大通
「「いらっしゃいませー!」」
鳴り響いたドアベルに反応した店員の人たちが声をそろえるのを聞きながら、目につく魔導器を物色していく。真っ先に目に入ったのは大々的に展示されてる『保冷庫』なる大型の箱。側面の一部にある蓋が開けられていて、中は空っぽだけどいくつか棚が作られてるのがわかる。うん、これは前の世界で言うと冷蔵庫だね、わかりやすい。
その奥にあるのは横長の箱に鉄板が載っている『熱板機』。たぶん鉄板焼き機だろうね、屋台でも使ってた。直接焼くんじゃなくて鍋とかを置いてコンロ代わりに調理してた屋台もあったけど。
その他にも『熱水機』や『涼風機』などなど日常生活に使えそうな魔導器が色々と並んでいる。こういったラインナップを見る限り、この世界の生活基準も前の世界に近いものがあるんじゃないかな。ただしお値段がだいたい五百ルミルから二千ルミルといったあんばいだ。小さいやつでボクがもらったお小遣いほど、大きいものなら中古車の五分の一か。高いんだか安いんだかわからないけど、そう簡単に手が出せるってわけじゃなさそうだなぁ。
うーん、ここに並んでる魔導器のラインナップや扱い方を見る感じ、高度経済成長期って気がするな。でも建物とかは石造りとかが多いからヨーロッパの近代くらいな感じだね。こういうのはスチームパンクって言うんだっけ? 魔導式があるせいで蒸気機関とかはすっ飛ばされてるみたいだけど。
そんな風に考えながら店の奥に進んでいくと、品揃えに変化があった。『魔灯器』や『火打ち器』、『保水管』など、持ち運べるサイズの商品が主となっている。きっと旅の便利品コーナーなんだろうな。どれもだいたい千ルミル前後で、あれば便利そうだから余裕がある人は買おうとする感じ――なのかな?
「どうですかお客様、当店の商品はどれもがすばらしい出来映えですよ」
口をもごもごしながら色々と見ていると、いい笑顔を浮かべた女の人が話しかけてきた。店員なんだろうね、ボクが外套を着てるから旅用品を買いに来たと見たのかな。でもちょっと待ってねまだ口の中にお肉が残ってるからしゃべれないんだ。
「こちらの『マランファ式魔灯器』は当店で扱っている中でも人気の一品でして、こちらのつまみを回すことで細かな範囲で光量の調節ができますよ。周囲はコラーフ晶を加工したもので通常のガラスよりも頑丈でして、少々ぶつけたとしても割れたりしません。こちらの物ですが――」
口が塞がってるボクに気づいているのかいないのか、店員の人は手近にあった商品を手に取りセールストークを始めた。ちょうどいいと言えばちょうどいいかな。せっかくだから解説を聞いておこう、買う気はないけど。
順調にお肉の処理を進めつつ、しばらく店員の人の説明に耳を傾ける。へえ、だいたいの魔導器は魔力を供給する方式が『交換式』か『充填式』なのか。魔力がなくなるたびに魔力タンクを換えるかタンクに魔力を注いで貯め直すかの違いで、前の世界の乾電池や蓄電池と同じ感じらしい。イルナばーちゃんの研究所にあるやつはだいたい機関部の大型魔素反応炉から配線引いて供給してたっけ。そっちはコンセント式かな?
そのうちにようやく口の中が空になった。ついでだし、お店とイルナばーちゃんの関係について聞いてみよう。
「――ところでお店の名前に『シュルノーム』って入ってるけど、由来を聞いていい?」
ちょっと感心するほど続くセールストークに一区切りついたタイミングを見計らって店員の人に尋ねると、急に喋ったボクに一瞬キョトンとしたようだけど、すぐに誇らしげに胸を張った。
「それはもちろん、当店の支配人が『家庭用魔導器の開拓者』、魔導機工技匠イルヴェアナ・シュルノーム様の後継者だからです!」
おっとなんか変な二つ名が出てきたぞ。それにばーちゃんの後継者、か。弟子がいたのは聞いてるけど、その誰かかな?
