撃されてるんだよね。
まあ最悪向こうの間合いの外から攻撃すればいいんだけど、それだとボクの『戦闘技術を磨く』っていう目的から遠ざかるから魔導式で飽和攻撃は本当に最終手段だ。ナイトラフは亜空間にしまってるだけだけど、取り出すにはいったん『探査』の術式を破棄しないといけないから却下。
じゃあどうする? 簡単な話、もう少し強引に行けばよし!
決意を固めて再度突撃を敢行。再び真正面から振り下ろされる両手剣を、今度はしっかり足を止めてスノウティアで迎え撃った。
ギィンと金属同士がぶつかり合う音が響いてその場で拮抗する。剣身が細いからと侮るなかれ、ほとんど魔力が通っていなくても剛性緋白金はそんじょそこらの鋼よりも断然硬い。重量プラス加速を乗せた大型武器の一撃に真っ向からぶつけても傷一つ付きはしない。
と、上からの圧力が不意に軽くなった。その結果としてさっきまで拮抗していたスノウティアは両手剣を軽々と押し返し――その下へと潜り込むように上手く力のベクトルを操ったイルバスの柄殴りが迫ってくる。うん、来ると思ってたよ!
何が来るかはわからないけど、このパターンにはそろそろ慣れた。あらかじめ何かが来るって思っておけば、対応にも余裕が出るというもの!
柄での一撃が来た瞬間、イルバスの手と手と間の隙間を左手で掴んでガッチリ止めてやった。例え両手相手に片手だろうと、魔力を多めに回せば後れを取ることなんてほとんどない! さあ捕まえたぞ、今こそたまったフラストレーションを晴らす時!
嬉々として跳ね上がったままのスノウティアを振り下ろ――そうとしたけど、気づいたら柄を掴んだ左手にイルバスの右手が被さるように添えられていた。なんだと思うヒマもあればこそ、そこを支点に両手剣ごとグリッと外向きに捻りが加えられる! 全身金属製とはいえベースは人間、骨格の都合上そっちには曲がらない! 何この前の世界でいう合気道みたいな技!? このままじゃ関節が外れる!
なんて一瞬焦ったけど、すぐに冷静になって気づいた。関節外れるくらいなら別に致命傷じゃないよね?
「――おりゃぁっ!」
「な――ぐっ!?」
きしみを上げる肘と肩をガン無視して気合い一発スノウティアを振り下ろす。頭を狙った平打ちはイルバスが咄嗟に動いたことで狙いをそれて肩を直撃! 瞬間その衝撃でイルバスの体勢が大きく動いたせいでゴキッと左肩から不吉な音が聞こえてきたけど気にしなーい。
さらに追撃として蹴りをお腹に一発。イルバスの長身が吹っ飛んだものの、手応えが妙に小さい。あれかな、相手の攻撃に合わせて自分から跳ぶことでダメージを減らすヤツ。
せっかく掴んだんだから両手剣はキープしておきたかったんだけど、肩が外れたせいか上手く力を入れられなくてあっさりと抜けてしまったからまた距離が開いた。けど今回はきっちり一発入れられたから良しとしよう。
まだ全然殴り足りないからぜひとも追撃はしたいんだけど……以外とやっかいだね、関節外れるって。肘から先は動くのに、肩が上手いこと上がらないせいで可動範囲が極端に制限される。とりあえず先にこっちをなんとかしよう。えーっと、要はピッタリはまってたくぼみから外れたわけなんだから、元の場所に戻せばいいんだよね?
いったんスノウティアの剣身を歯で咥え、フリーになった右手で左腕を押したり引いたりしてみること数秒。ゴリュッと鈍い音と共になにかがはまるような感触がした。お、いけたかな? 試しに左腕を動かしてみると問題なく動く。よしよし、上手くできたみたいだ。
試しがてら左斜め後ろから襲いかかってきた別の参加者を裏拳気味の盾打撃で黙らせるとスノウティアを右手に戻して構え直し、今の間に体勢を整えたイルバスに再び対峙する。むう、『探査』の反応見る限りじゃ周りの戦闘も決着したところが出始めてるなー。これは早くしないとまた邪魔が入ってきそうだ。
「――お前、本当に人間か?」
そんなことを考えているところに純度百パーセントの不信感が籠もった声が届いた。出所は当然目の前、強打した左肩を庇い気味に両手剣を構えるイルバス。ホント失敬だなこいつ。ボクはれっきとした人間だ! 生身じゃないのは認めるけど!