「支配人の人の名前って?」
「アリィ・シェンバーです」
あ、ドジっ娘の人だ。イルナばーちゃんの昔話でガイウスおじさん、ジュナスさんに次いで登場頻度が高かった名前だ。ファミリーネームの方は今初めて知ったけどね。
そして店員の人の方はというと、聞かれてもいないのにドジっ娘の人のことを話し始めた。いわく、孤児だった彼女を暖かく迎え入れてくれて、魔導士としての技術を教え込まれた。そしてイルナばーちゃん指導の元、次々と家庭用魔導器を開発。引退するばーちゃん直々に『後は任せた』と店を託された。
なぜか自分のことのように自慢げに語る店員の人だったけど、おかしいな、ボクの聞いてた話と食い違う。
孤児だったのは同じだけどしつこく頼み込まれて渋々弟子にしたのに、毎日機材をひっくり返すわ材料を駄目にするわで散々だったそうだ。魔導器の開発だって思いついて作ってみたけど出来の悪かった魔導回路を課題代わりに丸投げしただけで、別れ際の言葉だって本人のニュアンス的に『好きにやりな』くらいだったらしいし。
まあでも、魔導式のデチューンは上手かったって言ってたっけ。ことあるごとにやらかしてくれるけどどこか憎めなくて、不器用だけど真面目で素直ないい子だったそうだ。
うーん、そうなるとイルナばーちゃんの訃報を届けた方がいいんだろうか。ガイウスおじさん以外には特に遺言とかは聞いてないからこっちから行く必要はないんだけど、そういう人がいるって知ったからには知らせてあげたいのが人情だし。マキナ族のことを話すのは本人を見てから決めればいいか。
「その支配人の人に会えるかな?」
「申し訳ありませんが、現在アリィ・シェンバーは技術供与のために他都市に出張しておりまして」
聞いてみると半月くらいは帰ってこないらしい。この世界、確か一月がきっちり三十日だから半月なら十五日。ちなみに一週間は同じく七日だったはず。あと一年も三百六十五日十二ヶ月。余った五日はそれぞれ四季の変わり目に一日、年の変わり目に一日特別な日として祝日扱いらしい。
となると二週間と少しか、けっこう日にちはあるなぁ。しかたないね、いつまでいるかはわからないけど、そのうち気が向いたら訪れることにしよう。
おっと、イルナばーちゃんの弟子のお店なら最後にこれだけは聞いとかなきゃ。
「このお店で武器とか扱ってたりする? 護身用のちっちゃいやつでも」
「いいえ、支配人の方針で殺傷力を持つ魔導器は当店では取り扱ってません。護身用でしたら防御用の物はありますけど、魔導銃や魔導剣といったたぐいをお求めでしたら申し訳ありませんが……」
「ああいいよ。ちょっと聞いときたかっただけだから」
うん、イルナばーちゃんの後継者を自称するだけはあるらしい。出張先まで突撃してもの申しに行く必要はなさそうだ。
「ありがとう、そのうちまた来るよ」
「本日はご来店、ありがとうございました」
色々と話を聞かせてくれた店員の人にお礼を言って、丁寧な見送りを受けながらお店を出た。今までの話からしてイルナばーちゃんどうやら有名人らしい。あの店員の人も当然のように魔導機工技匠って言ってたし、少なくとも業界の中じゃ知ってて当然って感じだった。うーん、あのばーちゃんがかぁ、実感ないなぁ。
まあそれはともかく観光を続けようか。大通りもまだ半分行ってないくらいだし、引き続き道なりに南下していこう。
「――あっ」
ボクの足が再び止まったのは大通りの端に近づいてきた頃。視線を釘付けにしている建物はまわりのお店の倍はありそうな立派な造りで、入り口の上には広がった翼の上で交差する剣と杖の紋章が誇らしげに掲げられている。そしてそのすぐ下に並んだ文字列が、その建物がなんのために存在しているかを声高に主張していた。
《臨険士組合レイベア支部》
キタァー! この世界での冒険者とかハンターとかに相当する職業、その取りまとめ組織! 街のどこかにあるとは思ってたけど、ここにあった!
いやー、前の世界の記憶の影響かもしれないけど、イルナばーちゃんから話だけは時々聞いててすっごく憧れてたんだよね! 魔物を狩ったり賞金首を追ったり未開の土地を拓いたり。旅の護衛なんかはもちろんのこと、危険が伴う場所での採取だとか遺跡の探索だとか、そんなわくわくするような毎日が待ち受ける夢のお仕事!
釣られるようにフラフラと二、三歩進んで、そこでなんとか我に返った。落ち着けボク、思わず浮かれるのはしかたないけど、少なくともあと十日くらいはこの街にいる必要があるんだ。今ここで臨険士になって下手に遠出したり時間が掛かったりする依頼なんかを受ければあっという間に過ぎちゃうぞ。まだまだ王都で観光するところはあるんだからそっちを楽しめばいい。時間はたっぷりあるんだし組合は逃げないんだから、こっちに来るマキナ族の子たちを受け入れてからでも遅くはない。大丈夫、ボクはできる子、我慢もちゃんとできる。
「――だからまた今度」
自分に言い聞かせるように呟いてから目を閉じて大きく深呼吸。別に呼吸は必要ないんだけどそこは気分で。
顔をそらしてから目を開けると、改めて観光にいそしもうと再び南に向かって歩き出し――
ちらっと、横目で組合の建物を見た。建て幅だけでも他のお店の二件分はあるそれは大通りの中でもひときわ目立っている。他の建物から頭一つ抜けている三階建てはどっしりとした無骨な造りで余計な装飾もなくて、そこに経た年月が加わっていい具合に威厳のようなものをかもし出してる。もうこれは一種の名所に違いない。
「……観光なら、名所は外せないよね」
独りごちてからそれに何度も頷く。そうだよね、あんなに目立つものを素通りなんて観光してるとは言えないよね。ちょっと中をのぞくだけでー、すぐに臨険士になろうってわけじゃないしー。
ということで進路を変更、憧れの詰まった建物へと真っ直ぐに突き進む。やー楽しみだな、ドキドキが止まらない。身体の都合上心臓はないんだけど、そんな気分ってことで。