「……そういうキミは、ホントにカッパーランク?」
言い返すのもシャクだから代わりにそう聞き返す。実際さっきから疑問で仕方ない。
カッパーランクって言っても、成り立てからなかなかシルバーランクに上がれないベテランまでピンキリだ。だてに臨険士のボリュームゾーンなわけじゃない。一昨日の一次予選で戦ったのも、そのほとんどがカッパーランク相当の参加者だ。時々シルバーランク、一回だけゴールドランクだったわけだけど、比較データとしてなら充分だろうってくらいの量を記憶している。
それらは扱う武器や戦い方こそ豊富な種類があったけど、一つだけ共通していることがあった。ずばり、『見てから余裕を持って対処できる』ことだ。まあこれはボクの主観でリクスやケレンに聞かれでもしたら大いに呆れられそうだけど、少なくとも事実としてカッパーランク相当の相手にボクが腕の長さより内側に攻撃を通したことは一度もなかった。
それがどうだ、イルバスの攻撃は何度も危ないところまで迫っていた。それならシェリアと同じように実質シルバーランクの実力なのか? いいや違うね。これまで戦ったことのあるシルバーランク相当の相手には、シェリアを含めて何度かヒヤリとさせられた程度だ。一撃一撃がボクじゃなければ即終了レベルの攻撃をしてきたのは昇格試験の時のロヴか一次予選のフィリップくらい。
だから単純に考えれば、リクスたちと同じ時に昇格したばかりなカッパーランクのはずなイルバスの実力は、最低でもゴールドランク相当だっていう可能性が高い。
「その実力でカッパーランク、しかもジェムドでもないんでしょ? 明らかに詐欺だよね?」
「……それはオレの台詞だ」
ボクが呆れた調子で言えば苦々しげに応じてくるイルバス。今回大量取得したカッパーランクのデータからしても異常なのはイルバスの方だって断言できる。あいつくらいの実力がない限り一人前とも認められないような修羅の世界はボクもイヤだ。ボク? 元々そういう風に生み出されてるんだからなんの問題もなーし。
……というか、まさかとは思うけどイルバスがリクスを毛嫌いしてる理由って――
「……ひょっとして、キミはカッパーランクならそれくらいの実力を持ってないとダメとか考えてるの?」
「そんなわけがあるか。オレは、オレが強くならなければいけなかっただけだ」
おそるおそる尋ねてみると即座にキッパリとした否定が返ってきた。よかった、その辺はまだまともな感性なんだ。全臨険士修羅の国の住人化とか目指してるわけじゃないんだね。わりと本気で心配したよ。
……でもそうなると、余計にわからなくなるなー。
「じゃあなんでそんなにリクスのこと嫌ってるのさ。リクスがキミほど強くはないのは明らかだけど、カッパーランクって言ってもいいくらいの実力はあるでしょ?」
「……知っている」
あ、知ってるんだ。てっきりその辺のことを認めてないのかと思ってた。けど、じゃあ、なおさらなんで?
「その割には分不相応だーとか実力がーとか言ってたよね?」
そんな風に重ねて問いかければ、イルバスは苦り切った顔でツイッっと視線を逸らした。その思わずって仕種から察するに何か言いにくい事情があるみたいだけど――あいつ今、こっち見てないよね?
突発的にできた隙を逃さず地面を蹴って肉迫する。イルバスはすぐにハッと気づいたみたいだけど、その一瞬の出遅れの内にボクは距離を詰め切っていた。卑怯? 戦闘中によそ見する方が悪いに決まってる!
振りかぶったスノウティアの平をたたきつけるように振り下ろせば、イルバスは咄嗟に掲げた両手剣で受け止めた。さすがに受け流すとかの小細工をする余裕はなかったらしく、その場に踏ん張り歯を食いしばりながらなんとか支えて――
そうやって一瞬動くに動けなくなったところを狙って、がら空きの腹に本命の左ボディーブロウを叩き込んでやった! それもただのボディーブローじゃない。左腕に装備中なサンラストの突き出た先端に力が集中した一撃だ!
「がはっ――!?」
苦しげに息を吐いてたまらず膝を突くイルバスの頭を、スノウティアを手放した右手で掴んで勢いよく地面に押しつける。さすがに全力でやったら頭がかち割れるだろうから、その辺はちゃんと加減したよ? でも気絶くらいはしてくれるかなって思ったんだけど、両手剣を手放さないままボクのことを睨み付ける程度には元気みたいだ。
「ぐっ……」
「キミが何を考えてるかはわからないけどさ――」
まだ意識があるならちょうどいいやと思い、悔しげに顔をゆがめるイルバスに向かって一方的に告げておく。
「リクスは相応の実力は持ってるんだ。それがわかってるならこれ以上変な言いがかりつけないでよね」
「――あいつはいつか、破滅を運んでくるぞ! それも、周りを巻き込んで!」
それに対して返ってきたのは苦し紛れ――というには妙に悲痛な、どこか怒りを押し殺したような叫び声。けど、何かと思えばまるでリクスを破滅の運び手みたいに……あの人畜無害な純朴青年が好きこのんでそんなことするわけないじゃん。
……まあ、若干英雄願望がないわけでもないみたいだからそのうち進んで事件とかやっかいごとに首を突っ込んでいきそうな気がしなくもないわけだけど――むしろそんな物語の主人公っぽい展開はボクとしては大歓迎だ!
「上等だよ! 仲間が破滅を持ってくるって言うならそんなもの、救いをもたらす者がこの身の誓いに基づいて、片っ端からぶっ壊してやるだけだね!」
わざわざ顔を近づけて高らかに宣言してやれば、イルバスは呆気にとられたような間抜け面をさらした。ふっふーん、この顔を見れただけでもだいぶん溜飲が下がった思いだ。
「だからさ――」
ポカンとしたままのイルバスににっこり笑顔を向けつつ、掴んだままの頭を軽く浮かせて――
「二度と絡んでくんな!」
言葉と共にさっきよりも勢いよく地面にたたきつければ、今度こそ意識を失ったイルバスの全身から力が抜けた。ホントはもう二、三発くらい殴っておきたかったけど、絶交宣言もたたきつけたことだしこのくらいで手打ちってことにしてあげよう。うん、ボクって優しいよね。それでも絡んでくるならもう容赦なんてしてやらないけど。




